99話 守戦
「待ってて、お兄ちゃん。」
四包はそう言って、路地の向こう側へ消えていった。白銀の髪を振り乱して、一心不乱を地で行く走りっぷり。
「あーあ、万穂さん、海胴兄ちゃんに怒られるよ?」
「仕方ないよ。あの子を引き止めるなんて非道なことはできないさ。」
海胴からの頼みを引き受けるふりをしたのだって、あの子が四包を連れていかないと知っていたから。海胴は四包のこととなると感情的で頑固だからね。
「あの子達が、生きて帰ってこられるように。」
本当の信者ではないあたしでも、神様に祈らずにはいられなかった。子どもたちも、あたしに習って手を組んだ。
流れゆく景色に瓦礫が混ざり始めた。そろそろ戦場に辿り着くはずだ。スピードを緩め、注意力を最大限に高めて、自然体で木刀を構える。
「あれは...射的屋の?」
進行方向に数人の男性が、間隔をあけて槍を構えているのが見えた。両手で突きの姿勢を作っているのではなく、片手で肩に担ぐように。槍投げに近い形だ。
しばらく膠着状態であったが、唐突に、男性らの前に爆発が起こった。彼らは間合いを見切っているのか、巻き込まれてはいない。そして視界が塞がったところへ構えていた槍を投擲。
「ぐはぁっ!」
見ているうちにも近づいていた、その爆煙の中から呻き声が聞こえた。煙が収まったその場所には、何本かの槍が体を貫いたまま、血濡れで倒れた人間。夢で慣れたものとはいえ、実際目の当たりにすると、やはりグロい。
「やったか...?」
それはやってないフラグですよ。小説なんかでは専ら、その敵が不気味な笑いを浮かべながら立ち上がるのだ。
死体を確認しているので、そのフラグは回収はされないだろうが。
「あの...」
「なんだっ?! って、あの嬢ちゃんの連れか。こんなところで何してんだ。」
「僕も戦いに参加しようかと思いまして。」
射的屋の店員さんは、少し驚いたような顔をした。襲撃も知らないような若者が参加することはそれだけ意外なのだろうか。
「武器はどうした?」
なるほど、訝しげにしていたのはそれが理由か。生憎、僕の武器は木刀だけで十分だ。祐介さんにもそう言って別れてきた。
「投槍が支給されるはずだぞ。奴らは魔法で爆発を起こすんだ。木刀なんて届かねえよ。」
そういえば、万穂さんも襲撃の話をしたときに言っていたか。「部屋を丸焦げにするくらい」の火球を連発できると。
「わかりました。ありがとうございます。では。」
「おう、死ぬなよ。」
そしてまた稔君を探して走り出す。早く見つかるといいのだが。
「って、おい。支給品はそっちじゃ...」
最後に何か言っていた気がするが、そんなことより稔君だ。どうか無事でいて欲しい。
「っ、はあっ、はあっ。つ、強いでござる。」
師匠を倒した猛者。それ故に、少しの油断も無く剣を振るったのでござるが、歯が立たぬ。師匠が刀で戦っていたところを見るに、敵は拙者と同じく魔法はろくに使えぬらしい。しかし、それが短所にすらならないほどの剣技でござる。
『なんだ? 二十年前の気概はどうしたよ?』
「くっ...まだまだっ!」
拙者は負けるわけにはいかないのでござる。拙者の背には、拙者が愛した国が在る。なんとしても、ここを守らねばならぬのでござる。
『おらっ! もっと動けよ!』
「ぐううっ!」
幸いにも、この化け物じみた大男は一人。たった一人であれば、大人数でかかれば倒せるはず。しかし、敵がまだ多い現状では、それも難しい。それ故、他の敵が粗方捌けるまで、彼奴を足止めするのが拙者の任務。
『来ねえなら、こっちから行くぞっ!』
時間を稼ぐには、攻めより守りの姿勢が大事でござる。敵の激しい攻撃を、なんとか逸らし続けることが出来れば。
身体中に浅い傷を作りながらも、致命傷だけは避ける。その状況をなんとか継続させ続けていたものの。
『あまり、舐めてくれるなよっ!』
「ぐあっ!」
師匠と同じように、横薙ぎの重い一撃を防御しきれずに吹き飛ばされてしまう。砂埃を巻き起こしながらも、なんとか着地をすることが出来た。しかし、拙者の体力も限界。地に膝をつくことになる。
『もう終わりか?』
立ち上がろうとすれば、全身を痛みが襲う。それでも拙者は再び、師匠から貰った刀を構えた。
拙者は師匠の弟子。苦しい鍛錬にも耐えてきた。その拙者が、この程度の痛み、耐えられぬはずがない。
拙者は、強いっ!
「まだっ、やれるっ!」
『いいぜ、面白くなってきやがった!』
やっとの思いで立ち上がった拙者に向かってくる凶刃。その軌道の全てを読み、的確に防ぐ。
「まだっ! まだまだまだっ! 拙者は倒れるわけにはいかぬ!」
全ては大切なもののため。この国と、愛すべき隣人たちを守るため。この命が燃え尽きるまで。否、燃え尽きようとも、この化け物を相手にせねばならぬ。
「ぐっ、おおおおぉっ!」
上段からの重量のある一撃。その剣を受け止め、全身に力を込めて押し返す。それによって、身体中の傷口という傷口から血が滴ろうと、知ったことではない。
剣閃入り乱れ、血飛沫が空を舞い、気合の声が地に響く。そして...
ガキンッ!
『はあっ、はあっ。』
「はあっ、はあっ。」
拙者の刀が、彼奴の刀に負け、弾き飛ばされた。手を離れた刀は、傍の大地に突き刺さる。
武器を失った拙者の体は、まるで糸が切れたように、後ろへ倒れた。熱いものが頬を伝うのを感じる。
「ここまで、でござるな。」
すまない。師匠の言葉を真似た言葉でござるが、これは本心。四包殿にも、海胴殿にも、もう一度会うことは叶わなかったでござる。
四包殿には嘘を吐いてしまった。それが最後の言葉になるというのは、心残りでござる。海胴殿には言葉すらかけられていない。
拙者は弟子を悲しませてしまうのだろう。師匠として、失格でござるな。
『お前との戦いはおもしろかったぜ。...これで終いだ。じゃあな。』
青い空に、白い雲。たったそれだけの有り触れた光景が、最期のときともなると、無性に美しく見えて。
ああ、拙者はこの国を守ることができたのであろうか。人々の笑顔を、守ることができたのであろうか。もし、これから先、この国が幸せに溢れてくれるのであれば。
「生きた意味があったのだと、胸を張れるのであろうな。」
血の赤が染み込んだ、銀色の刃が拙者に迫る。
「あとは、任せてもいいでござるな?」
そう言って、目を閉じた。
答えなど、望むべくもない。
これから数瞬の後、拙者はこの世を離れる。
「嫌だっ!」
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