104話 怪物
「なんだ、あれ。」
地面に仰向けで倒れていると、どうしても視界に入ってくる空。その何気なく見上げた空の彼方に、見慣れない影が映った。
「どうしたの、お兄ちゃん。」
「あ、あれ。」
「鳥でござるか?」
「どれどれ?」
そう見えなくはない。大きな翼を持ち、風を切って飛行している。
だがおかしい。人間の目は立体感を感じられる構造、というか、そういう位置についているはずだ。事実、あの鳥のような何かは遥か上空を飛んでいると、目は訴えている。しかし、それにしては大きすぎるのだ。
「あれって、ドラゴン?」
「そう、かもしれないな。」
「どらごんという鳥でござるか? 大きいでござるな。」
有り得ない。だが、有り得てしまうのがこの世界。巨大なスナガニの例からして、この世界の生物はぶっ飛んでいるのだ。ドラゴンくらいいても不思議ではないのかもしれない。
「あれは多分、鳥ではないだろうな。」
「蜥蜴のほうが近いかな。」
「羽の生えた蜥蜴でござるか。」
尻尾らしい影がうねった。鳥でこんなことは無いはずなので、ドラゴンと仮定して相違ないだろう。さて、あの怪物は何故か、この向日葵区画上空を旋回している。これが無関係だと思うことができるだろうか。
「ねえ、向日葵区画が危ないのって...」
「関係ありそうだな。あの巨体では降りてきただけで大惨事だろう。」
「しかし、あんな生物は見たことがないのでござるよ。」
ということは、周期的にここらを訪れるというわけでもなさそうだ。なのに敵軍にはわかった。奴らが追い立ててきたのか、それとも何か使役する方法があるのか。
「ドラゴンっていうと、火を吹くイメージがあるよね。」
「蜥蜴が火を吹くなど考えられないでござる。」
「僕からすれば、あの生物の存在自体考えられないがな。」
目に見える範囲にその存在が居るというのだから、信ぜざるをえないが。無駄話をしている間も、変わらずドラゴンは旋回をしているわけだが、その高度がだんだん下がってきているように感じる。
『ふはははっ。ついに巫女姫様が決断を下されたか。』
「なっ!」
「生きていたのでござるか。」
僕達と二人分ほど間をあけて、死んだように倒れていた奴が口を開いた。その異常な生命力には恐怖を覚えるが、身じろぎ一つできない体では何もできまい。
『あの怪物を眷属とする巫女の血族。彼女がいる限り我らに敗北は無い! 当代の巫女姫様は臆病者だが、ようやく決心がついたようだな。これで貴様らの国は我らの領土となる!』
「勝手なことを言ってくれますね。」
「そんなことさせない!」
『貴様らに何が出来る。あの怪物相手にはどのような攻撃も無力だ。』
ほう、無力か。詳しく聞こうじゃないか。幸い、敵は頭脳派とは言えない。自分が有利と思わせれば簡単に情報を吐いてくれるだろう。
「どういうことですか。」
『剣で切ろうが槌で叩こうが、あの甲殻には傷ひとつつかんのだ。どうしようもあるまい。』
この通り、むしろ自発的に話してくれる。投げやりな言葉遣いからも、彼自身、あの怪物には辟易しているのだろう。
彼の諦めたような話から出た結論として、この世界の常人が考えつくような方法は無意味。つまり、槍で突いても火で炙っても無駄ということだ。
「どうしようもないじゃないか。」
『そうだ。巫女姫様が戦闘不能になれば、あの怪物は血を求めて無秩序に暴れ回るがな。』
ならばやはり、あのドラゴン本体をどうにかしなければならないようだ。しかし、通常の方法では討伐不可能。討伐といえば、モンスターをハントするゲームがあったのを思い出す。クラスで話題になっていたことがあった。
「ゲームではどうやって討伐してたんだ?」
「ちょっ、お兄ちゃん今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
なんというか、窮地すぎて逆に落ち着いている。頭がスーッとして、思考がクリアだ。出血しすぎたのかもしれない。学校へ来た献血カーの中でもこういう感覚があった。
「あれをどうしたら倒せるんだろうな。」
「まず逃げなきゃ。」
「逃げたところで、あんなものがいては暮らせないでござるよ。」
喋っている間にもドラゴンは確実に高度を落としている。どうしたものか。もう数分としないうちに着陸に至ってしまう。改めて見ると巨体だ。飛行機くらいの大きさだろうか。飛行機に乗ったことは無いのだが。
「どっ、どうするのお兄ちゃん!」
ドラゴンの弱点...それも普通では思いつかないような、奇想天外な発想を用いた討伐方法。全く思いつかない。このままではこの国が蹂躙されてしまう。
「四包殿の魔法でどうにかならないのでござるか?」
「そうだお兄ちゃん。生物は火が本能的に苦手だって言ってたじゃん。蟹さんのときみたいに、火柱で追い払うのは?」
「本能的にはそのはずなんだが、人間のように理性で制御出来る存在という可能性もある。それに、自ら火を吹く可能性だってな。」
自ら火を吹くくせに火が苦手など、間抜けでしかない。いくら異世界といえど、そんなチグハグな生物は有り得ないだろう。
それはそれとして、魔法というのは有用かもしれない。何か良い方法は...
「待てよ。この世界の魔法がもし、夢と同じなら...」
魔法は物質を移動させる力であるという解釈だ。これがもしこの世界でも当てはまるというのなら。可能か不可能かは事後判断だ。とにかく試してみよう。
「四包。背負っている矢を一本、どこかの空へ移動させてくれ。」
「うん? ...わかった。」
そう言って矢を番える。伝言ミスだ。そういうことではない。
「違う。そうじゃなくて、魔法でだ。」
「え? 魔法って液体か気体を生み出す力なんじゃ...」
「いいから。やってみてくれ。」
「よくわかんないけど、やってみるよ。」
そう言って矢を持ち、「移動」と呟く。文句を言わず、実行に移してくれるあたり、信頼を感じる。その信頼に応えるべく、有意義な実験にしなくては。
しかしその思いも虚しく、四包の手にはずっと矢が握られていた。
「ダメっぽいよ。」
「そうだな、イメージを変えてみてくれ。魔法は何かを生み出す力ではなく、何かを転移させる力なんだ。」
「うーん、わかった。」
今までの魔法は、どこから取ってきたのかは不明だが、不定形のものを転移させていたと考えよう。夢の中のように、固体であっても形さえはっきり分かれば転移させられるのではないか。
「転移! ...え?」
「危ないでござるっ!」
四包の手から矢は消え、稔の真上に転移した。危うく稔の腹を貫通するところだったが、そこは咄嗟に転がって回避。稔の額には冷や汗が。妹よ、兄の唯一の親友を殺そうとしないでもらえるか。まあ、なにはともあれ。
「成功だ。」
「わーっ! ごめんね稔君!」
「大丈夫でござるよ。しかし驚きでござる。魔法にこんなことが出来るとは。」
実験は成功。これであとは、四包が転移させられる分量が問題だ。実験での稔のように、あのドラゴンを倒すには、ここら一帯の瓦礫を寄せ集めでもしなければ不可能だろう。それに、奴が避けないように足止めをする必要もある。
「四包、魔素の具合はどうだ。」
「全然余裕。何発だって撃てるよ。」
「よし。なら作戦は決まりだ。」
この簡単な作戦の概要を説明し、細かい部分を詰めていく。具体的な問題点は、奴の足止め。
「どうしたらあんなのを止められるの?」
「何人がかりで押さえつけても無駄でござろう。」
飛行機を人力で止めようなどということは不可能に近い。しかし、魔法を使うにしても、四包の魔素を無駄に消費するわけにもいかない。
こういうときは、発想の転換だ。視点を変えて物事を見る。目的は四包の魔法をドラゴンに全弾命中させること。そのためにはどうしたらいいのか。
ふと妙案が浮かんだ。そうだ、何も足止めに拘る必要はない。時間に縛られる難しい作戦にはなるが、もとより不可能に近いのだ。やるしかない。
「難しいが、良い案があるんだ。」
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