白サク その2
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「――――やっと着いた・・・」
完全に停車した汽車から大きな手荷物を抱えて降りれば、自然とため息が漏れた。
ヴォルザビスは広い国なので、地方から国の中心、王都まで移動するだけで半日はかかる長旅となってしまう。
うーんと伸びをして凝り固まった体をほぐしていると、駅の壁に寄り掛かる見知った人影が目に留まった。国民の大半がダークブラウンの髪と瞳を持つ中で、彼の漆黒の髪は少々目立つ。
「ユウキっ」
誰かを探すように汽車から降りてくる人々を見渡していた幼馴染は、エミの姿を見つけると、ホッとしたように歩いてきた。
「無事に着いたんだな。方向オンチのくせに」
数か月ぶりの再会だというのに、会って早々皮肉交じりのユウキに、
「当たり前でしょ。汽車乗ってりゃ着くんだから」
「――――まさか本当に来るとは思わなかった」
こっちが本音らしく、少し困ったような表情になるユウキ。
「わたしは有言実行主義なの」
「だけど、ケン兄に言われたことはどうするんだよ?」
ケン兄。
幼馴染のユウキは、エミが兄と別れた時も一緒にいた。血の繋がりこそないものの、ユウキも彼のことを実の兄のように慕っていた。
「偽名使うから大丈夫。それに、お兄ちゃんが言ってたものは、私が持っているわけじゃないから」
そもそも、隠すべきものが何なのかですら、エミは知らない。
「偽名って、シリロス・エリカってやつか?」
四年前に兄がくれた、二つ目の名前。
今はもう、本当の名前で呼んでくれる人は、幼馴染しかいない。それはちょっと、寂しいことのような気もした。
「そう、それ。ヴォルザビス第一学院にも、その名前で編入手続済ませてあるし」
「バレねえのか、それ?」
「平気平気。普通に合格したから」
「ならいいけど」
ユウキはまだ納得しきっていない顔で、エミの顔を覗き込む。「なんでわざわざ第一にしたんだ?」
「選んだ理由? そんなの、ユウキと同じに決まってるじゃん。どうせ目的が同じなら、一緒にやったほうが効率もいいし。それに、わたし、家族を見つけるためになら、なんだってするって決めたんだから」
闇に似た色の瞳を見つめ返してそう答えると、
「ま、お前がそう決めたなら今さら口出ししないけど」
優しげな声とともに、エミの頭にぽんと手のひらが載せられた。
いつからだろう。
ユウキのしぐさや口調が、兄に似てきたのは。
「・・・・・ていうかユウキ、また背伸びたでしょ」
いつの間にか開いた身長差がなんだか悔しくて、エミは恨みがましい目つきで同い年の幼馴染を見上げる。
「そうか? お前が縮んだんじゃねえの?」
「んなわけないでしょ! わたしだって少しずつ伸びてるんだから!」
「そりゃおめでとう」
ユウキは鼻で笑ってわしゃわしゃとエミの頭をなでた。
「じゃ、行くか」
やがて満足したのか手をおろすと、その手でエミの荷物を持って歩き出した。追おうとして、ふと立ち止まる。
物心つく前から同じ空気を吸い、同じことを経験してきた幼馴染。
その彼の背中が、先に王都へと旅立っていった一年前よりも、ずっと、大きくなっていた。




