129話 胸囲
「竜についてです。」
プリムさんに聞きたいことがあったのだ。それは戦争のとき、遠くの空にいたはずのドラゴンが突然近くに転移したときのことだ。もしかすると、父親や四包のような魔法の使い方をしているのかもしれない。
『あれでございますか。あれは召喚の応用なのです。』
「というと?」
『そのままの意味でございます。』
あくまで召喚という技術の応用らしい。竜の他に何かを転移させるといったことはできないらしい。聞いてみれば簡単なことだった。
「ですが、稔に貴方の意識を奪うよう頼んでいたはずです。」
『私は魔族で、体が丈夫なのです。稔様は私を殺さぬよう気絶させるつもりだったのでしょう。それが裏目に出たのです。』
「稔君、優しいからね。」
なるほど、甘かった稔のせいで僕は一度死んだということか。帰ったら一発殴ってやろう。それぐらいの権利はあるはずだ。
それはさておき、魔族というのは便利なものだ。運動能力や使える魔素の量が多いだけでなく、外傷にも強いとは。しかし、それには生殖能力の低下というデメリットがあったはずだ。
「巫女姫の一族というからには血の繋がりがあると思うのですが、魔族に子はできないのでは?」
『そうだな。一般の人間に比べて出来にくいんだが、全くってわけじゃねぇ。その分子作りに励むだけだ。』
『アゴン、子どもは鳥が運んでくるのでは?』
『あー...そうだな。そうだった。』
プリムさんの礼儀や学問についての教育は進んでいても、そちらの方はからっきしのようだ。しかし、教えたくないという気持ちもわかる。
「どうかした?」
「いや、なんでもない。」
僕だって、四包に積極的に教えているわけではないのだ。四包自身がその手の情報を仕入れることはあっても、僕からというのは無い。四包も嫌だろう。兄から性教育など。
「答えてもらってありがとうございます。」
『お安い御用でございます。もう、隠す理由もございませんので。』
またもや顔をうつむけるプリムさん。能力を失ったことを気にしているのだろう。いくら人徳があるからと説得しても、納得はできないか。
「それではまた。」
『おう、また頼むぜ。』
『またよろしくお願いします。』
「じゃあね。」
四包の魔法で大幅に作業を進めて、感謝されつつ花水木区画をあとにする。このツアー中、トレーニングはご無沙汰だったので、運動がてら稔に喧嘩を売ろう。一発有効打を入れるまで止めてやらない。
「いらっしゃいま...海胴に四包殿。おかえりでござる。」
「ただいま、稔君。」
「一週間ぶりでござるな。」
僕達が玄関の扉を開けると、すぐに稔が応対してくれた。店番をしていたのだろうが、どうせお客さんなど来ないだろうに。
「四包殿、暖房をお願いできるでござるか? 一週間ずっと凍えそうだったのでござるよ。」
「はいはーい。任せて。」
いつぞやの明日香さんの如く、四包の手の目の前を陣取ってあったまっている。僕達だって外から帰ってきたところなのだが。
「稔、繁盛しているか?」
「客入りは上々でござるよ。国王様の元職場とあって、こちらに依頼が雪崩込んでいるのでござる。」
「そうだったのか。」
通りでこの辺りの人達からは要望が少ないと思った。そのいくつかを稔が解決してくれていたのか。僕達の仕事が減って大変助かるが、国民の要望を把握できないのは国王としてよろしくない。
「稔、依頼の内容を僕達に報告してくれないか。どんな要望があるのか知りたいし、被っている依頼があればこちらで片付ける。」
「了解でござる。少し待っていて欲しいでござる。確か依頼を記した書類が...これでござるよ。」
受け取って、僕達が集めてきた要望と照らし合わせる。予想通り、一件だけではあるが被っているものがあった。
「これとこれは僕達がどうにかする。稔はそれを依頼主に伝えておいてくれ。」
「承知でござる。」
僕達がいつも要望を聞いて回ることができない分、便利屋というのは手軽だ。それに国王への相談と違って敷居が低い。だから恋愛相談のようなものもある。
「稔に乙女心がわかるのか?」
「失敬な。そういう海胴にはわかるのでござるか?」
「稔君、何聞いてるの。」
そうだ。いくらなんでも僕を舐めすぎている。僕にだって乙女心の一つや二つ、分かるに決まっているのだ。言ってやれ四包。
「お兄ちゃんに乙女心なんて理解できるわけないよ。」
「なっ、裏切ったな。」
「お兄ちゃんが鈍感だから、私はこんなに...」
「そうでござるな。四包殿、言ってやるのでござる。海胴は乙女心も分からないのだと。」
「その発言からして、稔君も大差ないよ。」
「なぬっ!」
どちらかに味方するのではなく、両方蹴落としていくスタイル。いつの間にそんな子に育ってしまったのだ。
「仕方ない。稔、この決着は剣で決めよう。」
「そうでござるな。鍛錬も久しぶりでござる。かかってくるのでござるよ。」
木刀を手に外へ出る。少し寒いが、動いていれば温まるだろう。久々に激しい剣戟に身を置くことで、少しでも勘を取り戻したい。
「はぁー、あったまるよぉ。」
一週間ぶりのお風呂。もちろん私一人で。お兄ちゃんが生き返ったあの夜みたいに、一緒に入ったりなんてしない。思い出しただけでも恥ずかしくなってきた。
「のぼせないようにしないとね。」
顔が熱くなってきたけど、湯船に浸かっていたいから、もうちょっとだけ。最近寒くなってきたから、これくらいが丁度いいよね。
「はふぅー。」
体が伸ばせるお風呂って最高だよね。お兄ちゃんと二人で並んでも全然大丈夫だったし。
あのときのお兄ちゃんの体、結構がっしりしてたな。稔君のトレーニング、厳しいみたいだし当然か。
「ちょっとかっこよかったな。」
言葉にした瞬間、体が少し熱くなった。目を閉じたらお兄ちゃんの肌の色が...ううう。意識したらダメなんだってばぁ。
「やっぱり変なのかな...」
お兄ちゃんが、その、男の人として好きだなんて。お兄ちゃんのことを意識すると胸がドキドキして、苦しくなって、つい甘えたくなっちゃう。
「ダメだよね。」
お兄ちゃんは私のことを妹としか見てないし、私だってもう子どもじゃない。あんまり甘えるのは良くないよね。
「でも、振り向いて欲しいなぁ。」
私には何が足りないんだろう。もちろん妹だからっていうのはあるんだけど、それをものともしない魅力があればいいと思うんだよね。
「やっぱり、おっぱい?」
そういえばプリムさんもおっぱいが大きかった。寺ちゃんよりも大きいんじゃないかな。私より背は小さいのに。...男の人はああいうのが良いのかな。
「どうして私のはおっきくならないのかなー。」
ぐにぐにと周りからお肉を持ってこようとしても、最近のヘルシーな食事のおかげで贅肉はそんなにないし、おっぱいに変化はなさそう。
「そういえば、寺ちゃんが言ってたっけ。」
お胸は揉むと大きくなるんだって。好きな男の人に揉んでもらうといいらしいんだけど、だからってお兄ちゃんに「おっぱい揉んで。」って言うのは恥ずかしすぎる。
「とりあえず自分でやってみよっと。」
手でおっぱいを包み込むようにして、モミモミ。ときどき周りからお肉を集めるようにして、モミモミ。
ちょっと気持ちよくなってきた。効果ありってことなのかな。
「はあ、はあ、あっ、はあ...」
ちょっとのぼせてきちゃったかな。十分あったまったし、そろそろ上がろう。気持ちいいからお胸のマッサージも続きそうでいい感じ。
「むふふふ。」
待っててねお兄ちゃん。ナイスバディになって誘惑してあげるから。
稔と剣で語り合ってクタクタになった僕は、お手洗いに行くべく脱衣所まで向かっていた。乱雑に散らばった衣服からして、四包はお風呂に入っているのだろうが、お手洗いぐらい構わないだろう。
「はあ、はあ、あっ、はあ...」
用を足し、便所の扉を開けた、そんなときだった。風呂場から何か色っぽい声がする。より正確に言うと、喘ぎ声のような...
いかんいかん! 何を聞き耳を立てているんだ僕は。四包だって思春期の女の子。いつもは僕がそばにいるからあれだが、そういうことだってしていても不思議ではない。
「さっさと戻ろう。晩御飯の支度をしないと。」
そう自分に言い聞かせてそそくさと立ち去る。まだしばらく、四包の色っぽい声が頭に残っていた。
「悩ましい...」
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