128話 巫女
「「ご清聴ありがとうございました!」」
そう言って段を降りた。最初の演説から、既に一週間ほど経っている。一週間かけて、まるで全国ツアーのように国中で演説をして回っていたのだ。
いくら人は噂をするものといえど、さすがに1回きりで全員に知れ渡ることはないだろう。ということで、南西、南、南東、東、北と順々に回っていった。
「だいぶ慣れてきたな。」
「そうだね。人前に立つのも案外悪くないかも。」
国王としての資質が備わってきたように思えて嬉しい。と言っても、人並みの度胸がついただけだが。
「結構たくさん依頼があったね。」
「ああ。頑張らないとな。」
演説回りはなにも告知のためだけではない。国全体からの要望を聞くためでもあるのだ。そういった地道な取り組みが国を良くするのだと信じている。
「今日はもう帰るだけ?」
「そうだな。遠出をしたんだ。帰る頃には日が暮れているだろう。」
山茶花区画から僕達の家までとなると、どれだけ頑張っても四時間程度はかかってしまうのだ。それに、今はもう冬で日も短い。
「あれってお姫様じゃない?」
「本当だな。」
彼国の国民が移住してきた、東側の区画。「花水木区画」という名称で、金属加工が盛んだった区画だ。
そこを通って屋敷に戻ろうというとき。新しい家もいくつか作られ始めているが、まだ瓦礫も多いその区画の真ん中に、巫女姫さんが立ちつくしていた。
「どうしたんですか、こんなところで。」
『国王。』
こちらに気づいた途端に跪こうとする巫女姫さん。そんなことをしては衣服が汚れてしまうので、即座に反応した四包が止めた。
「やめてやめて。堅苦しいのは好きじゃないの。楽にしてよ。」
『仰せの通りに。』
「堅いなぁ。」
出会ったときからお堅い雰囲気があったが、僕達が国王になってからはより顕著になっている。
緊張するのも当然のことか。何せ僕達は、いわば大家さんのようなものだ。怒りを買えばつまみ出される可能性だってある。もちろん、そんなことをする気はないが。
「何もとって食おうというわけではありません。肩の力を抜いてください。」
『そういうわけには。』
説得は無駄なようだ。徐々に慣れていってもらうしかない。政策を話し合うような相手がいつまでもこの調子ではこちらとしてもやりづらい。
「わかりました。そのままで構いません。それで、ここで何を?」
『はい。...少し散歩を。』
「こんな何も無いところで?」
『それは...』
明らかな嘘だった。雰囲気からして実直そうであるし、嘘が得意というわけではないのだろう。信用が無いのは悲しいことだが、話し合いの面で嘘がわかりやすいというのはありがたい。
「言いたくないのであれば、言わなくて構いませんよ。」
『いえ、そういうわけでは。』
「いいのいいの。無理しないで。言いたくないことくらい誰にだってあるよ。」
先程までどこか警戒心を持っていた顔つきが、少し罪悪感のようなものを孕み始めた。四包の優しさに触れて、嘘が心苦しくなったのだろう。今までそういった人を少なからず見たことがある。
『実は、追い出されてしまったのです。』
「仲間外れってこと?」
「あまり穏やかではありませんね。」
『決してそういうことではありません。彼らは皆優しいのです。こんな私にすら。』
陰りのある表情を見せる巫女姫さん。いまいち話が見えない。彼らが優しいからこそ追い出された、ということは、女の子に力仕事を任せまいとした気遣いなのだろうか。
「よく分かりませんが、それが彼らなりの気遣いであるなら、素直に受け取ってみてはどうでしょうか。」
『そういうわけには』
「相手の優しさはきちんと受け取るの。そして、ほかのところで返す。私はそれがいいと思うな。」
『...』
相手の好意を遠慮していては、互いに気まずくなる。それならいっそ、互いに好意をキャッチボールしていれば、両方幸せになれるはずだ。
『でもこれは、優しさとは少し違うのです。』
「というと?」
『きっと彼らは私のことを敬ってくれているのです。私が巫女姫だったから。』
「だった、かぁ。そうだよね。今はもう...」
『今はもう、その力は残っていないというのに。それでもまだ、彼らは私を慕ってくれているのです。』
力が無くなって、敬われる理由も無いのに、彼らは自分に敬意を払ってくれる。それを申し訳なく思っているのだろう。真面目な人だ。
「きっと、力なんて関係ないんだよ。」
『え?』
「尊敬というものは、何も能力に対してだけ生まれるものではありません。彼らの敬意はきっと、貴方の人柄に向けてのものです。」
『私の人柄?』
力に対しての敬意であれば、能力が失われると同時に消えてしまうだろう。しかし、人柄というものは滅多なことで変わることはない。だからこそ、彼らは巫女姫さんの実直な性格に惹かれているのだ。
「みんな、巫女姫さんのことが好きだから慕ってくれてるんだと思うよ。」
「そこに上下関係も何もありません。貴方は人として尊敬されているんです。」
『...ありがとうございます。』
教えて貰ったことへの感謝なのか、褒められたことへの照れ隠しなのか、腰を直角に曲げてお辞儀をする巫女姫さん。髪から覗く耳が少しだけ赤くなっているところから察するに後者だろう。
しばらくそうしたあと、落ち着いた表情で再び顔を上げた。そして、どこかソワソワと足が動いている。
「どうかした?」
『...私は彼らに、今すぐにでも優しさを返したいのです。』
「なるほど。」
やはり彼女は真面目だ。受けた恩はすぐさま返す。しかしその方法が見つからずに困っているのだろう。好意に甘えるとなると、作業を手伝うこともできない。
「提案があります。」
『提案?』
「僕達を雇って、貴方の代わりとして働かせませんか?」
「いいじゃん、お兄ちゃん。」
『滅相もございません。国王様の手を煩わせるわけには。』
「国王って言ったって、便利屋みたいなものだからね。」
「人々の役に立つことが、僕達の仕事です。」
住むところぐらい、早く用意してあげたい。彼らだって、元は敵と言えど今は同じ国の仲間なのだ。住むところもないのでは、さすがに可哀想だろう。
『ですが代価の用意が...』
「農業が始まれば、少しずつ徴収しますし、金属工業を発展させてもらわなければなりません。」
「これは先行投資ってわけだね。」
「そういうことだ。というわけで、当初の計画から変更無く、追加で物資を奪ったりもしません。どうでしょうか。」
『そういうことでしたら。』
言質をとった。これで花水木区画の開発に手を出しても、巫女姫さんを理由にすることで、住人の反発を避けることができる。手伝おうとは思っても、勝手には出来ないので困っていたのだ。
「あ、ひとつだけ、報酬に貰っていい?」
『何でしょうか。』
突然四包が言い出した。巫女姫さんは明らかに警戒している。頼むから余計なことを言わないでくれ。せっかくの言質を取り下げられては適わない。
「本当の名前、教えて欲しいな。」
『名前...?』
呆気に取られたような顔をする巫女姫さん。物資を要求されるとでも思っていたのだろうが、四包はそんなことを言わない。僕が懸念していたのは、余りにも失礼なことを言わないかということだ。
『そんなことでよろしければ。』
「前払いでね。」
『はい。私はプリムと申します。』
契約成立だ。巫女姫さん、プリムさんの案内で、作業が最も滞っている場所へ連れてきてもらった。
向かう途中で、人とすれ違う度にプリムさんは軽いお辞儀のような挨拶をされていた。ちなみに僕達が国王だと分かる人は半分もいなかったが。僕達が国王だと知っていた人は多くが刮目していたので、少しだけ、面白いと思ってしまった。
『おお、お前ら、何してんだ。』
「アゴンさん。手伝います。」
『いいのか? 王様がこんなこと。』
「国民のために働くのが、王様の仕事なんだよ。」
『そいつは殊勝だな。』
広がった沢山の瓦礫を前に、アゴンさんと会話を交わす。広範囲に渡って散らばってはいるものの、四包の魔法を使えばすぐに終わるだろう。
「お兄ちゃん、どこまで飛ばせばいい?」
「そうだな、あそこに瓦礫の山がある。きっとあそこに溜めて置いてあるんだろう。」
「あそこだね。よーっし、やっちゃうよー! 転移!」
四包が手を触れた瓦礫から次々と消え、視界後方に映る瓦礫の山がどんどん大きくなっていく。思ったよりだいぶ早く終わりそうだ。この分では、僕は必要無さそうだな。
『す、すっげえな。』
『これが竜を倒した力、ですか。』
アゴンさんやプリムさんを始めとした、周りの人々の驚愕の視線を集めつつ、作業は迅速に、かつつつがなく終了した。
『勝てんわけだ。』
「ああ、そういえば。気になっていたことがあるんでした。プリムさん。」
『はい、何でしょうか。』
プリムさんと呼んだことで、少し周りがザワつくが、誰も咎めようとはしない。中には「巫女姫様ってプリムって名前だっけ?」などと失礼なことを言っている人もいたが。さすがにその人は、隣の人に小突かれていた。
名前呼びをするのには、舐められるのを防ぐ効果を期待している。巫女姫さんと呼んでいては、へりくだったように聞こえてしまうだろう。
さて、そんな思考はストップして、本題だ。
「竜についてです。」
お読みいただきありがとうごさいます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




