12話 万穂
「ごめんな、何もしてやれなくて。」
翌朝。静まり返って重い空気の食堂。昨日の僕達兄妹の様子から只事ではないと感じたのだろうか、子どもたちも静かである。まあ、ただ呆気にとられているだけかもしれないが。
「おにぃちゃぁん。食べさせてぇ。」
「はいはい。」
現在、四包は僕にこれでもかというくらいベッタリくっついている。母さんを失った悲しみを僕への愛情で塗り潰そうとしているのだろうか。見る人によっては痛ましいものに映るのかもしれない。だが子どもたちはそうでもないようだ。
「お姉ちゃんたちラブラブぅ。」
「お兄ちゃん達、朝から大胆ですねぇ。」
「あ、だめ!お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼んでいいのは私だけ!」
水色のイタズラっ子、早那ちゃんと、橙色の亜那ちゃんが冷やかしてくる。四包、そこは怒るところなのか?
「ちっ、朝っぱらから見せつけてくれやがって。」
赤の桜介君が文句を垂れる。大丈夫だ。妹を除くと僕は女の子どころか男友達すらほとんどいなかった。君に春が訪れる確率は僕よりずっと高い。
好き勝手に言う子どもたちに不謹慎だと注意すべきかアワアワしている千代さん。小動物っぽくて、ちょっとカワイイかもしれない。大人たちの中では若いほうで、だいたい30代前半くらいだったろうか。
「お兄ちゃん!どこ見てるの!ちゃんと私のこと見て!」
「あー、はいはい。」
「大変そうだねぇ。」
「大丈夫ですよ。頼りない兄にできる数少ない仕事ですから。」
万穂さんが呆れ混じりに声をかけてくる。妹とはいえ、右腕に感じる柔らかさは役得という面もないわけじゃないが。身内贔屓かもしれないが、四包は妹でなければ一目惚れしそうな美少女ではあるし。
「お兄ちゃんは、私と一緒に過ごすの、嫌?」
その上目遣いは反則だろう。これで嫌と言える奴は人間を辞めている。その目をウルウルさせるの止めてくれ。
「嫌じゃない、です。」
疲れた。今日はずっと四包に引っ付かれて動きにくいったらありゃしない。お手洗いまで付いて来ようとするのは勘弁してくれ。逆に、お手洗いまで引っ張り込もうとするのも女の子としてどうかと思う。
ベッドに眠る四包の頭を優しく一撫でして、部屋を出ていく。
「お、来たね。」
「お待たせしました。」
食堂で万穂さんと向かい合う。昨日あれだけ騒いでしまい、心配をかけたんだ。少しくらい話すのが筋だろう。
僕達の17年間を、10分間ほどに凝縮して話す。途中から、ぐすっぐすっと鼻をすする音が聞こえ始め、話し終わったときには、包容力抜群の体で抱きしめられてしまった。
「辛かったねぇ。よく頑張ったねぇ。」
別に僕達より辛い人生を辿っている人くらいいると思うのだが。こうして同情してくれる人もいるのだし。
「これからはあたし達が守ってやるからね。」
「いえ、そんなにお世話になるわけには。」
「何言ってんだい。あんたたちも、もうあたし達の子ども同然だよ。」
たった数日で?少し大袈裟すぎないか?それに、僕達は出ていく準備をしている。その計画を曲げる気はない。まだまだこの世界のことを知らなければ。何の心配もなく安心して住める場所を見つける、又は作り出すまでは立ち止まる気はない。
「しばらくしたら旅に出ますから、それまでお世話になります。」
「旅なんて危険だよ。やめといたほうがいい。それよりさ、教会で一緒に暮らさないか?」
万穂さんは貼り付けたような笑顔で提案する。
違和感。母さんを思い出した四包のような、そんな危険な匂いがする。万穂さんには何かある。だが、それに踏み込む勇気は僕にはない。
「もう遅いので今日は寝ますね。」
「ああ、もうこんな時間か、おやすみ。」
「はい、おやすみなさい。」
話を強引に逸らして、はぐらかす。
「この教会、どこかおかしい。」
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