(54)悪魔の囁き
な、なんでここにレオが……。
言葉を返すようだが、俺としてもまさかこんな場所で再会するなんて思いもよらなかった。
絶句したままいると、俺の反応を訝しんだようにしてレオは眼を細める。
「――あり、俺のこと覚えていないか?」
そうして、出会ったあの時のように顔の前で手を振る動作を行うレオ。
「あ、いや――久しぶり、レオ。その節は本当に世話になった」
「おー、やっぱマサヨシだよな。ぼーっとしてないで返事くらいしろよな。人違いかと思っちまったじゃねえか」
はっはっは――とそう言って笑いながら俺の肩をバンバンと叩くレオ。脳筋なのは相変わらずで叩く力には遠慮というものが無い。
遠慮してこれなら、なおのことどうかしている。
「痛っ! ちょっとは加減しろよ!」
実に一ヶ月半振りの再会ではあるが、こういうところは変わらない。
「んなことより、近況はどうなんだ? その右手を見ると結局守護者になったみたいだが――短い間とはいえ護衛した身としては、お前の成長が気になるところだな」
「期待に添えないようで悪いけれど、まだ白騎士だよ」
周囲の手助けもあり今の所はなんとかなっているが、一人でとなると先は長い。まだまだひよっこ程度の働きしかしていないことを告げると、レオは露骨に残念そうな表情になった。
「……普通一ヶ月も守護者やってたら最低でも上位職種くらいになってるはずだろ。拍子抜けするくらい才能ねーのな、お前」
「そこは慰める意味で大器晩成とでも言って欲しい……まあ才能無いのは事実だけども」
「悠長な奴だな。時代背景はどうあれ、守護者に求められてるのは即戦力。のんびりしていたら契約者に降格されちまうぞ」
「…………安心してくれ、既に崖っぷちだ」
「は?」
無知蒙昧から起こり得たあの日の出来事を説明すると、レオは人目も気にせず大爆笑した。
「ははははははは! 馬っ鹿じゃねえの、お前。せっかく守護者になったのにその日に資格剥奪だと? ぶはっ――フィル=ファガナのギルドは笑い殺しの固有技能も教えてくれるようになったのか?」
遠慮無く笑い飛ばしてくるレオ。自業自得だけど腹立つなぁ。
「――腹が痛ぇ。俺も色んな奴を見てきたけど、お前みたいに抜けてる奴は初めてだ。いっそのこと契約者なんてやめちまってここで働くか? 想像と違ったけど、お前は見てる分には飽きそうにないわ」
「絶対良くないことに巻き込まれるから遠慮しておく……ってか、働くって何だよ。まさか店番でもやれってか? レオだって守護者だろうに、闇市に店を持つとか大丈夫なのかよ」
「おいおい、ここは特区にあるんだぞ。外での肩書きなんぞ関係ないのが特徴だろうが。そもそもお前と別れた後からずっと依頼も受けてねーしな」
「はぁ? なんだよそれ。引退したとでも言うのか?」
「どっちかって言うと休職中って感じだな。アムカとやりあった時の傷がまだ完治してなくて、まともに戦闘は出来ない状態なんだよ――ちっ、もうちょいで一泡吹かせてやれたのによ」
んん――?
アムカとやり合う……その言葉の意味ならよく知っている。フィル=ファガナ行きの転送屋の世話になった別れの際、僻みから割な真面目に殺意を持ってレオにサムズダウンした経験は未だ記憶に残っている。
実際に戦った姿を見て、俺の知る中では十指に入っている暴力の化身であるレオが戦闘を避けなければならないほどの傷を負うほど、レオとアムカの夜戦は激しいものだとでもいうのか――なわきゃねえよな。
「えーっと……レオ達と別れた後、何があったのか聞いてもいいか?」
「? 言葉道理だぞ。そもそもお前を町まで送り届けるってのもアムカが言い出した事だ。俺は面倒だから捨てていくつもりだったが……お節気焼きなアムカが『何でも一つだけ願いを聞いてあげるから』つーから、手を貸す気になっただけだ。俺に礼を言う必要なんかねーぞ」
うわ、知らない方が良かった。アムカへの感謝の気持ちが倍増した代わりにレオに対する見方が違う物に変わっただけ。誰も救われない。
……動機はどうあれアムカと共にレオが護衛してくれていたのは事実だし、これ以上考えるのは辞めておこう。それよりも、だ。
「そのアムカが願いを聞いてくれるって話とレオが傷を負った事との間には、どんな因果関係があったんだ?」
「だからアムカとやりあったんだよ――遠慮も手加減もなく、互いに本気での戦闘をな」
「ば、馬鹿じゃねえのか? なんでんなことを願った?」
「一言で言えば気分だな。あるだろ、そういう時」
「あるわけねーだろうがっ! 頭おかしいんじゃないの?」
「ま、そんなわけなんだが守護者同士の私闘なんて誰かに見られるわけにはいかねえ……かといって俺たちが本気でやり合える場所もなかったから、暴食の砂漠を使うことにした。心配すんな。離れた場所で一応それなりに強力な結界も貼った。ばれてねーよ」
……心配するのはレオの脳みそだろう。回復は望めそうにないが。
「……で、負けたと」
「結果的だけどな。いやあ、しかし堪能させて貰ったぜ。アイツがやる気になるなんてほとんどねえからな、マサヨシのおかげだ」
やり合うって、そういう意味かよ……紛らわしい言い方すんな。
そして、あずかり知らぬ所でレオの好感を得ていたらしいが、明らかになった真実の前では素直に喜べるものでもない。
「ああ、そう……見たところそんな大怪我をしているようには見えないけど」
「一ヶ月ほど前の話だしな――っても、まだ本調子じゃねえ。アムカの魔法には快癒薬も効かねえから、自然に回復するのを待つ間は暇すぎて地獄だったぞ」
「自業自得だと思う……少なくとも同情は出来ないぞ」
「辛辣だねぇ。まあ、そういうわけで気晴らしに賭博場経営でもやってみたんだが、これが妙に面白くてな。今じゃこの盛況っぷりってなわけだ」
「聞き間違えかな。今……賭博場経営って言わなかったか?」
「ああ、ここにある出店は全部俺が管理している」
「全部……だと?」
「最初は小さな店だったんだが、続ける内に口利きで客が増えてきてな。んじゃあ増やすかってことになったが、今では場所貸し代だけでも充分に採算は取れてる。まあ……正直赤店にせざるを得ない規模になっちまったのだけは予想外だった」
露店のどこかにレオの店があるわけじゃなく、建物丸ごとレオの持ち物ということらしい……流石は歴戦の守護者。スケールが違いすぎる。
「そりゃ凄いけど、つまり今は仕事中ってことでもあるんじゃないか? 他の客の目もある中で、こうしてのんきに話していていいのかよ」
「俺はあくまで責任者の立場だから関係ねーよ。どこも店と客の勝負で俺の入る余地はねーし、それこそ魔法を使おうが何しようが自由だ。最も、お粗末なイカサマ野郎には痛い目を見て貰うことになるがな。お前も気をつけないと、知り合いだからって甘くはねえからな」
やるならばれないようにやれってことね。まあ、説明して貰っておいてなんだけど、俺は見学しに来ただけなんだよな。
胴元がレオと言うことに少し安心したものの、ギャンブルに手を出す気はない。
「へえ……ところでアムカは?」
「ん? あいつなら王都に来る前にどこか行っちまったぞ。今はどこで何をしてんのかねぇ」
「そうか……いや、アムカに貰ったナイフの事で聞きたいことがあったから、連絡が取れたらと思ってさ」
「そんなもんあったな。だが、現状だとあいつ宛の念話は使えねえからなぁ――諦めろ」
「即答だな。なら、こっちに戻ってくる予定とか聞いてないのかよ」
「アイツの予定なんて知るはずねーだろ。俺だって別にアムカと固定パーティ組んでるわけじゃねーんだよ。偶に会って行動するくらい程度の関係だ」
マジか。もっと親しい仲に見えていたんだけども。色々と勘違いが続く。
「んじゃあ、もしアムカと会うことがあれば言付けだけ頼めないか? 俺が連絡を取り合っているって伝えて欲しい」
「そりゃ別に構わねえけど――んなことより、せっかくだから再会記念にお前も遊んで行けよ。こんな所に来るぐらいだから、少しくらい持ち合わせがあるんだろ?」
「あるにはあるけど、ここで使うくらいならあの時貰った三万ロギンをそのまま返したい。今ちょっと足りないから今日の夜にでもまた持って来るよ」
「お前なんかが夜の闇市を出歩けるわけねーだろ。秒で身ぐるみ剥がされるぞ。大体あれはお前にやったんだから、返す必要はねーよ。そうだな……それじゃあ俺に返却したってことで、遊んで行けよ。ちょうど新しいのを考えたところだ」
「まあ、レオにしたら大した額じゃないかも知れないけど――って、何処に連れて行くんだよ?」
そういって、レオに腕を引っ張られ誰もいない店内の端っこに案内される。
「来週からでも稼働させる予定だったんだが、ちょうどいいから試してくれ。勿論、景品もしっかり用意してるぜ」
借りた物は返せるときに返したいのだが、そこまで遊ばせたいものなのか……気にはなるけどさ。
まるで悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべ、レオは目の前ににある白い布を取り去った。
布の中から姿を現したのは、四方を透明なガラスの様な物で囲まれた俺の身長くらいの……なんだ、機械といっていいのか、これは?
映画のフィルムみたいな車輪が五つ横に並んでおり、そのなだらかな表面にはドラゴンが描かれたものや、鳥が描かれたもの、剣や盾といった何種類かの色で塗り分けられている絵柄が等間隔で刻み込まれていた。
俺の腰ぐらいの高さ、ガラスの手前外側部分にはには五個のボタンみたいなのがあり、物体から鉄の棒が一本ガラスを突き抜けて足下に伸びてきている。
「まず下にある棒を踏むと魔力に反応してあの五つの車輪が回る――んで、手元の装置に触れれば車輪が止まるように出来ていて、車輪に同じ絵柄が揃えば挑戦成功って分けだ一回千ロギン。他にも質問があれば聞くぜ?」
ゲームセンターにあるような、いわゆるスロットマシーン的な何か。
理屈だけはなんとなく分かる。用はボタンをタイミング良く押して、正面の図柄を揃えればいいのだろう。
「絵柄は全部同じのが並べば、どれでもいいのか?」
「問題ないが、応じて景品の質が変わる。一番良い景品が欲しいんならベルディナス王国の紋章だな」
そういって、金色に輝くドラゴンの絵柄を指し示すレオ。他の絵柄よりもサイズが少し大きめで、身体の二~三倍ほどある両翼を広げた姿が特徴的なものだった。
他の商品も気になるが、どうせ遊びだと割り切って大物狙いしてみることにしよう。
それじゃあ、とレオに千ロギンを手渡し足下鉄棒に体重をかけると、五つの車輪が同時に回転を始めた。リフレクタイトとやらには防音機能もあるのか、激しい動きにもかかわらず内部の音はほとんど聞こえない。
ドラゴン以外の絵柄の種類なんか全く分からないが、多少見えづらいが色の見分けぐらいはなんとか……といった感じだ。
それぞれの車輪は回転速度が異なっており、早かったり遅かったり違いはあるものの速度自体は一定だ。これなら、と反射神経を高めて一つずつボタンを押していく。
「おっ、ドラゴンが四つ揃った。思っていたより余裕だな」
「げっ……調整が甘すぎたか……?」
この時、もう少し慎重になるべきだったのだと思う。レオの声色の変化が、焦りからではなく含み笑いを押さえるようにくぐもっていたのと気づくべきだった。
「こんなもん、同じ様に押せば――――――ああぁっ!」
完璧なタイミングでボタンを押したはずが、最後のドラゴン絵柄は絵柄の直線上から一つずれてた上部分に停止した。僅かに早すぎたたらしい。
「残念だな。魔導符一枚進呈だ」
「ぐぬぬぬ…………」
一応参加賞みたいなのもあるようだが、市場価格の約十倍の値段だ。正直納得がいかない。
いかないのだが――悔しさはあるもののこれ以上は深みにはまってしまいそうになる。少々高い授業料だったが、ここで辞めておくべきだ。
「これが流行るかどうかは知らないけれど、個人的には少しだけ楽しめた」
そう言うと、レオは意外そうな顔で俺を見つめる。
「もう終わりか? 何度でも挑戦していいんだぞ?」
「遠慮するよ。ここ一番で決められなかった時点で、才能は無いものだと理解できたし」
「そうか――負け犬の人生を認めるってわけだな」
「……挑発しても無駄だからな。そもそも、こんな遊び程度に勝ちも負けも無いだろ」
「お前がそう言うのなら、構わないぜ。何も成し遂げられず汚点を引きずって生きていくことも弱者には大事だしな。ま、お前が勝負事のみならずこんな遊び程度にも無様な姿をさらす奴だってのは全面的に拡散させて貰うけどな――よっ、勇気ある敗北者!」
「っ――上等だっ! 後悔すんなよっ!」
「まいどー」
追加の千ロギンをレオに叩きつける。いくらなんでも言い過ぎだ。舐められたままでは終わらせてたまるか。
深く深呼吸する。売り言葉に買い言葉だが、勝算がゼロという分けではない。車輪の回転スピードは理解した。加えて、ボタンの反応速度もだ。
「確か魔法の使用は有りって言ったよな?」
「おっと、ブチ切れて壊そうったって無駄なことだぜ。囲いに使っているのは、リフレクタイトを特殊加工して何重にもした頑丈な特別品だ。マウントエレファントの踏み付けにも耐えきった実験済みだぞ」
「いや、別に壊すつもりはないから」
破壊は不可能。もっとも俺にはそんな破壊力のある魔法は使えないが……俺の持つ数少ない魔法の中でも唯一役に立つものがある。
事は単純で、回転する絵柄がもっと見えていればいい話。動体視力を強化するために、肉体強化を発動させると、レオの表情に変化が現れる。
「――なるほど、そう来たか」
どうせろくな魔法など使えまいと高をくくっていたのだろうが、既に手遅れだ。
先ほどよりもゆっくりと、ほとんど止まっているような回転速度に合わせてボタンを押す。
よし、一つ目は成功。二つ目、三つ目、四つ目と――なんなく止まる。押したタイミングと停止のタイミングは同期しているから、先ほどよりも難易度が格段に下がった。
「ここだっ…………はあああああぁぁぁぁぁっ?」
一ミリ単位でピッタリに押したはずの図柄は、なぜかその場に停止することなく下にずれていった。
「おい、どういう事だ。明らかに絵柄がおかしな動きをしたぞ!」
「魔法を使うのは自由だと言ったが、その魔力に反応して不規則動作になるようなっているんだよ。なんの対応もしてないわけねーだろ」
げらげらと笑い続けるレオ。何をしても、とは魔法を使っても良いが意味無いぞ、の略だったのか。
……分かるわけねーだろうがっ!




