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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
一章
4/54

(4)フィル=ファガナにようこそ

 

 城塞都市、フィル=ファガナ。

 小さな山と表現できる地形をしており、かつて王都が魔王討伐のため強い冒険者を集わせ攻勢をかけていた時代、王都とは真逆に防衛そのものに総力を上げ、難攻不落の国として名を馳せた。

 住人の多くは元冒険者であり、その武力は王都にも引けを取らない。

 象徴とも言えるのは都市を囲むようにして築かれた巨大な壁で、莫大な予算をかけて設計されたそれらには極めて高密度な耐魔性質と硬度があり、未だに大規模な被害を受けたことがないそうだ。

 魔王没後もその思想は変わっておらず、都市の住民を守りながら守護者を育むことに重きを置いている。定期的に管轄の守護者が都市内部及び、外壁周辺の見回りを行っていることなどもあり治安も良好。


「……広すぎる」


 転送(リープ)とやらで送られた町に着いてすぐそんな説明を守衛っぽい人に聞いたのだが、思わずため息が出る。

 規模が想像以上だった。

 一日歩いても外壁半周も出来ないとか、立派な国だろ。

 周りを見渡せば人の群れ。

 取り分け目立つのは守護者と商人と思わしき人物の多さと、出店の数。

 武器屋、防具屋、道具屋。食べ物を扱う店もいくつかあるが、見たこともない物も多く売っている。


「取りあえずギルドを探して……いや、まずは宿屋を探すのが先か」


 何をするにも、拠点が必要だ。

 ここ数日の遠征で疲れもかなり溜まっている。

 町の中だし流石に野宿と言うことは無いだろうが、今日ぐらいは暖かい寝床と快眠が恋しい。

 レオに貰った三万ロギンがどれくらいの金額なのかを店に並んでいる商品と見比べて考えたところ、俺の世界の貨幣単価とほとんど同じくらいのようだ。

 分かりやすくていいのだが、宿屋での宿泊料金っていくらなんだろう。

 ゲームや漫画では場所にも寄るがほとんど小銭のような金額で泊まれていたように思えるが、流石にそれは無いだろう。

 と、なると金の使い道は慎重に行かないとまずい。

 そんなことを考えながら大通りを歩いていると、大きめの建物が目に入った。

 木製の看板には、『早い、安い、低い』と書かれている。


「早い安いは分かるけど、低いって何だ?」


 店の中からは食欲を誘う香りがしている。

 食堂か、酒場か。まあなんにせよ飯が食える場所なのは間違いなさそうだ。


「先に何か食べてからでいいか」


 空腹に負けて店へと入る。

 広い店内は昼間と言うこともあり、かなりの賑わいを見せている。


「らっしゃい。後で注文聞くんで、適当にかけて下さい」


 忙しそうな店員に片手で返答すると、四人掛けのテーブル席へと座る。

 メニューのような物は無いようで、周りの客が食べている食事を見渡しながら待つことに。

 こちらの世界に限った話でもないが、何人かはもう出来上がっているようで肉の焼ける芳ばしい香りとアルコール臭。行った記憶は無いが、居酒屋みたいな印象を受けた。


「そこ、相席させて貰っていいか?」


 どこからやってきたのか、目の前には男が一人。

 レオの時に見た物より軽装な装備を付けているが、長身で筋肉質な体格の男だ。

 年はレオよりも上くらいだろうか、中年と言うには少し微妙な男性だ。逆立った髪の毛はライオンとでも表現すればいいのか、迫力があり恰幅の良さから威圧感がある。

 見上げる姿勢のまま、どうぞ、と返答。

 びびったわけじゃないから。


「悪いな。おい、ここに座るぞ」


 男の背後から別の人影が現れ、俺の正面に立つ。

 現れたのは少女だった。

 身長は俺くらいだろうか。白とも銀ともいえる特徴的な長髪。

 首元にはアクセサリーなのか、鈴のついた黒いチョーカーを付けている。

 薄い切れ目で、可愛いと言うよりは美人という言葉がしっくり来る感じだ。

 上半身はチャイナ服に肘先だけ袖幅を付けたような変わった服装に、下半身はズボン。

 まじまじと見てしまったが、女の子の方にだけやたら目が行くのは男として仕方ないと思う。

 流石に親子か何かだろうか。失礼ながら、顔立ちは全然似ていないが。


「兄ちゃん、注文は決まったのか?」

「あ、まだです。何を頼もうか迷ってまして」

「だったら店に任せた方が早いぜ。おーい、こっちに盛りつけ三人前くれ」


 あいよー、と店員は元気に返答。

 男の判断に突っ込む暇も無く、自動的にこっちの注文まで決められてしまった。

 嫌悪感を感じるほどではないのだが、どうにもこういった強引さには気後れしてしまう。

 ま、いっかと妥協してしまうのは記憶を失う以前の性格でも影響しているのだろうか。


「お前この町に来るのは初めてなのか?」

「ええ、まあ」


 料理を待っている間、手元に置かれた水を飲んで無言に徹しようとする俺に対して男は親切心なのかそんなことを聞いてきた。


「見たところ商人って面じゃねえな。パーティも組んでないみたいだし、守護者見習いってところか」


 今気づいたが男はニヤニヤとした笑みを浮かべつつ、俺を見つめている。


「その守護者になろうと思って、今日この町にやってきました」


 料理を食べ終わるまで関係だと割り切って、無難に対応することにするが、


「ギルガ、これと知り合いですか? ものすごく弱そうですが」


 一瞬、耳を疑った。

 多分素で言っているのだろうが、もうちょっと言葉を選んでもいいのではないか。

 後、初対面に対して『これ』は無いと思う。


「知り合いっつうか、この兄ちゃんに興味があってな。想像以上に感じるものがある」 

「…………ぉぃ」


 軽い混乱の中、少女の台詞を凌駕する男の発言。

 なんで俺が出会う人物は変なのが多いのか。

 寒気がする。これは気のせいじゃない。


「用を思い出しましたので、失礼します。すいません頼んだ商品キャンセルで――もう来る? じゃあ代金は払いますので、この人たちに譲りま、っ、おいっ離せっ!」


 立ち上がりポケットからロギンを出そうとするが、男の伸ばした手によって逆側の腕を捕まれる。

そこに込められた力は非常に強く、引きはがせなかった。


「ツレねえな、兄ちゃん」

「やめろ、近づくな――つか痛い痛い。折れるって!」


 そんな抵抗空しく、男の腕はびくともしない。


「勘弁して下さい! 俺はノーマルです!」

「おいメイリス、この兄ちゃん何言ってんだ?」

「分からないですが、ギルガが忌避されているのはなんとなく分かります」

「ぬぅ、なんかやっちまったかな」

「それにしても料理が来ないですね」


 メイリスと呼ばれた少女は、ぐぅと可愛らしい腹の音をならしながら他人事のように言った。

 もうちょっと目の前の現状に興味を持って。後、助けてくれ。


「あの、そろそろ俺の腕が折れそうなんですけど! 何か感覚も無くなってきているような気もするんですけど!」

「で、兄ちゃん。名前はなんて言うんだ?」


 やだ、この人話を聞いてくれない。


「マサヨシです。ところでどうしたら手を離してくれますかね?」

「ああ、悪い悪い。つい知った匂いを感じたもんでね。マサヨシよ、お前レオって男に会ってないか?」


 名前に――では無く、レオの知り合いという事実に眉を顰める。

 こんな世間の狭さは、正直嬉しくない。

 類は友を呼ぶと言うし、申し訳ないがレオ(あれ)と同じ部類だと思うとまた厄介ごとに巻き込まれる予感もする。

 ……でもまあ、一応恩人の知り合いだし。


「会ったというか、短い間だけれど一緒にいました。って言っても、俺はレオ達に護衛して貰ってたんで、世話になっていたって表現が正しいですが」

「そっか、あいつまだ生きていやがったか」


 男は満足そうに笑う。


「朝焼け鳥の熟成盛り合わせ、三人前お待ちっ!」


 ドン、とテーブルに置かれたのは皿に馬鹿みたいに盛りつけた肉の塊。

 盛りつけといっていたが、端っこに申し訳程度の祝福ハーブらしき野菜があるだけで後は肉一色だ。頭おかしい。


「そういや名乗ってなかったが、俺はギルガ。昔レオと小隊(パーティ)を組んでいたことがあってな、久しぶりにここ(フィル=ファガナ)に来たらレオの匂いがしたお前に会ったってわけだ。取り敢えず飯だ飯」


 料理が来たからか、ようやく馬鹿力から解放される。


「ちなみにコイツはメイリス。契約者だが、実力は確かだぜ」

「どうも」


 メイリスはそれだけ言うと、こっちに目線も合わさずに肉に手を伸ばしている。

 彼女の意識は肉優先らしい。余程腹が空いていたのだろうか。

 見た目に寄らず子供っぽい。


「つーか、俺に恨みでもあるのか! 腕が痺れてるんだけど!」

「はっは、悪い悪い」


 ちっとも悪びれてねー態度で、ギルガは笑う。この野郎。


「レオのこともそうだが、お前に興味が出たってのも嘘じゃない。これから守護者登録に行くんだろ? 俺たちも着いていってやるよ」

「結構です」

「冒険者制度はとっくに無くなってるんだ。昔みたいに飛び入りで始められる職業でもないし、俺の口利きがあった方が色々と役立つと思うぜ?」


 右手に付けた腕輪のような物を見せつけるようにして、ギルガは言う。

 聞けば、直接守護者になるにはあらかじめ契約者になっておいてそれなりの実績を積むか、紹介が必要とのこと。

 仮にも守護者とは世界で一番の大国が管理している職業。

 身元も素行も分からない物が、ほいほいとなれる訳では無いらしい。

 後、この町では契約者となってもすぐに出来る仕事が少なく、ロギンを稼ぐことが困難だと言うことも。

 悩んだ末、ギルガの提案に乗ることにした。贅沢を言っていられる立場じゃない。


「じゃあ……頼む」

「任せとけ。まあ、それでも駄目なら契約者からのスタートってのも悪くないだろうしな!」


 ガッハッハ、と豪快にギルガは笑った。


「ひょふひは、ひるかにふぁへるほのへすほ」


 メイリスは我関せずと山盛りの肉をほおばっていた。なに言ってんだ、コイツ。

 ああ……何か、とても疲れる。

 ちなみに、食事代は気を良くしたのかギルガが全額払ってくれた。そこだけはありがたかった。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 そうしてやってきた、守護者職業組合(ギルド)の受付。

 話はトントン拍子で進み、ギルガの口利きとやらの効果もあってか、後は最終面談を行うだけとなる。

 ギルガとメイリスは依頼でも受けているのか、俺の守護者登録に少しだけ付き合ってくれた後に用があると言って二人ともギルドを出て行った。

 

「やー、ギルガさんの知り合いなら経歴不問で大丈夫でしょ。後はお……ギルド長と少しお話して貰うだけでいいですよん。あ、ここ真っ直ぐに行った突き当たりの部屋なんでー」


 現在は、セフィアと名乗った受付嬢と二人。

 好きな物は甘い物で、嫌いな物は甘くない物。

 趣味は露天巡りであり、毎日守護者への祈りを欠かさない慈愛の天使……だそうだ。

 勘違いして欲しくないのだが、俺が尋ねたわけではない。


「はーいいらっさい。フィル=ファガナ支部ギルドへようこそ。私はセフィア。麗しい受付嬢に興味津々のそこな貴方、今日は暇なんで、特別に貴重な私の情報なんかを差し上げまっしょう。あ、ギルガさんとメイリスちゃんもお久し!」


 守護者登録を行いに来たことを伝えると、開口一番にそう囃し立ててきたのだ。

 活発なのはご覧の通りだが、仮にも国家公務員だろうにこの緩い雰囲気。こっちが心配になってくる。

 セフィアは何が楽しいのか、纏められた髪をブンブン振りながら歩いている。

 こちらの世界でも、ポニーテールは共通言語なのだろうか。

 などとどうでも良いことを考えていると、目的の部屋前に到着。

 ギルド長の部屋とやらに案内された。

 

「しっつれいしまーす。守護者希望のクロサキマショウシさんを連れて参りましたー」

「セフィアさん、マサヨシ。マショウシじゃなくてマサヨシです」

「そのマサヨシさんでーす」


 ――ややあって、


「聞いている。入れ」


 ドアの向こうから、短く女性の声でそう聞こえた。


「んじゃまー後は二人っきりの時間と言うことで。頑張ってねー」


 ばいばーいと手を振りながらセフィアは来た道を戻っていく。ばいばい。


「はぁ……失礼します」


 三回ドアをノックし、部屋へと入る。

 白を基調とした部屋。ドアを開けてすぐ正面には、気だるそうにこちらを見ている女性が座っていた。

 眼光が鋭く、眉目秀麗で知的な印象を感じる女性だ。

 アムカとはまた違う大人の女性といった雰囲気を持っている。

 俺の世界で言えばキャリアウーマンっぽいとでも言えばよいのか。

 異世界要素を感じさせない黒いスーツを着こなし、いかにもな仕事の出来る女を体現している。


「お前があの脳筋馬鹿が推薦したという、守護者希望者か」

「はい、黒崎将若です」

「私はここのギルド長をやっているショウコ=フィリオリスだ……座れ」


 目線の合図に従い、用意されていた椅子に座る。流石にギルド長となるとさっきのなんちゃって受付とは違う迫力がある。まずいぞ、今更になって緊張してきた。

「ああ、いくつか質問するだけだからそう身構える必要はないぞ。書類製作に必要なだけで面接といっても大それた意味はないからな」

 彼女なりに気を遣ってくれたのか、単に面倒くさいのか、セフィアギルド長は投げやりにそう言った。

 本人がそう言っていることだし、ここはその言葉に甘えておこう。

 別に、やましいことをしてきたわけでもないしね。多分。


「よろしくお願いします」

「ではまず、出身国と経歴についてだな」

 

 ――いきなり答えづらいのが来ちゃったよ。日本とか記憶喪失とか、通るのかこれ。

 

「……どうした? どこで何をしてきたか簡単に言えばいい」

 

 正直に言いたいところだけれど、日常会話しているわけでは無い。

 曲がりなりにも面接という手前、なるべく不信感を与えない言葉を選びたいのだが……駄目だ、思い浮かばない。もうなるようになれ。


「出身は日本で、その、言いにくいんですけれど記憶が無いっていうか、以前の出来事を覚えていないんですけれど」

「成る程、ニホンの記憶喪失者、と」


 俺の言葉を復唱しながら、手元の書類に書き込んでいく。


「あの、ギルド長。失礼ながら、日本を知っているんですか?」


 気になっていたがショウコという名前は、どちらかと言えば日本の響きだ。もしかしたら俺と似た環境の人かも知れない。

 転生者が複数いるのもよくあることだし、何なら協力体制を願いたいとも思う。


「知らないよ。興味も無い」


 ばっさり一蹴。ただの偶然でした。


「後、記憶なんてあろうが無かろうがどうでもいい。お前が悪人ならあの馬鹿(ギルガ)が紹介してくるはず無いからね。聞いたかどうかは知らんが、守護者ってのは実績主義の職業なんだよ。結果を出せば全てチャラになるくらいのな。だから、お前の過去などここでは何の意味も持たない。推薦って言うのはそういうもんだ」

「……そっすか」

「お前はただ正直に答えていれば、後は私がそれを書き出すだけでいい。余計な手間を取らせるな」


 その後も質疑応答がいくつかあったのだが、もはや完全に俺の言葉を書き出す機械となったセフィアギルド長。

 アクシデントも無く、彼女が手元の書類を埋めていくのを見るだけの結果になった。

 一見さんお断り云々の話は一体何だったのか。

 ギルガの話を鵜呑みにした俺が馬鹿だというのか。


「――こんなもんだな。後は受付に行ってこの書類を渡せばいい」 


 ほれ、とぞんざいに手渡してくる。

 

「以上で最終面談は終了だ。守護者マサヨシ=マサヨシ、貴殿の王都発展への健闘に期待する」

「はい……どうも、ありがとうございます」


 それらしい言葉を返せず、場違いな感謝を述べて面談とやらは終わった。


「では私は忙しいんでね、さっさと出て行け」


 ショウコギルド長、シッシッと手を振る。


「じゃあ……失礼しました」


 部屋の外に出て、手元の紙を見る。

 文字は読めるのだが、一枚の紙切れびっしりと書き込まれた物を今は読む気にもなれない。

 なにはともあれ、これで当面の目標は達成といった所か。達成感など微塵もない


「……こんないい加減な面談、聞いたこともねえよ」 

 

 もう一度ため息をついた。いやマジで。本当に大丈夫か国家機関。


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