126話 就任
「やっと見つけました!」
人垣をかき分けかき分け現れた声の主は、山茶花区画の主、耕司さんだった。肩で息をしているところから察するに、僕達を探し回っていたのだろう。
「どうかしたんですか?」
「大変なことになっているんです。」
「というと?」
深く呼吸をして息を整えたあと、耕司さんは僕にではなく、四包に視線を合わせて言葉を放った。なんというか、前にもこんなことがあった気がする。
前回はこのタイミングで「四包さんを貸してください。」なんて言われたのだったか。
「四包さんを王にしてください。」
「はへ?」
予想の斜め上を行く言葉が飛んできた。四包は間抜けな声を出して固まっている。僕だって動揺を禁じ得ない。
「どういうことですか? きちんと説明してください。」
「次の王が四包さんになるという噂が立っているのです。」
「どうしてまた?」
「それは...」
先代の国王からして、王様というのは強くなければならないというイメージがついているらしい。
稔の師匠であった、先代国王が戦死した今。そこに、竜を倒した少女がいて、彼国との対談にも出ているとなればどうか。そんな噂が出てもおかしくはない。
「でもだからといって、四包なんかに王様が務まるとは思えません。」
「そうだよ。私まだ十七歳だよ?」
「たしかに少し若いですが、そう驚くほどでもありません。それに若い方が長く続きますから。」
世論は完全に四包へ傾いているらしい。今更他の人間を王様に立てたとして、民衆に認めて貰えるかどうか。
しかし、四包が王様というのは如何なものか。たしかに、敵国との交渉という実績はあるが、それだけで王様というのは。
「良いのではないでござるか? 親友が王というのは、拙者としても鼻が高いでござる。」
「稔っ。裏切るのか。」
「お兄ちゃん、そういう言い方は良くないよ。」
「だが。」
「拙者は素直に、四包殿のような優しい人に国王になってもらいたいのでござるよ。」
そう言われると弱い。僕も四包も。
一度落ち着いて、四包が王様になるとどうなるか、考えてみよう。僕は勢いで反対しているが、そもそも僕が反対する理由は何なのか。
四包は稔が言う通り優しい。きっと誰一人の困窮を許すことなく、最善を尽くそうとするだろう。きっとそのためには、尊厳も何も無く頭を下げることだってする。ときには自分の身を削ることだって。
「四包はたしかに、良い国作りに励むでしょう。しかし、それでは彼女に負担がかかりすぎます。兄としてそれは許容できません。」
それに、四包が出す答えが本当に最善とは限らない。できるだけ僕もサポートするつもりだが、大して頼りにならないことは証明済みだ。
「安心してください。お飾り、とまでは言いませんが、仕事の負担は私たち大人も分担します。決して四包さん一人に背負わせはしません。」
「でも、私が何か間違えたりしたら...」
「心配要りません。四包さんの提案は、代表者会議で十分吟味した上で実行に移します。もちろん、誰の案でもそれは変わりませんが。」
また僕達は考えが狭かったようだ。何も四包一人で全てをこなすと言っているわけではない。
前の世界における民主主義だってそうだ。一人では間違ってしまうかもしれないから、みんなで話し合う。いつの間にか、思考が独裁政治に寄っていたらしい。
「お願いできないでしょうか。責任のある仕事ですし、報酬も少しですが出ます。どうか。」
「お兄ちゃん...」
「僕が反対する理由はもう無い。四包なら、この国を正しく治められると思う。だからあとはお前自身の決断だ。」
こうは言ったが、四包が引き受けることは確実だろう。やはり四包にとって、大人が頭を下げているのに、それを無下にすることは難しい。
「わかったよ。王様、頑張ってみる。」
「本当ですか。では」
「でもね、ひとつお願いがあるの。」
「何でしょうか。出来る限りのことはさせてもらいますよ。」
四包が頼み事を引き受けるのに、条件をつけるところなど初めて見た。対価すら用意されているのに、それ以上に欲を出すなど見たことがない。
...子どもとして、それは良いことだったのかはわからないが。
「お兄ちゃんも一緒に王様にして。」
「え? 僕?」
「構いませんよ。王が一人と決められているわけではありませんし。」
「えぇっ?」
予想外の提案。それを即可決する耕司さん。今更ながら、耕司さんの権限はどうなっているのか気になる。が、それは置いておくとして。
「どうして僕が?」
「一人じゃ不安なんだもん。」
「わざわざ同列にしなくても、僕は四包を手伝うつもりだったんだが。」
「でも、会議とかに普通の人が出るわけに行かないでしょ?」
なるほど。たしかに、公の場に親族とはいえ部外者が立ち入るのはよろしくない。そこを考慮してということか。
「お兄ちゃんが一緒なら頑張れそうだし。」
「四包がそう言うなら僕は構わない。ですが、いいんですか、耕司さん。」
「はい。大丈夫です。いつでも四包さんの隣に立っていた海胴君なら、指揮もしていましたし、民衆も文句は無いでしょう。」
そういうものなのか。とはいえ僕も、認めて貰えるのなら吝かではない。四包を一人にするのは不安というのもあるが。
「僕達二人が王となるのは良いのですが、店のことはどうしましょう。」
「拙者一人で十分でござる。」
「いや、でも」
「この間、拙者一人でも仕事を受けたでござるよ。それで何の問題もなかったでござる。」
そういえばそんなこともあった。本当に一人きりで対応できるとは思えないが、そこは今までのコネでも何でも使って上手くやるだろう。
「わかった。なら任せる。」
「任されたでござる。」
「よろしいですね。では、まずは再び代表者会議の方で話をしましょう。」
この国のこれからの方針。具体的には、彼国への対応や、就任の報告、それから農産物の配給についての細かな部分であったり、民衆からの要望であったりを会議で話し合った。
国王としての業務は基本的にこれらしい。問題に対する解決案を出して、吟味してもらい、実行に移す。なんだか便利屋と大差ない気がする。
「では、今日のところはこれで。」
「「「お疲れ様でした。」」」
もちろん、毎度毎度代表者全員が会議に出席できる訳では無い。だから国王の独断となってしまう場合もあるのだが、それは関係者との話し合いを綿密にするという方針で固まった。
「海胴君、四包さん。明日の就任式、頼みましたよ。」
「はい。任せてください。」
「うーっ、でもやっぱり緊張するよ。」
明日は就任式を執り行う予定だ。公の場での初仕事でもある。身だしなみにも気をつけ、言葉も慎重に選ばなければ。
「今までだって何度か人前に立ってきたんだ。大丈夫に決まっている。」
「そうなんだけどぉ。」
「僕が隣にいてやるから、安心しろ。」
言い終えて何だが、少々キザすぎたか。さすがにこれには四包も引いていることだろう。様子を伺うように顔を覗いてみた。
「でへへ。うん、そうだねっ。」
「お、おう。」
だらしなく頬が緩んでいた。今の会話のどこにそんな表情をする要素があったのか不思議でならないが、引かれていないのならどうだっていい。
「私たち、立場は変わっても、関係まで変わらないよね?」
「当たり前だろう。四包はずっと僕の妹で、稔はずっと僕の親友だ。」
それを確認して、やっと一安心とでも言ったように肩の力を抜いた四包だった。
日が落ちる前には屋敷に到着し、今日はもう帰宅後のルーティンを残すのみとなっている。
「今日は僕達の昇進祝いだ。」
「おおーっ。いつもより色鮮やかだよ。」
昇進と呼べるのかはよくわからないが、それでもめでたいことに変わりはないだろう。耕司さんに諸々の報酬として貰った野菜をふんだんに使って、見た目に気を配った料理を作った。
「こっ、これって、パスタだよね?」
「その通り。時間があったから作ってみたんだ。口に合えばいいんだが。」
「やった! 久しぶりの麺類だ!」
ご機嫌な四包。嬉しそうな笑顔が見られて、僕も満足だ。前の世界のものほど上手く作れているわけではないが、材料は同じはず。
「しかもミートソースだ!」
「スパゲッティと言えばやっぱり、な。」
トマトをグツグツ煮込んで、炒めた冷凍豆腐を投入したソース。調理段階でその場にいた四包は気づいていたはずなのだが、律儀に反応してくれるところが優しい。
「本当はカルボナーラやペペロンチーノも作ってみたかったんだが、材料がな。」
「いいじゃん。私、ミートソースが一番好きだよ。」
そう言って貰えるとありがたい。だが、パスタのターンはまだ終わっていない。スパゲッティは無理でも、マカロニのようなショートパスタならまだ使いようはある。
「はっ! まさか、このサラダに入っているのも!」
「その通り! パスタだ!」
マカロニをキュウリ、玉ねぎなどと和えたサラダ。本当はマヨネーズが欲しかったところだが、代用としてゴマだれを使っている。
「お兄ちゃん! 美味しい!」
「よし。パスタ作戦は成功だな。」
そんな夕食を終えて。お風呂に入ってあとは眠るだけとなった。明かりを消した部屋には、四包の寝息だけが聞こえている。
そんな手を繋いだままの四包に向かって、明日のことを小さく囁いた。
「良い式にしよう。」
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