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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
二章
51/54

(51)思わぬアクシデント

 

 地面に叩きつけられたヴァールには一瞥もくれず、今回王都に来たことについては商業目的だとエスカーラに告げるエッジ。一般行列とは違う場所で入国審査を行うことになった。


「あててて……どーも初めまして。俺、ヴァールっていいます」

「よ、よろしく。マサヨシ=クロサキです」


 エッジとエスカーラが何やら話している最中、目を覚ましたヴァールは俺たちの手を取りブンブンと振り回しながら挨拶をしてくる。第一印象、頑丈な青年。


「それにしても旦那の知り合いらしいですし、正直入国処理とかいらないんじゃないっすか――いでぇっ!」

「真面目にやらんかっ!」


 エスカーラの鉄拳がヴァールの頭上に振り落とされた。


「ぐおっ……た、団長……っ……薄々思ってたんですけれど、俺だけ他の団員と扱い違ってませんか……すんげぇ痛いんすけど」

「いい加減、騎士団員として相応しい振る舞いを学べ! 私が二回以上手を出したのは、今も昔もお前だけだ!」

「え、それって俺が特別って事っすか? 照れるっすね――うごがぁっ!」


 そして二度目の鉄拳が炸裂した。天然なのかは分からないが口調や態度、エスカーラの反応から察するにおそらくこれがヴァールの日常なんだろう。今まで出会った中では珍しいタイプだ。


「お恥ずかしいものをお見せしました」


 エスカーラがそう言った。騎士団員であるヴァールに団長と呼ばれていたことからおそらく肩書きは王国騎士団長――俺、何警備兵とか思っちゃってんの。トップじゃん。

 ともかくヴァールの上司のようだが……中々の苦労人のようだ。


「相変わらず大変だな、エスカーラ。何を言われたところでヴァールの性格は死んでも変わんねえよ。そんなことより手続きを進めてくれ」

「かたじけない。では、エッジ殿とアメジア殿は私が――頼んだぞ、ヴァール」

「りょ、了解っす!」


 念を押すようなエスカーラに睨まれ、萎縮しつつヴァールは答えた。

 そんなヴァールを見つめて、メイリスとイーファが口を開く。


「……細身な体つきに反して全体的な筋量と基礎体力は中々ですね。それ以外は微妙ですが」

「強くて、弱いー?」

「し、失礼っすね! これでも俺、入団試験の体力部門なんかは一位だったんですよ! 王武序段で特に剣技には自信ありっす! まあ逆に魔力の扱いなんかは苦手で、騎士団に入って三年……いまだ、その……見習い扱いっすけど……」


 輝かしいと思わしき経歴を語りながらも、ヴァールの語尾はだんだん小さくなっていく。

 フィジカルは相当らしいが魔法の才能は無いようだ。それでも王国騎士団というからには実力者という話は本当なんだろうけど、悲しいほどに実績が評価されていない。


「なあエッジ、王武序段って何の話だ?」


 こっそりと問いただしてみると、エッジは少し考え込んで、


「正式名は忘れた。王武ってのは王国騎士団に代々伝わる総合武術流派の略称で、守護者階級みたいに下から順に、一刀、序段、皆伝、天位、武聖という五つの階位があった筈だ。取得は困難で騎士団の九割が一番下である一刀の位。ありとあらゆる武術を極める必要があるから、確か序段になるまででも五年は掛かるって話だな――しかしヴァール、お前魔法が使えないんじゃ序段から上は無理なんじゃねえのか?」

「旦那、そりゃそうっすけど……過去には俺みたいな境遇でも皆伝になれた団員がいたって話ですから、夢を砕くのは無しっす!」

「目標に向かって鍛錬すること自体は否定しねえが――どうだろうな」


 遠回しに表現するエッジの言葉を受けがっくりと項垂れるヴァールだったが、すぐに顔を上げわざとらしく咳をする。感情豊かな団員もいたもんだ。


「……ごほん。それではこっちも審査させて頂きます。入国理由は――あ、旦那の知り合いだから全員そのお手伝いっすね」


 誰も何にも言っていないのに、ヴァールは手元の書類にそう書き込み始めた。助かるけど不安に

なるガバガバ審査。まあ、いいか。こちらとしては楽だし。


「では、簡易的な身体検査をさせていただくっす。危険な物を持ち込んじゃ駄目っすよ」


 そういって俺、メイリス、イーファと近くにいる順番で持ち物の確認作業を始めたヴァール。


「ええと、治癒薬が四本に魔導符(マジックシール)が……」


 いたって真面目な表情で職務を行い、次はメイリス番――となった時に事件は起こった。


「お――っと、っ、どぅあっっ!」


 ヴァールとて意図した分けではないのだろう。しかし、先ほど重装備を着たまま走ったことが今さら足にきたのか、突如大きくよろめいた。

 多少踏みとどまる努力は見受けられたが、残念ながら一度崩れたバランスを戻すことは不可能。

 結果、倒れ込んだヴァールはメイリスを押し倒す形となった。

 ――そして、空気が凍る。

 倒れ込む最中、咄嗟にヴァールが両手を地面に突きだしたことでメイリスが鎧の下敷きになることは免れた。

 しかし、見た目通りの全身鎧の重さからか、ヴァールの両手は地面に沈み込み……一歩間違えればあわやといった光景。


「ヴァールっ! 貴様何をやっているっっっ!」

 

 いち早く反応したのは、エスカーラだった。

 すぐさま片手で――鎧ごと――ヴァールを持ち上げると、エスカーラは深々と頭を下げてメイリスに謝罪する。


「――誠に申し訳ない、これも全て私の管理不行き届きによるもの。どうかお許しいただきたい」

「――す、すんませんっ!」


 それに呼応してヴァールも頭を下げる。


「いえ、避けなかった私にも非があります。気にしないで下さい」

「怪我とか……大丈夫そうだな」


 衣服の埃を払いながら身体を起こしたメイリスに、手を貸す。


「寛大なお心に感謝いたします――ヴァール、念のためこの方に治癒薬を」

「は、はいっ! 本当に、すいませんでしたっ!」


 メイリスはヴァールに差し出された治癒薬を受け取り、複雑な表情で俺を見つめる。

 怪我もしていないのにこんなもの貰っても、といった顔つきだ。


「エスカーラ、本人が気にすんなって言ってんだからもういいだろ。それより、急いでいるんで通らせてもらうぞ」

「はい、エッジ殿も申し訳ない。再発防止の為、ヴァールにはしっかりと言い聞かせます。どうぞお通り下さい」


 エッジのその声で、俺たちは町に入ることを許可された。


「あ、でもまだイーファの身体検査が――」

「良いって言ってんだから、ここは甘えておけ。それとエスカーラ、さっき言った話だが詳しくは後で伝える。手が空いたら連絡してくれ」

「分かりました。事が事ですので、一度王国に通達する必要がありますので、それから一度足を運んで頂く形となりますが」

「構わんぞ。じゃ、行くか」


 エスカーラと軽く話し合った後、エッジに引きずられるようにして門をくぐる。

 一瞬、まだ何か言いたそうなヴァールと目が合ったが……見ていないふりをするのが得策だろう。

 若干後ろ髪を引かれる思いではあるが、俺にとってはそれよりも町に入る方が重要だ。

 エッジ達と共に巨大な門をくぐり、ようやく王都へ足を踏み入れる。


「おお……こりゃすげえ」


 王都というだけあってか、まだ入り口付近だというのに露店の数が桁違い。

 吟遊詩人なんかもいてどこか牧歌的な音楽に包まれた街の中で、舗装されてる石造りの上を何十もの馬車が行き交いしており、中には大荷物を背負ったままスケートボードのような物に乗り移動している人なんかもいる。平坦な道なのにそこそこのスピードが出ているようだが、動力が気になるところだ。

 エッジの言っていたとおりに民衆の服装は和風のものが目立っているが、遠くには大聖堂のような巨大な施設もあり、フィル=ファガナとは規模こそ違えど立派なものだ。

 町のいたるところには四角い石柱があり、その側面にはこの世界で初めて見る時計が埋め込まれていた。時計塔のようなものだろうか。

 しかし時計には長針が一つしかなく、今はちょうど数字の六と七の間にあった。


「――え、もう六時半?」


 体内時計とのズレが激しい。日が沈む気配もないし、てっきり昼くらいだと思っていたのだが。


「一周すれば一日だと言っただろ。要するにあの針が十二の上に来る頃だけが俺たちの認識と同じ深夜十二時で、そこからは大体二時間刻みで数字が一つずつ進んでいく形だ。例えば時計上の三時なら六時、六時半なら十三時って感じだ」

「元の世界の時間を知っていると難しいな。目安にはなるからあって困ることは無いけど、欲しいかと言われると……正直微妙だ」

「だろ。ややこしくなるから、お前も今までの感覚は忘れて王都時間を基準にした方が良いぞ」


 そうだな、エッジ相手以外だとひとえに一時間といっても倍の差がある。


「――さて、これで一応お前の依頼は果たしたことになったな。ここからは別行動をさせてもらうぞ。アイツの機嫌も直さなきゃなんねーしな」


 エッジがくいっ、とあごで指し示す先で、アメジアがジト眼ながらにこちらを見ていた。

 エスカーラの介入で有耶無耶となったが、先ほどの蟠りは払拭されていないみたいだ。


「ああ、ありがとう。別れる前に、二つだけ質問して良いか?」

「ん?」

「王都への移動魔法が禁止されてたって話だけど、王都から使う分には問題ないのか?」

「そうだな。フィル=ファガナまでなら格安だから、帰りは転送屋を頼れ。もう一度砂漠横断でもいいならそれでもいいが」


 首を振る。なんならその手の魔法はイーファも使える。エッジには世話になったが、もう一度ランドイーターとのチキチキ猛レースをやるのは御免だ。せめて時間がかかっても良いから迂回路を選択して欲しい。


「二つめだけど、結局さっきの石橋の現象……っていうのか、あれなんだったんだ?」

「百聞は一見にしかず。そこの赤い扉を開けてみろ。引きドアだ」


 エッジはすぐ近くにあった小屋を示す。周りに置かれている酒瓶や食材から酒場と予想できるが、物置くらいの大きさしかない。

 ものは試しとドアノブに手を掛け引いてみると――ドアの向こう側には外見と不釣り合いな店舗面積を持つ飲食酒場が広がっていた。

 普通こういった酒場では字のごとく酒の匂いがまず鼻につくのだが、店の中に漂うのはただただ食欲をそそる料理の香り。それも、単純な肉を焼くものだけではなく、香草を使用しているのか全体的に温かみの感じる芳しい香りで包まれていた。

 内装も飾り付けや材料まで目に見えるもの全ての整理が成されており、落ち着きを醸し出していた。


「へい、らっしゃい! ご予約はお済みですか?」


 俺に気づいた男性が愛想良くそう尋ねてきた。


「あ……いえ」


 それに対して首を振ると、給仕らしき男は酒場内を見渡し、


「ええと、それだと今混み合っているんで、少し待って貰いますけど大丈夫ですか?」

「良かっ――じゃない。それでしたら出直します」

「どうも、すいませんね」

「いえいえ、気にしないで下さい」


 元々食事するつもりで入店したわけでは無かったので、申し訳ない気持ちを秘めつつドアを閉めてエッジ達の元に帰る。


「ま、今見たとおり入国用の橋や店の扉には空間を歪める魔法がかけられているっつーわけだ。これも王都の特色だな」

「これは実際見た方が早いな。もしかして、王都の全店舗が?」

「いや、維持する為には大量の魔力が必要だから儲かっている一部の有名店だけで、そういう店はドアノブが赤い事から『赤店』と呼ばれている」

「有名店っていうのは納得。雰囲気良さそうだったもんな。今の店」


 基本的にどの飲食店にも共通することだが『お客様は神様』なんて、馬鹿げた言葉はこの世界にはない。

 客側は金を払い、店は食事を提供する。そもそもそれで互いの立場はイーブンなのに、そういう店側の親切心につけ込んでマウントを取りたがる馬鹿は叩き出されるのがオチだ。

 にもかかわらず、わざわざ予約の有無を聞かれたのはそれだけ接客に重きを置いている店だということだ。この世界では珍しいタイプの店なのは間違いない。


「フィル=ファガナと比べると高く感じるとは思うが……まあ気になったなら利用してもいいんじゃねえのか?」

「ん……まあ、王都に来た目的を果たしたらみんなで行ってみるかも」

「そうか。ならいい加減アメジアの機嫌も取らなきゃいけねえから、俺は行くぜ。何か困ったことがあればいつでも訪ねてきな――頑張れよ」


 ありがとう、とエッジと握手して別れる。

 エッジ達は何日か王都に留まるらしいが、こちらはそう長く王都に滞在する予定はない。

 町に戻ったら改めてお礼を言いにいかなきゃな、などと考えながらエッジ達の背中を見送った。


「さてと、まずはギルドを探さないとな。王都のギルドってどこにあるんだ?」


 街を見渡しながらそう尋ねると、メイリスは僅かに考え込み、


「これだけの規模ですので、街の中心だと思います。大通りを真っ直ぐに行けばたどり着けると思いますが」

「あれメイリスって王都には来たこと無いのか?」

「ギルガに連れられて来たことは何度かありますが、王都内に入ったことはありませんね。旅の関係で色々な場所に訪れますのでギルガの依頼を手伝う形で依頼を受けてました」

「成る程。まあ、まだ昼過ぎだし飯でも食べてからゆっくり探すって手もあるな。イーファは腹とか減ってないか?」

「……んー……今はー……いいかな……」


 覇気のない声に引かれて見ると、イーファの身体が気だるげにふらついている。


「イーファ、どうかしましたか?」

「なんかー……魔力が、うまく押さえられない感じが……するー……」

「魔力酔いですか――まさか?」


 メイリスがイーファから視線を外し、街の城壁へと目を向けた。それと同時にイーファが倒れそうになったので、慌てて駆け寄った。


「大丈夫か、イーファ? ほら、取りあえず背中貸すから」

「ぐちゃぐちゃって感じでー……ばらばらー……みたいな……」


 擬音語を口に出しつつ立つことも難しそうなイーファを背負った。

 イーファの急な体調不良。先ほどまでの勇健さは消え去り、まるで倦怠感に全身を襲われたような状態だ。


「びょ、病院を……いや、イーファは魔素具象体(シェイプシフター)だから、えっと……」

「マサヨシ落ち着いて下さい。内側にはモンスターを弱体化させる結界が張られていますので、多分ですがイーファの現状はそれによるものだと思われます」

「結界? ど、ど、どうするよ? このままここにいたらイーファがやばいってことじゃないのか?」

「イーファ、どうにかなりそうですか?」 


 慌てふためく俺を尻目に、メイリスはイーファに対して問いかけた。


「んー……んー……こーゆーのは初めてだけど……寝て起きたら……身体が慣れると思うー……」

「だそうです。本人がこう言っているので平気でしょう」


 いいのか、それで。

 とはいえ……判断基準が自己判断だけってのは気にかかるが、他に取る手段は思い浮かばない。


「結界か……やっぱり、王都だもんな。それぐらいはあるよなぁ」


 そう呟くと、メイリスは首を振って、


「今確認したところ二つの結界の匂いがします。もう一つは街の外側用でモンスター侵入を阻害するもの。橋だけが範囲に入っていないため、今まで問題が無かったのはそれが理由だと推測します」


 本来はモンスターが橋に近づいた場合、橋にかけられている魔法や騎士団で対応するということだろう。となれば、内側にある結界は万が一を考慮してのものか。冷静に考えれば、モンスター対策くらいあるよな。


「しかし、なんで橋自体は結界の対象じゃないんだ?」

従僕(スレイブ)など、モンスターに近しい魔力にも反応するのではないでしょうか。砂漠の結界のように対象を限定すれば単純ですが、一部のモンスターは除外するといった結界は聞いたことがありませんから」


 ようするにモンスター用の結界というものは、全てのモンスターに対して発動するタイプと一種類のモンスターに対して発動するタイプの二種類しかないということらしい。

 理解が追いついたところで、一つだけはっきりした事実がある。


「……取りあえず、宿でも探すか」


 少なくとも、疲労困憊である今のイーファを連れ回すのは難しい話だ。

 魔法を使わせたこともそだが、イーファが魔素具象体(シェイプシフター)だと言うことを忘れるとは、失態が続く。

 シロアに近づいたとはいえ、色々と問題は尽きない。

 

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