116話 三人
「よかった。」
朝起きて、トレーニングを済ませた後。近所の顔見知りの無事を確認し、ほっと一息をついた。祐介さんに報告は受けたが、やはり合わなければ不安だ。そんな四包の意を汲んでの行動だったりする。
「じゃあ次は教会へ行くか。」
「い、いいよ。気を使わなくて。そろそろ仕事しなきゃ、ご飯たべられないでしょ?」
「何を言っているんだ。僕が心配だから行くだけで、四包は関係ない。行きたくないなら来なくていいぞ。」
半分嘘で半分本当といったところだ。四包は関係大あり。その不安そうな表情がなければ、桜介君の伝書鳩で済ませていたはずだ。
しかし、僕だって心配くらいする。万穂さんに限ってヘマはしないと思うが。食事についてだって、秘密兵器ユーグレナドリンクがあるので問題は...あんまりない。
「じゃあ、行くよ。」
「まったく、子どもが余計な気を回すな。」
「私子どもじゃないよ!」
「こうやって撫でられている内は子どもだ。」
不服そうな表情の四包の頭を撫でてやる。ちょっと機嫌が直った。妹様、案外ちょろいな。
「あ、今ちょろいとか思ったでしょ!」
「そっ、そんなことはない。」
「目が泳いでるよ。」
「ぎくり。」
普段よりコミカルな茶番で移動を盛り上げつつ、教会へ向けてひた走る。途中、今回の戦争で被害に遭った土地を通ることになるので、無理にでもテンションは上げておかなくてはならない。
「ただ、ご飯については心配だな。」
「そうでござるな。どこかに仕事が転がっていれば良いのでござるが。」
「せめて四包にはまともな食事を摂らせてやりたいものだ。」
「あ、こらお兄ちゃん。身内でも贔屓は駄目なんだよ。」
叱られてしまった。しかし仕方がないではないか。可愛い妹には元気でいて欲しい、健康でいて欲しいと願うのが兄心というものだろう。素直に言うにはいささか面映ゆいが。稔は忍耐力のメーターが振り切っていそうなので、華麗にスルー。
「四包が美味しそうに食べてくれれば、こっちもお腹いっぱいになるからな。」
「嘘だぁ。目の前でご飯食べられたら、余計にお腹が空くでしょ。」
「そんなことはない。なあ稔。」
「四包殿に健やかでいて欲しいという兄心は察するでござるよ、海胴。拙者も似たような気持ちでござる。」
恥ずかしくて言えなかったことをサラリと口にしてしまった。ちょっと体温が上がった気がする。これは走っているせいだ。照れているわけではない。
「そうなの?」
「ま、まあ。」
「ありがとね。気遣ってくれて。」
「お、おう。そのくらいはな。」
四包の笑顔がやけに眩しく感じる。こんなものが見られるのであれば、自分から言っていたみてもよかったかもしれないな。
「万穂さーん! いるー?」
「無事でござるかー?」
教会に入って声を掛ける。誰も見当たらないが、戦いが終わって早々仕事にでも出かけているのだろうか。
「ここにはいなさそうだね。」
「農場の方まで見に行くか。」
「しかし、まだ避難から戻っていない可能性もあるでござるよ。」
丸一日あって戻っていないのは謎だが、可能性も無くはない。ひとまず農場を見に行ってから、避難場所までの道のりを確認しよう。
「いない、か。」
「じゃあまだ戻ってないのかな。」
「そのうち出会うでござるよ。」
表情に陰りが見えた四包に対し、稔が希望的観測を口にする。たしかに、遠くまで避難しすぎただけかもしれない。
「子供連れだからな。戻るのにも時間がかかっているのだろう。」
「そうだよね。...うん。じゃあ迎えに行こう!」
肌寒い空気の中、街並みを南へ進んでいく。活気はお世事にもあるとは言えず、井戸端会議の笑い声も聞こえない。
「いないね。すれ違っちゃったのかな。」
「そうかもな。とりあえず南の池まで行ってみよう。」
そこから別ルートで引き返しても見つからなかった場合はどうしよう。そう思うと本格的に心配になる。
結局出会わずに、池まで辿り着いてしまった。だがそこで、目当てではないにせよ顔見知りに会った。あの3人組の男性グループだ。
「あ...四包ちゃん。」
「海胴君のこと、残念だったね。」
「気を落とさないで、というのは無理なんだろうけど、どうか元気を出して。」
相変わらず四包しか目に入っていないようだ。話題の当人がその隣に立っているのに。
この人たちは僕が死んだ現場に出会したのだろうか。やけに四包を元気づけようとしてくれている。妹が慕われているのは素直に嬉しいし、これからも気にかけてやって欲しい。そのついでで構わないので、僕も少しは。
「あのね、お兄さんたち。お兄ちゃんね、生き返ったの。」
「「「ほへ?」」」
間抜けな声を上げて、目が点になった。そしてぎこちない動きで僕を目視してきたので、手を振って返してあげる。すると彼らは顎をだらしなく垂れ下がらせて、呆然とするのだ。ここまで三人が同時に行っているから面白い。
「どうも。」
「「「きえぇ! しゃべったぁ!」」」
漫画に出てきそうなほどの見事なオーバーリアクション。稔のツボにはまったのか、隣で笑い転げている。それもまたオーバーなリアクションだった。
「何故か生き返りました。」
「ほ、ほんとうに?」
「触ったら消えたりしないかい?」
「あれ、体越しに後ろの景色が...」
「見えませんよ!」
いくら影が薄かろうと存在を消すことはできない。自動ドアだって反応してくれるし、面と向かい合えば認識してもらえる。
「信じられんなぁ。」
「不思議なこともあるものだね。」
「そっくりさんではないんだよね?」
「もちろん。」
ぺたぺたと触って確認をされることで、僕が幽霊ではないことは分かってもらえたようだ。
そういえば、僕達はまだこの人たちの名前を知らない。それに稔の紹介もしていなかったはずだ。この機会に済ませておこう。
稔を肘でつついて自己紹介を促す。きちんと意図を理解してくれたようで、軽く頷いてみせた。
「海胴が本人であることは今朝確認済みでござる。硬い棒を激しく打ち合って。それはそれは激しかったでござるよ。あんなにしても倒れないのは海胴くらいのものでござる。」
「激しく?」
「硬い棒を?」
「打ち合う?」
「「「海胴君、そういうご趣味がおありで?」」」
「そんなわけないでしょう! 僕は普通です!」
僕が生きていることの証人になって欲しいわけではなく、自己紹介をしてもらいたかったのだが。
そして男性3人組はあらぬ勘違いをしてしまった様子。身を震えさせながら、僕から距離を取った。稔のせいでドン引かれた。
「お兄ちゃん、私知ってるよ。そういうのを、びーえるって言うんだよね。」
「誰だ家の妹にそんな偏った知識を植え付けたのは!」
「寺ちゃんが言ってた。」
「あの子かぁ!」
余計なことを吹き込んでくれやがって。四包は健全な少女に育てる計画だったのに。思わぬところに落とし穴があった。幸いなことに、どっぷりと浸かっているわけではなさそうなのでひと安心だ。
「びーえる? 拙者たちはただ、剣の鍛錬をしていただけでござるよ?」
「なんだ、稽古かぁ。」
「驚かさないでよ。」
「紛らわしい。」
今度は意図を明確にした上で、稔に自己紹介を促す。そこでは余計な勘違いは産まなかったので良しとしよう。
「僕達は三人で「天恵」という便利屋をしています。どうぞご贔屓に。」
「それを言うなら、僕達も劇団をしていてね。」
「たった三人というのは、格好がつかないのだけど。」
「襲撃の影響で今は専ら農業なんだけどね。」
「もし機会があれば、お呼び立てするかもしれません。そのときはよろしくお願いします。」
「楽しみにしておくよ。」
何かしらの繋がりを持っておくことは大切だ。どんな小さなコネでも、肝心なときに役に立つ可能性がある。そんな打算的な関係だけ、というわけではないけれど。
「それで、お名前を聞いてもよろしいですか?」
「あー、僕達結構似ているから、混乱するでしょう?」
「間違えられて、お互い気を使うのも面倒だからね。」
「劇団の名前だけ覚えて帰ってよ。僕達の劇団は、その名も。」
「「「三匹の牡牛。」」」
有名な童話を彷彿とさせるネーミングだが、彼らの表情には誇りを感じる。きっと心の底から三人でいるのが好きなのだろう。
「わかりました。覚えておきます。」
「またね、お兄さんたち。」
三匹の牡牛のメンバーと別れた後で、教会に向かって引き返す。もちろん行きとは別の道で。
先程まで頂点にあった太陽は、だんだんと西へ動いて行く。今はだいたい午後3時。刻々と進み続ける太陽に、僕達の足取りは急かされていた。
「お兄ちゃん、何か聴こえない?」
「なんだ、敵襲か?」
「いや、これは...呼び声のようでござるな。」
「行ってみよう。」
「あ、おい。」
進軍が再び始まったのかも、という思考が脳裏を過ぎる。しかし、稔も四包も違うという。僕には少ししか聴こえていないのでそこまで判断できないのだが、どちらにせよ走り出した四包を追いかけるしかない。
「「「多那ー!」」」
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