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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
二章
53/54

(53)鉄火場への誘い


 唯一不満点をあげるのならば量が物足りなかったらしい。

 その証拠に、刺身定食に気をよくしたらしいメイリスは一品物を次々と追加注文していった。

 店主は『食べっぷりがいい』と喜び刺身のみならず煮物や揚げ物といったフィル=ファガナとは違う方法を用いた料理提供してくれたのだが――皿が積み重なるにつれて徐々にヴァールの顔色が変化していっているのが俺にははっきりと見えていた。

 ランチメニューを頼むだけならいざ知らず、量はもちろんのこと手の掛かる料理には相応の値がはるもの。

 そんなわけで会計額――あら、やだ。驚きの八万三千ロギンですって。

 端数はサービスしてくれたらしいが、切り身定食が三人前で二千ロギン位らしいので約八万ロギン分はメイリスが追加した分である。やりすぎだ。いくらなんでもこれを全部ヴァールに払わせるというのは心苦しい。


「ヴァール、絶対に謝らないでくれ。俺たちは注文した分を払っただけだ」


 当たり前だろう。当初の予定道理切り身定食分だけをヴァールから受け取るという形で残りは俺が支払うことになったが、会って間もない人に奢って貰うといっても限度がある。少なくとも昼飯を奢るといって八万ロギンもの料金を払わうことになるなんて馬鹿げている。


「いや、でも俺が払うって約束でしたし……」

「本当に気にしないでくれ。どうしてもっていうなら、ヴァールが目指す皆伝の位とやらを貰った時にでも、また別の店で奢ってくれればいいから。な、そうしよう」


 社交辞令のようにそう言った。本音を言えばこの一件に関しては忘れて欲しいぐらいだが、約束にこだわるヴァールは変なところで頑固だ。

 メイリスはというと……食事内容に満足したのかいまは近くの露店を散策している。


「マサヨシさんって、いい人っすね……」


 変な勘違いをするのはやめてくれないかなぁ……罪悪感で胸が苦しいぞ。


「いや、そういうのでもないから……そんなことより、ヴァールって待機番なんだっけ? もし暇があれば引き続き特区の案内を頼めないか?」

「それは全然構いませんけど……」

「なら決まり。王都民に案内して貰えるなら、こっちも大助かりだ」

 

 釈然としない様子のヴァールだったが、すぐに表情を切り替えると率先して広場に向かってくれた。


「ただ、俺も特区についてそこまで詳しいわけじゃないんですよね……」

「全然大丈夫だよ。そう気負わずに、ヴァールの知っている所なんかを教えてくれれば助かる」

「それじゃあ、有名所ですけどやっぱり特区といえば闇市っすね。あそこなら何度か訪れてますし……こっちっす。付いてきて下さい」


 取りあえずメイリスを回収した後はヴァールに促され、広場から外れた小道を歩いて行くと――そこはこれまで以上に狭い路地裏だった。

 路地の幅間隔はかなりのもので、馬車はおろか徒歩以外ではすれ違うことも困難。

 地面はほとんど舗装されておらず、住居と店舗が両立しているような佇まいの建物には妙な歴史を感じさせる古めかしさがある。空き家なのかいくつかむき出し状態の建造物もちらほらとあり……これまた、危険度が高そうな場所。ここが闇市とやらか。

 先ほどと違い目に映る商品はどれも値札が無く、武器関係が多いみたいだが身に覚えのある物でいえば魔晶石(マジックジェム)なんかの魔道具も豊富に並んでいる。スペースの関係から大通りに比べると露店や人の数は少なく、それでいて独特の気配。怪しさ倍増である。

 とはいえ、露店といえば食材の売買が基本だったので、これはこれで興味をそそる。


「闇市には珍品が色々並ぶんすよ。ただ、それ相応の値段はしますし出自不明の物なんかもあるんで購入時は注意が必要――特に、安価で高級商品をちらつかせてくる交渉なんかにも要注意っす」

「その辺は大丈夫だ。素人だし、軽々しくては出さないつもりだよ」


 というか、手持ちもほとんどないし。今後来ることもないだろうから、ただの興味本位だ。

 ヴァールというガイド役がいなければ、仮に特区の存在を知ったとしても訪れようとはしなかったことを考えれば気楽な観光みたいなもんだろう。


「見る分には問題ないんすけど、この間も店の商品を奪った奴がいて――まあばれないようにやれば良いものの、声高々に自慢して回るもんだから袋だたきにされてましたよ。罪には罰、当然っすね。ここでは全部自己責任ですから同情する余地も無いっす」


 実際他人事だからか、ヴァールは軽くそう言って笑う。

 無法地帯かと思えば、以外に特区なりの独自規則はあるようだ……ともかく変な疑いを生む行為は極力慎もうと心に誓う。


『秘境由来の高純度魔晶石(マジックジェム)。超特価売り出し中。値段要相談』

『魔剣から妖刀まで王国一の取り扱い。鑑定不可神具(ロストウエポン)在庫整理中』

『独自開発の高出力魔導符(マジックシール)販売開始。苦情返品交換については応じません』


 それぞれ入り口前に並ぶ立て札は、店の紹介なんだろう。

 いかにも胡散臭そうな立て札や触れ込みが多く目に付くが、見て回る分には退屈しなさそうだ。

 

「一振りでドラゴンも両断できる魔剣が今なら十万ロギンだよ。見たところ剣を扱うみたいだし、パーティの戦力強化にどうだい?」

「この三本の魔封剣が見えないんすか? そもそもドラゴン殺しにしては安すぎっすね」

「薄型に加工した遠覚視(クレアボヤンス)の新製品魔道具だ。常時発動型だが、荷物にならなくて便利だぞ?」

「小型なのはともかく、直接眼に取り付けるとか正気の沙汰じゃねっすよ」

「おうヴァール、守護者に鞍替えしたのか? 一口で保有魔力量を爆発的に増やせる薬が手に入ったんだが、お仲間さんも含めて全員でどうだい。今なら無料で良いぜ」

「自分は生涯騎士団員なんで! あと、体裁良く人を実験台にしねーで欲しいっす!」


 先頭を歩くことで時々露店の店員に声を掛けられ、中には顔見知りもいるようだが適当にあしらうヴァールの姿は頼もしい。


「……何か悪いな。全部ヴァールに対応して貰っちゃって」

「問題無いっす。ただ、複数人で歩くと客引きが凄いっすね。一人で来たときはここまで声を掛けられることもなかったんですが……ここで商品を買う人のほとんどは守護者関係って話らしいっすから、パーティを組んでると思われているみたいっす」 

「騎士団員は副職禁止ですが、私やマサヨシには腕輪がありますからね」


 特区とはいえ、騎士団員といえば俺たちの世界でいう警察みたいな役割もしているし、店側にとっても声を掛けにくいという心情があるのかもしれない。

 転移床(トリップレート)で来たため具体的な場所は不明とはいえ、特区の闇市に複数人の守護者が迷って来るということは考えづらい。そういった部分では、腕輪を持つ者に対しては店側も遠慮無く購買意欲を誘ってくるのだろう。


「そうっすね――ただでさえ今の王都は入国者が少ない状態っすから」

「ん? 入国者が少ないってどういう意味だ」

「それは――『来たーっ! ついにアイツやりやがったぜっ!』――な、なんっすか、今の?」


 唐突に聞こえてきた叫びに反応してヴァールが足を止めた。

 露店ではない、一つの建物。外観を気にしない他の店と違い壁には国旗のような旗や花が飾られていて、一際異色を放っている。

 叫びの元はここで間違いないだろう。閉ざされた扉の向こう側からは時折熱気が混じった歓声が上がっている。


「どうやらこの店から聞こえてきた見たいですけど――ううむ、店名が達筆すぎて読めないっすね」

「私にも読めません……見たことも無い文字ですが、どういった店なのでしょうか?」


 首をかしげるメイリスとヴァール。一応転移したときの恩恵というべきか、どんな文字でも読めるはずの俺ですら分からない。

 多分――ただの落書きなんだと思うが、何とかして読み取ろうと努力している二人に水を差すのも何なので黙っておくことにしよう。


「おや、闇市にしては珍しいことに赤店っすね。やけに賑わっているみたいですけど……ちょっと覗いて見るっすか?」

「まあ、気になるといえば気になる」


 店には看板以外の案内が見受けられず、どういった内容なのかは店内に入らないと想像もつかない。


「んじゃ、入りましょう。鬼が出るやら竜が出るやら……」


 王都式のことわざの様なものを口に出しつつ、ヴァールが意気揚々とドアを入っていった――赤店だけあって店内は異常な広さがあるスペースで、何処を見ても人だかりが出来ていた。

 まるでフリーマーケットのように、店内にはもう一つの露店街会場にようになっている。

 それぞれ壁側に沿うようにして店が建ち並び、背後の壁には看板代わりのように色々な事が書き込まれているのだが……


『無限迷宮。ギジャ盤を用いた新感覚戦闘遊技。倒したモンスターに応じて景品を贈呈します』

『挑戦料五百ロギン。機会は一撃。頼れるのは自身の肉体だけ。貴方は強化魔法で被われた鉄鉱石を砕けるか』

『大還元籤選び。当たりが出れば魔晶石(マジックジェム)つかみ取り権利券と引き替えます』

『天国と地獄。無料で武器の調整行います。ただし、強化か弱化かは運次第』


 ――とまあ、こちらはギリギリ読める文体で煽り文句なんだかどうなのかよく分からない単語が書き殴られていて、どう考えても賭博場以外に呼称方法の無い空間だった。

 価格表は一応あり、どの店も挑戦料として百~千ロギン程かかるようだが、中には『上限無し』という身の毛もよだつ四文字もあったりする。


「うわ、これは何というか――――別の意味で、やべえ場所だな」


 人を駄目にする世界がそこにはあった。

 記憶のない俺の中にもギャンブルが危険だという認識はある。年齢的に経験したということは無いだろうが、それにしても目の前で店との勝負に挑む人々の姿を見ていれば触れるべきじゃないことくらいは十分理解できる。

 いわゆる鉄火場というやつか。誰も彼も目が血走っていて、正気とは思えない表情をしている。あれは真似てはいけない。

 君子危うきに近寄らずという言葉もあることだし、店内の確認はしたことだし、早々と退散しようと――って、ヴァールがいねえ!

 何処に行ったとばかりに周囲を見渡せば、数ある店の一つに並び、手早く挑戦料を払っているヴァールの姿を発見した。

 慌ててその場に駆け寄り、ヴァールの腕を引く。


「お、おいヴァール、やめとけ。悪い予感しかしないって」

「やー、でも、面白そうじゃないっすか。それに一回千ロギンで『舞身(ぶしん)(よろい)』が手に入る機会なんて、他じゃないありえないっす。実際百体は無理でもその半分で魔力走行板(マナボード)が貰えるらしいんで、一応そっち狙いのつもりっす」


 少年のような瞳で熱く語るヴァール。

 とある魔芸師(クリエーター)が作りだした鎧の銘を持つ『舞身ノ鎧』とは装備すれば持ち主の危機に対して自動的な防御機能が秘められた、それこそ値段の付けられない国宝クラスの一品。

 そして魔力走行板(マナボード)と言うのは、大通りで見たスケートボードの事らしくこちらも普通に購入すれば五十万ロギンほどするらしい。

 本来搭乗者の魔力を使用して推進力を生み出す魔道具だが、最新版の物はヴァールのように魔力運用が苦手な人でも乗れるように大気中の魔力を取り込む機能が取り付けられているらしい……どちらも便利なのは分かるが、


「待て待て、さっきと言ってた事が変わっているじゃねーか!」


 美味しい話には裏があるから用心しろ――的なあれは一体何だったんだろう。

 賭博場の熱気にやられたのか、はたまた元の性格なのか、ヴァールはやる気満々だ。


「あれとこれとは別物っす。最近は王都に近づくモンスターも少なくてこれを使う機会も無かったんで、たまには使ってやらないと錆付いちゃうっすしね」


 三本の剣を手に添えて語るヴァール。

 聞くところによるとこれは魔封剣といい、剣そのものに何らかの魔法が込められていて大気中の魔力をため込み放出することが出来る武器。

 回数制限や魔法などは決まっており、魔力を使い切ると何日か魔力が貯まるまではただの剣としての使い道しか無いのだが魔法が苦手のヴァールにとっては使い勝手がいいらしい――それはそれとして、


「そんなわけで、ちょっとだけっすから。ちょっとだけ」

「いやいやいや、マジでやめとけってっ!」


 根拠はないが断言できる。ことギャンブルにおいてその思考は極めてアカンやつだ。


「マサヨシ、本人がやりたいと言っているのですから好きにさせては?」

「そっす。駄目なら諦めますから、心配しないでください!」

「ヴァールもこう言っているようですし、私も興味があります。マサヨシ、ロギンを分けて下さい」

「……んじゃあ、自由行動でもするか。ほい、取りあえず残ってる半分を渡しておくぞ」

「ありがとうございます。適当に戻りますので、入り口付近で待ち合わせるという事で大丈夫ですか?」

「オッケー。ヴァールもそれでいいか?」

「了解っす!」


 メイリスもヴァールもギャンブルに対しての忌避感は無いみたいだ。ヴァールは引き続き列に並び直し、俺からロギンを受け取ったメイリスは別の店へと行ってしまった。

 ま、本気でやばそうなら止めればいいか。

 俺もその辺をぶらついてみるか――と、店内に目を配ったところで、

 

「お前、ひょっとして――マサヨシか?」


 唐突に、何者かによって声を掛けられた。

 名前を呼ばれたことよりも何より、その声には聞き覚えがあり――


「――――っっ?」

「どうやって王都まで来たか知らねーけど、その様子じゃなんとかやれてるみたいだな」


 闇市でまさかの再会。

 恩人であり、俺に恐怖を植え付けた鬼教官……その当人であるレオが目の前にいた。


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