100話 死闘
「嫌だっ!」
呟くように放った問。強い否定で返ってきたその答えに、死を覚悟して閉じていた目を思わず開いてしまう。
そこで目に映るものは、変わらず鈍く光る刀。そう思っていたのでござるが、本当に見えたのは茶色い一閃。その一撃は、彼奴の横っ腹を撃ち抜いた。
その振るわれた刀の主は。
「海胴、殿...?」
よろめき、追撃を恐れて距離をとった大男と、拙者の間に立つ海胴殿。拙者を背に、大男を前にして自然体の構えをとる。
「ふうっ、間に合ってよかった。」
「海胴殿っ!」
「お待たせしました、師匠。」
大地に背を預けたまま、涙に濡れた顔で海胴殿を見上げる。身体中に傷を負い、満身創痍と言わんばかりに横たわっているこの状態を見られるのは、師匠として情けない。
「海胴殿、どうしてここに?」
「親友だから、ですかね。」
「親、友...」
意味がわからないでござる。それでも、海胴殿に親友と呼んでもらえたことは、拙者の心を立ち直らせるには十分であった。
「稔君、ありがとうございます。今このときまで、この国を、そしてみんなを守ってくれて。」
拙者を振り返ることすらせず、油断なくあの大男の方へ向いて言う海胴殿。教えを守ってくれているようでござる。
「でも一つだけ、守れていないものがありますよ。」
「え...?」
拙者はこの国を守るために、文字通り命をかけて戦っていた。それなのに、守りきれなかったというのでござるか。
この全身全霊を持った時間稼ぎが意味を為さなかったというなら、拙者は何故生きているのか。
「それは国でも、稔君の大切な人達でもない。」
「なんだ、それなら」
拙者の望む通り。そう続けようとしたのでござるが、海胴殿が向けた一瞥によって、口を閉ざしてしまった。彼の目は、あのときの師匠と同じ、悲しそうな目で。
「わかりませんか...稔君。君自身ですよ。」
「拙者、自身?」
「そうです。稔君は、自分を犠牲に皆を守る選択をしました。ですが...」
それは物語の主人公が辿る末路。拙者もそのような死に方に憧れを持っていたのでござる。それの何が悪いというのか。
「ふざけるんじゃないっ! そんなものっ! ただの自己満足だ!」
「...っ!」
「僕達が、君のいないこの国で幸せになれると本気で思ってるのか!」
海胴殿は、普段の落ち着きが嘘のように、声を荒らげた。
やっと手に入れた、親友と呼べる存在。僕は今、その人に向かって怒鳴っている。敬語なんて使わず、僕の本心をそのままにぶつけているのだ。
「しかし、拙者が命をかけることで、この国は平和に...」
「君がいない平和なんて、僕は認めない!」
誰かを犠牲にして成り立つ平和なんて、そんなものは平和と呼べない。
「たとえ国が滅びるのだとしても、僕は君を守りたい! 親友を守りたいと思うのは、悪いことなのか!」
「そんな、ことは...」
稔君は口ごもる。今は彼の顔を見ることができないが、稔君はきっと、罪悪感を抱いてることだろう。僕だって、四包を置いてきている。それに罪悪感を抱いているのだ。
「君を守らせてください。弟子には分不相応な要求かもしれませんが。」
「...不可能でござるよ。」
たしかに、師匠である稔君ですら敗北するような相手だ。そんな相手に、僕が勝てる道理は無い。しかし、それでも。
「親友が命をかけて戦っているのに、守られるだけでいられるか!」
これが僕の本心。ここで僕が戦っても、無駄なのかもしれない。それでも、親友を守りたい。稔君を守りたい。その思いが僕を突き動かしている。
『親友だか何だか知らんが、まさか俺たちの言葉を喋れるとはな。』
「すみませんね、邪魔をしてしまって。」
『ふん。戦場に謝罪など要らん。』
何故か言葉が通じる。稔君に話すのと変わらない調子で喋っているのに。しかし言う通り、ここは戦場。細かいことを気にしている余裕はない。
「さあ、第2ラウンドの始まりだ!」
爆発の跡が無いことから、この大男は魔法を使わない。使えないのかもしれないが、そんなことはどちらでもいい。
『ほお、そいつは楽しみだ。せいぜい足掻けよっ!』
「くっ?!」
速いっ。バックステップで開いた距離を一度の前進で縮めた。強靭な足腰から繰り出されたであろうその踏み込みは、地に跡を残している。
踏み込みから入った一撃をなんとか木刀で受け流すが、相手は金属製の刃物。まともに受けてしまえば、木刀など容易く斬り裂いてしまうだろう。
『おらおらどうしたっ! 守ってばっかじゃねえか!』
奴の体力は無尽蔵か?! 稔君と打ち合っておいて、どこにそんな体力が。これでは攻めることはおろか、木刀が駄目になるのも時間の問題...かと思われたのだが。
この木刀、一向に削れる気配すらない。理由は不明だが、考えている暇は無い。此奴の攻撃を全て防がなくてはならないのだ。
「今っ!」
『ちぃっ!』
敵の攻撃に僅かな隙を見つけ、そこを打った。敵もさるもの、それを体を捻って躱す。そして再び睨み合いへ。
稔君が削ってくれたおかげで、僕にも反応できるほどの隙が生まれたようだ。しかし、この程度では有効打は望めない。
『はあっ、はあっ。』
「今度はこっちからっ!」
攻守交代。この木刀が想像以上に丈夫であるのを良いことに、果敢に攻め込む。隙が生まれないよう、細心の注意を払って、尚且つ敵の隙を見つけて。
「はあああぁっ!」
『ぐっ。やるじゃ、ねえか。』
稔君の隙のない攻めを模倣し、速度を上げていく。体力の残り少ない敵は疲弊していて、何度か肉に触れた感触はあるものの、木刀という武器の性質上、軽い打撲程度しか狙えない。かと言って、急所を狙ってはそれを読まれてしまい隙ができる。
『おらぁっ!』
「ちっ。」
打ち合った剣を、力任せに振り抜かれた。まだそんな力が残っていたのか。
バランスを崩した僕に向かい、凶刃が迫る。集中しろ。ここでミスをしたら死ぬ。稔君を守ることができなくなる。
『防げるもんなら防いでみやがれっ!』
「なっ?!」
稔君との鍛錬で、早打ちには慣れていたはずだった。しかし敵の技量はその上をいく。致命傷を避けることはできているが、反撃など出来ない。
いや、まだだ。もっと集中しろ。どこかに隙はある。此奴の次の動きを読め。パターンを見切って...一、二の、ここっ!
「っらあっ!」
『掛かったな。』
そんなっ! あの振り抜きの後で、これを避けるのかっ?!
パターンがあるように見せていたのは、敵のフェイクだった。それに騙され、まんまと隙をさらしてしまう。防がれることこそあれ、避けられることなどないと全力で放った一撃が空を切る。
そのまま体勢を戻すことは叶わず、敵の刃が僕の体に迫る。死を予感した僕と、その一撃の狭間。そこへ立ち塞がる影。
「やらせるかぁっ!」
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




