(5)狐面和装の少女
「それじゃあ、右でも左でも良いから手を出してくださいねー」
セフィアに言われるがまま、右手を受付カウンターに置く。
「ではでは、これが守護者登録証となりまーす。新たな守護者さんに幸あらんことをー!」
気合いのまま、セフィアはガチャリ、と丸い金属輪を俺の右手首に取り付ける。
レオやアムカが付けていたのと同じ物だ。
「どです? 痛くないですか?」
手首を回したり捻ったりしてみるが、不思議と弾力性のような物があり圧迫感はない。
「触ると堅いのに締め付けてこない、すごいなこれ」
「ふふふ、それは王都の技術が生み出した奇跡の一品なんですよ。ここだけの話、それを取り付けるために私は受付を担当していると言っても過言では無い! 決して事務作業が嫌だとか、面倒だとか思っている訳ではないのです!」
「そこまでは聞いてないんだけど」
セフィアに冷ややかな眼差しを向けるが、興奮しているのか気づいてはいないようだ。
「さらに! この登録証は倒したモンスターの魔魂札とロギンを変換し、内部貯蓄出来る優れもの。これでかさばるあれやこれの心配はご無用でございます!」
「魔魂札は知っていたけれど、ロギンも出来るのか。便利だな」
「後は、明日もう一度ここに来て頂き、体技測定を受けて貰います。それが終了しましたら晴れて守護者登録完了となります。忘れないで下さいね」
「あれ。面談が終わったら守護者になれるんじゃなかったのか?」
「今は頭に仮が付く状態です。普通は最終面談って言うとおり最後に行う物なんですが、ここはギルド長の方針で面談を先に終わらせてから個人の強さを見ます。白騎士のうちに難しい依頼を受けて死なれては元も子もないですからねー」
「その白騎士やらについて詳しく」
「白騎士は守護者、契約者問わず一番始めに与えられる職業名みたいなものですねー。実績を重ね、王都に認められると上位の物に職種変更出来まっす」
「へえ。レベルとか、ステータスとか、個別の技みたいな物はどういう感じになっているんだ?」
「れべるとかすてーたすって言葉は分かんないですけれど、固有技能はありますよー。まあ、上位職になるまでは縁が無いですが」
残念ながら、システマチックなゲーム要素は無いようだ。
まあ、固有技能とやらがあるだけまだ救いがありそう。
魔法要素もあるし、駆け出しといってもモンスターと至近距離で肉弾戦を行うだけの事態は回避できるだろう。
もう死にかけるのはこりごりだ。
「これからの流れを言うと、体技測定を受け終わった後取りあえず王都からのお試し依頼を受け実績を重ねていく感じになりますね。あ、なんか質問とかありますか?」
「いや……あ、そうだ、これ何か分かる?」
腰に付けていた革袋から、アムカに譲り受けた宝石を取り出した。
「おっ。魔晶石っすね。どこで手に入れたんですか?」
「知り合いに貰った」
どれどれ、とセフィアは宝石を手に取ると手の中で弄ぶ。
「んー、ちょっと鑑定してみないと、どんな魔法が入ってるのか分かんないね。素人目でも上質っぽいので売ればいい値が付きそうですが」
「今のところはその予定は無いな。使い方とかはどうやるんだ?」
「持って念じるだけですよー。あ、用事を思い出したんでこのへんで……」
「待て。そのポケットに仕舞おうとする手を止めようか」
「説明賃ってことで、どう?」
「いや、どう? じゃねえよ!」
「マサヨシさんがこれを譲ってくれるだけで、薄給でこき使われている私が救われるんですよ? 悲劇の受付嬢に愛の手を!」
「そんなお手軽な悲劇は聞いたことがない。はよ返せ」
ちぇー、とむくれてるセフィアから魔晶石を取り返す。
セフィアの冗談かもしれないが、明らかに目が本気だった。油断できない。
「優しくないけちんぼさんにはもう説明してあげないので、この規則書をあげますので、後はきちんと自分で読んでおいて下さい。なお読まずにやってしまった規則違反に関しましては、私は責任をとりません」
「けちって言うな」
手渡された紙には、軽い頭痛がするくらいの文字の羅列が。
守護者規則についての説明が長々書かれているが、そこそこ量が多い。
これを自分で読めというのか。
「私はそろそろお昼ご飯の時間なので、さらばっ!」
じゃ、と手を挙げて受け付け奥に引っ込んでいく自称受付嬢。
意趣返しとでも言いたいのか、実に嫌らしい仕打ちだった。
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ギルドの外に出た頃には、日が僅かに傾きつつあった。
やはり時計が無いのは不便だ。朝と昼と夜しか分からない。
外灯なんて物も見あたらないし、暗くなる前に宿を探した方が良さそうだな。
「あ、あの。すいませんが守護者の方ですよね?」
声は背後から聞こえる。
「良ければ……お話があるのですが、今お時間を取れますでしょうか?」
見ると、ギルドの壁に寄り添うような形で立っている人影が。
まず目がいくのは、顔を隠してしまっている物の存在。
狐を模した面だ。
声がややこもっているのは間違いなくそれのせい。
おいおい、また変なのが現れたよ。
俺より少し低いくらいの身長。胸部の膨らみを見るに、女だろう。
この世界の標準服なのか、アムカの物に似た全身を覆う感じの水色のローブを身に纏っている。
「えーと、今のって、俺に言ってる?」
「はい。お忙しくなければ、ですけれど」
目の前の推定少女は、申し訳なさそうにそう言った。
毒舌女や、フリーダム公務員の件もあり警戒したが、性格はまともそうだ。
この際、見た目は無視すれば一般人の部類に入る。素直に嬉しい。
「怪しい宗教勧誘じゃなければ。で、話って何?」
「い、依頼を、お願いしたいのですけれど……駄目ですか」
離しているうちに語尾が小さくなっていく。そんなに恐縮されても困る。
と言うか、依頼だと?
この世界に来てから、ろくな目にあっておらず異世界転移という可能性を忘れつつあった俺にとっては魅力的な言葉。
忘れがちではあったが、こういうファンタジー要素は大事にすべきなのだ。
しかしここで問題が一つ。まだ今日の宿が決まっていない。
守護者とやらにもなれたことだし、基本的に無理をせずに生活基盤を整えておきたいというのも本音だ。
冷静になって今の状態を確認すれば浮ついた思考も冷める。
アムカに貰ったナイフはともかく、何せ着の身着のまま、防具も何もない。
依頼を受けるというのならば、少なくとも最低限の装備と、モンスターの知識くらい調べて行うのが当然ではないのか。
うむ、考えれば考えるほどに今日はやめておいた方が無難だと感じるな。
「あー、出来れば受けたい所なんだけれど、俺は今日この町に来たばっかりでまだ泊まるところが決まっていないんだ。悪いんだけど、また今度ってことじゃ駄目かな?」
申し訳ないが、ここは自分を優先させて貰おう。
何やら思考が保守的になってしまっているが、これも全部レオのせいだ。
あの地獄を経験して、さあ冒険に行こうと言えるやつがいたら素直に尊敬する。
突発的な冒険業など俺には不可能だ。
「きょ、今日というか、今じゃないと間に合わないんです! 知り合いが怪我をしてしまったのですが、馴染みのお店が治癒薬の在庫を切らしてしまっていて、他のお店だとツケが出来ないため手に入れることも出来ないんです。材料さえとってくれば何とかしてくれるって言われてしまいまして……」
悲しそうな、落ち込んだような声。
けれど、そこでシロアの左手にある、腕輪に気づく。
「だったらギルドに直接言った方が早いと思うぞ。守護者だと依頼を出せない何てルールでもあるのか?」
「出せないわけではないのですが、依頼を出してもすぐに受理して貰えるとは限らないんです。それに、言いづらい話なのですが、まともな報酬を用意できる状態ではなくて……」
成る程、それで俺に白羽の矢がって訳か。
まあ、ただ働きになる可能性がある依頼を受ける人は少ないだろうな。
「お願いします。個人依頼という形で引き受けて下さいませんか? あいにくと充分なロギンは用意できませんが宿泊先ならご用意出来ますし、私に出来ることなら何でもしますので」
「今なん――分かった。手伝うよ」
思わず言葉尻を拾いそうになったが、流石に人命がかかってる状態でふざけるわけにはいかない。
だんだん涙声になっている少女を見ていると、かわいそうになってきた。
恩送りという言葉もある。レオ達に受けた恩をを返す意味でも、俺も誰かを助ける役に立つくらいの働きはするべきだろう。
決して宿泊先の斡旋という甘言に釣られたわけではない。
「あ……ありがとうございます!」
「取りあえず、一緒について行けばいいのか?」
「はい、町のすぐ近場でとれる素材ですので、パーティを組んで頂ければ大丈夫です」
「じゃあよろしく俺はマサヨシ……えっと」
「あ、申し遅れました。私、シロア=クロフォードと言います。家名といえるほどの立派な物じゃないので、気軽にシロアと呼んで下さい」
ぺこりとお辞儀する、仮面少女。
重ねて言うが、とてもシュールな光景だった。
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シロアと共に町の外に出て、整備された道を歩く。
治癒薬の材料はこの先の森付近で採取できるらしい。
自衛が苦手というシロアは、低ランクながらも付与師という職名持ちだった。
付与師は、僧侶職に近い物らしく補助や支援を得意としてはいるが個々の戦闘力は低いらしい。
普通に考えれば一人よりも複数でいる方が安全度は高いだろう。
それがたとえ俺みたいな無名の守護者でも、シロアには必要だったらしい。
軽い雑談をした後、ふと気になっていた点を指摘してみることにする。
「ところで、その顔に付けている物は何なんだ?」
「お面です」
天然なのかはどうか知らないが、シロアのその返しに言い直す。
「悪い、言い方が悪かったな。何でそんな物を被ってんのっていう理由を聞きたかった」
「私、初対面の人の前に立つと緊張して何も話せなくなるんです。普段の仕事中は大丈夫なんですけれど……えと、気に障るのでしたら、外し、ます」
死にそうな声で呟くその姿は、無駄に被虐心を煽る。
なら外せよ、と言ったら顔も知らぬこの子はどんな行動を取ってくれるだろうか。
それが気にならないと言えば嘘になるが、もしそれがこの後の活動に支障が出るというのなら話は別なので、ここは大人しくしておこう。ほんの少しだけ残念だが。
「あー、いや、いい。聞いただけだから。それより、治癒薬の材料って言ってたけど、俺は一体何をしたらいいんだ?」
「マサヨシさんには、町に戻るまでの間の護衛をお願いしたいです。けれど、その、報酬は先ほど言いましたが……」
「宿の紹介をしてくれるっていってたし、それでいいよ。凶暴なモンスターを倒せって訳でもないし、今回は俺も経験を積む良い機会だし」
「そ、そんな。駄目ですよ。それじゃあ、マサヨシさんになんのメリットも無いです!」
「じゃあ、シロアの都合の良いときに飯でも奢ってくれ。俺が望んでいるんだからそれでいいだろ。これで無償ってわけじゃないから問題ないな。よし、決まり」
「……マサヨシさんは変わってますね。とても守護者の方とは思えません」
「そこまで言うなら、その体で払って貰おうか、ってのは冗談――――だったらいいね」
ひっ、とシロアは後ずさった。小動物みたいなやつだ。
金は欲しいが、レオに貰ったロギンもあるし、袖振る縁もなんとやら。
自分優先な考えを改める気はないが、余裕がある時くらいは人助けをしてもいいと思えた。
そうこうしてシロアで遊びながら歩き続けていると、森が見下ろせる丘の上にたどり着く。
「あの森の周りに自生している植物が、治癒薬の材料になるんですよ」
森自体には入らないそうで、最初に言っていた手筈通りシロアが採取している間俺はそれを背後で警戒しつつ見守る役割。
「では、もしもの時はお願いします――活性」
シロアが支援魔法を唱え、俺の体を薄い光の膜が覆う。
「まだ上位の固有技能を持っていないのでそこまでの効果はないのですが、これでマサヨシさんの身体能力が強化されているはずです」
と、言われても飛んだり跳ねたり程度では、そこまで実感がわかない。
まあ、戦闘用の支援魔法らしいし、モンスターとやり合えば分かるのだろう。
「やっぱ魔法ってすごいよなぁ」
アムカのあれは例外として、やはり魔法を使えるというのは魅力的だ。
「マサヨシさんは魔法を使わないんですか?」
「俺まだ駆け出しだから。でもま、そのうち使いたいとは思ってる――」
視線の先に一匹の亀のような物がいた。サイズは少し大きめで、甲羅から花のような物が生えている。
「シロア、何かいるんだけど」
「あ、フラワータートルですね。温厚なのでこちらから危害を加えない限りは襲ってきませんので大丈夫ですよ」
「いや、でも何かめっちゃこっちに近づいてきているんだけど……倒してもいいか?」
動きこそ遅いものの、少しずつこちらに歩み寄ってきている。
「ではお願いします。おかしいですね、縄張り意識などは無いはずなんですけれど」
背後で不思議そうにシロアは言う。その態度からして、雑魚モンスターの部類なのだろう。
「……今までやられた恨み、お前で発散してやるぜ」
シロアには聞こえないように呟いて、フラワータートルとやらに飛びかかる。
かつてのようなプレッシャーも無い今、一対一なら負ける気はしない。
初めてとも言えるまともな戦闘が、始まった。