137話 影絵
「クリスマスパーティー?」
教室で帰る準備をしていたら、寺ちゃんが声をかけてきた。周りのみんなと同じ黒い髪が、テンションの高い寺ちゃんの動きに合わせてゆらゆらと揺れる。
「そうだよ! 今日うちで開くんだ! 四包ちゃんもおいでよ!」
「何時まで?」
うちには門限がある。お母さんもお兄ちゃんも暗くなる前には家に帰ってきなさいっていつも口を酸っぱくして言ってた。私も暗いのは怖いから、素直に従ってる。
「七時くらいまでかな。」
「あー、ごめんね。うちは門限あって。」
「今日だけだからさ! ね?」
本当は行きたい。うちではクリスマスだからってパーティーなんてしないから。プレゼントは貰えるけど、お母サンタさんに無茶振りはできないから、あまり高価なものは頼めないし。
「ごめんね、行きたいんだけど...」
「四包。」
「お兄ちゃん?」
「海胴君いつの間に。」
後ろからお兄ちゃんが肩を叩いてきた。寺ちゃんは見えているはずなのに気づいてなかったみたい。余程私のことを熱心に誘ってくれてるんだ。
「僕から母さんに言っておくよ。帰りには迎えに行くから。」
「いいの?」
「せっかくのクリスマスなんだから、楽しまないとな。うちでは大したことはできないし。」
お兄ちゃんが輝いて見えた。大したことはできないなんて言ってるけど、お兄ちゃんは毎年お小遣いを使って私にプレゼントをくれる。それが小学生にとってどれだけのことか、同じ小学生の私にはよくわかった。お兄ちゃんはいつも優しい。
「ありがとう! お兄ちゃん!」
「海胴君、四包ちゃんの晩御飯はうちで食べさせるから安心して。」
でも、私だけ楽しむのはちょっとやだな。お兄ちゃんが私のために色々してくれるのは嬉しいんだけど、それでお兄ちゃんが楽しめなくなったら意味ないし。
「ねえ寺ちゃん、お兄ちゃんも一緒にってことはできない?」
「それはもちろんいいけど、お母さんに連絡はいいの?」
「それが終わってからまた行くよ。荷物置いてきたいしね。」
本当は、家まで帰るのが煩わしい。往復で一時間くらいかかっちゃうんだから。でも、お兄ちゃんと一緒に楽しむためならいいや。
「いや、僕は遠慮するよ。」
「どうして?」
「僕がいても邪魔だろう?」
「そんなことないよ!」
「そうだよ。海胴君がいても何も変わらないから。気兼ねなく来ていいんだよ。」
それは言外にお兄ちゃんは空気だって言ってるようなものだよ、寺ちゃん。お兄ちゃんはちょっとそういうの気にするタイプだからやめてあげて。
「とにかく、四包は四包で楽しんで。僕は母さんの手伝いをしなくちゃならないんだ。」
「...そっか。」
黒いランドセルが遠のいていく。気を使うのはいいけど、そうなると私もちょっと気になっちゃうんだよ。鈍感なお兄ちゃん。
「お兄さんって大人びててかっこいいよね。」
「そう? 結構抜けてるところもあるんだよ。」
「えー、そうなの?」
そうしてお兄ちゃんの話をしながら寺ちゃんの家に行って、パーティーを楽しんだ。
派手な飾り付けに、美味しい料理。カラフルなお菓子を囲んで、みんなでテレビゲームをしたり、ビンゴ大会をしたり。輝くような数時間だった。
でも、そんな楽しい時間のどんなときでも、お兄ちゃんのことが頭から離れなかった。
「そろそろお開きにしましょ。親御さんも心配する時間だわ。」
「「「はーい!」」」
寺ちゃんのお母さんがそう言って、みんなに帰る支度を促した。私の友達はみんな聞き分けがいい。
「あ、お兄ちゃん!」
「おかえり、四包。楽しかったか?」
「うん! とっても!」
「よかったね。」
寺ちゃんの家から出ると、お兄ちゃんとお母さんが迎えに来てくれていた。お兄ちゃんはいつもと同じ表情に見えるけど、少しだけ笑ってる。お母さんも微笑んでくれてる。どうしてだろう?
「お兄ちゃん、何かあった?」
「ん? いや、別に?」
「うそ。何か隠してるでしょ。」
「隠してない。楽しんでくれてて僕も嬉しいだけだよ。」
怪しい。私に目を合わせてくれないんだもん。絶対私に隠し事をしてる。お母さんだってずっと笑ってるし。
「さあ、帰ろう。」
「むう...はーい。」
真っ暗な夜道を家族三人でゆっくり歩いて行く。田舎道で、道がずっとでこぼこしてる。だから、転ばないように手を繋いで、足元に気をつけて。
「あ、海くん、四包ちゃん、上見て。」
「ん?」
「え? ...わあぁ!」
満点の星空。月も綺麗なまん丸。足元の注意を空に向けると、無数の輝きによる海ができていた。
「綺麗...わあっ!」
「っと、足元も見ろよ。危なっかしいなあ。」
躓いてよろめく私の手を強く引いて助けてくれた。反射神経だけは良い。月明かりに照らされたその口角は、やっぱり上がっている気がする。
「お兄ちゃん、絶対何か隠してるでしょ。」
「...そうだな。家に着いてからのお楽しみだよ。」
「なにそれ。」
いつも分からないことは何でも教えてくれるのに、こういう時だけずるい。でも、お家に帰ればわかるんだよね。
「お母さん、急ご。」
「わかったから引っ張らないで。またコケちゃうよ。」
お兄ちゃんが私に秘密にしていることが気になってしょうがなかった。
玄関で靴を脱ぎ捨てて、お兄ちゃんの手を引っ張ってリビングまで突き進んだ。そしてそこには。
「わあ...」
「メリークリスマス。四包。」
ソリに乗ったサンタさんと、それを引くトナカイさんが、リビングの壁に映し出されていた。どちらも黒く染まっていて、まるで月明かりによってできた影みたい。
本当は豆電球でできた影なんだけど、こんな細かい影絵を作っちゃうなんて。
「母さんが画用紙に描いた絵を、僕が切ったんだ。すごいだろ。」
「すごい。」
「これのために早く帰ってきたんだよね、海くん。」
そっか、だから寺ちゃんのお誘いも断ったんだ。これを私に見せたいから。本当にお兄ちゃんには貰ってばっかりだよ。
「ありがとう! お兄ちゃん、お母さん!」
お兄ちゃんもお母さんも、一際笑顔を浮かべた。お兄ちゃんたちが妙に笑顔だったのは、これが楽しみだったからなのかな。
「「「メリークリスマス!」」」
懐かしい上にタイムリーな夢だったな。あのときは本当に感動しちゃった。今年もあと一週間でクリスマスだし、今度こそお兄ちゃんを喜ばせてあげなきゃ。
「また明日香さんのところへ行ってくる。」
「いってらっしゃい。」
「いってらっしゃいでござる。」
今週もお休みが取れた。よかった、そうじゃないと完成しないところだったよ。大きな仕事をこの前の1ヶ月くらいで粗方済ませたからかな。細かい仕事が多くて、私たちが出る幕も無いようなものばっかり。
「じゃあ私も行くね。」
「いってらっしゃいでござる。」
今日も店番の稔君に挨拶をして、道を歩いていく。この間の、お兄ちゃんとのデートで通った道を進んでいって、目的の場所の前で止まった。そのお店の扉を開ける。
「いらっしゃい。」
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