132話 練習
『こっ、こんばんはっ。』
屋敷の前で立っている僕達に、緊張した面持ちのプリムさんが声をかけてきた。彼女には、僕達の国民との揉め事があった際に駆けつけられるよう、屋敷の場所を教えてある。
しかし、この通りにその紅白の服では目立ったのではないだろうか。少し顔が赤いところからして、おそらくそうなのだろう。
「いらっしゃいませ。まずは中にどうぞ。」
『はっ、はいっ。』
妙に肩肘張った様子で返事をするプリムさん。初めての場所なのだし仕方ないだろう。
ちなみに、プリムさんの格好はいつもと変わらず。巫女服とは違うが、少しだけ袴っぽさのあるゆったりとした作りの、紅白を基調とした服だ。
「じゃあ始めましょうか。」
『はひっ!』
「緊張しないでいいよ。失敗しても何も起こったりしないから。」
始めましょうか、なんて言ったはいいものの、僕に教えられることなど無い。僕だって魔法は使えないのだ。
『初めてなもので...優しくお願いします。』
「お兄ちゃん、やっぱり外の方がいいんじゃない?」
『そっ、外?!』
「いや、外は寒い。それに、誰も彼もが四包みたいに出来るわけじゃないんだ。」
『既に妹様ともっ?!』
プリムさんが荒ぶっているが、緊張のせいだろうか。どこか距離を取られている気がする。初めて話すわけでもないのにそう離れられると、さすがに傷つく。
「プリムさん、外が良かったりしますか?」
『いえっ! 結構でしゅ!』
「そっか、寒いもんね。」
『そういう問題でもないのですが...』
魔法といっても、何かを生み出す訳では無い。その程度の魔法であれば、国民のほとんどが使えるので必要ないのだ。今からプリムさんに教える魔法は父親式、転移の魔法だ。
「プリムさん、準備はいいですか?」
『えっと、ここで、ですか?』
「やはり外が?」
『いえっ、てっきりどこかの部屋かと...』
「せっかく広いんだから、ここを使えばいいじゃん。」
『こんなところで...あわわ。』
こんなところ、と言っても玄関ホールだ。この屋敷にここより広い場所は無いし、悪くはないと思うのだが。
「では、始めましょうか。」
『すぅー...はぁー。はい。よろしくお願いします。』
深呼吸をしてから僕達に向き直り、上着を脱いだ。外は寒く、当然重ね着をしていたのだが、屋敷に入ってそれが必要なくなったのだろう。別にそれは不思議なことではない。
『ーっ!』
そして意を決したように。
「ちょっ、何してるの!」
さらに下を脱いだ。腰で結んでいた紐を解き、驚くほどあっさり、ストンと。白く美しいカモシカのような足を惜しげも無く晒している。
そして、その足の根元部分。まだ着ている上の服の裾によって隠されているが、彼女が身じろぎをするのに合わせてチラリと覗く、白い布地。上の服の純白とは違って、淡いピンク色がかかっていて。
「お兄ちゃん! 何をじっくり見てるの!」
「ぐおっ!」
これが、実の妹に眼球を抉られる感覚。涙が出る。痛すぎて。いくら見てはいけないものを見たからといって、実の兄の目を潰すことはないだろう。それにこれは不可抗力で、僕がどうこうしたというわけでもないのに。
「があっ! 目がっ! 目があっ!」
「何してるのプリムさん! 早く服着て!」
『いえ、しかし服を脱がなければ行為は』
「いいから! さっさと着る!」
『は、はい。』
見えなくともわかる。四包の気迫に圧されてプリムさんが服を着ている姿が容易に想像できた。そろそろ目を開けてもいいだろうか。
実を言うと、四包の指は眼球に刺さったわけではない。咄嗟に目を閉じ、少し体を仰け反らせることで、なんとか直撃は免れた。その代わり目の下に衝撃を受けることになったが。
「四包ぉ...」
「あっ、お兄ちゃんごめん。つい。」
つい、で片付けて良いものか。眼球に直撃ではないといえ、痛いものは痛いし、もし直撃などしていたときには失明だ。
「で、プリムさん。どうして急に服を?」
『そうしなくては行為が出来ないではありませんか。』
「行為?」
僕がプリムさんを呼びつけてまで、夕方から始める行為。服を脱ぐ必要があって、尚且つ外や広い部屋は気が引けて、部屋が好ましい。そして僕は傍から見ると若い男性。となるとやはり。
『民のためには夜伽をして奉仕をする他ないと言ったのは国王様ではございませんか。』
「よとぎ?」
「言ってません! どうしてそんな言葉を知っているんですか!」
子作り云々のときの反応はいったい何だったのか。鳥が運んでくるだなんだと可愛らしい話をしていた少女が夜伽などと。
『殿方は総じてそういったことを要求するものだとお母様がおっしゃっていました。』
「どんな教育してるんですか! それに僕は弱みにつけ込んでまでそんなことを要求したりしません!」
まったく失礼な話だ。こちらが善意で持ちかけたものを、あろうことか僕が悪者のように解釈されて。悪気が無いのはわかっているのだが。
「お兄ちゃん、もしかして、よとぎってえっちなこと?」
『はい。殿方は皆、女性に奉仕を求めるものだと聞いております。』
そして、よりにもよって勘違いをしたまま四包にいらぬ情報を流す。四包ならば誤解だと分かってくれるだろうが、もし四包がそれを信じてしまったら。
「おおおお兄ちゃん! ごっ、誤解だよね! 誤解なんだよね?! 私のお兄ちゃんはそんな外道じゃないよね?!」
「勿論だ。これは全てプリムさんの勘違いだ。」
「そそそうだよね! 私というものがありながらそんなわけないよね!」
四包は僕を信用してくれているらしいが、動揺が激しすぎる。そのおかげでよからぬ事まで口走ってしまって。
『やはりっ、いっ、妹様とは?』
「してません!」
混乱を招くことになった。これが落ち着くのには相当な時間を要し、練習などやっている暇はほとんど無くなってしまった。
「とにかく! 僕が言っていたのは、魔法を教えるということです!」
『いかがわしい意味ではなく?』
「もちろんです!」
ようやく納得させることができた。彼女の身近な人達、彼女が率いてきた民達は、魔法と言っても爆発を起こすものしか使ったことがないらしい。それがとても民の役に立つとは思えず、意味が分からなかったようだ。
というのも、彼らが暮らしていた島は化け物だらけ。爆発による音で驚かすことによって生き延びていた節もあったようだ。
「四包、試しに見せてあげてくれ。」
「りょーかい。この矢でいいよね。転移。」
四包が手に握っていた矢が、階段の上から転がってくる。プリムさんは驚いたように固まったあと、小さく呟いた。
『瞬間移動?』
「そうです。これが、僕の父親が発見した魔法の理です。」
といっても、固体の場合ではその物体に触れていなければ使えない。父親はもう見るだけで良いのかもしれないが、少なくとも四包はそうだ。
『これが私に出来るのですか?』
「わかりません。ですが、やってみる価値はあると思います。」
何せ、ドラゴンという生き物を転移させていたのだ。四包ですら、動き回る物体を転移させることはできないのに。出来ないはずはないと見ていいだろう。だが。
「こう、あっちいけ! って思いっきり念じながら言葉を出すの。」
『あっちいけ!』
下手くそな説明により、今日のお試し程度の練習は難航していた。試しに僕もとやってはみるものの、上手くいかない。
そもそも、自分に最適な言葉がわからないのだ。四包は直感でわかるなどと抜かしているが、僕には到底理解できない。
『むぅ。』
「そう落ち込まないでください。四包の説明が下手なんです。」
「失礼な。」
「僕だって出来ませんし、何も今すぐ四包に追いつく必要はないんですから。」
『そうですね。ありがとうございます。』
四包の抗議の目線を軽く受け流して、プリムさんを慰めた。四包はあの戦争で突発的に成功を収めたが、それから毎日空いた時間を見つけては練習を重ねている。それによる今の成功だということを理解しているが、どうしても才能の差というもよのを意識してしまう。
「今日はこのくらいにしておきましょう。できればまた明日にでも。」
『よろしくお願いします。』
こうして、プリムさんの魔法練習一日目は波乱の幕開けとなった。先が思いやられる。
「ままならないものだな。」
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