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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
二章
38/54

(38)ヒール=クロフォード


 宿に戻り、カルネさんの部屋に入った俺は事の経緯を説明した。


「はは、心配するな、か……まったくシロアらしいね」


 軽く笑うカルネさんと、俯いたままのミナに対して申し訳ない気持ちで頭を下げる。


「すいません。連れ戻すなんて大見得切ったのに」

「マサ兄様達のせいじゃありませんよ……シロアが待っていて、と言うのならば、きっと誰が行っても結果は変わらなかったと思います」


 慰めてくれているのか、しかしミナの口調にはいつもの覇気がない。

 それもそのはず。実の姉が理由も分からず異国の地に連れて行かれ、目の前にはそれを阻止できなかった口だけの男。

 恨み言の一つでも言って貰えれば気が休まる……とは、俺の身勝手か。


「それにしても、あのティナリアと呼ばれていた女……シロアに協力して貰うと言っていましたが、一体何の話でしょうか?」

「ティナリア――そうか、彼女が……」


 メイリスの告げた名を聞き、カルネさんが目を見開く。


「あの、カルネさん……ひょっとして、知り合いですか?」

「直接的な面識はないけど、恐らくティナリア=ユークスの事だと思う。五年前、歴代最年少で王立魔導調査局の局長に就任したことで話題になった正真正銘の天才だよ」


 王立魔導調査局とは、固有技能(スキル)の開発や、新魔法の術式運用の研究等を取り扱う魔法の専門研究機関で、その本部は王都にあるらしい。


「しかし、それならば尚のこと疑問が残ります。王都より遠方の地にあるフィル=ファガナまで、個人的な協力を仰ぐために最高責任者自らがやってくる……それほどの重要性がシロアにあるとは思えないのですが」

「んー、まあ、確かなぁ……」


 メイリス言葉に、俺も同調する。

 こういっては何だが、付与師(エンチャンター)としてのシロアは活性(ヴァイタライズ)解呪(カースブレイク)しか使えないはずだ。

 かといって、固有技能(スキル)以外の魔法が使えるかと言われても……いや、待て。

 もし仮に、シロアが俺たちも知らない魔法を持っていたとして、そもそも王都は何でそんなことを知っているんだ?


「……マサヨシくん。確認させて貰いたいんだけど、戻ってきたときに全て話す……シロアは、確かにそう言ったんだよね?」

「はい。あ、そう言えば三日前ウルズ迷宮に言ったとき同じ言葉を言われた気が……同じ内容かどうかは分かりませんけど」


 俺の返事に対しカルネさんは、そうか、と小さく言葉を漏らし、


「シロアが戻るまでの間、この宿は休業することにするよ」


 はっきりと、断言した。


「あの、迷惑じゃなければ俺たちも手伝いたいと思っているんですけれど……」

「あ、いや、人手の問題はないんだ。ちょうど今日出て行ったお客さんで最後だったし、今の時期は利用されるお客さんも少ない。マサヨシ君達は良かったらそのまま寝泊まりしてくれていて大丈夫だよ……清掃と食事の用意は自分でして貰う必要はあるけどね。まあ、僕たちにとっての休暇期間みたいなものさ」


 ははは、と笑うカルネさん。


「まあ、自分の事は自分でやりますけど……宿代は本来の料金を払いますから、受け取って下さいね?」


 俺やメイリスは正規の従業員ではなく、アルバイトみたいなものである。バジリスク討伐後は依頼を受けなかった為、四六時中宿の店員をしていたが、本来は手の空いている時に手伝ってくれればいいとの契約の下割安料金で寝床を提供して貰っている。

 一時的な休業と言う話なら、せめて金銭面位は、日頃の感謝をして然るべきだ。


「あー、うん。そう言って貰えると助かる……され、ともあれ組合に入っている以上ギルドに話を

通さないわけにもいかない。ミナ、悪いけど今からギルドに行って、休業申請の登録をしてきてくれないか?」

「! カルネ叔父様、本気ですか?」

「本音を言うと、シロアが戻るまでは気になって仕事になりそうにないんだ。いや、まいった」


 茶化している風に笑うカルネさんだが、どうにも何か含みがあるように感じた。

 その疑問をミナも感じているのだろう。

 しかし、ミナが再度口を開けようとした瞬間、


「――――頼むよ、ミナ」

  

 静かに、はっきりと芯の通ったカルネさんの言葉に遮られる。


「……分かり、ました」


 見るからに意気消沈したミナ。その姿に声をかけようとしたが、ミナは一言も話さずカルネさんの言葉通り、ドアを開け足早に玄関口へと向かった。


「イーファ、ミナと一緒にギルドまで行ってあげてくれませんか? マサヨシもイーファが一緒なら安心ですよね?」

「えっ――お、おう!」


 メイリスの言葉に疑問符が浮かぶが、冷ややかな眼差しで同意を求められた気がしたので何度も頷く。


「うー……いいけど、イーファ、せふぃあ苦手だよぉ」

「ミ、ミナ一人だと俺も不安だな。でも、イーファは強いからミナを守ってやるのも余裕だろ。ギルドまで行ったら、イーファは外で待ってればいいんじゃないか?」


 メイリスが何か言え、と視線を送ってくるので、無理矢理言葉をつなげてイーファを鼓舞した。

 意図は不明だが、とにかくイーファをミナと一緒にギルドに向かう流れにすれば……いいんだよな?


「なるほどー。それならイーファも頑張る! みなー、待ってー!」


 はつらつとした様で、イーファはミナの後を追いかけていった。


「少々わざとらしさが見受けられましたが、イーファには気づかれなかったみたいですね」

「いきなり過ぎるって! 話を合わせられただけマシだと思ってくれ!」

「話の流れがあったではないですか。カルネの意図を汲めばいいだけですよ――ちょっと失礼しますね」


 すたすたと、どこかへ行ってしまうメイリス。


「すいません、カルネさん。俺、あいつが言ってた意味が分かってないんですけど」 

「あー、いや、あはは……どちらかと言えば、メイリスちゃんの明察力が高すぎるって感じだけど。イーファちゃんに声をかけたことも含めて、完全に気を使って貰った感じだよ」

「カルネさんの、気持ち?」

「うん。流石にミナや、イーファちゃんみたいな幼い子にする話じゃなくて……でも、駄目だな。まだ少しだけ迷っている。本当にこれでいいのか、って優柔不断な僕の中でそんな気持ちが同じくらいに膨らんでしまっているんだ」


 そう言って、カルネさんは肩を振るわせ、頭を抱える。


「マサヨシ君の持っているその仮面は、シロアがとても大切に大切にしているものでね。それを渡していったって事は、それだけ君達を信頼している証拠なんだと……僕は思う」


 沈黙。


「……もう十年ほど前の話だけれどクロフォード家、いや、シロア達の父親で、僕の兄ヒール=クロフォードは王都に仕える高名な魔導師の一人だった」


 座ってくれ、とカルネさんに促される。


「それは初耳です。それにしても、魔導師ですか?」

「ああ。その頃はまだ守護者という識別が無かったからね。固有技能(スキル)も無く、魔法を使える者は皆そう呼ばれていたんだ。とはいえ、使える魔法の種類や、威力などである程度の区別は付けられていたけど……兄は、守護者で言えば七階級の持ち主だった」

「なっ……七階級っ?」


 現在俺の知る中で、フィル=ファガナ最強守護者の筆頭であるアルフレッドが六階級。

 そして、その上であるという事実は、つまり――


「兄は、魔王を討伐したパーティの一員だった」


 あっさりと、カルネさんは言う。

 なんとか数十秒かけてその事実を飲み込み、カルネさんの言い方が過去形であることに言葉を探す。


「だった、ってことは、つまり、シロアの親父さんは魔王との戦いで……」

「ん――あ、違う違う。兄は回復と支援魔法を得意としていて、戦闘はからっきしさ。何なら、これでも僕の方が腕っ節は上だったよ……まあ、僕には魔法の適正が無く、喧嘩程度しか出来ない腕では目に見張る武勇伝も無かったんだけどね」


 たはは、とカルネさん。


「パーティは無論のこと、身分も外聞も関係なくあらゆる人々を癒し、助けるという偉業を成し続け、治癒(ヒール)……後に固有技能(スキル)の一つにその名を付けられた兄に対して、羨望すら霞むほどの栄誉を感じたよ。そう、兄はいついかなる時も、誰かを助けるために行動していた」

「誰かを助ける――シロアも同じような事を言ってました。親父さんに憧れていたんですね」

「それは…………」


 そこで、カルネさんは表情を曇らせて口ごもる。悲痛な面持ちは言い出せない感情をありありと示しているのだが、もしかして……シロアと父親は仲が悪かったとか?


「とても興味深い話です――ですが、カルネの調子に合わせていては日が暮れてしまいます」


 開いたままとはいえ、ノックもせずに戻ってきたメイリス。その手に酒瓶を持っている。


「もう客がいないと言うことですし、閉店の看板は出しておきました。言うか言うまいかと――悩む素振りを隠す努力が出来ないのなら、いっそ断能力を低下させてしまえば良いと思いますよ」


 とん、と机の上に酒瓶とコップが一つ置かれる。はて、カルネさんは下戸だった記憶があるのだが。


「よ、良く見つけたね……こっちは、一応隠しておいたつもりなんだけど」

「以前棚の整理をしたときに見つけ、ミナに聞きました。疲れている時などに一人で嗜んでいると」

「そうだったんですか。カルネさんが飲んでいる所って見たこと無いし、苦手なんだと思ってました」

「や、はは。翌朝に引きずる事はないんだが、どうも昔から酒癖が良くないみたいでね。誰にも迷惑をかけない範囲でこっそり飲むようにしていたんだ」

「一杯で気持ちよくなれるのでしたら、費用対効果はとても良いと思います。いらないと言うのならば片づけておきますが、どうしますか?」


 むむむ、と腕組みをしたカルネさんは逡巡し……コップに酒を注ぎ、飲み干した。


「シロアがどう思うかを考え、悩んだんだ。けれど、シロアが知らない事情も含めて、僕が話すべきだと思った……それほど、マサヨシくんとメイリスちゃんはシロアに好かれているからね」

「カルネにそう見えていると言うのなら、嬉しい限りですね」

「あの、ちょっとメイリスさん?」


 メイリスは腕を組み、ごく自然な動作で俺の上に座ってきた。

 確かにもうこの部屋に椅子は無いけどさ! 


「重いですか?」

「いや、重くないけど! むしろ柔らかくて気持ちいいですけど!」

「いいじゃないですか。イーファとはよくこうしているでしょう」

「そういう問題なの?」


 俺は何を口走ってるのか。

 イーファなら分かるが、メイリスがこういうスキンシップをしてくるのは予想外すぎて、感想がドストレートに出てしまった。

 体格的にはイーファとそこまで変わらないし、男としてはありがたい話なのだが……正直気恥ずかしいことこの上ない。

 そう言う免疫力は無いんです。でも引きはがす気にもなれない。

 かつて、メイリスには何も感じないぜハハハ……とか言っていた過去の俺よ。いざとなれば身体は、本能は抗えん……抗えんのだ。

 そんな俺の心中などお構いなく、メイリスはそれで、と一呼吸、


「話の続きをお願いします。先ほど言っていたシロアの父親が立てた武勇伝が真実ならば、シロアとミナはなぜ王都では無く、フィル=ファガナにいるのか――七階級持ち、そしてそれだけの貢献者への褒賞、名声などはとてつもないものになる筈です。ですが、クロフォードの家名、治癒(ヒール)の由来など、私自身そんな話は初めて聞きました。それに、町中でシロアを見る人の目は少なくともそんな英雄の娘に向けられるものとは思えません」


「ま、まあアルフがあれだけ有名で、シロアの親父さんはそれ以上なわけだから、王都での立場は相当なものだと思う。けど、シロアは大したものじゃないって言ってたし、謙遜って感じにも見えなかった……あ、もしかして王都にいると騒がれすぎるからシロア達だけフィル=ファガナで暮らしていて、両親は王都にいるってパターンだったりして――」


 言っていて、ここが異世界だということを思い出す。

 ここまでの話を聞くに、シロアの親父さんの活躍は立身出世するに相応しい。元々の立場は分からないが、爵位を授与、または陞爵してもおかしな事ではない。

 当然子供への扱いもより良い物になるだろうし、不自由など無縁な生活も手に入るだろう。

 有名税と揶揄される事に対して、どうとでも解決できる地位が手に入るのだから、全体的に考えて明らかにメリットの方が多い。

 それに、回復や支援による人助けという善行しか積み上げていないから、感謝や尊敬しかされないだろう。

 親元から離れた場所に住む理由としては薄すぎるか、とそう思っていると、カルネさんは二杯目の酒を注ぎ、俺を強く指さす。


「マサヨシくんのぉ……答えはぁ、半分不正解!」


 顔を赤らめたカルネさんが、語調を強めて言い放つ。

 この酒の度数は知らないが、少なくともカルネさんは酒を飲むと顔に出るタイプという事だけ分かった。早くも、テンションの様子がおかしい。


「カルネ、回りが早いですよ。具体的に何処が違っているのか答えて貰わないと、何の回答にもなりません」

「確かに! えっと、つまりさ、兄さんと義姉さんは死んじゃったんだ」

「あ……それは……」


 故人。初めて発覚した事実。

 シロアが言い出すのを躊躇い、カルネさんが言葉を濁した理由がようやく分かった。

 浅はかだった――と俺が言葉を探していると、カルネさんは小首をかしげて、


「んー、あ、違う――これも不正解! 兄さん達は死んだわけじゃない!」


 カルネさんの声のトーンがあがる。

 その、つまり……どういう事だ?


「カルネ……聞き出すとややこしくなりそうなので、そちらで纏めて言って貰えますか?」


 メイリスが、少し呆れた調子でカルネに頼み込んだ。

 ふむ、とあごに手を当てて考え込むような素振りを見せたカルネさんは、やがて重々しく口を開く。


「兄さん達は、殺されたんだ。あの忌まわしい魔王軍の…………残党にさ」


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