表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポルックス  作者: リア
ポルックス
117/212

116話 三人

「よかった。」



 朝起きて、トレーニングを済ませた後。近所の顔見知りの無事を確認し、ほっと一息をついた。祐介さんに報告は受けたが、やはり合わなければ不安だ。そんな四包の意を汲んでの行動だったりする。



「じゃあ次は教会へ行くか。」

「い、いいよ。気を使わなくて。そろそろ仕事しなきゃ、ご飯たべられないでしょ?」

「何を言っているんだ。僕が心配だから行くだけで、四包は関係ない。行きたくないなら来なくていいぞ。」



 半分嘘で半分本当といったところだ。四包は関係大あり。その不安そうな表情がなければ、桜介君の伝書鳩で済ませていたはずだ。

 しかし、僕だって心配くらいする。万穂さんに限ってヘマはしないと思うが。食事についてだって、秘密兵器ユーグレナドリンクがあるので問題は...あんまりない。



「じゃあ、行くよ。」

「まったく、子どもが余計な気を回すな。」

「私子どもじゃないよ!」

「こうやって撫でられている内は子どもだ。」



 不服そうな表情の四包の頭を撫でてやる。ちょっと機嫌が直った。妹様、案外ちょろいな。



「あ、今ちょろいとか思ったでしょ!」

「そっ、そんなことはない。」

「目が泳いでるよ。」

「ぎくり。」



 普段よりコミカルな茶番で移動を盛り上げつつ、教会へ向けてひた走る。途中、今回の戦争で被害に遭った土地を通ることになるので、無理にでもテンションは上げておかなくてはならない。



「ただ、ご飯については心配だな。」

「そうでござるな。どこかに仕事が転がっていれば良いのでござるが。」

「せめて四包にはまともな食事を摂らせてやりたいものだ。」

「あ、こらお兄ちゃん。身内でも贔屓は駄目なんだよ。」



 叱られてしまった。しかし仕方がないではないか。可愛い妹には元気でいて欲しい、健康でいて欲しいと願うのが兄心というものだろう。素直に言うにはいささか面映ゆいが。稔は忍耐力のメーターが振り切っていそうなので、華麗にスルー。



「四包が美味しそうに食べてくれれば、こっちもお腹いっぱいになるからな。」

「嘘だぁ。目の前でご飯食べられたら、余計にお腹が空くでしょ。」

「そんなことはない。なあ稔。」

「四包殿に健やかでいて欲しいという兄心は察するでござるよ、海胴。拙者も似たような気持ちでござる。」



 恥ずかしくて言えなかったことをサラリと口にしてしまった。ちょっと体温が上がった気がする。これは走っているせいだ。照れているわけではない。



「そうなの?」

「ま、まあ。」

「ありがとね。気遣ってくれて。」

「お、おう。そのくらいはな。」



 四包の笑顔がやけに眩しく感じる。こんなものが見られるのであれば、自分から言っていたみてもよかったかもしれないな。



「万穂さーん! いるー?」

「無事でござるかー?」



 教会に入って声を掛ける。誰も見当たらないが、戦いが終わって早々仕事にでも出かけているのだろうか。



「ここにはいなさそうだね。」

「農場の方まで見に行くか。」

「しかし、まだ避難から戻っていない可能性もあるでござるよ。」



 丸一日あって戻っていないのは謎だが、可能性も無くはない。ひとまず農場を見に行ってから、避難場所までの道のりを確認しよう。



「いない、か。」

「じゃあまだ戻ってないのかな。」

「そのうち出会うでござるよ。」



 表情に陰りが見えた四包に対し、稔が希望的観測を口にする。たしかに、遠くまで避難しすぎただけかもしれない。



「子供連れだからな。戻るのにも時間がかかっているのだろう。」

「そうだよね。...うん。じゃあ迎えに行こう!」



 肌寒い空気の中、街並みを南へ進んでいく。活気はお世事にもあるとは言えず、井戸端会議の笑い声も聞こえない。



「いないね。すれ違っちゃったのかな。」

「そうかもな。とりあえず南の池まで行ってみよう。」



 そこから別ルートで引き返しても見つからなかった場合はどうしよう。そう思うと本格的に心配になる。

 結局出会わずに、池まで辿り着いてしまった。だがそこで、目当てではないにせよ顔見知りに会った。あの3人組の男性グループだ。



「あ...四包ちゃん。」

「海胴君のこと、残念だったね。」

「気を落とさないで、というのは無理なんだろうけど、どうか元気を出して。」



 相変わらず四包しか目に入っていないようだ。話題の当人がその隣に立っているのに。

 この人たちは僕が死んだ現場に出会したのだろうか。やけに四包を元気づけようとしてくれている。妹が慕われているのは素直に嬉しいし、これからも気にかけてやって欲しい。そのついでで構わないので、僕も少しは。



「あのね、お兄さんたち。お兄ちゃんね、生き返ったの。」

「「「ほへ?」」」



 間抜けな声を上げて、目が点になった。そしてぎこちない動きで僕を目視してきたので、手を振って返してあげる。すると彼らは顎をだらしなく垂れ下がらせて、呆然とするのだ。ここまで三人が同時に行っているから面白い。



「どうも。」

「「「きえぇ! しゃべったぁ!」」」



 漫画に出てきそうなほどの見事なオーバーリアクション。稔のツボにはまったのか、隣で笑い転げている。それもまたオーバーなリアクションだった。



「何故か生き返りました。」

「ほ、ほんとうに?」

「触ったら消えたりしないかい?」

「あれ、体越しに後ろの景色が...」

「見えませんよ!」



 いくら影が薄かろうと存在を消すことはできない。自動ドアだって反応してくれるし、面と向かい合えば認識してもらえる。



「信じられんなぁ。」

「不思議なこともあるものだね。」

「そっくりさんではないんだよね?」

「もちろん。」



 ぺたぺたと触って確認をされることで、僕が幽霊ではないことは分かってもらえたようだ。

 そういえば、僕達はまだこの人たちの名前を知らない。それに稔の紹介もしていなかったはずだ。この機会に済ませておこう。

 稔を肘でつついて自己紹介を促す。きちんと意図を理解してくれたようで、軽く頷いてみせた。



「海胴が本人であることは今朝確認済みでござる。硬い棒を激しく打ち合って。それはそれは激しかったでござるよ。あんなにしても倒れないのは海胴くらいのものでござる。」

「激しく?」

「硬い棒を?」

「打ち合う?」

「「「海胴君、そういうご趣味がおありで?」」」

「そんなわけないでしょう! 僕は普通です!」



 僕が生きていることの証人になって欲しいわけではなく、自己紹介をしてもらいたかったのだが。

 そして男性3人組はあらぬ勘違いをしてしまった様子。身を震えさせながら、僕から距離を取った。稔のせいでドン引かれた。



「お兄ちゃん、私知ってるよ。そういうのを、びーえるって言うんだよね。」

「誰だ家の妹にそんな偏った知識を植え付けたのは!」

「寺ちゃんが言ってた。」

「あの子かぁ!」



 余計なことを吹き込んでくれやがって。四包は健全な少女に育てる計画だったのに。思わぬところに落とし穴があった。幸いなことに、どっぷりと浸かっているわけではなさそうなのでひと安心だ。



「びーえる? 拙者たちはただ、剣の鍛錬をしていただけでござるよ?」

「なんだ、稽古かぁ。」

「驚かさないでよ。」

「紛らわしい。」



 今度は意図を明確にした上で、稔に自己紹介を促す。そこでは余計な勘違いは産まなかったので良しとしよう。



「僕達は三人で「天恵」という便利屋をしています。どうぞご贔屓に。」

「それを言うなら、僕達も劇団をしていてね。」

「たった三人というのは、格好がつかないのだけど。」

「襲撃の影響で今は専ら農業なんだけどね。」

「もし機会があれば、お呼び立てするかもしれません。そのときはよろしくお願いします。」

「楽しみにしておくよ。」



 何かしらの繋がりを持っておくことは大切だ。どんな小さなコネでも、肝心なときに役に立つ可能性がある。そんな打算的な関係だけ、というわけではないけれど。



「それで、お名前を聞いてもよろしいですか?」

「あー、僕達結構似ているから、混乱するでしょう?」

「間違えられて、お互い気を使うのも面倒だからね。」

「劇団の名前だけ覚えて帰ってよ。僕達の劇団は、その名も。」

「「「三匹の牡牛。」」」



 有名な童話を彷彿とさせるネーミングだが、彼らの表情には誇りを感じる。きっと心の底から三人でいるのが好きなのだろう。



「わかりました。覚えておきます。」

「またね、お兄さんたち。」



 三匹の牡牛のメンバーと別れた後で、教会に向かって引き返す。もちろん行きとは別の道で。

 先程まで頂点にあった太陽は、だんだんと西へ動いて行く。今はだいたい午後3時。刻々と進み続ける太陽に、僕達の足取りは急かされていた。



「お兄ちゃん、何か聴こえない?」

「なんだ、敵襲か?」

「いや、これは...呼び声のようでござるな。」

「行ってみよう。」

「あ、おい。」



 進軍が再び始まったのかも、という思考が脳裏を過ぎる。しかし、稔も四包も違うという。僕には少ししか聴こえていないのでそこまで判断できないのだが、どちらにせよ走り出した四包を追いかけるしかない。



「「「多那ー!」」」

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ