(48)流星
「マサヨシ、なんだか顔悪いねー。目の下も真っ黒ー」
「……それをいうなら『顔色が悪い』だ。今度からは間違えないように」
メイリスが離れた後の話になる。
そのままの状態で放心し続けていた俺は、ややあってテントから出てきたエッジに変な目で見られたことをきっかけに横になったのだが、意識はこれ以上ないほど冴えきっており結局そのまま朝を迎えてしまった。経験乏しい俺には過ぎた刺激ということで、当然の事ながら眠れるはずなどなかった。
朝日がまぶしい。余裕の完徹だ。
「魔力も乱れてるけど、なんかあったー?」
俺の体調に関しては聡いイーファ。睡眠不足の理由が知られていない所だけは助かった。
「空路とはいえ、砂漠を横断するというのにそんな体調では厳しいものがありますよ」
当の本人であるメイリスはいつも通りで、小さなため息と共に窘めるような言葉を話す。
待って。意識する俺がおかしいのか? そんなことないよな?
「んんーっ。今日も良い朝ね」
清々しいとばかりに身体を捻るアメジア。そしてテントの前ではエッジが魔法を使い木樽の中に水をためている。
俺と同じく徹夜だったはずなのに、地力の違いか経験の差かエッジはそんな素振り臆面にも出さない。
「こんなもんでいいだろ。おら、とっとと終わらせろ」
「ありがと。それじゃ、二人とも行こっか。夜汗かいたままでしょ」
そう言うと、アメジアはメイリスとイーファの手を取ってテントに向かう。
「三人一緒というのは少し狭いのでは……私は別に後でも構いませんが」
「イーファも別に大丈夫だよ? だってイーファ汗かかないしー」
「いいからいいから。意外と広いから大丈夫よ。あ、男共は覗いたらぶっ飛ばすからねー」
「あほくせぇ……今更ガキとアメジアの身体を見たところでなぁ」
エッジのため息に対してカチンと来たのか、アメジアは含み笑いを浮かべると、
「なによ。気取っちゃって。昨日の夜だってわざわざ仮居住の周囲に封音までかけてノリノリで――」
「さっさと行けっっっ!」
エッジの怒りを含んだ一喝で、逃げるようにアメジアはテントに飛び込んだ。両手で掴んでいたメイリスとイーファも同時に。
「……ちっ」
不機嫌を隠すように、エッジは祝福ハーブをかじった。
味による好き嫌いが多いはずだが、エッジは不満が無しらしく黙々と口を動かし続けている。ついで、二つ、三つ目と口に運んで――食べ過ぎじゃね?
「お前も食うか?」
ほれ、と手渡された祝福ハーブを口に放り込む。うん、いつも道理可もなく不可もない味だ。心なしか頭がすっきりしたようにも思える。
「半分冗談だったんだがお前もいけるクチか。まあ紫蘇みたいなもんだしな」
「確かに……もしこれが元いた世界でも手にはいるなら、一財産築けそうだ」
「同感だ。風邪どころか頭痛や睡眠不足にまで効き目があるなんて、まさに霊薬と言っても遜色ねえ。まあ、そんなこの世界の連中はそこまで深く考えてはいないみたいだがな」
あ、そう言うことか。もの足りないから別の食事もするが、基本的に高い栄養価だけではなく病気予防にも効果があるとは。言われてみれば病院らしき存在について言及した人は今のところいない。
「気休め程度だが酔い止めにもなる。昨日のお前はかなりグロッキーだったからな。どうにもならんかもしれんが、やばくなったら口の中に詰め込んでおけよ」
そう言いながら、オリの中に入ったエッジは荷物を隅に纏め大きめの布をかけると、その上からロープでがっちりと固定し始めた。
「な、なんでそんな念入りに縛る必要があるんだ。昨日乗っていたけどそこまで振動は気にならなかったぞ?」
何やら不穏な気配を感じてそう問いただして見るも、エッジはこちらを向かずに平然と答えた。
「お前らが格子の間から落ちることはないが、多少の揺れ程度じゃすまないんだよ。今日は砂漠越えだっつっただろ――そうか、ランドイーターは知らねぇのか」
「名前は物騒だけど所詮砂漠にいるモンスターだろ。空を飛べれる天破なら問題ないのでは?」
エッジは手を止め一瞬だけこちらを振り向くが、
「……あー、説明するより見た方が早ぇ。いいから邪魔せずにお前も準備でもしてろ」
すぐに荷物整理に戻る。
単に面倒くさかったのかどうかは定かではないが、エッジの言葉の意味を知るのに時間はかからなかった。
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そんなわけで各自準備終え、天破によって数十分程度の飛行を経た頃、平原を越えた先には永遠と続くような砂漠が現れた。
砂漠と平原の境目部分には、巨大な高さを持つオブジェクトが柵のように等間隔で設置されている。形は何十メートルかある高さの四角柱で色は灰色。材質は……多分石だと思う。
天辺部分は縦横共にオリと天破がギリギリ乗れる程度の大きさはあり、隣接する柱の間もぱっと見同じくらいの間隔の隙間が空いている。
噂に聞いた石柱の一種らしいが、今俺たちのオリが乗っかっているこれは昨日メイリスが言っていた結界材としての役割しか無いらしい。
ふと地面を見ると、少し離れた場所に一カ所だけ舗装されている路道が砂漠の遙か先にまで伸びていた。話を聞けばどうやら王都まで直結している馬車道らしいが、これなら普通の馬車でも良いんじゃないのかといった疑問は残る。
「おい、お前らの中で遠距離攻撃が出来る奴はいるか?」
俺とメイリスが首を振り、イーファが元気よく手を挙げた。
「はいはーい。イーファ出来るよー」
「それじゃあ少し遠目の――見えるか、あの石だ。あの石の手前くらいにぶち込め」
天破に跨ったままのエッジが指さしたのは、馬車道とは真逆方向。肉体強化による視力強化を行うと、それが茶褐色の石が積み重なって出来た小さな崖――天然物と思わしき石壁だということが分かった。
「よーしっ。思いっきりいくぞー」
えらく張り切るイーファを傍目に、メイリスが俺に対してそっと告げる。
「マサヨシ、イーファは加減を知りません。全力を出すとこの場所にまで被害が及ぶと思うのですが」
「それもそうだな。イーファ、ちょっと待て」
イーファを引っ張り、耳打ちする。
「どしたのー?」
「大体でいいんだぞ。本気を出す必要はない。ほら、ウルズ迷宮で俺に使った魔弾を数発くらいでいいんだ」
「でも、あれだとあそこまで届かないよ。もうちょっと強めの奴じゃないと」
「そ、そうなのか。じゃあ、あそこに届く程度の魔法を半分くらいの力で打つことは出来るか?」
「んー……難しいけど、やってみる」
「頑張れよ。間違ってもエッジやアメジアに傷を負わせないように注意だけはしてくれ」
魔力に関して門外漢である俺にとってはイーファの言う『難しい』という感覚がよく分からないが、一応それなりの具体性を持たせられたはずだ。
イーファに取り付けられた禁制の魔道具はいまだ健在。確か町中だけだという話ではあったが、用心するに越したことはない。
「何か問題があるなら私がやろうか?」
「大丈夫。イーファなら余裕だよ……半分……半分」
そうアメジアが気遣ってくれたが、イーファ本人もやる気みたいだしここは任せるか。
念仏のように『半分』を連呼するイーファは、集中できたのかおもむろにオリの中から右手を突き出した。
俺にも見える高魔力の集約がイーファの右手に集まっていき、そして
「――小星落!」
「何ぃっ!」
「ちょっ!」
「おや」
「へっ?」
エッジ、アメジア、メイリス、俺がそれぞれ違った反応をしたその瞬間――――上空から発光する無数の何かが、高速で飛来してきた。
「――アメジアっ!」
エッジがしがみつくことを確認した天破は俺たちのオリを掴むと、石柱を背後にしながらイーファが放った魔法から逃れるように降下した。
「分かってるわよ! 大風流っ!」
ほぼ同時にアメジアもまた魔法によって風の奔流を生み出した。こちらはなぜか砂漠――いや、砂漠上の馬車道へと向かっていった。
なぜ、と問う寸暇も無く爆発音、そして石柱越しとはいえ吹き飛ばされそうな衝撃が俺たちを襲った。
「どう、わあぁぁぁ――――っっ!」
「きゃあぁぁぁぁぁ――――っっ!」
叫び声は、俺とアメジアのもの。
轟音と振動によって身体が竦み、対して意味はないと思いつつも格子にしがみつくようにして衝撃が収まるのを待ち続け――やがて砂煙の立ちこめる中、ゆっくりとオリが上昇していく感覚でようやく危険が去ったことに気づく。
視界が晴れたとき、石壁があった場所には肉眼でも容易に確認できるサイズのクレーターがいくつも出来上がっていた。
イーファのことだから、言葉通り全魔力の半分を用いた魔法をぶっ放したのだろう。直撃すれば欠片も残らないであろう威力。これでもまだ全力じゃないとすれば、やはりイーファの魔力もまた規格外だ。
「こ――っのボケがっっ! 誰がここまでやれと言ったっっっ!」
真に迫るエッジの怒声は過去最大のもので、流石のイーファもその声に身体を震わせて反応した。
「だ、だって、ぶちかませって言ったじゃないかー」
「俺は遠くに魔法を打てと言ったんだ! 地形を変えろとは言ってねえっ!」
「うう……そんなに怒鳴らなくてもぉ……」
「――ちっ。マサヨシ、テメエもだっ! コイツがこんな魔法を使えるなら、初めから説明しとけっ!」
泣く子には勝てないということか。エッジは涙ぐむイーファから目を逸らし、代わりに俺に対して怒りを飛ばしてきた。
「す、すまん。俺もここまでの魔法が使えるのは知らなかったんだ」
「仲間の魔法も熟知してないっつーのか……悪い冗談だぜ。分かった。もうお前らは、王都に着くまで何もするな」
監督責任を問われたが、俺からの返答を聞いたエッジはそう言って頭を抱える。
「ま、まあ、何はともあれ一回落ち着きましょ、エッジ」
「……あっちはどうだ?」
「大丈夫よ。小さな破片や砂くらいは飛んだかも知れないけれど、見た感じ傷は――無いみたいね」
アメジアがそう言うと、エッジは安堵の表情を浮かべた。
「暴食の砂漠における馬車道は王都の管理にある。人の手による破損行為は故意であれ過失であれ重罪でしたね」
「そういうことね。私たちは一応王都の功労者として認められているから減免が適応されると思うけれど……さ、流石に討伐目的でも無い魔法の余波で壊しちゃいましたは通用しないかな……」
話は聞こえているが、こっちもこっちでイーファを宥めるのに精一杯だ。やりすぎた感は否めないが、イーファからすれば言われた通りに行動して叱咤されるのは納得のいくものではないだろう。
「マサヨシー、エッジに怒られたー」
「ちょっと張り切りすぎちゃったなー。でも、凄い魔法だったぞー……次からは、使う前にどんな魔法を使うか言ってくれると助かるなー。王都についたら残りの魔法も教えてくれよー」
イーファの口癖が移ったまま頭を撫でる。
甘やかしすぎだとは思うが、実年齢数年程度のイーファだけを責めるのは酷というもの。今回は、エッジの言うとおり確認不足だった俺が全面的に悪い。
「エッジ、アメジア――ごめん。全部俺のいい加減さが招いた被害だ。今後こんな事にならないように努めるから許してくれ」
エッジ達に頭を上げるとイーファが服の裾を引っ張りながら、
「イーファ、駄目だった?」
「そんなことは――いや、ちょっとだけ。イーファだけが悪い分けじゃないけど、迷惑はかけちゃったからな」
「……謝るの?」
「だな」
「えっじー、あめじあー…………えっと、ごめんなさい」
俺を真似るようにしてイーファも頭を下げる。
「実害も無かったし、イーファちゃんが可愛いから許すわ!」
「……過ぎたことだ。その、なんだ……俺もガキ相手に言い過ぎたし、気にするな――それよりあれを見ろ」
言葉を濁しつつエッジが首で指し示す先はさっきまで石壁だった物の破片が飛び散り、地面をくりぬいたような大小いくつもの穴で塗りつぶされた砂漠の一画。
その中でも小さめなクレーターが一つ、黙視できるほど震えまるで流砂のように中心部に向かって崩壊していっている。
「なんかサイズはでかいけど、蟻地獄みたいになってないか?」
俺の呟きとまったく同時、蟻地獄そのものが内側から黒い円に飲み込まれた。
馬鹿げたサイズ。そう表現するより他にない。
黒い円は口内そのもので、俺たちどころか天破やオリごと丸飲みできる程巨大なモンスターが砂漠の中から飛び上がった。
そして、それに続くように複数のモンスターが何匹も空を舞い上がる。
見た目は魚のように見えて――――――いや、魚というかどうみても金魚だった。
和金、流金、地金と種類や色は多種多様。出目金みたいなのもいるが……どれもあまりに巨大すぎる。仮に俺とのサイズ比を例えるなら、それこそ金魚と蟻みたなもんだ。
なぜ砂漠に金魚が、とはもはや言うまい。ただ、本来愛玩動物として人気のある金魚だがあまりに大きすぎて恐怖感しかかき立てられない。
しばらくの間空中を漂っていた金魚共は、やがて水の中を泳ぐかのような優雅な動きで砂漠に大穴を開け、沈んでいった。
「……あれが、ランドイーターですか」
恐らくは初めて見たのだろう。メイリスが興味深そうに呟いた。
「なあ、エッジ。どう見ても金魚だよな」
「俺にもそう見えるが、あれをこの世界ではランドイーターと呼ぶんだよ。顔合わせも済んだし、これで心の準備も出来ただろ?」
「そこまでは百歩譲って認めるとして……あれ、空飛んでなかった?」
「あいつらは大気中の魔力を使って移動する。目も見えず、鼻もきかない代わりに魔力の流れに強く反応する性質があって、重力の縛りを受けねえんだよ」
「魔力で飛行するモンスターでもあるのか。思っていたより鈍そうだけど……そうじゃないんだよな?」
よく分かっているな、とばかりに頷くエッジ。
「今はあんなんだが、当然速い。なにせ獲物の魔力を直接辿ってくるから、空を飛ぼうがなんだろうが天破以外じゃ逃げきれねえ。何度も言うが今日は激しい空の旅になる。そっちにまで気を配れる自信はねえから、オリん中での自分の身は自分で守れ」
と言うことは、天破のスピードならば大きな問題ないと言うことか。エッジの言葉は心強い。
「かなりびびったけど、エッジがそう言うなら……」
「なんとかなるさ。砂漠越えは二回目だからな」
……なぜ、そうまで自信を持てるのか。




