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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
一章
34/54

(34)健やかなる日々を

 

「わ、私の鎧には神恵(ブレッシング)が付与されていますし、今回使用した道具も治癒薬と魔力薬が少しだけですから損害というほどのものはありません。どのような形であれ、依頼を受けていただいたのですから報酬は受け取って下さい」


 頭を捻らせていると、聖人アルフからフォローが飛んできた。神恵(ブレッシング)とは武器や防具にかけられる魔法で、時間経過と共に少しずつではあるが、損傷部分の自動修繕を行うものだ。流石に六階級ともなると準備に抜かりは無い。


「いや、でもなぁ……」


 本当にアルフがいい人過ぎて心が痛む。こんなんで報酬だけ貰うとか、無理やん。


「そういえばマサヨシ、お前はシロアの依頼報酬を一食分で引き受けたんだったな。面倒だから、今回もそれで手を打て」

「……確かに、それなら遠慮無く受け取れるけど」


 ショーコの言い分に頷いて、アルフを横目に見る。


「私は構いませんが、それでは流石に釣り合いが取れないかと――」

「決まりだな。お前達だけでは、いつまでも話が進まないだろうが」


 アルフの言葉を切り、ショーコが決定権を下した。

 とはいえ、何度も言うが今回の俺は報酬に見合う働きをしていない。第三者が決めた結論に異論などあるはずが無いのだ。


「何、元々の依頼金額は百万ロギンだが、このあたりの酒場では充分すぎるだろう」

「ひゃ、百万?」


 無いのだが――ショーコによって明かされた真実に、思わず変な声が出る。

 同行依頼に出す金額じゃねえ! なに考えてんのアルフ(コイツ)


「もし人違いであればとのことを考慮したらしいが、言うまでもなくアルフレッドは金には困っていない。こっちにはまだ仕事が残っているんだ、いつまでも下らん押し付け合いで私の時間を取るんじゃない」

「あ、それではフィリオリスギルド長もよろしければご一緒にいかがですか? 今回の件でご足労いただきましたし、お礼と言うには差し出がましいかもしれませんが」


 唖然とする俺が見えていないのか、平然と会話を続けるショーコとアルフ。


「ギルド長だけずるいです! 私も! 私も!」


 地獄耳は相変わらずか、便乗するようにセフィアが話に入り込んできた。

 お前何もしてないだろう、と言いかけるも、道中波乱とはいえ元々はセフィアがアルフの依頼を繋いだことで得たもの。セフィアにもその権利はあるのかもしれない。

 ま、それはアルフが決めること。俺が意見するのはお門違いだ。


「セフィア、まだ業務中だ。それに規程違反では無いとはいえ、職員が特定の守護者と必要以上に交流を持つことは、体裁が良いとは言えんぞ」

「ギルド長頭固いですよ。たまたま仕事終わりに入った酒場で、偶然守護者の方と同席になり、なぜかお腹一杯食べ終わったら会計が無料だったーってことにすればいいじゃないですか。ね、マサヨシさん」

「いや、そういう事はアルフに聞いてくれよ。色々と情けない話だが、払ってくれると言って下さっているのはアルフだ」


 図々しさと、ずる賢さに関しては、セフィアの右に出る者はいない。出たい人がいるかは知らないが。


「勿論です。では、シロアさんとメイリスさんを含めて合計九名でよろしいですか?」


 アルフ、ショーコ、セフィア、シロア、メイリスに俺、後はヴァイツとリースティア……まさかイーファも入っているのか?

 モンスター絶対討伐マンのくせに、さらっと人数勘定にいれやがった。やっぱ俺アルフ好きだわ。


「いただきますアルフさん! んじゃー、私は今日の分は終わってますので、残りのお仕事さくっと終わらせましょう、ギルド長!」

「……はぁ、軽くだけだ。他の職員に見られるわけにはいかんから、先に『我が道化師の箱』に行っていろ。連絡は入れておいてやる」


 折れた。無茶苦茶な理論で外堀を埋められ、セフィアの気迫に根負けしたのか、なんだかんだでノリの良いショーコだった。

 それに対して、アルフがああ、と頷く。


「確かにあそこは個室もありますし――意外、といっては失礼かも知れませんが、フィリオリスギルド長の馴染みの店なんですか?」

「お前は私をなんだと思っている。私だって食事をすれば、酒も飲む。普通の人間だよ」


 民衆の噂を聞いた我が身。ショーコが普通が人間かどうかは置いておいて、どうやら全て円滑に終えられそうだ。

 ショーコは魔力を帯びた指で、こめかみをトントンと叩く。恐らくは念話(コンタクト)だ。

 複数人に同時に使えず、相手側も念話(コンタクト)が使用できない場合、会話が一方的になってしまうことを除けば、手紙が主な連絡手段として用いられているこの世界において極めて優秀な通信方法だ。


「マサヨシー!」

「おわっ、なんだっイーファ?」


 視界の端から飛んできたイーファのタックルを胸に受け、その勢いに堪えきれず足を滑らせた。

 油断していたため受け身が間に合わず、したたかに腰を打ちつける。


「あいつおかしい! イーファのほうが強いのに、あいつに抱きつかれると逃げられないんだ!」


 上半身に乗っかったまま、セフィアを指さしながら涙目で抗議するイーファ。


「ぬっふっふ。年期が違いますねぇ。ギルド長のお手伝いがあるから、また後で撫でまわしてあげまよ、イーファちゃん」


 離れた机で、手をわきわきするセフィアを見て、ひっ、とイーファが怯える。

 どうやら、早くも上下関係が形成されたらしい。


「だ、駄目だぞ! イーファはマサヨシのものだから、違う人がイーファに手を出したら駄目なんだぞ!」

「ぐ、苦しい……イーファ、ちょい力、弱めて……」


 身体全体で俺の上半身を締め付けてくるイーファ。気のせいか、メキメキと音がなって……やば、死ぬ……。


「あああ、イーファちゃん! マサヨシさんの顔が真っ青になってるよ!」

「ほぇ?」


 叫ぶシロアの声で、ようやくイーファの拘束が緩められた。


「何をやっているんですか、まったく……」


 その一瞬の隙を見計らったかのように、メイリスがイーファを持ち上げた。

 襟元をもたれた猫のような体勢で、イーファは不満げに頬を膨らませながらメイリスを睨み付ける。


「離せ、マサヨシの力ー! イーファはマサヨシといるんだー!」

「マサヨシの力……そう言えば、名乗っていませんでしたね。私の名はメイリスです」

「めーりす?」

「はい。イーファ、貴方がマサヨシの為に生きるというのならば、私たちはこれから仲間なんです。そのことは分かりますね?」

「私たちって?」


 はて、と小首をかしげるイーファ。ますます小動物っぽい。


「私や、シロアです」

「よろしくね、イーファちゃん」

「しろあーも? んー、つまり、イーファとめーりすと、しろあーでマサヨシを守るってこと?」

「まあ、そんな感じで良いかと。ただし、マサヨシも私たちを守るんです。適材適所。自分に出来ることは成し、自分に出来ないことを補って貰うそういう関係で助け合うのが仲間です」


 メイリスがすっげーまともなこと言ってる。


「互いに……うーん、むずかしーなぁ……」

「少しずつ覚えていけば、良いと思います」


 柔らかく、メイリスが微笑んだ。

 具体的な理由は分からないが、おそらくウルズ迷宮であった何かが、メイリスを少しだけ変えた。そんな気がする。


「イーファと戦っためーりすやしろあーが仲間なら、あの赤髪も仲間なの?」

「私もですか? し、しかし私にもパーティがありますので……いえ、仲間と呼ばれるのはやぶさかではないのですが……」


 なぜそこで悩むんだ……。

 ヴァイツやリースティア、そして自らの責務を思えば、考えるまでもないだろうに。欠点らしき欠点の無さそうなアルフだが、生真面目すぎるのがやや難点と言えるかも知れない。

 他が完成されすぎているから、これくらいは愛嬌だろう。


「同じ守護者同士ですし、志を共にするのならば、充分仲間と呼ぶに値すると思いますけれど……まあ私の目から見ると、立場こそ違えど、マサヨシとアルフは友と称する方が自然ですね」


 メイリスの何気ない言葉に、それです、とばかりに表情を明るくさせた。


「では、今から私はマサヨシさんの友ということでいかがでしょうか?」

「いかがも何も、アルフこそ俺なんかと友達になっていいのか。こちとら平民の新参守護者だぞ」

「お恥ずかしながら、正直、ここまで自然体で話して頂けた同姓はマサヨシさんが初めてでして」


 成る程。俺のように、社交辞令を鵜呑みする奴がいなかったのか。まあ、普通はそうだよなぁ。

 そこらへんのさじ加減はよく分からない。心の中では呼び捨てにしながらも、ショーコをギルド

長と呼んでしまうように、説明できない部分が未だに俺の中にはあるのだ。

 なんとなくと言えばそれまでで、アルフの場合はフランクに接した方が良さそうな気がしたのだが、その予感はあながち間違っていなかったということらしい。


「んじゃあ、改めてよろしくアルフ。同じく男の友達は俺も初だ」


 この世界では、という言葉は飲み込んだ。それこそ余計な一言と言うものだ。


「はい、こちらこそ」


 自然な動作でアルフと握手をしていると、メイリスが裾を引っ張る。


「男同士の友情も結構ですが、そろそろ行きませんか?」

「そ、そうですね……あまり長居するのも失礼ですし」


 歯切れの悪いシロア。その視線は、ちらちらとショーコの方を見ている。確かにその通りだ。


「えっと、じゃあギルド長、お先です」

「ああ」


 手元に書類に目を通しているショーコに一礼し、部屋を出て行く俺たち五人。

 ……廊下に出た瞬間、肩の荷が下りたのかどっと疲れが押し寄せてきた。


「マサヨシさん、どうかしたんですか?」


 思わず座り込んだ俺に、シロアが心配そうに声をかけてきた。


「ああ、大丈夫。身体はそうでもないんだけど、精神的にちょっと参っただけ」


 ショーコと二人っきり。緊張が張りつめていたことが原因だろう。もう遠慮したいんだけど、守護者をやってく上では慣れないわけにはいかないだろうな。


「ヴァイツとリースティアはそのまま向かえるそうですが、マサヨシさんは一度宿に戻られますか?」


 いつの間にか念話(コンタクト)を終わらせていたアルフが尋ねてきたので、首を振って答える。


「準備するものも無いし、俺はこのまま行くよ」

「マサヨシが行くなら、イーファもー」

「では私もこのままで――」

「だ、駄目だよメイリスちゃん、イーファちゃん! そんな格好のままじゃ! 一度宿に戻って着替えましょう!」


 そう言われて思い出したが、今のメイリスは俺の外套を頭から被ったまま。その下は、イーファとの戦いで衣服としての原型を保っていない。身だしなみ(ドレスコード)以前の問題だ。

 加えて言えば、イーファもどっこいどっこい。どういうパーティだよ。


「で、では私とマサヨシさんは受付でお待ちしておりますので、シロアさん達は着替えてから戻ってきていただけますか?」


 こほん、と咳払いし申し訳なさそうに目を逸らしながらアルフが言う。


「私は構わないのですが、店を追い出されるのも困りますね……しかし、イーファの着替えはどうするんですか? 私もあと一着しか持っていないのですが」

「背丈も同じくらいだと思うし、ミナにお願いしてみれば大丈夫だよ。そう言うわけだから、イーファちゃんも行こう」

「えーっ、そんなの何でもいいじゃんー。イーファはマサヨシと離れたくないよ」


 再び俺の腰に抱きついてくるイーファ。加減を覚えたのかなんとか踏ん張れたが、まだ少し力強さを感じる。多少鍛えたところで、身体能力の面ではイーファに勝てそうにない。


「イーファ。気持ちは嬉しいが、このまま付いてこられた方が、問題になっちまう。ほれ、シロアについて行きなさい」 

「むー」 


 イーファは不服そうだが、今後行動を共にするというならば今の格好だと必要以上に人目を引いてしまう。俺にはファッションセンスは無いし、同じ女子――と言ってしまっていいだろう――同士、ここはシロアに任せよう。


「いってらっーしゃい」


 イーファの手を握りるシロアと、メイリスの背に向け手を振った。こう見ると姉妹みたいだな。


「マサヨシさんは、人を引きつける不思議な力をお持ちですね」

「唐突だな。流石に過大評価が過ぎるぞ」


 二人きりになった途端、アルフがそんなことを言った。


「きっとそうです。マサヨシさんは人に――いえ、人以外にも引かれる才能があります。少なくとも私にはそう見えます」


 褒められたと自信を持って良いものか。少なくともイーファが俺を好いているのは理解できるが、理由に関しては未だ不明。

 想像するとすれば、ウルズ以外にイーファに関係のある何かの存在が関わっているのだろう。

 しかし、それが何かなんて、分かるはずがない。

 人か、モンスターか、それとも――考えても、答えは無い。

 ただ、一つだけアルフの言葉に頷ける事実がある。

 俺は、恵まれている。

 この世界に来て、出会った人。そして、シロアやメイリス、アルフやイーファと言った仲間と友。

 強烈な個性を持った奴ばかりではあるが、皆良いやつばかりだ。感謝してもしきれない。

 何もないままこの世界に放り出された俺だが、それだけが密かな誇りとなっている。

 周知の事実だが、この世界には魔王なんてものはいないんだ。

 戦闘面に関しては足を引っ張っているとはいえ、セフィアが魅惑(アトラクト)を封印処理してくれたようにいずれこの問題も解決できるだろうと、やや楽観的であるが思っている。

 過去はもう考えない。守護者として、シロアやメイリスの力になりたいという目標が出来た。

 少なくとも仲間と認められたんだから、甘えるわけにはいかない。

 強く、生きていくしかないんだ。


「もしかして……気を悪くされましたか?」

「いや、すまん。ちょっと考え事をしてた。さ、俺たちも受付にでも行くか」


 いかん。アルフに余計な心配をさせてしまったみたいだ。

 物思いにふけっていた気持ちを切り替え、歩き出す。

 そうだ、せっかくアルフがご馳走してくれるんだから、今日は楽しむべきだ。


「そうですね――おや」

「どうかしたか?」

「先ほどイーファさんにぶつかったときですかね――マサヨシさん、革袋から何か落ちましたよ」

 

 一瞬前まで俺がいた場所に落ちていたそれを拾い上げ、アルフが何かを手渡してくる。

 

 ――まずい、ショーコに渡された手紙だ。やべえ、どうやって説明しよう。


「これは……紙、ですか?」

 

 恐らくは二度にわたるイーファの抱きつきによって革袋の中で中身が混ざったのか、アルフが拾い上げたのは封筒では無く手紙のみだった。

 不幸中の幸いか、これならば余計な勘ぐりは避けられそうだ。


「あー、悪い悪い。書き物用でさ、特に意味はない――――」


 アルフから白紙の手紙を受け取り、戦慄した。


「それにしても上質な紙ですね。白紙とはいえ、覚え書きに使うには少々勿体ないように思えますが――どうかしましたか?」


 アルフの言葉が、頭に入ってこない。


「………………あ、いや……なんでも、ないぞ」


 俺は、うまく答えられているだろうか。

 

「マサヨシさん?」


 平然としてろ。困惑を、見せてはいけない。


「はは……行こうぜ、アルフ」 


 歩き出す。アルフが何かを言っている気がするが、頭に入ってこない。


 アルフから渡された紙を、乱雑に握りしめたままポケットに突っ込んだ。

 いつだってこの世界は容赦がない。

 シロア達のおかげで、俺の心にあった不安は和らいだ。

 それを狙っていたというのならば、これ以上ないタイミングだろう。

 俺がこの世界に来たきっかけ。そしてのその存在の事を、忘れていた。

 

 ――忘れようとしていた。


 アルフが白紙と言って手渡したもの。

 確かにそうだ。何も書かれていない。書かれていなかったはずなんだ。


 だが、俺の目に映った現実は違った。


『世界の危機は近い。せめてもの救いになるよう――――健やかなる日々を、君へ』


 あのときと同じ文字。

 そして、俺にしか見えないようにして送られたメッセージ。

 夢の中の胡散臭い人形などではない。あいつは代理神だと言った。

 その言葉を信じるならば……いや、信じなくても答えは一つだ。

 あの人形神よりも、上の存在。

 回りくどいくせに、何かを強制してくる。

 気取った感じに、遠回しに、悦に浸った意志を伝えてきている。


「…………上等だよ」


 何を言いたいのか、何がしたいのか、それすら分からない。

 一つだけいえる事は、ようするに、今この瞬間も俺の動揺や憂いを見て、ほくそ笑んでるってことだ。

 それが気のせいだと思えるほど、俺も心が広くない。

 ああ……いい加減頭に来るな、こういうの。

 人知及ばぬ存在だろうが、なんだろうが、知ったことか。

 この世界で流されるだったの俺に、明確な目標が出来た。

 神様気取りめ、人を馬鹿にするのも大概にしろ。

 出来る出来ないではなく、やらなきゃ気が済まない。


 ぜってー、ぶん殴る。


 そんな静かな決意を秘め、廊下を進んでいく。

 

 きっと――俺は今この世界に来て、初めて嗤っていた。

 

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