101話 決戦
「やらせるかぁっ!」
彼奴と海胴殿の間に入り込み、振るわれた凶刃を師匠から譲り受けた刀で受け止める。刀を垂直方向から傾けて、刃を逸らすことに成功したでござる。
「稔君っ! 無茶をしないでください!」
「無茶はどちらでござるか!」
油断無く構えながら、海胴殿に言葉をぶつける。
「拙者が死ぬまで海胴殿は殺させぬでござる! それが師匠としての拙者の生き様でござる!」
「稔君...」
拙者も、海胴殿と同じ気持ちであったのでござる。弟子が必死で戦っているのに、守られているだけでいられない。
「僕だって、死んでも稔君を守り切ります。」
「...感謝するでござるよ。」
海胴殿の戦いを見ていて、目が覚めたのでござる。
海胴殿の戦いは、勝つための戦い。拙者の戦いは、負けぬための戦い。
「拙者はいつの間にか、拙者が生きることを諦めていたようでござる。」
師匠ですら勝てなかったのだからと、無意識のうちに勝負を投げていたのでござる。それではいけなかった。海胴殿のように、勝つ意志を見せるのでござる。しかしながら。
「海胴殿は、詰めが甘いでござるな。」
「ふふっ、すみません。どうしても師匠がいると安心してしまうみたいですね。」
まだまだ一人前には遠い弟子。それでも、出会った頃とは見違えるほどに逞しくなった。そんな中ですら驕らず、毎日毎日一生懸命で、少しずつでも成長していく。強くなるための努力を惜しまない。
そんなだから、拙者だって。
「無茶をしたくなるのでござる。」
「おう。一緒に無茶をしよう、稔。」
そう言って隣に並び立つ海胴殿。その口調は聞き慣れたよそよそしいものではなく、海胴殿が家族と呼べる者にしか許さなかった言葉になっていた。
まったく海胴という男は、弟子としても親友としても、最高の人間でござる。
「「行くぞっ!」」
僕一人では未熟。稔一人でもまだ及ばない。そんな相手に、二人がかりで挑む。とても先程まで死に瀕していたとは思えないほどに高揚感が湧いてくる。師匠であり、親友である稔君と並んで戦うことができるこの状況に、恐怖など微塵も感じない。それは稔も同じようで、身体中を赤く染めながらも口元を緩ませている。
しかし、血が滲む彼の体力は既に限界。早く勝負を決めたいところではある。
『ぐうっ。』
「よしっ!」
「油断するでない!」
僕の打突が一つ入った。一人では届き得ない壁に、ようやく手が届いたのだ。そのことがあまりに嬉しく、つい気を緩めて、師匠に叱られてしまう。
師匠の注意通り、意識を集中させ直すと、敵は痛みに仰け反りながらも反撃を繰り出そうとしていた。それを咄嗟に木刀で逸らす。
『はあっ、はあっ。』
「やはり強い。」
「二人がかりでも仕留め切れぬとは。」
どれだけ剣を交えただろうか。こんなにやっても、有効打は僕の一撃のみ。それでも体力を奪うことは出来ているらしく、息が乱れたまま整う様子はない。
「稔。」
「うむ。」
アイコンタクトだけで作戦を伝える。きちんと伝わっているかは定かではないが、どんな作戦でも対応してくれるであろうことは確かだった。それだけの信頼を、稔になら寄せられる。
「はあっ!」
稔が軋む体にムチを打って、怒涛の連撃を放つ。その体では、もう動くことすら苦しいだろうに。
これには奴も防御に回るしかない。それを見越しての、死角からの奇襲。
『挟撃か。』
読まれた?! いや、そこまでは大丈夫だ。そもそも視界に僕が入っていなければ、気づくのは想定の範囲内。だが、タイミングまではわかるまい。
『舐めるなよっ!』
「なんっ?!」
視界の外から、あえてタイミングを遅らせて、避けた軌道を見極めるつもりだった。しかし、奴は避けなかったのだ。そして痺れを切らした僕が振り抜いた瞬間に、奴は避けた。
有り得ない。どうして僕の攻撃するタイミングが分かったんだ。...考えている余裕は無い。今はまず、反撃をさせないことへ集中するんだ。
「まさか今のを避けるなんて。」
「本当に、化け物でござるよ。」
『くははっ。二百余年も生きてると、直感も当てになるものだな。』
避けることが出来たタネは直感か。あの死が迫る状況で、よく直感を信じることができたものだ。いや、だからこそか。
そこから体感で何分、何時間と剣を交えた。互いに疲れはピーク。パターンも分かってきて、いたちごっこになりつつある。
「ふうっ、ふうっ。」
「はあっ、はあっ。」
『くくっ。これが、追い詰められる感覚か。おもしれえなぁ!』
敵のパターンとしては、僕を軽んじている。木刀、ということもあるが、それでも急所に当たれば命は無いのに。その理由は単純に、僕の技量不足なのだろう。
敵の大男は、こんな死闘の中で笑っている。心底楽しそうに。しかし、僕がそれをとやかく言える立場ではない。
僕だってこの死合を、楽しいと思っているのだ。
「稔っ!」
「うむっ!」
だから、終わらせるのが惜しい。それでも、この国の皆のために、僕達は勝たなければならない。
「はあああぁっ!」
『同じ手が通じると思うなよっ!』
そう、同じ。ここまでは。
稔が限界まで力を振り絞って早打ちを繰り出す。その体には血が滲んでいる。もうすぐ終わるから耐えてくれ。
『打つ手無しかぁっ?』
「ちぃっ!」
今度はタイミングを早くして打ち込んだ。しかし、それさえ避けてくる。やはり化け物だ。
思わず舌打ちが漏れる。
まあ、これは演技だが。
無表情を最大限に生かした騙し方。卑怯だと言われるかもしれないが、なりふり構っていられないのだ。
『どうした! もっと楽しませ、ろ?』
「せやあぁっ!」
僕は木刀を奴の体に打ち込んだ。左手に持った、傷という、鍛錬の証がついた木刀で。
通常、僕が構える自然体のやり方では、右手に武器を持つ。たしかに、躱された一撃目を打ち込んだのは右手の木刀。振り切ってから持ち替えるのでは間に合わない。
『なに、が。』
「ごめんなさい。初めから隠し持っていました。」
何故か手放せなかった、僕と師匠の鍛錬の証。服の中で、文字通り肌身離さず持っていた甲斐があった。
ここまで戦っておいて使わなかったのは、卑怯な気がしたから。最終的に使ってしまったのだから、卑怯者呼ばわりされても何も言えない。
『く、はは。見事に騙されたわけだ。』
「海胴殿...」
「ごめんなさい。」
稔にも謝る。これは師匠に教えてもらった流儀に反することだ。...最悪、破門されても仕方ない。
「この国を守るためには、致し方ないでござる。」
『謝るな。直感に頼りすぎた俺が悪い。』
僕の一撃は彼の背骨を正確に打ち抜いた。脊椎が通るその場所は、折れてしまえば車椅子での生活を余儀なくされる部分。背骨がいかに丈夫であるといえど、木刀で、それも本気で打たれればただでは済まない。
『情けない顔をするな。お前らの勝ちだ。』
「でも、こんな...」
『二人がかりで挑んで来て今更じゃねえか。』
そう言って、ニヒルな笑みをこちらへ向けた後、その両目を閉じた。
かくして僕達は、敵大将の無力化に成功したのだった。
「もう、いいでござるか?」
「ああ、いいだろうさ。」
僕と稔、二人揃って後ろへ倒れ込む。今にも意識が飛びそうなほど疲れているが、身体中にできた傷の痛みで目が冴えてしまう。
目下の脅威は討ち取った。これでこの国は着実に平和への一歩を踏み出したと言えよう。しかし、僕の安全は保証されそうになかった。
「お兄ちゃんっ!」
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