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ポルックス  作者: リア
へミニス
139/212

138話 裁縫

「いらっしゃい。」



 商店街の一角にあるオシャレなお店。窓から覗いている熊のぬいぐるみが実にキュート。内装はメルヘンチックに統一され、女の子の心をぐっと掴む。



「こんにちは、加蓮さん。」

「一週間ぶりね。元気だった?」

「一週間で何も変わったりしないよ。」



 親戚のおばあちゃんのような対応をしてくれる加蓮さん。外の寒い気温とは違い、中は暖かい空気感に包まれている。



「そんなことより、先週の、残して貰ってる?」

「ええ。もちろん。こっちよ。」

「ありがとう。」



 店の奥にあるテーブルへ腰掛ける。そこには先週使った道具や布が、そのまま動かさずに置いてあった。



「ごめんね、また使わせてもらっちゃって。」

「いいのよ。若い子とのお話は楽しいもの。それに、技術を伝えるのが大人の役目だものね。」



 先週と同じく、喋りながら作業を進めていく。私が不器用すぎて、前回は綿を包む布しか出来なかった。今日はいよいよ裁縫だ。



「はい、玉留めね。」

「こう?」

「そうよ。」



 それもこれも、全部お兄ちゃんのため。あと一週間でクリスマスだから、今日中には終わらせたい。そのためにも、チクチクと。



「四包ちゃん、この贈り物が出来たら、来なくなってしまうの?」

「うーん、頻度は落ちるかな。」

「そう...寂しいわね。孫ができたみたいで嬉しかったのだけれど。」

「ごめんね、お仕事があるから。」

「いいのよ、気にしないで。老婆の宿命だもの。長生きって辛いわね。」



 その言葉と表情には、凄く実感が篭っていた。私の予測でしかないけど、長生きすると、周りの人がみんな亡くなって悲しいんだと思う。たしか、百人一首にもそんな句があったっけ。



「寂しかったら、思い出せばいいんだよ。きっと。」

「え?」

「一人じゃないって思えることが大事だと思うよ。だから、好きだった人のことを思い出してあげて。」



 それで悲しくなっても、きっと寂しいよりマシだと思う。悲しいことを忘れて、楽しいことまで一緒に忘れちゃったら、それこそ悲しいもん。



「そうしたほうがさ、亡くなっていった人もきっと、嬉しいと思うよ。」

「そうね。なら、私の思い出話に付き合ってもらおうかしら。」

「うん。何でも聞くよ。」



 裁縫をしながらだから、的確な相槌は返せないと思うけど。手元に集中しつつ、耳にも集中しておく。

 時計の針だけが、チク、タクと音を立てる中で、加蓮さんは話し始めた。最愛の夫とのなりそめを。




 今からざっと、五十年も前になるかしら。襲撃なんてものが始まるより三十年も昔。あの頃は暮らしの水準がどんどん上がっていたわ。

 新しい技術、科学って言ったかしら? その開発が進んで機械が登場するようになってから、今まで農業一本だった向日葵区画の生活が、見違えるように多彩になったわ。



「いらっしゃいませ。」



 そんな、たくさんの業種が入り乱れる時代のこと。私はとある食堂で給仕をしていたわ。その頃は人口も多かったから、女性の働き手を求めるところは少なかったけれど、それでも私は働きたかった。



「野菜炒め定食ですね、かしこまりました。」



 安いからと当時人気だった注文を聞き取って、厨房へ持って入る。出来上がった品をお客様の元へ運ぶ。この仕事は、私の夢を叶えるための足がかりに過ぎなかった。

 私の夢は、自分の力でお店を開いて、自作の可愛いぬいぐるみたちを喜んで買ってもらうこと。だから多少過酷でも、私は働き続けたわ。



「加蓮ちゃん、いつものひとつ。」

「はーい。生姜焼き定食ですね。」



 そこで働き続けて数年が経った。常連さんとは互いに顔を覚え、ときには冗談まで言い合う仲になったわ。でも、夢を叶えるには全然お金が足りなかった。



「へえ、君、加蓮ちゃんって言うんだ。可愛い名前だね。」

「ありがとうございます。」



 常連さんと互いに呼び合うのを聞いて、私の名前を知ってくれる人もいる。そうやって繋がりが増えていくのは、とても嬉しかった。大してお金が貯まらなくとも仕事を続けられたのは、このやりがいのおかげだと思うわ。



「加蓮ちゃん、仕事いつ終わるの? よかったらこの後」

「ごめんなさい。早く帰らないとお母さんに怒られてしまいますから。」



 お客さんからのお誘いをすげなく断るのにも慣れてしまった。そう見た目が良いわけでもないのに、どうしてわざわざ誘うのかしら。



「お疲れ様でした。」



 その日も無事仕事が終わり、さあ帰路につこうというときのことだった。小月夜の薄暗い夜。お店の裏口から出て、通りに抜けようとすると、そこには人影が。



「加蓮ちゃん、これからお茶しようよ。」

「いえ、ですからお母さんとの約束が」

「加蓮ちゃんは僕のものだ!」



 それは今日誘って下さったお客さんだった。強引に手を引かれ、路地に連れ戻される。ぞわりと全身を寒気が襲った。



「いやっ! 離してください!」

「君は僕だけのものだ!」



 どんどんと路地を進んで、人目につかなそうなところまで連れてこられた。怖くて足が震える。助けを呼ぶ声も出せない。



「やめて...ください。」

「加蓮ちゃんをあんな下衆共の視線に晒すなんて考えられない! 僕だけを見て、僕だけに見られたらそれでいいんだ!」



 淡い願いだとわかっていても、願わずにはいられなかった。

 誰か、助けて。



「やあ、加蓮ちゃん。こんなところで奇遇だね。」

「え...?」

「あ? 誰だよお前!」



 身なりの良い、とてもこんなところにフラリと訪れることは無いような男性が立っていた。その人は、いつも生姜焼き定食を頼むうちの常連さんで、名前はたしか。



大樹(だいき)さん?」

「こんばんは。もしかしてお取り込み中だったかな?」

「僕の加蓮ちゃんに気安く話しかけてんじゃねえよ!」



 激昴した誘拐犯が大樹さんに殴りかかった。あわやその拳が大樹さんに届くかと思われたその瞬間。



「おっと。」

「くはっ!」



 何が起こったかわからなかったわ。そう思うくらい一瞬で、誘拐犯の人を組み伏せてしまった。腕を絡めとっていたのは見えたのだけれど。



「まったく、節度を知らぬ上に身の程も知らぬとは。ほとほと呆れ返るな。」

「なんっ、だと?!」

「警吏さん、こちらです。」



 そうして事態はあっという間に収束していった。事情聴取もあったけれど、大樹さんが取り成してくれたおかげで、少しで済んだ。



「ありがとうございます。」

「なに、いつも給仕をしてくれているお礼さ。それに、ああいう自己中心的な輩を見ると腹が立つんだ。」



 これが、私と未来の夫、大樹さんとの出会い。出会いというならもっと前だけれど、お店以外で会ったのはこれが初めて。それにしても、どうしてあのときはすぐに駆けつけてくれたのかしら。




「へー、かっこいいね。」

「そうなのよ。正しく紳士という感じだったわね。」



 加蓮さんは、頬を赤く染めて、目をキラキラと輝かせている。やっぱり、一人で寂しがっているより、こんな表情をしていた方がいいよね。



「それでね、食堂でもだんだん大樹さんと話すようになって」



 そのあともまた、たくさんの話を聞かせてもらった。甘酸っぱい恋のお話や、真面目な結婚のお話。多少盛ってあるんだろうけど、キュンキュンしちゃうようなお話がいっぱいあった。

 おかげで針を刺し違えていっぱい怪我をしちゃったんだけどね。人差し指が痛いよ。



「それで、私もあの人も歳をとって...」



 今まで笑顔だった加蓮さんの表情が途端に暗くなった。そうだ、もう彼女たちが出会って三十年になる。この流れだともうすぐ...



「襲撃が、起こったの。」

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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