136話 秘密
「あれ、四包は?」
夕方になって、服屋和泉から帰ってくると、四包の姿が見えなかった。てっきり稔と話しているかと思っていたのだが。
「四包殿なら、海胴が明日香殿のところへ行くと出ていってから、妙にそわそわした様子で出ていったでござるよ。」
「そうだったか。」
四包だって、出かけたいときぐらいあるだろう。たまの休みぐらいは国王の柵を意識せず、目一杯楽しんで欲しい。
「しかし、少し遅いな。」
「そうでござるか? たしかに日は暮れかけでござるが、目くじら立てるには早いでござるよ。」
前の世界でもさんざん夜道を一人で歩かないようにと言ってきたから、もうそろそろ帰ってくるのだと思うが、それでも少し落ち着かない。
「海胴は余程四包殿のことが心配なのでござるな。」
「それはそうだ。唯一の家族だからな。」
生まれた時からずっとそばにいて、僕に懐いてくれている妹。何より大事な存在だ。祖父も父親も行方が知れず、母さんが死んだ僕達にとって、お互いに大切な家族なのだ。
「しかし、そろそろ妹離れをすべきでござる。」
「そうは言っても...」
「四包殿だって、一人になる時間がもっと欲しいと思っているかもしれぬでござる。」
そうかもしれない。だが、どうしても不安なのだ。四包を一人にして、もしその身に何かあったらと思うと。これが依存しているということなのだろうが、それでも心配なものは心配なのだ。
「一度、四包に聞いてみよう。」
「そうするでござる。」
僕は片時も四包から離れたくないが、四包はどう思っているのか。...なぜだろう、すごく緊張する。四包が僕から離れていくというのは彼女の自立のために良いことであるはずなのに、それを怖いと思ってしまう自分がいる。
「しかし遅くないか?」
「まだそう時間は経っていないでござるよ。言っているそばからこれでござる。」
「もう暗くなってきているんだ。どこへ行くとは言ってなかったのか?」
「特に何も聞いていないでござる。」
今日は丸一日四包と別行動を取っていたせいか、やたら気になってしまう。ここは四包を信じて待つべきなのだろうが、探しに行きたくてうずうずしている。
「ただいまー!」
「ほら、帰ってきたでござる。」
やはり探しに行こうかと扉へ向き直った瞬間に、その扉が開いて白銀の髪が姿を現した。その姿を捉えただけで、肩の力がふっと抜ける。
「ちょっと遅くなっちゃった。」
「こんな時間までどこに行っていたんだ?」
「えーっと、それは...」
言葉を濁し、あからさまに目を泳がせる四包。怪しい。四包のことだから、悪いことをしているとは思えないが、万が一ということもある。
「四包、誰とどこへ行っていたのかは聞かない。ただ、悪いことはしていないな?」
「うん。それはもちろんだよ。後ろめたいことなんてない。でも秘密なの。」
目を見ればわかる。嘘を吐いているわけではなさそうだ。であるならば、僕が心配する必要は無い。四包にだって秘密にしたいことはあるだろう。
「海胴に教えられないということは、拙者にも教えて貰えないのでござるか?」
「あ、稔君になら教えてもいいよ。」
「どうしてだ?」
「それは自分で考えて。じゃあ稔君、耳貸してね。」
いたずらっぽく微笑んだ四包は、稔に近づき、口を寄せる。仲間外れにされているようで、嫌な気分だ。
「わかった? お兄ちゃんには秘密だよ?」
「了解でござる。絶対に言わないでござるよ。安心するでござる海胴。何も悪いことは無いでござる。」
稔がそう言うのなら僕も安心できるのだが、どうも気に食わない。何か仕返してやりたいところだ。
「ところでお兄ちゃんは何をしてたの? 明日香さんのところだったよね。」
そう思ったそばからチャンスが来た。思いっきり意趣返しをしてやろう。クリスマスプレゼントのことは秘密にする。
「秘密だ。稔になら教えてもいいがな。」
「また拙者でござるか。」
「えー、気分悪いよお兄ちゃん。」
「いいだろう、仕返しぐらい。稔、耳を貸してくれ。」
稔に四包のクリスマスプレゼントのマフラーを作っていたことを耳打ちする。クリスマスやマフラーは知らない言葉だったようで首を傾げていたが、補足してやると途端に笑い出した。
「くくっ。ふふふっ。」
「どうしたんだ稔、気持ち悪いぞ。」
「さすがに引くよ?」
「笑っているだけなのに扱いが酷いでござる! そんな二人には秘密にするでござるよ!」
秘密と言う割には晴れやかな笑顔で、稔は帰っていった。今のこの屋敷には僕と四包の二人きり。聞くなら今だ。
「四包。」
「なに?」
「四包は、一人になりたいか?」
「どゆこと?」
「僕と一緒だと苦しくないか?」
少し尋ね方が悪かっただろうか。四包は呆けたように動かない。これでは僕が嫌いかどうか問うているように聞こえてしまう。
「何を今更。そんなわけないじゃん。」
「いやでも」
「一緒にいて疲れるのに、わざわざ同じ家で暮らすわけないでしょ。お兄ちゃん相手に気兼ねすることなんてないんだから。変なお兄ちゃん。」
今のが変な問いかけだということは僕もわかっている。聞きたいのは逆で、一緒にいたいかどうかだ。
一人になりたいか問うと、今生の別れのようなニュアンスになる。だから、首肯することは難しい。代わりにずっと一緒にいたいかを問うと「たまに一人になりたい。」という回答が生まれやすくなるのだ。
「そういうことじゃなくてだな...ずっと僕のそばにいたいと思うか、ということだ。」
「へ?...ええっ?!」
間抜けな顔で間抜けな声を漏らしたかと思うと、心配になるほど顔を赤くして狼狽え始めた。また変な聞き方でもしてしまったか?
「え、えと、えとぉ。」
まあいい。聞きたいことを言葉にしたのだから、返答を待とう。
「ずっと、一緒にいたいよ。私、お兄ちゃんのこと好きだから。」
「そうか。なら良かった。」
過保護になりすぎていたかと思ったが、四包もそれを望んでいるのなら問題は無いだろう。今まで通り、心配しすぎるくらいでいい。
「あ、あれ? 反応薄い?」
「心配症だなんだと思われていなくてよかった。なら、あまり単独行動するなよ。」
「ん? んん?」
「どうかしたか?」
「今のって、プロポーズじゃなかったの?」
「は?」
何を言っているんだ。今の会話のどこに結婚の要素が...あった。ずっと一緒にいてほしいかどうか尋ねるなんて、まるで出来たてのカップルのようではないか。
「つまり、私の勘違い?」
「すまん! 勘違いさせるような言葉を使ってしまった! 一人になる時間があったほうがいいのかどうなのか聞きたいだけだったんだ。」
「あ、ああ、そういうこと。なるほどなるほど。うん。別にいいかな。」
勘違いと知って力が抜けたのか、四包はへたりこんでしまった。その上、その言葉が全て棒読みだ。相当戸惑っているに違いない。何かフォローを、フォローを...
「ぼ、僕も四包のことが好きだ。それで、心配だから一緒にいて欲しい。」
「う、うん...はぁ、なんか疲れちゃったよ。」
「ごめんなさい。」
呆れたとでも言うように肩を竦め、立ち上がる。何かブツブツと呟いているが、よく聞こえない。
「今なんだって?」
「お兄ちゃんと一緒だと胸が苦しいって言ったの!」
「なら一人の時間を作るべきか?」
「そういうことじゃなーい!」
乙女心は複雑だ。これまでの十数年間の人生を共に暮らしてきたとは言っても、腹の底まで全て知り尽くすことはできない。
「もうわざとでしょ! わざとなんでしょ! 私の気持ち知ってて言ってるよね!」
「乙女心は複雑怪奇だ。」
「本心で言ってるから腹立つ!」
こうして僕達の騒がしい一日は幕を閉じた。騒がしかったのは最後だけのような気がするが。
「クリスマスパーティー?」
お読みいただきありがとうごさいます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




