134話 編物
「いざ、鍛錬でござる!」
アゴンさんに頼んだトレーニングは快く受け入れられ、それから毎日花水木区画に通っては指導を受けている。
「はっ! はあっ!」
『やるようになったじゃねえか。だがっ!』
そうして一週間が過ぎた。アゴンさんと鍛錬をするようになって、稔の実力は飛躍的に伸びた。やはり、より強い相手と剣を交えるということは成長に繋がるのだろう。
「ありがとう、ございました。」
『おう。またかかってこい。』
その成長を稔自身が感じているから、負けてボロボロになっても、笑っていられる。稔は今朝も輝いていた。
『次は二人まとめて来い。』
「「はいっ!」」
もちろん、共にトレーニングを受けている僕も成長している。稔より元が弱い分、成長の幅は稔より大きいのではないだろうか。師匠に少しずつでも追いつくのが、僕の目標だ。
『そこ、ちゃんと振り抜け!』
「はいっ!」
稔よりも的確な指摘が飛んでくる。アゴンさんほどにもなると、振りの一つでその人の力の入れ方がわかるらしい。齢二百年は伊達ではないということか。
『よし、こんなもので良いだろう。』
「「ありがとうございました!」」
成長が実感でき、日々手応えを感じることができる訓練は楽しい。稔に師事していたときもそうだったが、その喜びは変わらない。
『お疲れ様です。』
「プリムさん。調子はどうですか?」
『お陰様で上達しております。』
僕達がアゴンさんに指導を受けている時間。その時間のうちに、四包はプリムさんと魔法の練習をしている。誰も起きてくるような時間ではないので、安心して練習ができるというわけだ。
「プリムさんね、家でも練習してるんだって。成功まではあとちょっとって感じだよ。」
『四包様、そのことは内密にと。』
「ごめんごめん。」
「努力するのは良いことです。誇って良いんですよ。」
『はい...』
恥ずかしそうに俯くプリムさん。褒められるのが照れくさかったのだろう。ちなみに、稔とアゴンさんにはこのことを伝えてある。稔は誰かに言いふらすような性格でもないし、アゴンさんはプリムさんの保護者的立ち位置だからだ。
『巫女姫様は指揮をとってくれるだけで充分なんだがな。』
『何を言いますか。私だって、いつまでも子どもというわけではありません。扶養される時間は終わったのですよ。私だって皆の役に立ちたいのです。』
プリムさんがアゴンさんに訴えかけて、無理やりにでも納得させ、頷かせているだけのような気もするが。
一応この会話の流れを通訳して、稔にも聞かせてやったところ。
「アゴン殿はプリム殿の尻に敷かれておるのでござるな。まるで夫婦のようでござる。」
『夫婦っ?!』
プリムさんが顔を赤らめた。おやおや、この反応は。もしかすると、そういうことなのかもしれない。
「拙者の母上も、よく父上を従わせているのでござる。」
「そういえば、稔の父にはあったことがないな。」
まあ国王をしていれば、そのうち会う機会もあるだろう。何にせよ今はわざわざ会いにいくほどの時間は取れない。
『夫婦...アゴンと私が...?』
『年齢が合わねえよ。』
プリムさんはまだその話を引きずっていた。そこにアゴンさんのツッコミが入る。妙に慣れた対応だ。以前からもこういったことはあったのだろう。
『巫女姫様は、もっと若いのを捕まえて婿になさってください。』
『アゴンは独り身でしょう。』
『それはそうだが、年齢が離れすぎだっての。百歳差婚なんざ聞いたことがねえ。』
前の世界でも、数十歳差は希にあった。だが、百歳差というのはいくらなんでも聞いたことがない。いや、そもそも寿命から見ておかしい。
『俺は結婚しねえ。これからも剣を相棒に生きていくんだ。』
『つれないですね。』
プリムさんはそうしてむくれたが、アゴンさんが折れることはなかった。
「成長を実感するのは楽しいものでござる。」
「そうだな。」
僕達が通訳していないので話の流れがまったくわかっていない稔の一言を最後に、今朝のトレーニングは終了となった。
さて、今日の仕事は久々に休みだ。なんとか全ての要望を消化し、次はまた頼みを聞きに行くところから始めなければならない。その前の休息としてのこの日だ。
「いらっしゃいませ。あら、国王様。」
「こんにちは、蜜柑さん。国王様は止めてください。恥ずかしいですから。」
「おひとりですか?」
「はい。少し頼みたいことがありまして。」
僕達がこの世界に来て二ヶ月が経とうとしていた。最初の1ヶ月は慌ただしい毎日だったが、今はなんとか国王という立場で安定している。
「毛糸はありますか?」
「はい。ございます。」
そして間もなく、クリスマスというイベントを迎えることになる。もちろん、この国にクリスマスというイベントがあるわけではないが、暦を見るに、あと二週間もすればその日なのだ。
「ですが、少々値が張ります。」
「構いません。伊達に国王をしていませんよ。」
この世界にも太陽暦が適応されている。今は十二月の中頃。旧暦で言う師走にあたるのだが、誰も忙しそうにする気配は無い。いつも通りの穏やかな日々だ。
「分かりました。長さはいかが致しましょう。」
「できれば余りが出ないようにしたいんですが。」
「そうですね、何を作るおつもりで?」
「マフラーです。」
「まふらー?」
「知りませんか?」
文化的には日本に近いのかと思っていたが、思わぬところで引っかかってしまった。まさかこの世界にはマフラーは無いのか?
「では...ここで作らせてもらえませんか? 最終的に使った分だけ支払うということで。」
「分かりました。奥の部屋へお通しします。詳しいことは明日香さんに聞いてください。お役に立てず申し訳ございません。」
「ありがとうございます。気にしないでください。」
勧められるままに奥の部屋へ。そこには大量の布地が並び、さらにその奥には、それらの原料と思われる糸がこれまた大量に保存されていた。
「坊主、こんなところで何してるんだ?」
「毛糸を使って編み物をしようかと。代金は使った分だけということで。」
「なるほどな。なら毛糸か。こっちだ。」
服屋の裏事情という感じの狭い倉庫を、小柄な明日香さんはするすると滑らかな動きで進んでいく。対して僕は、不用意に触らないように細心の注意を払っているのでとても遅い。
「ここから選んでくれ。悪いな。毛糸ってのは希少なもんで、色も少ないんだ。」
「構いません。ありがとうございます。では赤の毛糸を。」
僕がなぜこうしてマフラーを編もうとしているのか。それは単純なことで、四包へのクリスマスプレゼントにするためだ。稔に確認したところ、この世界にそんな文化は無いということで、四包のものだけ。
「作業台お借りします。」
「好きにどうぞー。」
気合いを入れて、糸に向かう。編み物など滅多にやることは無かったが、こんなときのためにきちんと基礎は覚えている。
「慎重に、それでいて素早く。今の僕なら出来るはずだ。」
四包の肌は毛糸に敏感というほどでもないので、この世界の糸の精度でも問題は無いだろう。毎朝のトレーニングで培ってきた集中力をフル活用し、手早く作業を進めていく。
「すげーな。蜜柑でもそんなに早く編めないぞ。」
「蜜柑さん、編み物をよくするんですか?」
「よくってほどでもないけど、それでも服屋の従業員としてこの街で一番やってるんじゃねーかな?」
慣れてくると、編みながらでも話す余裕が出てくる。以前の僕であれば、ここで集中が途切れて目の数を間違えたり、なんていうことはままあったが、今はそんなヘマなどしない。
「明日香さんは編み物をしないんですか?」
「あたしは細かいのが苦手でな。そんなちまちまとはやってられないんだ。」
「明日香さんらしいですね。」
「どういうことだこら。」
口調からも粗野な雰囲気が出ている。その上、ことあるごとに仕事をサボるズボラな性格。これで趣味が編み物などと言われて信じるほうがおかしい。
「細かい作業が不得意なのに、明日香さんはどうして服屋なんてしているんですか?」
「まあ、この服屋には恩があるからな。」
「恩?」
「聞くか? 大して面白い話でもないけどな。」
編み物をしている間の暇つぶしに丁度いい。集中が必要な作業のためこちらから何か考えて話すことは難しいが、話を聞くだけなら充分可能だ。
「聞きます。」
「そうかそうか。あたしも誰かに話したかったんだ。」
嬉しそうな笑い声を出して、明日香さんの昔語りが始まった。もはやテンプレートとでも言えそうな言葉を頭に置いて。
「さて、どこから話すかね。」
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