127話 家族
「良い式にしよう。」
ここは夢の中。前回の外出特訓の日から、なんとまた数年が経過した。そしてこの日は結婚式の前日。あれから色々あったようだ。
「ようやくって感じだね。」
「そうだな。今まで長かった。」
恋人同士になるのも、そこから結婚という話になるのも、あまりドラマチックな展開ではなかった。そもそもそんな展開を現実に求めるべきではない。
「昔と比べて、私も大人びてきたよね。」
「...そうか?」
見ていた夢が恋人未満の関係から唐突に結婚とまでいくと、戸惑いを覚える。これをもし父親が見せているのだとしたら、恋人同士のじゃれ合いを見せるのが恥ずかしかったのだろうか。
「今でもベタベタと引っ付いてきているじゃないか。それは子供っぽくないのか?」
「これは愛情表現だからいいの。」
僕だって両親がこんなふうにイチャついているところをわざわざ見たいとも思わないので、一向に構わないのだが。
「クライス君も、今じゃすっかり人見知りも克服しちゃって。」
「あの頃のことは忘れてくれ。恥ずかしい。」
「そりゃあ私にひっつきっぱなしだったもんねー。」
ニヤニヤという擬態語がピッタリ当てはまる顔で父親を覗く母さん。人を小馬鹿にしたような態度だが、父親の心境に怒りは一切無い。それどころか愛おしささえ感じている。
それを無理やり感じさせられている僕のことを考えて欲しいものだ。甘ったるくて仕方ない。
「でもさ、頼ってくれて嬉しかったよ。」
「俺も、ツムギのそばにいると安心できた。今だって。」
「ふふ。嬉しいことを言ってくれるねぇ。」
こういう頼り頼られの関係というのが、理想の家族なのかもしれない。それが僕と四包の関係のようで、とても親近感が湧いた。
「私たち、結婚しても変わらないかな?」
「どうだろうな。案外、想いを伝え合ったときのように、初々しい関係になるかもしれない。」
「さすがにそれはないでしょ。」
些細な会話であるのに、二人の間には確かな絆が見える。何年もひとつ屋根の下で暮らしていれば、それは身につくものなのだろうが、とても綺麗なものに感じられた。
「クライス君。」
「どうした?」
呼びかけに応えた父親の頬に手を当て、しばらく見つめ合う。それを見ているこっちがこそばゆく感じる。
「ずっと、一緒にいようね。」
「ああ。もちろんだ。」
およそ結婚式前日とは思えない、付き合いたてのカップルような言葉。それを笑うことすらなく、真摯に答える父親。どこからどう見てもおしどり夫婦だ。
「んじゃあほら。んー。」
「ん?」
見つめ合っていた目を閉じて、唇も閉じて、父親の肩に手を回す母さん。
「誓いのキス。」
「それは明日に取っておけよ。」
「今がいいの。」
「わかったよ。」
目を閉じて、互いに顔を近づけていき、唇と唇が触れ合うその寸前で、僕はこの無駄に甘い夢から解放された。
父親は本心から、母さんと一生を添い遂げたいと願っていた。本当に心の底から。
なのに。なのにどうして。父親は。僕の父親は。この人間は。
「僕達を。母さんを。捨てたんだよ...っ!」
目を覚ました僕は悔しさのあまり、腕を振り上げてしまいそうになる。だができなかった。四包にその腕を止められているからだ。
今日の寝相は僕寄りだったようで、四包の体重が丸ごと僕の腕に乗っかっている。
「落ち着こう。僕が暴れてもどうにもならない。」
起きた過去は変わらない。そう頭で言い聞かせてみるものの、父親への猜疑心は消えない。
どうして家族を捨てたのか。失踪のタイミングからして、僕達が生まれたから。僕達の何が悪かったのかはわからない。
だが、母さんは。僕達のせいで、母さんは父親に捨てられたということになる。そう考えた途端、心に大きな重りがのしかかったような気がした。
「おはよう、お兄ちゃん。」
「あ、ああ。」
腕に力を入れたせいで起こしてしまったらしい。そうとあっては、こんな思考は止めにしなくては。
間違っても四包に、僕達が要らない子だったかもしれない、なんて言ってはいけない。きっと四包の笑顔は、それだけで容易く凍りつく。それも信頼している僕の言葉とあっては。
「何かお悩み?」
「いや、なんでもない。さあ、今日も一日頑張ろう。」
寝起きのくせに鋭い四包の指摘を誤魔化して、トレーニングやら朝食やらを済ませていく。その間にも、頭の片隅では母さんの顔がチラついていた。
きっと母さんは否定するだろう。僕達が望まれていないなどという考えは。だが、真実はわからないのだ。
「お兄ちゃん、行くよ? 準備できてる?」
「ああ。大丈夫だ。行こう。」
就任式の会場へ向かう間にも、ずっと思考がグルグルと同じ場所を回っていた。
気づくと最後の打ち合わせも終わり、本番前になっていた。打ち合わせは話半分ではあったが聞いていたし、何より昨日念入りに確認をしたのだから大丈夫だと思う。問題といえば...
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「うおっ! あ、ああ。」
「朝からちょっと様子がおかしいよ?」
「心配要らない。緊張しているだけだ。」
深呼吸をしてなんとか思考を落ち着かせる。これから人々の前に立つ人間が、こんなマイナス思考ではいけないだろう。それが表情には出ないのだとしても。
「お兄ちゃん、私に嘘をつく必要ないんだよ。」
「え?」
「お兄ちゃんがどんなことで悩んでいようと、家族って関係は変わったりしないから。」
見透かされていた。本当は緊張などあまりしておらず、悩みというか、考え事ばかりに気を回していたことを。
「たまには私を頼っていいんだよ。私だってお兄ちゃんに甘えっぱなしなんだから。」
「そうだな...ならひとつだけ。」
「うん。何でもいいよ。」
直接聞くわけにもいかない。だから、万が一にも悟られることのないよう、ここは間接的に間接的を極めた話にしなくては。
「四包が僕から離れるときはいつだと思う?」
「え? えーっとねぇ...どういうこと?」
「そのままだ。四包の方から離れるときがいつになるか。」
父親が母さんの元を離れたように、四包が僕の元を離れるとするなら。
もちろん、意中の相手が見つかったのなら、僕から離れていってしまうのだろう。それならそれで答えてくれたらいい。
父親だって、浮気の結果母さんを置き去りにしたのかもしれないのだから。それが僕と四包の関係に当てはまるかと言えば首を傾げるが。
「んー、そうだなぁ。」
この質問であれば、父親がどうこうなどと考えているようには思えまい。四包の自立について考えているような質問になっている。
「多分、そんなこと起こらないと思うよ。」
まさかの回答が飛んできた。質問の根底から覆していく四包の答え。さすがにずっと一緒というわけにもいかないだろう。
「私はお兄ちゃんさえいればそれでいいから。」
「何かないか? 僕から離れる理由。」
「んー、物理的に無理やり離されるような何かが無い限りは。」
思っていたより妹の愛情が重かった。しかしそうか、もしかすると、その何かが父親の元へ訪れたのかもしれない。根本的には何もわかっていないが、少しだけ気が楽になったような気がする。
「無駄に悩んでいても仕方ないよな。」
どの道、結果は夢の中で明らかになるだろう。そうでなくては、あの夢をわざわざ見せる意味が無い。見せたくて見せているのかすら定かではないが。
「よし、もういい。切り替わった。」
「そう? よく分からないけど、またいつでも頼ってね。家族なんだから。」
「ああ。ありがとう。」
さて、気持ちの切り替えが済んだところで、いざ出陣といこう。国王としての僕達を、人々に認めてもらうために。
「「みなさんっ!」」
広場に集まった多くの人々の前に、きらびやかな服装をした僕達二人が立つ。萎縮してなどいられない。胸を張ろう。
「今日から僕達が国王となります!」
兄として、僕が先に声を上げる。何か格好いいことを言うわけでも、どうしても心に響かせなければいけないわけでもない演説。肩の力は抜けていた。
「この国は二十年前の襲撃によって、技術も人々も多くが失われました。」
「だけど、誰も諦めなかった。この国はそうやって守られてきたの。」
「今日からは、その想いを僕達が繋いでいきます!」
「みんなも協力してね! 何だって相談して! だって私たちは、この国で一緒に暮らす家族だから!」
長ったらしい挨拶は好きではない。どうせなら花火のように、短く、それでいて力強い演説にしたい。余韻に十分浸ることができるような。
「この国を! みなさんを! 全身全霊を持って支えます!」
「二十年前の襲撃、きっとその前よりも楽しい国にする! 約束するよ!」
「「どうか見守っていてください!」」
そう言い切って、観衆にお辞儀をする。少しの間、狙っていた余韻のような静寂が漂った。そのあと、僕達が顔を上げると、盛大な拍手が起こった。少々型破りだが、こうでもないと人目は惹けない。
「「ご清聴ありがとうございました!」」
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