(36)焼き串談義、そして
「へい、お待ち! こちら依頼料になります!」
「威勢が良いですな、おい」
謎にテンションが高いセフィアから手渡された報酬を手にして、三分の一だけ布袋に入れる。
「いま王都で流行っているらしいですが、口にしてみるとどうも馴染みまして。あ、依頼料の残りは腕輪に入れていいんですよね?」
「そうだな。頼むよ」
「ほいほい了解ですっと――しかし、なんかちょっと様になってるんじゃないですか。守護者として、ようやくやる気を出してきたー、って感じがしますよ」
「様になってるかは分からんが、守護者としての下りは大当たり。今まで怠けてた分積極的にはなろうと思ってる」
「まったく……この町に来て一ヶ月と少し経つというのに今更ですか。女の子三人も侍らせているのに、引きこもりも大概にしないといけないですよ」
違う、と言いかけたが比率的にはそうなる――あれ、ハーレムの定義ってそれでいいのか?
侍らせるという物言いには引っかかるものがあるけど、反論できる材料がない。
強い仲間がいて、依頼料という名の施しを与えられ、良く分からんのに信用されてる。
客観的かつ、正確に表現するならハーレムでヒモ――うん、俺ってばクズだわ。
「ははは。最底辺なら、これ以上落ちることはないな。参ったか」
「うわ、開き直りましたよこの人」
「いや、はい。頑張りますんで勘弁してください」
「でもまあ、報酬を独り占めしないだけちょっぴりまだマシですね。配分でもめてはいなさそうですし」
どちらかと言えばおこぼれを貰っているだけなんだが、それを言うとなおのこと死にそうになるので口を閉じた。
言い訳すると、一応最初は依頼を受けるにあたり、それぞれの戦果に応じて配分してはどうかと提案したのだ。
メイリスは勿論のこと、補助魔法が使えるシロアや、魔素具象体であるイーファはともかく、戦闘において俺にできることは、数匹程度のモンスターを戦闘不能にするまで。
仲間に依存しなければ確実にモンスターを討伐できない俺には、平等な報酬など気後れしてしまう……と説明したのだが、シロアがそれなら自分も大した魔法が使えないと、頑としてこれを拒んだ。
ついで、メイリスが『食事代と宿代くらいでしたら手持ちで充分ですので、マサヨシが持っていて下さい』とか訳の分からんことをぬかし、イーファなんかは「いらない」の一言だ。
反対意見一、無投票二。なんたることか。
そんなこともあり、こちらとしてはありがたい話だが現在はどんな依頼であれ報酬は等分するのがルールだ。
配分は俺、メイリス、シロアできっちり三等分。
だがメイリスやイーファが必要であれば渡すということで、管理するという名目上、俺は三分の二を受け取っている。
管理とは言うが、二人とも物欲がほとんど無い。
特にメイリス。拳撃士ということもあり、装備の新調をしているところを見ないし、魔道具関係も無関心だ。
必要に応じて渡すのは構わないんだが、俺が金を持って逃げるとか考えないのか……なんだかな。
勿論金銭に関してはハッキリさせたいので、常にメモは怠らない。ギルド受付での記録も残るから虚偽など出来ないとはいえ、他人に大金を預ける無頓着さには頭が痛い。対人関係に置いて金問題は怖いんだぞ。
こうなると、初日、二日目と共に多色熊の探索を行ったシロアにはしっかり報酬を受け取らせようと、心に強く誓う。
結果的にメイリスが一人で依頼を達成させたこともあり、シロアのことだから報酬の受け取りを拒む可能性は大いにあるが、そんなことを言えば俺だって何もしていない。
誰も彼も、人が良すぎる。周りはそんな人物ばかりなのだ。
「さてと、何か買いたいものでもあるか?」
「そうですね……私は今のところありません。イーファはどうですか?」
「んー、それよりイーファあんまりここにいたくない」
そう言って、先ほどから背中に隠れるイーファじっとセフィアを見ている。どうやら埋め込まれ
た苦手意識はまだ健在のようだ。
「へっ、人気者は困るぜ。でもごめんねイーファちゃん。今は仕事中ですので――あ、次の人どうぞー」
別の守護者にセフィアが声をかけたのをみて、少し離れた場所に移動する。
「それじゃあ、今日はもう宿に戻るか」
日はまだ高いとはいえ、じゃあ二件目を受けよう、とは当然ならない。
既に報酬は充分にあるのだから今日は満足しておくのが最善だろう。
「じゃあ今日はお休みだねー。マサヨシ、あれ食べよう。昨日食べたヤキグシってやつ!」
イーファが食べ歩きを提案した。食の喜び知りやがって。
焼き串とは呼んで字のごとく焼いた肉を串に刺したもので、味や値段、サイズなどに差はあれど町のいたるところの露天で購入できる。値段も平均的に二百ロギン程度で、小腹を満たすには充分。
大体は朝焼け鳥なんかが使われているが、高層地区なんかだと一串何十万ロギンとするものもあるらしい。気にはなるが、庶民の食べ物じゃない。
買い食いか。取りあえず特に反対する理由もないので、今後の予定が決まった。
「いいけど、先に宿に戻るぞ。シロアに報酬を渡さないといけないし、前処理ぐらいはしておきたい」
鰺モドキが入った木箱を指さして言った。セフィア曰く食用で美味と聞いたが、刺身は怖いので干物にする予定。近死の特性からか活け締めが出来なかったが、シロアかカルネさんに行って貰えば俺でも調理が可能なので、そこは少しだけ楽しみだ。
「マサヨシ、本当にそれを食べるつもりですか?」
メイリスが恐る恐る、といった感じで問う。
「何だよ。メイリスは魚苦手なのか? シロアも言ってたけど、別の地方ではそれなりに需要があるらしぞ」
「苦手というより食べたことが無いですね。ギルガが獣を捕る罠として使用していたので、そういう認識をしています」
「あー、確かにお前が食べるのって鳥とか牛とか、肉ばっかだもんな」
付け加えるなら、この世界の人々は基本肉食だ。これは、他の栄養素は祝福ハーブというご都合主義を全振りしたような葉っぱで補えるという理由が大きい。
今のところは栄養不足で倒れたような人物に会ったことは無いし、そもそも病気という概念が非常に稀。
ここまでくるともはや万能薬とも呼べる――それが祝福ハーブというものだ。
「出来上がったら食べてみろよ……旨いかの保証はしかねるが」
こればっかりは本人の好き嫌いに依存する。まあ、多分大丈夫だろ。
焼き魚でもいいが、やはり携帯食にする前提でいうなら干物スタートだろ。燻製肉と同じ要領でいいのか分からんが、何事もトライ&エラーの方針でいこう。
「イーファも! イーファも!」
「出来たらな。今日は焼き串で我慢しなさい――んじゃ、シロアにも声かけるか」
わーい、と喜ぶイーファのすぐ横で、メイリスが小さく手を挙げた。
「食べ歩きでしたら、私も同行させていただきたいのですが……よろしいですか?」
「何だよ他人行儀だな。むしろお前も行く前提で話してるっての。依頼料も貰ったし、今日は俺の奢りだ……まあ、加減はしてくれよな」
つい先日アルフが報酬代わりにと連れて行ってくれた店でのことを思い出し、一応念を押した。
メイリスの奴、結構食べてたからな。
「ほどほどを心がけますが、その……ありがとうございます」
「礼を言うほどの事じゃないだろ。お前らしくもない」
「そ、そうですか?」
そう言えばここ数日、メイリスの俺に対する態度が変わった気がした。
ウルズ迷宮を出たとき。恐らくはイーファを庇うような発言をしてくれた時位からだろうか……物腰が柔らかくなったというか、なんというか。まあ、嬉しい兆候だ。
「みんなでヤキグシー! マサヨシ、めーりす、早くいこー!」
「分かりましたから、そんなに引っ張らないで下さい」
鼻歌交じりにイーファが俺とメイリスの手を引く。子供だ。いや、子供同士か?
背の小さいメイリスと、イーファを見ているとそう感じた。
さて宿に戻るか、とギルドを出たところで人混みの中に走るミナの姿が目に映った。
単色で洋風なものが普段着として主流であるこの町では、色合い的な意味も含めてシロアの宿の制服は良く目立つのだ。多分、着物に類似した服を来ているのはシロアとミナくらいじゃないのかって位に。
「あいつが走るなんて珍しいな。おーい、ミナー!」
呼びかけると、ミナはこちらに向けて走り出してきた。何やら、その表情には焦燥が見える。
「どした? 何か急ぎの用事でも――っおべっ!」
ミナは勢いをほとんど殺さず、俺の胸に飛び込んできた。
右手には木箱、左手はイーファに握られていたため結構危うい状態だったが、日頃イーファで慣れていたこともあり、咄嗟に踏ん張りミナの体当たりを堪えた。
遅めながらも多少ブレーキをかけてくれたのはいいが、痛いもんは痛い。
「お、おま……そういうキャラじゃなかっただろ」
口頭の刃で斬りつけてくるのは知っていたが、イーファと違い肉体的なコミュニケーションはしないタイプだったはず。どういう心境の変化だ。
「みなー、どうしたの? 汗すっごいよ」
イーファが俺の革袋から取り布を出し、ミナの汗をぬぐってやる。
「……っ……はっ……ありがと、イーファ」
息切れのまま、ミナが俺の胸に両手を置きながら見上げてきた。
「マサ兄様、宿に戻って来て、下さい……っ!」
ミナは小さく咳き込む。ずっと走ってきたのだろう。
「落ち着け、何があったんだ?」
「宿に、宿に王国の兵士がやってきて……それで……シロアを連れて行くと言っているんです!」
――はい?