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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
一章
8/54

(8)資格剥奪


 その後、ギルガは事後処理があるとのことで足早にギルドを出て行った。

 声をかける気にすらなれなかった理由として、ギルガ曰くメイリスが不祥事を起こした宿の場所は、昨夜俺が行っていた武器屋の近くだとかどうとか。

 ギルガが去り際に残していったその発言がトドメで、俺はカウンターへと突っ伏す。

 手遅れではあるが、もしあの時僅かでも野次馬根性が勝っていたら、あるいはこの危機を回避できたかもしれなかったと思うと気が滅入る。

 いっそ黙っていて欲しかった。

 

 一方メイリスはと言えば、いつの間に注文していたのか皿に乗せられたパンを黙々と食べ続けている。

 ハムスターみたいに頬を膨らませているが、そんなに腹が減っていたのか。


「なあ、お前も体技測定とか受けたのか?」


 今更どうしようと、これからメイリスとパーティを組むと言うことに変わりは無いので、何でもない世間話をふってみた。

 今までは自らあまり喋らず、ギルガの連れだという認識でしかなかったが、そろそろ会話の一つもしておかないと今後の間が持たない。


「わふぁひは、うひぇてまふぇん」

「喰ってから喋れ。もしくは喋ってから喰え」

「――っんく、私は、最初から契約者なので体技測定を受けていません」


 頬にパンの欠片を付けたまま、メイリスは言った。

 よくよく見なくても美人なのに、ものすごく残念な子だ。

 なんというか、良くも悪くも見た目とのギャップとか、性格とか。


「ああ、そう……で、これからお前と一緒に依頼を受けるってことになったんだが、自己紹介とかいるか?」

「そうですね。これからお世話になるのに、名前しか知らないというのも色々と不便でしょうし」


 意外や意外。てっきりどうでもいいです、くらい言いそうな印象だったが、そこまでずぼらでも無いみたいだ。

 現在メイリスの評価に関しての株価はわりとストップ安なので、そう思う俺は悪くない。


「んじゃ俺から。名前は黒崎将若。訳あり記憶無しの、白剣士(ストレンジャー)だ。まあ、メイリスの方が先輩になるだろうし、よろしく」

「私はメイリス。ギルガと同じ拳撃士(アサルター)です。嫌いな物は特にありませんが、好きなことは食べることです」


 最後は知ってる。そう思っていると、メイリスは手元の空になった皿に一瞬視線を移し、


「好きなことは、食べることです」


 真っ直ぐにこっちを見て、言った。


「聞こえているから、二回言わなくていいぞ」

「食べることが、好きなんです」

「言い方を変えても意味は一緒だ。何が言いたい、お前」

「お代わりをしたいのですが、いいですか?」


 メイリスは、少し寂しそうにこちらを見る。その問いの真意が見えない。


「何でそれを俺に尋ねたのかを、聞いておこうか」

「手持ちのロギンは今朝、ギルガに全部取り上げられました。先ほどのパンが今日初めての食事です」


 つまり、奢れと? 図々しいとは思わないが、少しぶっちゃけすぎやしないか。


「メイリス、働かざる者食うべからずって言葉知ってるか――待て、今ロギンが無いって言ったか?」

「はい。今の私は無一文です」

「さっき食べていたのは?」

「ギルガがマサヨシの奢りで頼めと……マサヨシ、どうかしましたか? 表情が優れませんが」


 ああ、そうだろうよ。

 ところで今の俺の心境、怒りと呆れどっちだと思う?

 俺のあずかり知らぬところで、しっかりと置きみやげまで残していく周到振り。

 悪い意味でな。

 多分ギルガはそんな深い意味を考えてはいないだろう。単に、対したことだと認識していないだけだと思う。無駄だとは思いつつ、今度会ったら苦言を申し出てみよう。


「いいよ、喰えよ。喰ってる間、ちょっと考えさせろ」

「ありがとうございます。すいません、同じ物を取りあえずもう一皿お願いします」


 取りあえずってなんだ。

 いや、今はともかく現状の整理をしよう。

 武器のこともあり戦力が欲しかったのは紛れもない事実だし、本来なら飯を奢るくらいは安い物だ。

 正直見知らぬ守護者に声をかけるというのには、苦手意識があった。

 その点に関しては渡りに船というか何というか、楽にパーティメンバーが見つかった部分はラッキーだ。

 メイリスの性格に難を感じ、拒絶していた気持ちも嘘偽り無い本音ではあるが。

 実際の所、金銭的な問題でメイリスの生活費を負担し続ける余裕は無い。

 俺もそこまでロギンを持っているわけではないのだが、メイリスはそれ以上だ。

 飯代はともかく、宿代とかその他の日常生活に必要な金はどうするつもりなんだろう。

 だからといって、実力はあろうとも性格問題児(メイリス)を一人で放置するというのは、流石に一度引き受けた手前それなりに責任感を感じる。

 大言吐いてそこまで心配する必要性があるのか、と聞かれると厳しいところだが仮に俺と同年代だとしても十代なのは間違いないだろう。

 守護者なんて職業についている以上、もう大人というべきなのか。

 しかし、あの豪放磊落なギルガが頭を悩ますほどの逸材だ。

 不安の種は尽きない。

 保護者と言っていいのか、ギルガ不在の今こいつを放置するという選択がどうしても取れない。

 いっそ他人のままならここまで悩む必要も無いのだが、時すでに遅し。


「とにかく、まずは依頼を受けるぞ」

「──はぐ……お任せします」 


 まあ、メイリスの精神年齢は置いておいて、何をするにもとにかく金だ。

 魔王もいないらしいし、道具や武器などに必要以上に金をかける心配はなさそうだが、福利厚生の不明なこの世界で最低限の衣食住プラスアルファの貯蓄等は当然とも言える。

 いつの世も塞翁が馬。

 石橋はしっかりと叩いて渡るというのが俺のスタンスになっている。

「宿屋の前金と武器屋での支払いで……後二万ロギン弱か」

 生活基準を日本とほぼ同じだと仮定すると、心許ない金額。

 宿屋暮らしなんて住所不定かつ、不安定な職業についているというのならば尚更。

 拠点代わりに自分の家を購入するなり、宿屋に泊り続けられる金を稼ぐなり方法を取らねばいかない。

 つまりは、金。

 これがゲームならモンスターを倒すだけで金をドロップできるものなんだが……そういや、昨日のフラワータートル討伐時の魔魂札(カード)があったな。


「なあ、メイリス。腕輪に収納した魔魂札(カード)ってどこで換金できるものなんだ?」

「基本はギルドの受付に行けば対応してもらえます。収納状態のロギンも、支払い時に専用の魔道具で読み取れば大丈夫です。後は、石柱(スレート)などに持っていっても同様の処理をしてもらえますよ」


 プリペイド機能ありの魔道具ってことだろうが、微妙なデジタル要素がある。

 剣と魔法の世界に科学。盛り込みすぎじゃねえのか、この世界。

 

「ところで、石柱(スレート)って何だ?」

「町中や、ダンジョンの近場などに王都が設置した簡易施設です。この町にはありませんが、直接ギルドに出向かずとも魔魂札(カード)の換金や、ロギンの収納、後は固有技能(スキル)取得などに使えますね」


 この町には無いということは、今後も大体のことはギルドの世話になるということか。

 まあ、今のところ活躍の場は無さそうなので気にしないでおこう。


「ふむ。じゃあ、取りあえず腕輪の魔魂札(カード)は換金しておくことにするか。その方が楽だしな」

「そうですね……ところで、マサヨシ」

「どうした?」


 ふとメイリスは食べるために動かしていた手を止め、小首を傾げながら聞いてきた。


「マサヨシは今日体技測定を受けるといっていましたが、まだ守護者になって王都からの依頼を受けていないんですよね?」

「そうだな。今日その話も詳しく聞こうと思っていたんだが、それがどうかしたのか?」

「いえ、まだモンスター討伐をしていないマサヨシが、魔魂札(カード)の換金方法を聞くのか、と思いまして」

「ああ、その話か。いや昨日ギルド帰りに個人的な依頼を手伝ってくれって言われて、その時に倒したフラワータートルの魔魂札(カード)が腕に入っているんだ。それで、気になってな」

「…………それは、マサヨシなりの冗句ですか?」


 初めてみる、メイリスの驚嘆の表情。

 そこまで俺は弱く見えるのか?


「嘘を言ってどうする。何だ。俺が弱そうで雑魚モンスターも倒せないと思ってた、とか言いたいのなら、その喧嘩買うぞ。確かに支援魔法はかけてもらったが、苦労したってほどじゃない」

「喧嘩を売っているわけではありませんよ。マサヨシが弱いのは知っていますが」

「よし表に出ろ。パーティ編成記念にこういうことはきっちりと決めておいたほうがいい」

「そうではなくて……いえ、いいです。私も言えるほどの立場で無いですし」


 意味ありげに呟くと、メイリスは食事を再開し始めた。


「訳が分からんことを……まあいいや。それじゃ、ちょっと体技測定とやらをしてくるから、待っててくれ。依頼を受けられないお前の変わりに、何か受けられるように聞いてくるから」


 立場の優位を主張して、メイリスに向けドヤ顔で指差してやった。


「私に指を突きつける意味は分かりませんが、マサヨシが意図を持って挑発しているのは分かります」

「俺の世界の特殊な言語で『プギャー』って言うんだ」

「ぷぎゃー、ですか。分かりました。今度また使ってみます」

「俺に? はっはっは、メイリスも冗談が言えるみたいだな」

「その今度は、思いのほか早く来るであろうことは予言しておきますけれど」


 それはねーよ、とメイリスを小馬鹿かにしつつ受付へと向かった。

 メイリスは勿論この世界の誰にも通用しないだろうが、これは本来失態に対し煽る意味で使われる限定的な動作なのだ。

 少なくともメイリスよりは常識があると自負している俺に、そんな落ち度は無い。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼


「まあ、知っていましたので」


 横に立つメイリスは素っ気なくそう言った。

 怒りとも呆れとも同情ともとれないその視線が、とてもつらい。

 今の俺は、ギルドの受付にてカウンターを挟んだ形で非常に楽しそうに笑っているセフィアと対峙している。

 俺の表情はというと……きっと、ものすごく情けないのだろう。


「あの、なんとかなりませんか?」

「なりませんねー」

「そこを何とか」

「駄目ですねー」

「そんなことを言わずに」

「嫌ですねー」

「おい、てめえ今嫌っつたか。やっぱ間違ってんじゃねえのかその処分!」

「失敬な。仮にもギルドの受付嬢の誇りを持つ私が、個人的なあれやそれで虚偽申告なんてする筈がないですぞ。ギルド長の捺印もあるではないですしー、逆切れはお断りですよん」


 そう。俺の持つ手には一枚の紙がある。

 震える俺の手には、紙がある。

 守護者契約書程ではない短い内容が書かれたそれには、何度読んでも変わらないことが記されていた。


 クロサキ=マサヨシ。左記の人物の持つ仮の守護者資格を、この印紙発行を持って剥奪とする。

 なお、契約者としての活動は許可するものとするが、再度推薦による守護者正式雇用は無効である。


「いや、だから。何で俺の守護者資格が剥奪されてんだよ!」


 心当たりが無いのだから俺の訴えも至極当然のものといえよう。

 こればっかりは納得が出来ない。

 身に覚えの無い物事で、職を奪われてたまるか。


「何を言っても無駄なのです。ギルド長の決定は王都の権限に等しいので、守護者の……いえ、今は契約者でしたね。そんなマサヨシさんの意見など無意味でございます」

「横暴だーっ! せめて資格を剥奪するに至った理由を言え!」

「黙秘権を行使します。というか、私が直接言うよりも説得力のある人に聞いてください」


 はい、とセフィアが手で指し示したのは俺の背後。

 振り返ると、そこにはギルド長の姿が。


「説明しろと言われてもな……お前が規則を破ったから解雇した。それ以上の理由がいるのか?」

「規則違反って言われても、何のことか覚えがないんですけど?」

「それはおかしいな。守護者規定の説明を書いた紙を渡した、とセフィアからは聞いているが……お前、読んでないだろ」

「あ」


 図星だ。読んでいない。

 なんなら、宿の部屋に置きっぱなしだ。


「掻い摘んで言うと、推薦経由で守護者となったものはいかなる場合であっても実績不十分ということで、体技測定、そして王都の用意した依頼を受けた後、個人的に依頼を受ける権利を有するということだ」

「つまり、仮守護者のまま依頼を受けたから資格を剥奪ってことですか?」

「本来なら、その日の内に事後報告を行えば問題の無い程度の規則だが、お前はそれすら怠った」


 確かに。昨日シロアの個人依頼を受けた後、ギルドには向かっていない。


「昨日の夕方、町の近場で強力な魔力反応があったとギルドに連絡があってな。すぐに調べたところ、その付近でお前がモンスターと戦闘していたという目撃情報も取れた。という事で、面倒ではあるが守護者規定に従いお前の守護者資格を剥奪させてもらった……何か言い分はあるか?」

「……ありません」


 一瞬それでも食い下がろうかという気持ちが脳をよぎったが、これ以上騒ぐなら許さん、とばかりの視線に威圧され言葉を飲み込んだ。

 理解は出来るが納得が出来ないという気持ちと、自分の軽率さに対する慙愧の念とが交じり合って何も言うことができない。


「という事だ。私からは以上だな」


 ギルド長は冷淡にそう告げ、踵を返した。


「──メイリス。ひょっとして知っていたのか?」

「はい。けれど、もう手遅れだと分かっていましたので」


 小声で隣のメイリスに話しかけると、そんな答えが返ってくる。味方はいない。


「分かりました……それとセフィア、怒鳴って悪かった」

「え、いや、改めて頭を下げられると、逆に困りますね。気にせず、マサヨシさんらしくいきましょーよ。ほら、契約者でも依頼は受けられますし」


 頑張りましょう、とセフィアは言う。

 俺の言葉が予想外なのか、元気付けてくれるようにそう言葉をかけてくれる姿に、今は感謝したい。


「となると、俺の今日の体技測定とやらも無くなったという認識でいいのか?」

「そですね。守護者ほどの扱いは出来ませんが、契約者という形での雇用ですのでもう依頼を受けても大丈夫ですよ……と言っても、今現在契約者の方にお任せする依頼自体が無いのですが」


 依頼が無い、か。まいった。予定はあくまで予定であるということの認識力に欠けていた。

 どうしたものかと頭を悩ませているとメイリスがとんとん、と肩を叩く。何だよ。


「ぷぎゃー、これで良かったですか?」

「っ……ぬっ……!」


 耐えろ。これは俺の考え無しが引き起こした罰だ。耐えるんだ……。


「それはそーと、マサヨシさん」


 メイリスに向け、引きつった表情でいるとセフィアが思い出したかのように一枚の紙を出してカウンターに置く。


「ちょうどここに、王都から送られてきた守護者希望者への依頼書があるんですよ。内容はフラワータートル一体の討伐という簡単なものなんですけれども、残念ながら本日受けるはずだった方が諸事情により受注できなくなってしまいまして」

「……お前」

「討伐報酬は出せませんが、このまま捨てるのもなんですし受けてみませんか? あ、その過程でモンスターとか倒した魔魂札(カード)は換金できますので、ただ働きってことにはならないと思いますよー」


 セフィアはわざとらしく、そんなことを言った。


「いいのか?」

「良いも悪いも、依頼を紹介するのも受付嬢のお仕事ですからねー」


 女神か、お前は。


「本当はこれを紹介してやれって言ったのギルド長ですけどね。あ、私としたことがうっかり喋ってしまいました。本人は言うなって言っていたのになー、まいったなー」


 女神達か、お前等は。


「てなわけで、処分するのも面倒なので偶然目の前にいたマサヨシさんにメイリスさん、どうですか?」

「──その依頼受けた」


 何かと思い通りにいかない世界にも、優しさはあった。


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