ジェットコースターVSアクアツアーの不気味な生き物!!!!
不気味な生き物に対しての呼び名を考えるに、『彼』という表現が正しいかどうかは分からない。
そもそも性別が存在するのかどうか、一考の余地があるであろうし、性別があるのだとしたら『彼女』である可能性もある。
だが、ただの呼び名を決めるのにわざわざ不気味な生き物を捕獲して性器を確認するという手間を考えると、『彼』という呼び名でも何ら問題ないのではないだろうか。
そして、今現在『彼』がどこにいるのか分からず、生死すら不明である事を考慮すると、些末な問題でしかないと改めて思うのだ。
彼がいつから存在するのか、知る者は今や、いない。
彼を生み出した両親と呼べる存在がいたのかどうかも含め、全く判断の付かない疑問である。
彼もまた、気付けばそこにいたのではないだろうか。
そう、彼はある日気付けばそこにいた。
そして、全てを破壊しつくし、自由の身になったのだ。
食べる物は川で捕った。
本能とは上手い事出来ている物で、腹が減ればどうすればいいか分かるのだ。
貝や魚、小さな蟹や時には虫を捕り、むしゃむしゃと咀嚼する。
人間に見つかる事はなかった。
本能とは上手い事出来ている物で、時折近付いて来る人間という存在には気付いていた。
人間に見つかってはならないと本能が訴えていた。
彼は基本的に日が暮れた後に行動を開始する。
太陽が照っている間にウロウロすると、身体が乾いて動きにくくなってしまう為である。
鱗でびっしりと覆われた身体、手足には水かきがあり、頭部や顔は長い頭髪で守られており、口は耳まで裂けている。
彼の顔を人間が認識した事はなかったが、恐らく口を揃えてこう言うだろう。
カッパが出たぞ、と。
彼に孤独、という概念があったかどうか定かではない。
ただ腹が減れば川へ行き、眠たくなればほら穴へと戻る。
娯楽、という概念もあったかどうか分からないが、猫をも殺すと言われる好奇心は持っていたのである。
雨が降りしきる山中、彼はいつもよりも早い時間帯に行動をしていた。
昨夜からずっと降り続く雨に川が増水し、いつも魚を捕っていた地点での漁が難しかった為、普段は意識して近付かなかった川下の方まで足を伸ばしたのである。
川下に来たとて増水しているのに変わりなく、あまり好きではないが木の実でも探そうかとふと上を見上げると、それはあったのだ。
キーキーと叫ぶ動物の声、そして風を切るかのようなゴーゴーという音。
何か大きな物が空を飛んでいるではないか。
アレは一体何なのだ。
彼は気になった。
気になったのだから仕方ない、減った腹は満たされないであろうが、彼の足は止まらない。
何やら囲いがしてあり、その向こうに広い場所があるのが見える。
空を飛ぶ何かは広い場所を高く、低く、そして早く飛んでは戻って行く。
彼は囲いを乗り越えて、何故か増水していない川へと浸かり近付いて行く。
もしかしたらこの川にも魚がいるかもと知れないと、この時の彼は思わなかった。
食欲以上の本能が、身の危険を告げる警告を発するが、それ以上にアレが気になる。
同時に人間がこの場所に複数、それも大勢いる事に気付いていたのだが、それ以上にアレが気になるのだ。
アレを間近で見たい。
彼の好奇心がはち切れんばかりに膨らんで行く。
幾人かの人間に姿を見られたように思うが、今は些細な問題でしかない。
身の危険を感じれば、あの時のように破壊するのみ。
川の本流から少し外れて支流へと進み、水中の囲いに身体をねじ込んで先へと進む。
頭上にあった重りをどけて這い出し、地上へと戻ると間近でアレがゴーゴーと飛んでいたのだ。
アレには人間が乗っている。
人間が乗り、空を飛んでいる。
人間がキーキーと鳴き、アレがゴーゴーと風を切る。
アレを破壊したい、彼は本能ではない何かを感じ、そう思った。
破壊するにも触れられない高さを動くアレに近付くには、あの木のような高い物を登ればいいだろう。
未だ勢いよく降りしきる雨の中、すいすいと上へ上へと登って行く。
水中でも活動する彼の手足は、雨で滑りやすい金属の柱でも滑る事なく進む事が出来た。
アレが頭上を通るたび、柱が振動して揺れる。
キッとアレを睨み、耳まで裂けた口を大きく歪ませる。
未知なるアレに挑もうと登って行く彼の心中は、興奮と幸喜に満ちていた。
楽しい、という感情を感じる事のなかった彼の生活に、アレがもたらした物は大きい。
好奇心は猫をも殺す。
自らを人間の目に晒す恐れがあるという事は理解しているが、それ以上に楽しく、そして楽しみなのだ。
アレを自分が破壊出来るのか、と想像するだけで。
ついにアレが走る地面へと辿り着く。
骨組みから下が見え、改めて彼は結構な高さを登って来たのだと知る。
振動が伝わる、アレが来る。
彼は身構え、正面からぶつかる為に腰を落として姿勢を低くすると同時にアレがやって来た。
ドン!
アレは彼をいとも簡単に弾き飛ばし、大きなため池へと突き落としたのだ。
痛い、全身が痛い。
彼は衝撃に一瞬気を失うが、すぐに目覚めて自らの無力さを感じる。
たった一撃、何もする事が出来ずにやられてしまった。
為す術なく水面に叩き付けられた自分を追おうともせず、何事もなかったかのように飛び続けるアレ。
何も出来なかったが、それ以上に相手にすらしていないと言わんばかりのアレの態度に戦慄し、痛みが増して来る身体に鞭を打ち逃げ帰る。
たった一度、たった一度相対しただけで、アレの恐怖が脳裏から離れない。
知らず口元を大きく歪めていたのに気付き、自分自身が恐怖だけはない何かが動かしている事を理解する。
「キシャーーー!!」
彼はこの時、初めて雄叫びを上げたのである。
▼
二度目の挑戦は、一度目の挑戦から3日後の事だった。
身体中が痛みを訴えているが、歩く分には問題ない。
先の対面から時間が空けば空くほど、恐怖心が肥大して行くのを感じ、敵わないと分かっていても、今行かなければ二度とアレの前に立つ事が出来なくなるだろうと思ったのだ。
とにかく一撃、正面から堂々と攻めるのではなく、すれ違いざまに一撃を入れる事で、次の挑戦へと繋げる作戦で挑んだ。
彼は勝敗よりもアレの前に立ち続ける為の選択をした。
とにかく一撃を入れる。
3日前は雨が降っていたので比較的楽に目的地へと辿り着けたが、今日は晴天である。
はやる気持ちを抑え、夕暮れを待つ。
アレの観察をし、夜の早い時間であればアレは活動している事に気付いた。
夕日が沈み、直射日光がなくなれば彼も、木々のない場所でも自由に出歩く事が出来る。
日が沈み、空が真っ赤に焼ける頃、彼は前回同様金属の柱を登り、アレを待ち構えた。
人間がキーキーと叫び、アレがゴーゴーと鳴く。
彼の頭上を通り過ぎるアレ、彼は一度見送った。
耳まで裂けた口をいびつに歪ませて。
「キシャー!!!」
彼は再びアレが戻って来る事を知っている。
次のタイミングで右側面に拳をぶち込む、そしてすぐに離れてアレの反応を窺う作戦だ。
しばらく待てばまたアレが戻って来る、全身を弓のように引き搾り、右手で強い一撃をかましてやる!
どれだけ待っただろうか、赤く染まっていた空はすでに真っ暗。
気付けば人間の気配も少なくなり、アレのゴーゴーという鳴き声も聞こえない。
代わりに聞こえて来るのは、閉園時間を告げる蛍の光か。
ふと彼は、不思議な感覚が心中を占めているのに気付く。
カエリタクナイ・・・。
▼
アレは待っていてももう来ない。
するすると柱を降りて、人影のなくなった園内をトボトボと歩く。
時折チラチラと近付いて来る光を感じ、身を隠す。
ふと、木の根元に置かれている物に気付いた。
コレハ、チョコパイ・・・?
彼が手にそれを持った時、光がこちらへと真っ直ぐに近付いて来るのを感じてすぐに走り去った。
囲いを越え、川を越え、いつものほら穴へと戻り、やっとまじまじと手に持った箱を見直す。
懐かしいような、うれしいような、泣きたくなるような。
衝動に任せて箱をビリビリに破り捨て、中身を口に入れて咀嚼する。
シャリシャリと音がし、甘い匂いで満たされるはずの口内にわずかな痛みを感じる。
それでも構わず咀嚼を続けると、少しずつ懐かしいチョコレートの味が溶け出して広がる。
「キシャー!!!!キシャーあああぁぁぁぁぁぁ・・・」
▼
それから毎日、あの木に置かれている物を取りに行った。
板チョコ・ピーナッツ入りのチョコ・チョコクッキー・チョココロネ・・・。
彼は必ずほら穴まで戻ってから、ゆっくりと楽しむように食べる。
包みから出してから食べるとよりおいしい事に気付き、不器用な水かきの付いた手でゆっくり丁寧に剥がしては口に入れて咀嚼する。
甘い、幸せな味だ。
歪んだ口元が、いつもと違う形をしていた。
彼はアレとの対決を忘れたわけではなかった。
大好物であるチョコに我を忘れがちではあったが、一日に一回は必ずチラリとアレを見る事を日課とした。
毎日アレは平然と、ゴーゴーと走っている。
アレに対する恐怖心とは別に、苛立ちという感情が沸き起こる。
アレは園内を我が物顔で走り回る、彼は自由に園内を走り回る事が出来ない。
彼は決意する、絶対に仕留めてやると。
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決意した次の日、日が沈むとすぐに柱へと登り、直後に来たアレの横っ面に全力のパンチをお見舞いする。
ドカン!と衝撃が走る。
じんじんと痺れる右手と相反し、何事もなかったかのようにゴーゴーと走り去るアレ。
さらに次の日、今度は近くの木からの落下速度を乗せて左側面へと体当たりをかます。
ドゴっ!と衝突音、遠くでビービーと大きな音が鳴り響き、アレがピタっと停まる。
乗っている人間がいつもとは違う声で鳴いている。
しかし彼にはその反応を窺う余裕などなく、体当たりをした事による全身への負担と背中から地面へと打ち付けられた衝撃から、息も出来ずに悶絶していた。
このままでは人間に見つかってしまう、何とか這いずりながら池へと頭から落ち、ゆっくりゆっくりと川上へと進んで逃げた。
さらにその次の日、四度目の対決へと足を引きずりながら向かったのだが、日が沈み切っていないのにも関わらずアレは走っていなかった。
アレにも少なからず負傷させられたのだろうかと彼は考え、その日は来た道を戻って行ったのだった。
一糸報いられた、その満足感からか、しばらくチョコを取りに行く為だけにあの場所へと通った。
すぐにアレはいつも通り我が物顔で園内を走り回っているのを確認したが、いつもよりも少し遅めで走っているのが分かり、自分の身体を休める為に、アレの調子が戻るのを待つ為に、次の対決を延期したのだ。
どうせやるならば、お互い万全の状態で挑みたい。
もはや彼は、一戦士としての境地に達していた。
四度目の挑戦から、彼は準備に時間を掛けるようになった。
彼にはチョコと、アレとの対決以外に目的がない。
時間は自由に使える。
山を駆け巡り、木々を飛び回り、川を泳ぎ回った。
地面に埋まった岩を掘り起して投げ捨て、木に拳をぶつけては枯葉を落とし、滝に打たれて心を静めた。
そして気付けば何年もの時を経て、八度目の挑戦となったのである。
前回の挑戦はどれくらい前か、どのように攻撃したかは覚えていても、時間的感覚が曖昧な彼にはどれだけの時間が経ったかは定かではない。
毎日必ずアレを見るという習慣は続いており、好物のチョコを持って帰るのも日課である。
前回の攻め方は、アレの後ろに張り付いてガンガン殴り付けるというものだった。
後ろなど気にならんとでも言うかのように走り回り、途中で彼は投げ出されたのだった。
今回はどうするか、後ろがダメなら前に張り付いてガンガンと殴り付けるのもいいだろう。
アレの走るコースに、ほら穴を通り抜ける場所がある。
そのほら穴から飛び降りてアレに飛び付き、ガンガンと殴ってやろう。
「キシャー!!!」
雄叫びを上げながら柱を登り、さらにトンネルの上へと上がってアレを待ち構える。
四つん這いになって向かって来るアレを凝視し、そして先頭車両へと飛び乗った。
すぐにトンネルに入り真っ暗になり、ゴーゴーと車輪が鳴る音とガンガンとアレが殴り付けられる音が響く。
一瞬でトンネルから出て来たアレはそのまま急な左カーブへと突入し、両手で殴り付けていた為にバランスが取れずに彼は投げ出された。
そのまま敷地外の川まで飛ばされて、水面にバシャンと叩き付けられた。
仰向けのまま川に浮かび、高く上がった満月を見て、再び雄叫びを上げる。
今回は相当なダメージを与えたはずだ、その手ごたえが彼にはあった。
もし今回仕留められていなくても、明日は必ず仕留めてやる・・・!
「キシャー!」
▼
九度目の挑戦はなかった。
アレは動かず、遠くに見える観覧車も止まっている。
楽しげな音楽が聞こえるはずのメリーゴーラウンドもしんとしている。
今まで一度もこんな事はなかった。
アレが動かない事はあった、彼が与えた衝撃により次の日は休んでいる事もあった。
しかし園内全体がまるで営業を止めたかのようにしんとしている事など、今まで一度もなかったのだ。
そう、まるで閉園したかのような静けさだ。
彼は1人、トボトボと園内を歩き回り、まるで何かを探すかのようにキョロキョロと首を動かす。
そして彼は、大きなお城の前で彼は立ち尽くした。
突然頭を抱えてうずくまり、叫ぶ。
ゴロゴロと転げ回り、頭をかきむしる。
ビクンっ、と痙攣したかのように身体が跳ね、仰向けで大の字になる。
何かを思い出したのか、それとも忘れたのか。
「キシャー!キシャー!キシャー!」
声が続くまで叫び続け、転がり、飛び跳ね、四つん這いになって山の中へと駆けて行った。
園内の木の根元にいつも置いてある、チョコ菓子はその次の日もそのままそこに置かれていたのだった。
了
多鳥羽隊長、アクアツアーの怪生物を探す!!を合わせてお読み頂きますれば、意味が分からない点等がご理解頂けるかと思います。
ってか先に読んでないとさっぱり意味不明な謎作品ですよね、独立した作品にするのは難しい。
夏のホラー2017の提出期限内に、『彼』の誕生秘話が書ければアップしたいなと思っております。
おおきに。