(46)貫く、その意志
「超変質か……聞いたことがねえな」
警戒心が薄まったからだろうか。改めてなぜ王都に行きたいのかとエッジに尋ねられ、その説明の途中魔導調査局の名を出したことから早計にも口を滑らせてしまった。
俺としては、同じ異世界出身であることに加えて短い対話の中でエッジは信用に足ると感じたが……せめてシロアに確認を取ってから言うべきだったよな。気持ちが先走る悪い癖が出た。
「言っておいてなんだけど、超変質は機密って話なんで他言無用という事で頼む」
「別に吹聴する気はねえが、もう調査局の奴らには知られてるわけだろ――それにしてもティナリア=ユークスか。あの引きこもりの変人がねぇ」
エッジは何かを案ずるかのような素振りをしつつ、俺が持ってきた燻製肉をかじる。
あの時シロアは自分の意志で王都に行ったようには見えた。けど、シロアはエッジでも知らないような魔法の使い手である。
「――どんな扱いを受けてるか心配でさ」
「はははっ、なるほど。未知の魔法を使える少女を調査局が軟禁ってか。想像力豊かだな、おい」
自分で言ってツボにはまったのか、座り込んだまま両膝をバンバンと叩いて笑い出すエッジ。
「そこまでは言ってねえ! けど、連絡がまったくつかないってのが一番気にかかってるんだよ。不安になっちゃ悪いのかよ!」
「くっくっく……悪い悪い。それで直接王都にか。調査局で協力を行っているというなら、あっちのギルドで申請をすれば対面できる筈だ。出来ないなら別の手を考える必要があるが――先に行っておくぞ、万が一お前がどんな手段を選ぼうとも、王都内部での事に関しては俺たち手を貸せない」
一転して真面目な顔つきになったエッジは、そうハッキリと断言する。
思えば天ツ風との契約は、あくまで俺たちを王都までの送り届けるまで。それ以降は俺たちだけでなんとかするしかない。
想定内とはいえ、実力者であるエッジ達協力が得られなかったことを少し残念に感じていると、
「勘違いするな。俺とアメジアは王都で過ごしてたって話をしただろ。一度でも王都で守護者活動を行うと、犯罪抑制のためそれ以後王都内での行動は調査局に監視されるんだよ。お前達にとっては、どうであれ足手まといになっちまうのさ」
「いや、その言い方だと俺たちが非正規の手段を行う前提で話してないか」
「常に最悪を想定するのが長生きの秘訣だ。もしの話をしているだけで、別にやれといっているわけじゃねえ」
「なるほど……そういえば、エッジの知るティナリア=ユークスってどういう人物なんだ。情報が欲しい」
「簡単に言えば怪物だ。俺がこの世界に来たのと同時期に局長に抜擢されたらしいが、そんときゃ既に強い発言力と地位を確立させていて、戦闘に関しても今では王都での十指には数えられる生粋のエリートだな。たしか守護者の使う固有技能も、ほとんどはティナリアが術式を作り出したもんだとと聞いたこともある」
ふむ、カルネさんの言っていた内容と同じだ。どうやら王都のみならずそうとう高名な人物らしい。
「それだけ聞くと天才魔導師って感じだな。んで、さっき言っていた変人ってのは?」
「天才と聞けば聞こえが良いが、端から見ると度を超えた研究狂いなんだよ。基本的に城内にある研究所に引きこもって公務以外の時間を全て魔法の研究に充てているらしく、表舞台にはあまり顔を出さない。なぜフィル=ファガナにいたシロアの超変質に気づいたかは不明だが……まあ、守護者の腕輪を介して魔力探知でも使ったんじゃねえか。それぐらいはお手の物だろう」
「……王都とフィル=ファガナって結構離れてるよな。移動魔法ならいざ知らず、そんな長距離範囲に有効な探知系魔法なんてあり得るのか?」
「それが出来るから化けモンだっつってるんだよ。俺も遠目に数回程度しか顔を合わせてねえから何とも言えないが……魔法を使う所を見ていないとはいえ間違いなく腕っ節は立つように思えた。しかしなぁ――」
何が不満なのか、乱暴に言い放つとエッジは三つ目の燻製肉に手をかけた。
言葉には出さないが気に入って貰えたようで、その点は個人的に喜ばしかったりする。
「致し方ないとはいえあの余裕を失った目つきは気に食わねぇな……実力主義とはいえ、ガキがガキらしく出来ないってのは見ていて気持ちいいもんじゃねぇ」
「魔法に関して知れば知るほど必死になって周囲が見えなくなる、みたいな――それにしても、ガキは無いだろ。俺もシロアが連れて行かれるときに一度話したけど、どう見てもエッジの倍以上は年齢が離れてたぞ」
多分皮肉なのだろうが、ティナリアをガキ扱いするエッジに思わず吹き出してしまう。しかし、
「いや、確かティナリアが局長に就任したのは十歳の元服時で、それが五年前っつーことは、十五、六歳だろ。お前より年下じゃねえか」
「うん――うん?」
「なんだその顔。まさか、本気で知らなかったのか?」
本気で知らないから聞いたんだよなぁ。
ともあれ、エッジから見える俺の表情は、よほど滑稽なことになっているそうだ。
メイリスも身体変化の魔道具を用いて外見を変えていたし、カルネさんには最年少で魔導研究所の所長になった人物とは聞かされていたが、大国にある重要施設のお偉いさんだし、四十~五十代だとしても違和感なんか無かった。
失礼な話、今思えばほぼノーヒントでメイリスの事を看破したヴァイツは言動と知性は残念な気がしたが、やはり優秀だったのだ。
「そ、そりゃ天才と言われるだけあるな……いや、しかしあの外見だったし。勘違いしても仕方な
いだろ」
得心がいったとばかりにエッジが頷く。
「ティナリアがどんな奴かと聞いてきた時点で察してやるべきだったな……アイツのあの姿は、十年前王都にとあるモンスターが強襲してきた事によるものだ」
「王都中に呪いを撒き散らした残党のことだよな。確か百呪とか呼ばれていたんだよな」
「……お前の情報網はよく分からん。守護者の能力は知らないくせに、有名な話とはいえ異国であった過去の事件は知っている。どうなってんだ」
俺の浅はかさを指摘するエッジの言葉が胸に刺さるが、百呪の事は最近偶然知った話である。
シロアと父親の関連性は語っていないから仕方がないとはいえ、エッジからすれば腑に落ちないのだろう。
少し訝しむように眉を顰めるエッジだったがすぐに、まあいいかと追及を放棄してくれた。
「話を続けるが、ようするにティナリアも被害者の一人なのさ。ティナリアが受けたのは時奪。つまり、普通の人間の何倍もの速度で老化していく呪いだ――成る程、それで超変質か」
「解呪の様な解除魔法を強化して、自分の呪いを解く……そのためにわざわざフィル=ファガナに出向いてシロアに協力を要請した、と」
「筋は通る話だ。今の状態が続けばティナリアに残された時間は長くはない。お前達の連絡の痕跡をもみ消すことも、調査局の目がかかったギルドなら容易いだろう」
「それなら確かに。でも、人命を救うためならシロアも説明してくれれば……」
「さてな。俺は当事者じゃねえし、この推測が確実なものだと言い切れる保証もねえ。別れの時、お前に伝えたいことみたいな、何か思い当たる事は無いのか? 」
ふと、シロアの言葉が頭をよぎった。
『一方的な約束をさせてください。それを取りに、必ずみんなの元に帰ってきます』
ああ、待った。だけど、すぐに待つだけでは我慢できなくなった。
そう思って、行動することはひょっとしたらシロアにとって不都合ではないのか。
盲目的にシロアの言葉を信じ、何もせずフィル=ファガナで待ち続けることこそが正解ではなかったか。
俺が王都に行って、それでもしシロアに会えなかったら。
その時はどうする? 戻るのか?
様々な人の手を煩わせて。
ミナやカルネさんには変な期待を抱かせて。
思いつきで行動した結果、無駄足になる行為に他人を巻き込んでしまうなんて……他に方法は無かったのか?
ぐらり、と意識が揺らぐ。
行き当たりで行動して今更だが、他にもっと良い方法があったんじゃないのか――
「動揺するんじゃねえ」
エッジの言葉で現実に戻される。
「え――?」
「何を言われたか知らんが、もしかするとそこには引き留めて欲しいという感情があったかもしれねえ」
「……でも、シロアは自分の意志で王都に行くと――自分がやらなきゃならない事だって言っていた」
俺の頭に、やや強くエッジの手が置かれた。しかし、それは力強く決して暴力的ではない優しい激励。
「少なくとも、言葉に出すだけの決意があったってのは間違いないだろうが――なら、その決意に対して、お前はお前で自分で決めた行動をすればいい。正しいかどうかなんて、未来の自分に放り投げろ」
「……要するに、後のことは忘れとけってことか?」
「そういうことだ。王都に行くという道を選んだなら、もうお前にはその行動に疑念を抱くことは許されない。不撓不屈を忘れるな。成功の保証が無くても、やるべき事を成し遂げようという気概っつーのは、一番大事なことだ。ふらついた心と足取りで進める橋なんかありゃしねえのさ」
エッジは言う。決断は俺次第だが、その選択に迷いを生むなと。
しばしの間沈黙が流れ、やがて気恥ずかしさを理解した俺は乱雑にエッジの手を振り払う。
「アドバイスありがとう。けど、子供扱いはやめてくれ」
「そんな態度じゃまだまだ大人扱いはできねえな。思い悩むのは上等だが、一応先輩がここにいるんだから、ガキは遠慮無く頼ればいいんだよ」
「おっさん扱いしたら切れるくせに。何をいまさら」
「誰だって年を取れば爺と婆になるだろうが。それに、年を取ったらその分精神的な経験の差っつーのがあるんだよ。そう邪険にすることもねえだろ――ん?」
言葉を切るエッジの視線を追って後ろを振り向くと、月を背後に闇夜の空をこちらに滑空してくる何かの影。
距離的にはかなり近い。
封音の効果か。どうやら内側からだけではなく、外側の音も遮断されていたのだろう。ここまで接近されているというのにまったく気がつかなかった。
「――っ!」
自然な動作で腰に手を伸ばし、右手でナイフを抜き払って構える。
仮に避けきれないスピードで襲いかかられても、相手がモンスターなら刀身さえ向けていれば被害は少ない。戦闘に置いて俺の持つ数少ない優位性。こっちの一撃もまた致命傷を与えることが
出来るのだ――などと、短い間で思索を巡らせたのだが影の正体は見知った赤鱗のドラゴンだった。
「……て、天破?」
天破は翼をはためかせてエッジの隣へ舞い降りると、短く鳴いた。
「長話が過ぎたようだな。アメジアが戻ってこいだとさ」
意識していなかったが、それなりに時間が経っていたらしい。
どうやら心配したアメジアが天破を使いによこしてくれたということか。
「お前のメンタルが弱いことは分かっていたが、守護者として今の動きはまあまあだな。咄嗟の身
のこなしとしては及第点をやれる。ま、残念ながらそんなナイフじゃ天破に傷一つ付けられんだろうが」
「馬鹿にすんな。一応、仮にも神具と呼ばれてるんだぞ……ま、使い手がこんなだってのは否定できないけど」
褒められたようで、やや馬鹿にされているような含みがあるエッジの言葉を受けて、ガキっぽく反論する。
俺自身が未熟なのは重々承知の上で、ナイフの力を過小評価されるのは看過できない。
デメリットこそ多いが、これでも危機を乗り切る手段としては幾度も助けられてきたのだ。
「伝説の武器みたいな感覚で表現するのは、フィクションに染まりすぎだぞ。神具だと騒がれたが、鑑定された後は大したことがなかった――なんてのは良く聞く話だ。大体まだ王都に行ったことが無いってことは、正式手順での鑑定は受けてないだろ」
「武器屋でやってもらったけど近死って能力があることと、他の武器を装備できないって事だけは知ってる」
「ほぉ、特性持ちか……そりゃあひょっとすると当たりかもな。どれ、貸してみろ」
「いいけど、気をつけてくれよ。俺以外が手に取ると重くなるらしいし」
「なんだそりゃ、盗難防止機能もついてんのか」
うっかり切れてしまわないようむき出しのままの刀身に気をつけて、エッジの差し出した右手に手渡す。
重量が増すという俺の忠告を汲んでか、やや緊張した面持ちだったエッジだったが特に問題もなく持ち手を握ると、興味深そうにナイフを眺める。
「町に普及されている鑑定魔道具とは違って、王都でやる本式はかなり値が張る。俺がやってやるよ」
「それは助かるけど……あれ、エッジも鑑定できるのか?」
「解析が使えるって言ったろ。本来はモンスターの種別や強さ、地形の魔力反応なんかを知る事が出来る魔法だが、俺が使う奴は武器の完全鑑定も出来るんだよ――そういや、これもあるいみ転移の恩恵か」
そう言うと、エッジは解析と短く唱え真剣な目つきでナイフを見つめ続けた。
やっぱり、格差ありすぎじゃねえか。




