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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
二章
43/54

(43)飛竜便、天ツ風


 誰かが言っていた。何事も実体験に勝るものはない、と。

 実際、初速からミサイルのような――勿論実際に乗った記憶なんか無いが――スピードで驀進を始めた天破は、まさしくモンスターの頂点であるドラゴンの名に恥じない勇姿を見せつけてくれていた。

 小難しい理屈を語るより、自分が実際に経験したこそがなにより重要だと再認識させられた瞬間である。

 想像以上の速さで文字通り視界の左右を景色がぶっ飛んでいき、フィル=ファガナも今や遙か彼方。

 野山を越え、森を越え、渓谷や沼地などといった障害とは一切無縁の空を、悠然と天破は駆けていく。

 空を飛ぶといってもより正確に言えばオリの中にいる状態で運ばれているわけだから、必然的に強い重力加速度や、鉄格子の隙間から漏れる空気抵抗なんかをモロに受けるものだと無駄に身構えてみたものの、これが意外なことに一切の物理法則を無視していた。

 天破の飛翔能力が優秀なのか、俺たちに負担をかけまいと調整してくれているのかは定かではないが、離陸時に僅かな浮遊感があった程度で、その後はオリが揺れることすらほとんど無い。

 加えて空気抵抗に関しても、こちらはアメジアが出発前に唱えてくれた魔法のおかげか心配に及ばず。オリ全体を薄い膜のようなものが包み込んでいるのだが、かなりの高度があるというのに寒さは感じず、温度まで管理してくれている。

 現代科学に喧嘩を売るような、説明不要効果覿面な概念。それが魔法。

 ドナドナ的な見た目に目を瞑れば、不満など何一つ無い快適な空の旅と言えなくもない。

 ……ただ一つの事を除けば、だが。


「そう言えばアメジアさん。天破が速いのは身をもって理解できたんですけど、王都までどれぐらいで着くんですか?」

「んー、今日は日が昇りきってから出発したけど、何事もなければ明日の日没までには着くと思うわ」 


 つまりは、約一日。インフレ激しすぎないか? まあ、本来は人を運ぶことなんか無いそうなので、交通手段として選択肢に上がってこなかったのは納得できる。


「へえ……ついでに参考までに聞きたいんですけど、天破じゃなくてワイバーンで送ってもらったら、どれぐらいの差があるんですか?」

「ワイバーンにはこれだけのオリを持てるだけの筋力がないから、一人ずつ背中に乗る形になるわね。ただ、数は用意できても長距離飛行は出来ないから、休み休み進む形になって……結果的に言えば、馬車とそう変わらない時間がかかるかしら。ワイバーンじゃ、暴食の砂漠を突っ切ることは出来ないからね」

「暴食の砂漠? なんですかそれ?」


 俺の質問に対しアメジアは荷物から地図を取り出すと、地図上にマークをつけた。小さく丸でかこまれた場所はどうやらフィル=ファガナとベルディナス王国のようだが、手段にかまけてそれぞれの位置関係は曖昧としていたので、とてもありがたい。

 今自分たちがいるであろう場所に、人の形をした小さな記号らしきものが五つ、地図上を王都に向けて進んでいる。

 やっぱ異世界式GPSは便利なんだと痛感した。アムカに貰った地図……これからは俺も活用しよう。


「このとおり王都の周りは深い森になっているんだけど、それよりもさらに外側の大部分を広大な砂漠で囲まれているの」


 王都はフィル=ファガナから西南部分に位置した場所にあり、王国を取り囲むようにして森が、そして森に覆い被さる形で三日月系の白い地形が記されていた。これが全て暴食の砂漠というやつだろうか。

 ちょうどフィル=ファガナから直線上に当たる所にもっとも砂漠の面積を一番占めている部分がある形となっており、砂漠を通らずと言うことなら真反対まで大きく迂回しなければならない。

 改めて地図を見ると確かにフィル=ファガナと王都の距離は離れているが、直線的に見れば砂漠までの距離だけならそこまでという程ではない。

 となれば、馬車で十日という話も、砂漠の回り込む必要からなりたつ日数のようだ。


「スレイプニルの蹄は魔物が嫌う音を出すから難なく直進できるけど、馬やワイバーンに乗った状態で砂漠を渡れば、ランドイーターの餌食になっちゃうわね」


 土地喰らい(ランドイーター)ときたか。アメジアの会話の中に、これまた名前からしてぶっそうなモンスターが飛び出してきた。


「王都周辺の砂漠に生息し、人や馬は疎か土地そのものを丸飲みする超巨躯を持つ、討伐には六階級相当の実力が必要とされるモンスターです。魔王討伐の際、王都の強力な結界によって進行は留められたようですが、あくまでそれは砂漠に閉じこめる暫定処置。未だ根絶には至らないとか」


 歩くモンスター図鑑、メイリスがすぐさま解説を入れてくれた。コイツ何でも知ってんな。

 しかし、でかいと言われてどれほどのものかと考えてみるが、空を飛ぶワイバーンを丸飲みって話が真実なら、末恐ろしいことだ。

 バジリスクや、アルフの倒したキマイラ以上……っていうか、残党と同じ強さって事だろ? 俺の知り得る中で最大級規模のモンスターじゃねえですか。


「メイリス――変な考えはやめてくれよ」

「心外ですね。いくら私でも、砂漠でランドイーターとやりあう事はしません……興味は尽きませんが」


 好奇心は猫を殺すんだぞ。流石にオリから飛び降りるとは思えないが、メイリスの事だ。こういう事は早めに言っておいた方が良い。


「おおー、てんは、速ーい。凄いぞ偉いぞー」


 イーファは飛び始めから今に至るまで終始上機嫌であり、オリの前方に捕まりながら天破への賞賛を送り続けている。

 また変な対抗心を抱くのではないかと不安であったが、見た目通り子供っぽい反応をしてくれているみたいなので放置しても問題はなさそうだ。


「マサヨシとメイリスもこっちおいでよー。気持ちいいよー」

「呼ばれておりますが?」

「俺は遠慮しておく。オリの中央でじっとしておくのが性に合っているからな。わざわざ見晴らしの良い席に移動する必要は無い。絶対に」

「……ひょっとして、怖いんですか?」


 メイリス君は優秀だね。正解だよ。けれど、これは俺に限った話ではないと思う。

 高いところが苦手か、と聞かれれば普通と返答しよう。高度とスピードと、あまりに視界がオープンすぎるこの状態が問題なんだ。

 けれど、それを口に出すのは俺の沽券に関わるので、察してほしい。

 今更プライドがどうとかを語るまでもないのだが、俺以外全員平然としているこの状況では言い出しにくいのだ。


「肯定も否定も容易い問答ではあるが、それに答えることは断固として拒否させて貰う。一つ付け加えるなら、今自分がどこにいるかという考えを脳から消し去るのに必死だから、すいません放って置いて下さい」

「なぜ急に饒舌になる必要があるのか、甚だ疑問ですが……仕方ありませんね、イーファの面倒は見ておきますね」

「面倒を、かけます」


 イーファの善意がこっちに向く前に行動してくれたメイリスに謝辞を述べつつ、地図に視線を戻す。

 こうしてじっとしていれば、地図を真剣に見ているという体面は保てる。

 ……しかし、メイリスとイーファが一緒になったことにより手持ちぶさたになったのか、今度はアメジアがこちらにやってきた。


「ねえねえ、マサヨシ君。ちょっといいかしら」

「はい、なんでしょうか?」


 無碍にすることも出来ず、なるべく外の景色を見ないようにして目線をあげる。


「シロアちゃんと、メイリスちゃん――どっちが本命なの?」

「……質問の意図が分かりかねるんですが」

「私は仮面を被ったシロアちゃんしか知らないから素顔は知らないけれど、あの体つきは大変けしからんと思うのよ。ただ、メイリスちゃんは見ての通り美顔だし、身体変化(ディフォメーション)していた時は引く手数多って話を聞いたことがあるから、そっちに関しても将来有望……悩みどころよねぇ」

「メイリスの身体のこと、知っていたんですか?」

「五点鐘から町を守った英雄ギルガの連れ子だって、酒場では有名な話よ。あのアルフレッド=ベルディナスに正々堂々決闘を申し込み、辛くも勝利を収めたけど、その代償で魔道具が壊れてしまったとか……まあ、流石に六階級守護者相手にそれはあり得ないから、噂に尾ひれが付いているんだと思うけど」


 誰が広め始めたのか、良い感じに真実がねじ曲げられている。確かにアルフを病院送りにしたのは事実だが、不意打ちで襲いかかりましたと訂正できる流れじゃない。

 そもそも、魔道具の効果は魔力切れによるものだし、アルフは一切関係ない。

 っていうか、ギルガもギルガでネームバリューが高すぎる。

 しばらく会っていないが、まさかその名をここで聞くとは思わなかった。


「う、噂は噂ですよ……そんなにメイリスって名が売れてたんだなぁ」


 曖昧に答えるしかない。真実は時に残酷なものなのだ。具体的に俺に。


「で、どうなの?」

「どうなのって……シロアもメイリスも仲間ってだけです。信頼してはいますが、恋仲だとかそんなふうには……」

「ふぅん――恋仲って考えには、入ってたりするんだ」


 対応をミスった。せめて、仲間ですと言い切るべきだったか。

 まるで俺の心を盗み見るようにして、ニヤニヤと笑みを浮かべるアメジア。 


「そ、それよりアメジアさんこそ、エッジさんと恋人なんですよね。馴れ初めとか教えて下さいよ」


 軽い気持ちでそう聞いてみた。誰かと付き合っていたなんて都合の良い記憶は無いし、これ以上アメジアに質問させるのは分が悪すぎる。


「私達の事? んー、私は言ってもいいんだけど、エッジのヤツあれで恥ずかしがり屋なところあるから、からかったりしたら命の保証は出来ないわよ?」

「やっぱ、話さなくていいです」


 エッジを弄る趣味はないが、そうまで言われてなぜ自分から地雷を抱えにいかなきゃならんのだ。


「えっとねぇ、何年前くらいだったっけ……始めた会った時、エッジの奴ってば行き倒れていてね――」

「あああ、いいです。本当、勘弁して下さい!」


 両手で耳を塞ぎつつ、アメジアの言葉を拒絶する。

 しかし、そんな俺の姿を楽しんでいるのか、アメジアは俺の両手を引きはがそうと迫ってきた……力、強っ!


「でね、その時のエッジはボロボロの身体で『俺に構うんじゃねえ』とか、変に格好付けちゃってさー」

「やめて下さい! そう言う人の過去は、赤裸々にするもんじゃ無いと思うんです!」


 抵抗は継続したものの、その後もアメジアはエッジとの出会いの軌跡を語り続けた。


「メイリスー! 助けてくれ! アメジアに無理矢理知ってはいけないことを植え付けられる!」

「ちょっと、なんて言いぐさよ。貴方が聞いてきたんでしょ」

「だからそれは謝ってるじゃないですか! メイリス――メイリースっ!」


 俺の叫びが届いていないはずはないが、メイリスはこちらを見向きもせず、なぜか自分の両手を使ってイーファの耳を塞いでいる。なにそれ、どういうリアクションなの?


「助けはこないみたいね……心配しなくても大丈夫よ。後で何を言ったかはエッジにも教えておくから、本人承諾済みなら問題ないでしょ」

「それは事後承諾というものです! ていうか、もうわざとやってますよね!」


 軽い取っ組み合いの中、悪戯好きというアメジアの本質に気づけたが――今は、心底どうでもいい。

 そんなことより、これだけオリの中で騒いでいたら危ないんじゃないか、ギリギリ冷静さを保った頭の片隅で考えていると、上方から声が飛んできた。


「――やっかましい! 暴れるようなら、今ここで叩き落とすぞ! アメジアもガキみたいににはしゃいでんじゃねえっ!」

 

 エッジの有無を言わさぬ怒号で、しぶしぶといった感じではあるがようやくアメジアが離れてくれた。


「怒られちゃった」


 照れ笑いを隠すようにアメジアはそう言ったが、同情はしない。するはずがない。


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