(9)再会は非常事態と共に
ギルド長らの粋な計らいで受注することが出来た、フラワータートルの討伐依頼。
生息地は主に町の周辺にある森や、荒野であり群れを作りつつも比較的気性の穏やかなモンスター。
亀の姿を模しているものの生態的には植物のモンスターであり、甲羅に多少の硬度があるがそれ以外の部分を攻撃すればそう苦戦することはない。
元は守護者になるまでの過程で、実績を持たせるという意味合いで王都から与えられる最初の依頼。
──というのは建前で、何でも良いから依頼を終了させたという経歴を作る為のお手軽なクエストだ。
難易度なんて、あってないもの。
この世界にフラワータートル一匹倒せない守護者などいない。
武器など使わずとも、弱い魔法でも、何なら素手でも倒すことが可能なモンスター。
それがフラワータートル討伐という依頼である。
無論、理由は様々ながらそれすらも困難な俺のような例外も稀にもいるが、まあそれでも大体はそれほど時間もかからずに達成しうるもの。
さて、そんなわけで昨日シロアと共に行った森の見える場所までメイリスと二人で歩き、目標と遭遇。
どういうことなのか、これまた昨日と同じく複数で現れたフラワータートル。
数は七匹。
明らかに俺のほうへの向かってくるフラワータートルに対して俺は、その相手をメイリスに任せる。
どうせ俺じゃ倒せないし、これからのことを考えるとギルガが豪語するその実力を見ておきたかった。
高みの見物という事で、後ろに下がってを遠くから見ていることにした俺は、今微妙な表情でメイリス及びその周辺に散らばるフラワータートルだったのものを見つめている。
「……フラワータートルには久しく出会っていませんが、やはり滾りませんね」
所要時間、およそ二十秒。なにそれしゅごい。
フラワータートルの数で割ると一匹、三秒弱。
戦闘というよりただの蹂躙。
見事なまでの無双っぷりだった。
俺ツエーならぬ、あいつツエー。
どこかで見たような、情け容赦なき一方的虐殺。
俺の周りにいる守護者連中の戦闘レベルが高すぎて、もはや空笑いしかでないのだが、これがこの世界の標準レベルでないことを、切に願いたい。
メイリスは殴る、蹴る、潰す――とまあ、様々な物理攻撃を用いてフラワータートルを殲滅した。
武器を用いない拳撃士という職業の強みなのか知らないが、今度こそ紛れも無いスプラッター劇場だ。
ミンチよりひどい。
メイリスを怒らせるのはやめておこう、と強く決意した。
「ご苦労さん。なんか、早くも守護者……じゃなくて契約者としての今後を見直そうと思っているんだが」
「そこは守護者でいいともいますよ。広義的にも依頼を受ける人物は皆守護者を名乗りますし。それで、どうします? もう少し討伐して回りますか?」
「そうだな……定期的に依頼を受けられるかどうか分からないし、稼げるときに稼いでおく方向で行こう。頼めるか?」
「大丈夫ですが、マサヨシは戦わないのですか?」
と、言われても正直足手まといにしかならん感じだ。メイリスには悪いが、今日のところは全面的に任せたほうが効率が良さそうに思える。
「あー、すまんが引き続き討伐任せるわ。俺も町に戻ったら魔道具なり魔晶石なりで戦力補強を考えるから、今日のところはメイリスがやれるところまでやってくれ」
「分かりました。けれど、魔道具も魔晶石もそれなりに高価ですよ? 今日の稼ぎだけでは難しいですね……大物でも現れれば別ですけれど」
「おっと、余計なことは言うなよ」
メイリスは怪訝な顔をするが、知らぬが仏。
現実では何でもない言葉でも、異世界では想像を超えた力を持つ。
それは身をもって経験しているので、それ以上の発言はやめろ、と念入りに嗜めた。
「では、取りあえず魔魂札だけは回収して置いてください。指導者はマサヨシですし、ギルドへの報告はお願いします」
「それは構わないが、俺が回収してていいのか? 倒したのはお前だぞ?」
「食べられるだけのロギンを分けて頂ければ、それでいいので」
「ある意味無欲だよな、お前って」
メイリスにはどうも、名声とか、金とかへの執着が皆無のように思える。
ギルガは素行不良といったが、今のところそこまで問題視するようなものには感じない。
なんつーか、無知。良くも悪くも無垢。
そして表現に何はあるが、感情に素直すぎる。
もしかしてこいつは、色々なことに対して知識が少ないだけなんじゃないのか。
ま、ある意味メイリス以上に世間知らずな俺が何を言っているんだって話だが。
「そうですか? 食べることと戦うことは好きですよ?」
不思議そうに首を傾げるメイリスの姿に、もう少し様子を見てみようと思った。
「そういう意味じゃねえよ。なら、一応魔魂札は収納しておくから、ギルドに戻ってから折半する形でいいな?」
「はい」
フラワータートルの魔魂札がいくらで換金できるのかは知らないが、取りあえずは日が暮れるまではメイリスに頑張ってもらおう……うん、自分でもドン引きするヒモ宣言だな。
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しばらくすると相手の数が先に音を上げたのか、フラワータートルを含め周囲からは俺たち以外の気配が消えた。合掌。
まあ、こんな惨状を見れば他のモンスターだって普通は寄ってこないだろう。
そこら中に散らばっているフラワータートルの亡骸を視界に納めぬよう、少し離れた場所で小休止することにした。
これもギルドに報告しないといけないので、頭のメモ帳に書き殴る。立つ鳥後を濁さず、と。
「そう言えば、ギルガとメイリスって親子なのか?」
そこの所はどうなのだろうと、ふと気になっていた疑問をぶつける。
「いえ、私は生まれて直ぐにギルガに拾われたので、血は繋がっていません。家族というものでしょうけれど、どちらかと言えば師匠と言った表現が相応しいかと」
「えー、と、そんなつもりは無かったが、悪いことを聞いてしまったな」
「何を……ああ、私の出生ですか。両親の顔も覚えていませんし、会いたいとも思っていないので別段気にするようなことではありませんよ」
と言われても、リアクションに困る。
「それに、私はご飯が食べられて、守護者生活をしている現状に満足していますから」
「不思議に思っていたんだが、お前なんで宿で暴れたんだ? 変な話、こうやっている限りはそんなことをしなさそうに見えるんだが」
「暴れたというのは語弊がありますね。私は勝負を挑まれたのでそれに応えただけです。宿が壊れたのはその結果にすぎません」
「さも他人事のように言える所は凄いと思うが、そこは反省するべきだと思うぞ。で、具体的には何があったんだ?」
「あまり覚えてはいませんが、何とか思い出してみます」
目を閉じ、考え込むようにしたメイリスは、記憶を辿るようにしてその顛末を語り始めた。
あの日、ギルドを出たメイリスはその後ギルガと共に町を回っていた。
武器屋、魔道具屋、露店と、これからの拠点になる町でギルガなりに知っている店を紹介されたらしい。
途中からギルガは別行動を取ったので、メイリスは自分なりに店巡りを続けたそうな。
そして夕方に近づく頃――恐らくは俺がシロアと共に町に戻ったくらいだと予想する時間――に宿へと一人で戻り、そこで何人かの男の守護者に言い寄られたそうだ。
ナンパとでもいうのか、メイリス本人には自覚は無さそうだが、聞いた感じだと間違いなくそんな雰囲気。
どこの世界でも年頃の男のやることには共通性がある。
で、それに対してひたすらな鉄仮面モードを維持していると痺れを切らした野郎どもは今度はけんか腰に挑発してきたそうな。
内容は本人が覚えていないので不明だが、端から見れば一人で守護者活動をしているメイリスに対し、誹謗中傷とはいかずともそれなりの罵声を浴びせてきたとか。
気にもとめずにいたメイリスだが、自らを弱者と決めつける発言には反応してしまったそうだ。
そこにやってきたのは守護者達が組んでいるパーティのリーダー。
リーダーはメイリス達の言い争いを止めようとしたらしいが、想像以上にヒートアップしてしまった場の空気は直ぐには収まらなかった。
結果、リーダーとメイリスが勝負を行い、負けた方が非を認めるという形に落ち着くということに。
「――って、待て待て。結論の出し方がおかしい。勝負する必要は無いし、リーダーは聞いた感じだと良さそうな人じゃねえか。仲裁する気もあったらしいし、その場はお互いに引っ込むべきだろ、普通」
「ですが、その方も『それで貴方が納得して下さるなら私は構いません』と」
「守護者ってのはあれか、脳筋ばかりなのか? 戦う必要はねーだろ、って言ってんだけど」
「個人的に相手の強さは気になったもので……ですが、相手の返答と同時に攻撃をしかけたらそのまま直撃して、壁へと吹き飛んでいきました。立ち上がってこなかったのでその日は部屋で眠りました」
「汚ねえな、おい!」
「勝負を仕掛けてきたのは向こうですよ。少し期待したのですが残念でした」
いや、残念がる所はそこじゃねーだろ。
戦闘中毒の罹患者だったとは、そこまでは読めなんだ。
常識を教えると共に、いずれ是正せねばなるまい。人知れず心に誓う。
「とにかくだ、モンスター相手にしてるんじゃないんだし、そういう喧嘩を売ったり買ったりは俺と一緒にいる間はやめろ。もし俺の前でそういう行動に出れば然るべき手段に出るぞ」
「では、どう対応すれば?」
「せんでいい。俺が収めるから、お前は大人しくしててくれ」
「善処します」
あ、これしないやつだ。直感的に思ったが、今の状態ではメイリスを納得させることはできないだろう。
……取りあえず、おいそれとコイツを放し飼いに出来そうにない。
ため息。休憩の筈が、全然休めていないんだが。
「ところで、マサヨシ何か食べるものを持っていませんか?」
次は食い気か。こいつの頭にはそれ以外無いのか……無いんだろうな。
「ねえよ。そこにあるジャガイモもどきでも食ってろ」
視界に、昨日シロアが集めていた治癒薬の材料が合ったのでそれを指さす。
「ジャガイモ? ああ、ジャガロックのことですか。いくら空腹でも食べられませんよ。石化しますし」
さしもの腹ぺこ拳撃士も生食は無理らしい──では無く、今変な単語が出なかったか?
「石化?」
「マサヨシは知らないんでしたっけ。ジャガロックはベノムプラントやキャロライズ等と共に治癒薬の材料になりますが、そのまま食べると異常状態になってしまう、呪的食材です」
順に、ジャガイモもどき、ナスもどき、ニンジンもどきを指すらしい。
名前からしてやばい。
この世界の野菜はまさかのデバフアイテムという真実。
なんでそうなる。後シロア、疑ってすまん。
「異常状態って言うと、石化以外にはどんなものがあるんだ?」
「ベノムプラントは毒、キャロライズは麻痺の効果があり、食べて息を吸った瞬間効果が発動します。いずれも早めに解いてもらわないと症状が悪化して死にますね。守護者の中にはそれらの耐性持ちもいると聞いたことがありますが……実際に会ったことは無いですね」
どんな手順を踏めば、そんな危険物質が治癒薬なんてものになるのか。本当に、この世界は分からん。
「そんな機会は無いとは思うが、頭に入れておく」
「苦味と酸味が混じった、何ともいえない味だそうですよ。安価ではありますが買い取りもしてくれます」
俺は食った奴がいることに驚きだよ。
まあ、ウニやらカニやらを食べた人も俺の世界にはいたはずだしそれぐらいはありえるのか……冷静に考えたら見た目で食えそうなものって案外少ないのかもしれない。
でもこれ、売れるのか。取りあえず何個かとっておくか。
「ところでマサヨシ、誰か近づいてきますが気づいていますか?」
「んあ?」
ジャガロックを皮袋に詰める手を止め、メイリスの視線を追う。
俺達が来た道の遥か遠くに、小さな点のようなものが辛うじて見えた。
「別の守護者じゃねーの? それか商人とか」
「そうでしょうか。なにやら、慌てているようにも見えるのですが」
どんな視力してるんだよ、こいつ。じっと目を凝らしてみるが、俺にはそこまで見えない。
少しして、ようやく小走りにこちらに走ってきているのが少女のものだと理解できた。
着物か、あれは?
俺の世界で馴染みのある、緑を基調とした衣服に身を包んだ少女は、なるほど確かに狼狽しているのが目に見えて分かった。
「モンスターにでも追われているのか? そうは見えないが」
「その気配はありませんね。一体何でしょうか」
超視力を持つメイリスにもその理由は分からないようだ。こちらから出向いてみようかとも思ったが、人違いだと恥ずかしいので傍観することにする。
やがて、俺達の前までやってきた少女はその足を止め、膝に手を当てて乱れた息を整え始めた。
「大丈夫ですか?」
メイリスが少女に声をかける。
「は、い……ちょっと……休ませて、ください……」
息も絶え絶えに、少女の方が大きく上下する。
急かすつもりなどさらさら無いので、少女が落ち着くまでメイリスと見守ることにした。
まったく身に覚えの無い人物だ。
俺かメイリスか、どっちの関係者だ?
「……すいません、落ち着きました」
額を流れる汗を袖口で拭うと、少女は顔を上げて俺に視線を投げかけた。
「まずは、先日のお礼を。ありがとうございました」
「……悪い、誰だあんた。初対面だとは思うんだが」
その一言に、少女は唖然とした表情になる。そんな顔をされても困るんだけれど。
「マサヨシの知り合いではないのですか?」
「記憶にねえ」
「そ、そんな…………あ、これでどうですか?」
少女は懐をごそごそと探ると、何かを取り出して俺達に見せ付けてくる。狐の面だ。
「──ああ! お前シロアか!」
「それで思い出すとは、一体マサヨシたちはどういう関係なんですか?」
メイリスが、珍しく呆れたように呟く。
「いや気づかないだろ、普通。俺シロアの顔見てないし……それ外して大丈夫なのか?」
「一度ある程度話した人とは平気なんです。お連れの方は、マサヨシさんのパーティですか?」
「メイリスです。おそらく私のほうが年下ですので、お好きに呼んでください。あと、敬語も結構です」
「じゃあ、メイリスちゃんでいいかな? 私はシロア=クロフォード。シロアでいいよ」
女同士通じるところがあるのだろうか、一瞬で仲良くなっている光景を見ると、敬語で会話される俺の身としては少し距離を感じてしまう。まあ、いいか。
「メイリスとは普通に喋れているんだな」
「私が緊張してしまうのは男性の方だけでして……」
シロアは恥ずかしそうに俯いた。軽度の男性恐怖症といったところか、難儀なことだ。
「お礼ってことは、昨日の件は解決したと思っていいのか?」
「はい。治癒薬も無事完成し、なんとか助かりました」
わざわざそれを言う為だけに来たと言うのか。あまりの人格者ぶりに、少し感動した。
「町で会ったときでもよかったのに。てか、俺がここにいるってよく分かったな」
「ギルドで依頼を受けていると聞きました。それで、戻ってくるまで町の入り口で待っていようと思っていたのですが……」
「ですが?」
メイリスがシロアの語尾を反芻する──と、同時に町から大きな鐘の音が聞こえた。
俺もメイリスも、シロアさえもそれに反応して町へと目を向けた。
あれ、鐘の音って一日二回じゃなかったっけ? 今日の分はもう鳴ったはずだぞ。
その違和感に眉を顰めていると、唐突にメイリスが立ち上がる。いきなりなんだよ。
「あぁっ! そうです、忘れてました! セフィアさんから伝言をもらっていたんです!」
メイリスの動作に反応するようにして、シロアが叫ぶ。
「セフィアから?」
「二人とも、静かに」
メイリスの有無を言わさぬ言動に、押し黙る俺とシロア。
ごぉん、と鐘は鳴る。
その音に耳を傾けていると、最初のものを含めて全部で五つ聞こえた。
「…………五点鐘」
五点鐘? メイリスの言葉に疑問を問いかけようとするが、
「現在フィル=ファガナに向かって強力なモンスターが接近しているそうで、ギルドから緊急警報が発令されました! セフィアさんに町を防衛するに当たり、守護者は至急町へ戻るようにって言われて呼びに来たんです!」
今度はシロアの叫声に制された。
どうやら五点鐘とは、危機レベルを表す警報代わりってことか?
それがどのくらいの規模を示すのかは不明だが、二人の豹変振りを考えるにそれなりの問題みたいだ。
「つまり、やばいモンスターがこっちに向かってるって認識でいいんだな?」
「はい!」
「ええ!」
二人は同じくして頷く。
その真剣な表情から、ただならぬ出来事であることが理解できた。
仮にも俺よりも先に守護者活動を行っているだけあり、流石というべきか。
それなりに場数を踏んでいるのだろう。
こういう時は頼れる奴等だな。
「俺達はこれからどうするべきなんだ?」
聞きたいことは色々とあるが、ここは素直に指示を仰いだほうが良さそうだなと思い二人の意向を伺うと、
「避難するんです。町まで戻りましょう!」
「久々の大物です。迎え撃ちましょう!」
見事に意見が割れた。
「…………どっちだよ」