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ポルックス  作者: リア
ポルックス
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115話 演説

「皆さん、聞いてください!」



 夕暮れの広場に集まった大勢の人たちに対し、四包は声を張り上げる。集まっている人は、どこか暗い表情をした人ばかり。



「どうしてそんなに暗い顔ばかりするのですか! もっと喜んでください! 勝利を祝いましょう!」



 気持ちが落ち込むのは当然と言える。勝利の喜びに対して、失ったものの悲しみが釣り合っていないのだ。大切な人を失ってもなお喜べる人間など、壊れている。



「私たちは戦いに勝ちました! 二十年前の雪辱を果たして!」



 血気盛んな兵士たち。復讐に燃えていた人たちなら、これだけの言葉で即座に盛り上がる。しかし、ここではそうもいかない。戦っていた人は勝利の喜びで気分が良いはずなのだが、亡くなった人がいる以上、素直に喜ぶことができずにいるのだ。

 どうにも反応が芳しくない人々に対し、四包の表情もだんだんと暗くなっていく。途端にこちらも心配になるが、演説の邪魔をしてはいけない。



「そう...ですよね。大切な人を失うことは悲しい。当然です。」



 そう、まずは認めることが大事だ。人を動かすためには、相手を理解しなければ始まらない。相手の目線に立って物事を考えるのだ。



「たしかに、この戦争で沢山の人が亡くなりました。戦争で受けた傷は、もう癒えないのかもしれません。」



 理解し、共感した上で、さらに下げる。綺麗事を並べてむやみに盛り上げようとすると、相手の気持ちは白けてしまう。だから一度、暗いムードを作り出すのだ。



「そして今、再び脅威が迫ろうとしています。敵の軍はまだこの国の近くにいるのです。」



 ざわつく広場。犠牲を悲しんでいる状況で、さらに戦争が続くとなれば、打ちひしがれるのは当然。さて、ここからが四包の腕の見せ所だ。この空気をどう盛り上げるか。



「大切な仲間が、家族が死んでしまうのは悲しいです。辛いです。それは仕方ありません。」



 僕が一度死んだときのことを思い出しているのか、悲痛な表情を浮かべ、俯く四包。思わず慰めてやりたくなる。

 その表情と対応するように、日が完全に沈んでしまった。途端に辺りは暗闇に包まれる。



「辛いことを嘆くことは悪いことではありません。」



 夜の闇の中に、ポッと光が灯る。それは四包の掌から。それはだんだんと明るさを増し、この広場の全てを照らすほどになった。



「でも、肝心なときにそのままでいいんですか?」



 俯いていた顔をキッと上げ、強い眼差しで観衆ひとりひとりに目を合わせていく。彼らの中には、四包の気概に当てられて、ハッとするような表情を浮かべる者もいる。



「大切な人が全てを懸けて守ってくれたこの国を、この街を、そして、私たちの命を、悲しいからと投げ捨てていいんですか!」



 普段の柔らかな雰囲気からは想像もできない、鳥肌が立つほどの迫力。この国と、その人々を想う四包の優しさがひしひしと伝わってくる。



「いいわけないでしょう! 散っていった彼らの思いを無駄にしていいわけがない! 絶対に! 彼らが残してくれた全てを守りきるのが私たちの役目です!」



 ビリビリと心を刺激する演説。柄にも無く、かっこいいなと思ってしまう。実際、何かに集中しているときの四包はそれはそれは輝いていて。



「悲しんであげるのも、弔ってあげるのもいつだってできる! だけど今は戦うときなんです!」



 今の、輝いている四包が、僕は好きだ。

 そんな眩しい四包に目を奪われる人が続出した。決して悲しみを振り切ったという訳ではないだろうが、彼女の心意気に感銘を受けたのだろう。



「さあ、前を向きましょう! 私たちと一緒に! みんなで手を取り合って!」

「「「おおぉー!」」」



 下げて上げる。この演説の構造はたったこれだけ。あとは四包が言いたいことを言っただけだ。それで人々の心を掴んでしまうのだから、四包にはカリスマ性があるのかもしれない。



「困ったことがあったら何でも言って! 私たちが力になるから!」



 明日香さんの頼み通り、人々の気持ちを盛り上げることには成功したようだ。観衆の足取りは、明らかに軽くなっている。

 これで今日の演説は終わり。台から降りた四包が汗をかいていたので、タオルを手渡してやる。



「お疲れ様、四包。」

「ありがと。はぁー、緊張した。」

「四包殿、格好良かったでござるよ。」

「ありがとね。」

「僕もそう思う。やはり四包は適任だったな。」



 労いと賞賛の意味を込めて頭をぐしぐしと荒っぽく撫でてやる。そうすると、四包はふにゃりと笑ってくれるのだ。前は少し口角が上がるだけだったのだが、僕が生き返ってから反応が変わった。そんな四包の甘ったるい表情に、僕は虜になりつつある。



「帰ろ、お兄ちゃん。もう暗いよ。」

「そうだな。」

「拙者は空腹でござる!」



 言葉通り、稔のお腹が派手に鳴った。つい笑ってしまったが、それに隠れて四包のお腹も可愛らしく鳴っているのを僕は聞き逃さなかった。恥ずかしがって視線を背けるところが愛らしい。



「あ。」

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「...」

「まさか、海胴?」

「食料が、な。」



 無いことはない。だが、空腹の成長期三人を満足させられるかと言うと、難しいだろう。今日の夜はひもじい思いをすることになりそうだ。

 そう思うと、やたらと空腹感が押し寄せてくる。さっきまで忘れていたようなものが、意識するとこうもハッキリと。



「耕司さんから貰った分を持って帰っておくべきだったな。」



 襲撃のおかげで収入は無し。備蓄も底を突きそうともなれば、焦りも出てくる。せっかく生き返ったところに餓死なんて笑えない。



「あ、お前らこんなところにいたのか。」

「明日香殿。」

「よくやってくれたな。これでこの街も安泰だろうよ。」

「あ、明日香さぁん!」

「どうした嬢ちゃん、棄てられた子犬みたいな目をして。撫でてやろうか?」



 うりうりと頭やら顎の下やらを撫で回す。四包はそれに合わせて「くぅん」と鳴き声を上げるので、なんとも微笑ましい。明日香さんからはさながらアルプスの少女のようなオーラを感じる。



「実は食べるものに困ってまして。」

「そうかそうか。よし。この犬っころの可愛さに免じて、今日はあたしが奢ってやろう。」

「本当でこざるか!」

「やったー! わんわんっ!」



 これで今日は乗り切ることができそうだ。感謝して晩御飯をご馳走になりつつ、屋敷で睡眠をとる。落ち着いて眠る幸せがここにあった。

 添い寝する四包の体が、いつもより少しだけ近い気がした。眠っていても、頭を撫でると微笑んでくれる。その笑顔が明日も見られるよう祈りつつ目を閉じた。




「こんなものか。」



 以前の夢の内容から時が進んだようで、作業は終盤を迎えている。父親はふぅっと息をついた。母さんと祖父が彼を見守っている。



「凄い凄い! クライス君凄いよ!」

「やるじゃねえか。」



 出来栄えは上々。床板だけのつもりが、調子に乗って、いたるところをリフォームしてしまったようだ。ボロボロだった家は新品に近い輝きを放っている。ただ、調子に乗った代償は如実に現れていた。



「だが、配線には気を使ってくれよ。」

「すまない。」

「でもこんなに綺麗になったんだから、いいじゃない。」



 一部の家電製品のコードやら何やらを壊してしまったらしい。テレビはもう映らないし、エアコンも起動しなくなっている。幸い、冷蔵庫や電子レンジなどのキッチン周りは、なんとか母さんが守護した。



「ありがとね、クライス君っ。」

「どういたしまして。」

「ほらお父さんも。」

「住まわせてやってるんだから、この位当然だ。」

「もぅ、素直じゃないんだから。」



 本当に嬉しそうに微笑む姿は、父親から見るととても美しく見えたようだ。僕は母親の笑顔でどうこう思ったりはしないが。



「中もちゃんと綺麗になってる! 本当にありがとね!」



 その笑顔を向けられただけで、心臓が高鳴るのを感じる。これが恋心というやつなのだろうか。父親の恋心など知りたくはなかった。



「あーでも、畳はしょうがないか。」

「材料も無いしな。」

「作り方、知らない。」

「仕方ない。外しちまうか。」



 古いはずの僕達の家に畳が無いのは何故かと思っていたが、こういうことだったらしい。どれだけお金をかけたくないのだ。



「手伝う。」

「...ありがとな、坊主。」



 祖父がボソリと呟いた声は、耳の良い父親からはバッチリ聞こえていた。頬が緩むのを感じる。それを見て、母さんもニッコリと微笑んでいた。

 家族に受け入れられていることを安堵する気持ちが溢れてくる。



「よかった。」

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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