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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
二章
42/54

(42)天破


 最近の俺が早朝からギルドに出向いていたことはセフィアを通して知っていたらしいが、天ツ風の話はつい先ほどのことだったため、こちらは当然ながらメイリスにもあずかり知らぬ事。

 先ほどの言動に至った経緯を懇切丁寧に説明し、なんとかメイリスの誤解は解けた。

 もう一人釈明の必要があるとミナの自室に向かったが、ドアに吊された『マサ兄様接近禁止』という木札の前に肩を落とす。侵入どころか接近禁止ときたか。

 一応ドア越しに声はかけたもののミナの反応はなく、時間をかけてエッジを待たせるのも申し訳なかったため、偶然廊下で居合わせたカルネさんに王都に行く旨を言付けすることしか出来なかった。

 その後、メイリスの助言を聞きつつ準備を終え、メイリスの自室にいたイーファを捕まえると、そのまま天ツ風にと向かうべく宿を飛び出た……と、エッジ達とイーファを直接会わせるのはまずいんじゃないかと、遅まきながら気づく。

 いっそイーファに黙ったまま宿を出た方が良かったかも知れないが、時既に遅し。

 今更引くことも出来ず、頭の中で色々なものを天秤にかけて考えた末、俺の脆弱な脳みそはウルズの言葉を信じてイーファは連れて行こう、というほとんど思考放棄に近い判断を下した。

 どれだけかかる旅になるのかは分からないが、仮にも未開の地。戦力は多いに越したことはない。

 後は、帰ってくるまでにミナの機嫌が直っていることを祈るしかないのだが……。


「う、今からが大変なんだっつーのに……戻ってからのこともあるんだよなぁ」

「マサヨシ、疲れた顔してるねー。これ貸してあげようか?」


 そういってイーファが取り出したのはシロアの面。普段は俺の自室に置いているものだが、最近のイーファはえらく気に入ったみたいで常に持ち歩いている。


「気持ちだけ受け取っておく。それはシロアの持ち物だから、壊したり無くしたりするんじゃないぞ。それと、さっきも言ったが、これから会うのはこの間お前と戦った人たちだから、ばれないように俺の話に合わせてくれよ。メイリスも頼むぞ」

「承知しました」

「よく分かんないけど、りょうかーい!」


 イーファは天真爛漫さは相変わらずのことで、今はそれに少しだけ癒される。

 そんな風に言葉を交わしながら天ツ風に戻ると、今まさに門をくぐろうとしているアメジアと目があった。ギルドに行くという話だったが、タイミング良くちょうど戻ってきたところだったようだ。


「あら、早かったわね……その顔、どうしたの?」

「いや、ちょっと軽い事故に遭いまして」


 訝しげに俺の頬を見つめるアメジアに、言葉を濁しつつ答える。

 ミナに叩かれた跡でもついているのだろうが、とてもおたくの店のキャッチコピーのせいでこうなりました、とは言えない。

 事故と聞いて心配そうな顔つきになったアメジアだが、隣にいたメイリスに気づくとそちらに顔を向けた。


「小柄な銀髪少女の守護者……もしかして、メイリスちゃんかしら?」

「はい。ご無事なようで何よりです。今回は王都まで連れて行って貰えるみたいで、ご助力感謝いたします」

「エッジから話は聞いてるわ。私はアメジア。こちらこそ、あの時は色々と迷惑をかけてしまってごめんなさい。お陰様でピンピンしてるわ」

「そうか、メイリスはアメジアと面識があったんだっけ」

「と言っても、私は気絶していたからこうして顔を合わせるのは初めてなんだけどね。そちらのお嬢ちゃんは腕輪を付けていないみたいだけど――妹さん? どこかであったような気がするんだけれど」


 俺とメイリスの交互に視線を移しつつ、少し悩むようにしてアメジアが尋ねてきた。

 さあ、まずはここを切り抜けられますように!


「イーファって言うんですけど、つい先日フィル=ファガナに来た、俺の遠い親戚です。もしかしたら町中であったかもしれないですね。まだ幼いですが、これでも色々魔法が使えて俺より強いんですよ」

「マサヨシの遠くて強いイーファだよ。よろしくねー。ところで、しんせきってどういう意味――」


 それを今聞くな! と心で叫びながら、慌ててイーファの言葉に重ねて声を出す。


「まー、ちょっと変わってるんですけど、お邪魔にはなりませんのでお気になさらずっ!」

「そ、そんな大声で出さなくても大丈夫よ。可愛い子ね、従妹さんってところかしら」


 やめて。そんなに深い設定を用意していないから、あんまり追及しないで!


「ねーねー、マサヨシ。いとこさんって強いのー?」 


 お黙りイーファ!


「話に割り込んで申し訳ありませんが、ここへ来れば移動魔法を使わず、迅速に王都まで連れて行っていただけると伺っておりましたが、どのようにしてそれを叶えて頂けるのは教えて頂いてよろしいでしょうか?」


 ナイスだメイリス。乗るしかない、この流れに。


「そうです。アメジアさん、運送業って言ってましたが、露天の親父曰くスレイプニルに乗るより速く王都に行けるらしいですね」

「んー。スレイプニルとこっちとじゃ比べる基準が違うけど……まぁ、今回に限っては私たちの方が早いのは間違いないわね。なんて言ったって、天ツ風――いえ、フィル=ファガナで最速の子が引き手だから」

「最速の、子ですか?」


 メイリスの疑問に、アメジアは思い出したと言わんばかりに両手を叩いた。


「あ、もう準備は出来てるはずよ。直接見た方が分かりやすいし、着いてきて貰えるかしら」


 手招きしつつ歩んでいくアメジアの背中を追っていき――屋敷の裏側にたどり着いた俺たちは、見た。

 大部分の白と一握りの黒い玉砂利の敷き詰められた、純和風の中庭。今は動いていないようだが、広々とした庭の片隅には鹿威しのようなものまであり、その当たりにも風情を感じる。

 庭の中央には、エッジ。そしてスレイプニルほどの大きさを持つモンスターと……なぜか鋼鉄製のオリがあった。


「なるほど、運送業……でしたか。それにしてもドレイクではなく、ドラゴンとは珍しいですね」


 その正体を看破し、メイリスは事も無げに告げる。

 日の光を反射しなお神々しい輝きを放ち続ける赤銅色の鱗に、同色の雄々しき翼。閉ざされた口からそびえ立つ鋭い牙に、人の物とは構造が違う、宝石をはめ込んだような金色の双眸。

 何よりもその堂々たる風格が、絶対の強者としての自負と共に巨躯からあふれ出ているように見受けられた。


「天破って呼んであげてね。天ツ風は飛竜便の商い。基本的にはワイバーンを用いた運送を行っているんだけど、あの子はドラゴン。その中でも超特急を受け持つ私たち自慢の子よ」


 確かに、ファンタジーを語る上でドラゴンは例外なく出てくる存在だ。分かりやすく格好いい。

 その姿を見ただけで、その凄さは伝わってきたのだが、一つ気にかかることがある。


「あの……初歩的な事で申し訳ないかも知れないんですが、ドラゴンと、ドレイクやワイバーンとの違いって何なんですか?」


 イモリやヤモリ、トカゲの様に変温だとか恒温だとか、両生類は虫類的な、生物分類学的には違うとかそんな感じだろうか。


「うーん、そうね。全ての竜種の頂点にいる存在がドラゴン。竜種って例外なく長命なんだけど、雌雄間での交配を行わなくて、自らの魔力を用いて子を生み出すの。けれど、中には多種族と子を成す竜種もいて、竜種の特徴を受け継ぎながら別の特性を持つ種族がドレイクやワイバーンってわけ。見分け方やその他の種族を言うと――」

「ドレイクは、竜族と狼族から生まれた種族です。ドラゴンよりも小柄な姿を持ち翼も小さいですが、狩りのために前足の爪が発達しています。ワイバーンは竜族と鳥族から生まれた種族で、こちらは大小様々な大きさ。共通することとして牙や爪はそれほどではありませんが、巨大な翼を持ちます。他にも様々な種族がいますが、フィル=ファガナ周辺ではドレイクが極稀に見受けられる位ですね」


 説明途中だったアメジアの言葉に被せるようにして、なぜかメイリスが答える。


「へぇ……貴方詳しいのね。こっち方面だと竜種ってそれなりに稀少だから、そこまで知っている人って珍しいわ。もしかして、別の地方出身だったりする?」

「色々と旅をしてきましたので――説明を遮ってしまって申し訳ありません。自分の知っている事だったものですので、つい」


 気恥ずかしさを隠してか、そっぽを向くメイリス。ひょっとして知識披露をしたかったのだろうかと思うと、すごく意外だ。


「それにしても、敷地内とはいえ高層地区にモンスターがいるのは、なんか意外でした」

 すぐ傍に魔素具象体(シェイプシフター)がいることはふせ、当たり障りがないような問いかけをする。

「他の子達も天破も、ちゃんとギルドに許可を取っているから大丈夫よ。一応制限があって、月に一度しか飛べないのが少し残念だけど――」


「――おい、お前ら。いつまで話し込んでいる気だ?」


 しびれを切らしたのか、エッジが苛立ちを含ませて叫ぶ。


「す、すいません!」


 全員を代表して謝ると、急いでエッジの元へと駆けつけた。

 額に眉を寄せるエッジも気にかかるが、やはりその傍に横たわるドラゴンの方へと目がいってし

まう。近づくと、より圧巻だ。むしろ恐怖感の方が勝る。


「おー強そうー。イーファとどっちが強いかな?」


 などと言いつつ、イーファは眠るようにして目を閉じているドラゴンの首に腕を回して抱きついた。


「おい、イーファ! 何やってるんだ!」

「怒ってないから大丈夫だよー」


 慌ててイーファを引きはがす。なんちゅう恐れ知らずだコイツは!


「機嫌を害したからといって人を襲う奴じゃあねえが……腕が無くなっても知らねえぞ」


 イーファの行動に、エッジは呆れたように呟く。どこまでが本気なのだろうか。


「天破は大人しいが、竜種は自尊心が高い。その子の行動には気をつけて見ていたほうがいいぞ」

「肝に銘じておきます……」


 保護者じゃないけど、保護者の気分だ。


「ん? なあ、お嬢ちゃん。俺とどこかで会ったこと――」

「最近上京してきた親戚です! あ、ところで、このオリは一体何なんですか?」


 アメジアと同じような設定を叫び、無理矢理話題を逸らす。


「ああ……以前、捕獲依頼を請け負った時に外注した特別製のヤツだな。結局その時は使わずじまいだったが、結界付きで仮住居(テント)代わりにもなるから今回の件に関しては具合がいい」


 頑丈そうなオリをバンバンと叩きながら、エッジは少しだけ楽しそうに言う。どうやら、疑念を抱かせることは免れたようだ。


「……そう言えばアメジアさん、確か飛竜便って言ってましたけど。もしかしてひょっとすると、これが?」

「お前達を送り届ける荷台ってわけだな。アメジアがいるから移動中の心配はするな。高いところが苦手っつーんなら、目を瞑っていればそう気にはならんぞ」


 んー、あー、そういう事ね。

 つまりは、俺たちという荷物をオリに入れて優雅な空の旅――何言ってんだろ、コイツ。


「なんだその顔は。言っておくが、間違いなく速さは保証するぞ。スレイプニル以外で王都近くの砂漠を無視できるんだからな。何事も経験は大事だろ」

「そ、そうですね……それにしても天破も大きいですけど、このオリも結構でかいですよ。俺たちが入ってもその、大丈夫なんですか?」


 天破とオリを見比べて、素朴な疑問を口にした。オリは優に人間が十人くらいは入りそうなサイズで、鋼鉄製という目測が確かならかなり重量になることは間違いない。

 するとエッジはハンッ、と小馬鹿にしたかのように鼻を鳴らした。


「コイツの膂力をなめてんのか? こんなもん、天破にとってはダンボール程度の重さも感じねえよ」


 なるほど。流石はドラゴンってことか。


「ねえ、マサヨシ、だん……って、何?」


 ダンボールとは何か。哲学だね。いや違うけど。


「ダンボールってのは、硬い紙みたいなもんだ」

「――おい、それよりお前のパーティは、あんなんばかりなのか?」


 エッジの視線を追うと、今度はメイリスが天破の額に右手を触れてる光景が目に飛び込んだ。マイガッ!

 イーファを捕まえていて両手が塞がっているということと、まさかメイリスまでイーファの真似事をするとは、といった混乱から動けずにいると、天破がゆっくりと左瞼を開いた。

 あ、これは不味い。

 俺がそう感じた瞬間、天破は何かを告げるように、グルルル……と低く唸った。


「………………」


 メイリスは、何も言わず天破の額をなで続ける。

 数秒、いや数分間ほどだろうか。

 やがてメイリスがしばらくそうしていると、天破は何事も無かったかのように再び瞼を閉じた。

  

「……天破が、私たち以外に懐いている?」


 沈黙を破ったのはアメジアの一言だった。


「はっ、珍しいことは続くってか。馬鹿言え、天破が認めるなんてよっぽどの事だぞ……本当にどうなってんだ?」

「いや、そんな事を言われましても」


 一連の流れの意味が分からず、メイリスの意図も知らない俺に聞かれても困る。


「なんか、メイリスに安心しろー、みたいなことを言ってたみたい」

「イーファ、分かるのか?」

「『我が誇りに賭け、主らを導かん』だって。どういう意味だろ?」


 どうやら、種族は違えど魔素具象体(シェイプシフター)としてのイーファには天破の言葉が通じたようだ。


「アメジアでも完全には無理だってのに――俺以外でドラゴンの声が聞けるヤツなんて初めて見たぞ。おい、嬢ちゃん。どこで習った?」

「イ、イーファは別の村で育っていたから、たまたまそういうのも出来たみたいです」


 ……く、苦しい。あまりにも苦しすぎる言い訳だが、説明できないのだからどうしようもない。


「野生のドラゴンが出る村だと? まさか、ヤクト村の出身か?」


 どこだよヤクト村。


「村の名前まではちょっと分からないですね。両親が亡くなってしまったので、親類である俺がフィル=ファガナに引き取ったんです。イーファも複雑な心境ですので、あまり詮索していただけないと助かります。それで、このオリに入ればいいんですよね? 入り口なんかはどうやって開ければ?」

「あ、ああ……今鍵を開ける」

「おい、準備は出来ていたよな。メイリスも早く来い」

「きゅ、急になんですか。腕を引っ張らなくても大丈夫ですよ」

「どしたのーマサヨシ?」


 エッジがオリの扉を開けたタイミングで、イーファとメイリスごと飛び込んだ。

 得心がいかぬといった表情ではあったが、エッジはそれ以上問いただしてくる事はなくアメジアと共にオリの中へと荷物を入れ始めた。


「俺は天破の背中に乗るから――アメジア、そっちは頼んだぞ」

「任せておいて。それじゃあみんな、忘れ物は大丈夫かしら?」


 最後に確認するようにアメジアが聞いてきたので、表面上は笑顔で頷きつつ、心の中で叫んだ。

 

 ――俺の代わりに言い訳を考えてくれる弁護士を一人お願いします!


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