102話 救助
「お兄ちゃんっ!」
お兄ちゃんが稔君を助けに行ってから、遅れて私もお兄ちゃんを追いかける。方向は、お兄ちゃんセンサー頼り。意外とあてになるんだよね。まだ少しお腹は痛むけど、今はそんなことで立ち止まってはいられない。
お願い。無事でいて、お兄ちゃん。
「あっ...あれは?」
何人か、男の人が集まっているのが見えた。みんな一様に槍みたいなものを構えている。そうだ、ここは戦場なんだ。気を引き締めないと。ミイラ取りがミイラになったら、目も当てられない。
だんだんその場所に近づいてきた。彼らは、タイミングを見計らっているような、緊張した面持ちをしているのがわかる。そして、その槍の矛先には。
『やめて。来ないでぇ。』
小さな女の子がいた。私の腰くらいまでの背丈。どうしてこんなところにいるのかは謎だけど、戦ったりするような見た目じゃない。それどころか、縮こまっているようにも見える。かろうじて聞き取れた拒絶の声も、すごく弱弱しかった。
「やれ!」
リーダーっぽい人の、どこか聞き覚えのある声をした合図で、彼女を囲む大人たちの、武器を握る手に力がこもった。あのまま槍を投げてしまったら、あの女の子は間違いなく串刺しにされてしまう。
だというのに、その少女は逃げることすらせず、さらに体を丸めるだけだった。ぎゅっと閉じた瞳に涙を浮かべて。
『助けて、お父さんっ...!』
「っ!」
そう口にして、体を強張らせた女の子。赤くなった頬に、こらえきれなくなった雫が流れ落ちる。
見ていられない。
「待ってっ!」
気づいたら、射線上に飛び出していた。
この子はきっと敵軍の仲間。じゃないと何人もの男性で取り囲んだり、ましてや攻撃したりなんてことはあり得ない。敵を殺す。それが戦争だから、彼女が殺されるのは当然のことなのかもしれない。
でも、私の心は違うって叫んだ。
「この子は敵じゃない!」
『え?』
後ろから間抜けな声がする。後ろだけじゃない。今目の前にいる男の人たちも「訳がわからない」といった表情をしていた。いち早く復帰した男性が、声をかけてくる。
「君。そこを退くんだ。」
「嫌っ! この子が何をしたっていうの!」
「これは戦いなんだ。奪われた分を奪い返す。だから敵は殺さなくてはならない。」
「どうしてこの子が敵だって思うの?!」
不思議なものを見ているかのような目。当たり前のことを訊く子供へ向けるような。
「どうしてもなにも。話している言葉からして違うだろう。」
「え?」
そんなはずない。だって今、確かに「助けて」って言ってたのに。そう思って少女に振り返ると、彼女は怯えたように肩を狭めた。
「怖がらなくていいよ。お姉さんは何もしないから。」
『近づかないで!』
さすがに信用は得られていないみたいだけど、彼女が同じ言葉を話すことはわかってもらえたはず。そう考えて、もう一度先ほどの男性へと向き直る。
「ほら、やっぱり」
「やっぱりこの国とは違う言語じゃないか。」
「嘘?!」
おかしいよ。こんなにはっきり拒絶されたのに。
「今「近づかないで。」ってはっきり...」
「何をおかしなことを言っているんだ? いいから、さっさと離れたまえ。君はそいつに殺されたいのか。」
腕を掴んで、女の子から引き離そうとしてくる。今私がこの子から離れたら、間違いなく彼女は殺されてしまうだろう。もう少し話を延ばさなきゃ。
「もしこの子が敵の仲間だったとしても、こんな小さい子まで殺さなくたって...」
「むう、それは...」
「見た目に騙されるな! 俺の母さんは餓鬼の成りした奴の魔法で殺されたんだ!」
うまく躊躇させられたかと思ったんだけど、他の人が反論してくる。
魔法に年齢は大きく関わらない。それは私がよく知ってる。もし関係があったら、私がこんなに魔法を使えるはずがない。
私は何も言い訳できず、彼女の前から退かされてしまった。でも。
「待ってくれないか。」
リーダーのような人の声で呼びかけられ、再び槍を構えた人たちの手が止まる。そのリーダーというのは。
「四包ちゃんの言うことを、信じてあげてほしい。」
「祐介さん!」
いつもとはまるで違う真面目な表情で彼らに言い放ったあと、そのままの面持ちで私の方を向いた。「嘘や冗談は許さない。」そういっているような顔。
「四包ちゃん、本当なんだね。」
「うん。本当だよ。」
祐介さんに負けないいくらい真剣に、私も言葉を発する。
「なら、証拠にこの子と手をつないでみてくれるかな。それで何も起きなかったら、彼女には手を出さないし、出させない。」
「わかったよ。ありがとう。」
「いや。信じてあげられなくてごめん。」
やっぱり百パーセント信じてくれているわけじゃない。でも、チャンスをくれるだけ優しいよ。無駄にしないようにしなきゃ。
またあの女の子に近寄っていく。拒絶されてもお構いなしに。
『いやっ! いやぁっ!』
「お願い。落ち着いて。」
広場でのことを思い出した。あの時はお兄ちゃんがいてくれてなんとかなったけど、今は一人。でも怖がっちゃダメ。お兄ちゃんがいなくたって、私ならできる。
泣きじゃくる彼女の前に、手を差し出した。
「この手を取って。そしたら、またお父さんに会わせてあげるから。」
『ぐすっ...ほんと?』
「うん。ほんとだよ。だからお願い。あなたを助けたいの。」
思いが通じたのか、彼女は私の手を強く掴んだ。私から安堵の溜息が漏れるのと同時に、背後からも息をつくのが聞こえた。
「あー、こっわ。」
「心臓に悪いなあの子。」
「四包ちゃん...よかった。」
どうやら心配してくれていたみたい。敵の回し者とか思われてなくてよかったぁ。二人で手をつないで祐介さんのところへ。女の子は無言だけど、一応信用してくれているみたいで、離さずついてきてくれている。
「そういえば四包ちゃん、どうしてこんなところに? てっきり避難してるのかと思っていたんだけど。」
あれ? そういえば私、なんでここに来たんだっけ? この子を助けるため...じゃないよね。ここにきてから気づいたわけだし。
ふと、腕を引かれる感覚。見ると、女の子が私を見上げていた。
『ここ、どこ?』
「え? えーっと...」
どこ? 区画で言うなら向日葵区画の北のほうだと思うけど、そんなこと言ってもわからないよね。でもそれ以外に表現できないし...
『ひまわり?』
「えっ? うん、そうだよ。」
『だったらここ、危ない。』
「どういうこと?」
向日葵区画のことを知っていることも不思議だけど、危ないって何が?
「海胴君はいないみたいだけど...」
海胴君って。祐介さん、今はそれを考えているんじゃなく...あ。
そうだお兄ちゃんだ。お兄ちゃんが心配で探しに来たんだ。どうして忘れていたんだろう。何より大事な人のことなのに。思い出したら、なんだかうずうずしてきた。
「祐介さん、この子お願い。お父さんを探しているみたいなの。」
「え、あ、ちょっと」
祐介さんの手を無理やり女の子と繋がせる。仮にも一児の父だし、泣かせたりはしないよね。
「私はお兄ちゃんを探しに行ってくるから。」
呆気にとられたままの祐介さんを置いて駆け出した。お父さんを見つけてあげるって約束したあの子には悪いけど、私は私でやらないといけないことがあるの。ごめんね。
大幅に時間を取っちゃった。でも後悔はしてない。お兄ちゃん、元気だといいんだけど。
体内のお兄ちゃんセンサーはどんどん反応を強めていく。このあたりだと思うんだけどな。
そう思っていた矢先。見覚えがありすぎる、黒髪と茶髪のコンビが倒れているのが視界に入った。最悪の予想が脳内に浮かんだ。それを振り払うように、大声で叫ぶ。
「お兄ちゃんっ!」
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