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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
一章
32/54

(32)助けたい気持ち


 目映い光が収まったとき、俺はメイリスと共にダンジョンの外にいた。

 目の前にはアルフ達もいて、後で聞いたところ俺たちを捜している途中、アルフを含む四人同時に帰還(リトレース)が発動したらしい。

 ダンジョンの内部で何があったかは知らずとも、シロアもアルフもリースティアも、ヴァイツですら俺とメイリスがダンジョンから無事脱出できたことを喜んでくれた。

 しかし、同時に俺の背中にいるイーファの存在が物議を醸し出す。

 アルフやシロアは直接対敵したこともあり、イーファが危険視されたのは自然流れだった。

 特にアルフに傷を負わせた事が問題視され、ヴァイツなどは敵愾心をむき出しにし、イーファをその場で討伐するとまで言い放つ展開に。


「ギルドに、戻りましょう。この件はショーコの判断を仰ぐべきです。もし途中でコレが目覚めても、私が責任を持って取り押さえます」


 場を諫めたのは、メイリスだった。

 ショーコの名を出されたことにより、その場にいる全員が押し黙りながらも、最終的には不承不承ながらといった感じではあるがメイリスの意見に賛同してくれた。


「あのことは、マサヨシの判断に任せます」


 リースティアが転送(リーブ)の詠唱を行っている時、メイリスが俺にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。


 ――結局、メイリスを除くメンバーには、ウルズの事を伝えることは出来なかった。


 誰も口を開かず気まずい空気が流れていたままギルドに戻ったが、そこにはセフィアの姿は見あたらない。

 すぐさま別の職員を捕まえショーコへの報告がしたいことを伝えると、自然なまでの沈黙に堪えきれなくなったのか、あるいは気を利かせてくれたのか、自分も残ると強く講義するヴァイツを無理矢理引き連れ、リースティアは宿に戻るとその場を立ち去った。

 実際にイーファの行動を見ていない自分たちは、発言すべきではない、と。

 

「お待たせいたしました、ギルド長がお呼びです。こちらへどうぞ」


 しばし後、職員に案内されギルド長室に向かう俺、メイリス、シロア、アルフ、そして未だ眠りから覚めぬイーファ。

 ショーコは椅子に深く腰掛けたまま、部屋に入ってきた俺たちを見て、小さくため息をつく。


「それで、アルフレッドの出した――ウルズ迷宮の探索依頼についての完了報告と聞いたが、その魔素具象体(シェイプシフター)はどこで拾ってきた?」


 どうやらその慧眼を欺くことは出来ず、ショーコはイーファの正体を一瞬で看破し、問いただしてきた。

 ウルズの事を含めて説明したいのだが、ここにはシロアやアルフもいる。

 どう話を切り出そうか、と言葉を探しているとアルフが一歩前へ出た。


「フィリオリスギルド長、その説明は私からさせてもらってよろしいでしょうか?」

「言え」

「私がキマイラを討伐したウルズ迷宮でしたが、今回の件ではこちらの……イーファと名乗る魔素具象体(シェイプシフター)が住処にしていたようです。発言にはやや幼さを感じますが、我々と対話可能で、それでいて私と同等――あるいはそれ以上の戦闘の能力を持っていました。その為メイリスさんの進言もあり、フィリオリスギルド長の指示を仰ぎたく、ご多忙の中お時間を割いて頂きました」

「見たところ、構成魔力密度はアルフレッドを超えるな。確かに、秘境でもここまでの魔素具象体(シェイプシフター)はいないだろう――で、それで私にどうしろというのだ、お前は?」

「……と、言いますと?」

「アルフレッド、依頼を出したのは貴様だろう。モンスターと遭遇したというならば、討伐するなり、捕まえて売り払うなり、好きにすればいい。物理的に倒しづらい魔素具象体(シェイプシフター)とはいえ、どうにでもなるはずだ」


 討伐は分かるが、売る……もしかして奴隷商(バイヤー)蒐集家(コレクター)の話だろうか。

 イーファの見た目だとそんな犯罪チックな想像しかしないけど、流石にそれはないよな?


「討伐に関しましては、確実性を求めるのならば、ショーコに任せることが最適かと」


 説明していたアルフからショーコに視線を移すと、メイリスが言った。


「確かに私ならば容易いが――お前ら、まさか本当にそんなこと(・・・・・)で貴重な私の時間を奪ったとは、言わないよな?」


 ギルド長の眼光の鋭さが増す。どうやらご立腹のようだ。


「はわわわ…………」


 シロアなんかは物の見事に萎縮しきってしまっている。それは俺やアルフも同じで、唯一メイリ

スだけが平然としていた。


「ショーコ、落ち着いて下さい。今の申告に虚偽はありませんが、言わなければならないことがまだあります。アルフレッドをどうするかは、全てを聞いてからでも遅くありませんよ」

 事も無げに、全てをアルフレッドに押しつけたメイリス。

「成る程、では私が納得できる理由を早く出せ。もしもの時は分かっているな、アルフレッド」

「メ、メイリスさんっ?」


 狼狽するアルフレッドに対して、ご愁傷様と心中で呟きながら目をそらす。

 手助けしてやれない俺の無力さを恨んでくれ。恨んでくれて良いから、巻き込まないでくれ。

 大丈夫。きっとショーコなりの冗句だ。


「では、最深部であった出来事を説明します――マサヨシが」

「おい、メイリスさん!」


 確かにそういう話だったけれども!

 油断しきった所に送りこまれたスルーパスに、アルフと同じリアクションをとってしまう。


「任せますと言ったではないですか。安心して下さい、マサヨシの話が終わるまで私達は席を外しますので」


 では、と部屋を出て行くメイリス。


「……ま、まあ確かにそれはそうなんだが。でも、シロアもアルフも完全に部外者ってわけじゃないし」


 未だ俺以上に緊張しているシロアや、俺と同じ境遇にいるアルフはといえば、


「えっと、あの後何があったかは知りませんが、メイリスちゃんがそう言うなら私も……」

「……頑張って下さいね、マサヨシさん」


 因果応報とでも言うのか、二人は足早に部屋を出て行った。

 み、見捨てないでくれ!

 バタン、とドアが閉まり、室内にはショーコと俺、そしてイーファだけが取り残された。


 イーファは昏睡状態とも言えるので、実質二人っきり。


「さて、マサヨシ、何か言いたいことは?」

 

 死刑宣告を言い渡すような雰囲気になるのは、やめてください!


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼


 いつまでも背負ったままというのもなんなので、イーファを備え付けのソファーに寝かしたあと、夢の内容以や、俺の正体に関しては隠したまま説明した。

 俺を捜していたイーファと戦い、アルフ、シロアの協力の元メイリスがとどめを決めたこと。

 そして最深部で様々なことを全知を持つという謎の存在、ウルズに出会ったこと。

 迷宮の名の由来、そして全ての件はショーコに任せれば問題は無いと言ったこと。

 そんな内容を、出来うる限り言葉を選びつつ、慎重に、それでいて簡潔に纏めて説明する。

 不機嫌なショーコを相手にしているということで、顔色を窺いながら行ったそれは、神経がすり減る状況報告(プレゼンテーション)

 また、いつ『そんなこと(・・・・・)』が飛んでくるか分からないので、生きた心地はしなかった。

 しかし、最後にウルズ自身がショーコに感謝していたと言うことを伝えたと同時、ギルド長の表情に変化が現れた。

 細めていた目を辛うじて分かる程度に開き、ほんの僅かだが驚きの感情が見えて取れる。


「――らしくもない事を。お節介なのは相変わらずだな……マサヨシ、ヤツから何か預かっていないか? その革袋などが怪しいな」


 言われて腰元に手をやる。

 燻製肉の残り、魔導符(マジックシール)帰還(リトレース)の魔道具、そして未だ捨て忘れていたメイリスのチョーカー型魔道具と一つずつ取り出していくなかで――入れたはずのない何かが手に触れた。 

 取り出したのピンポン球程度の大きさのそれは、光沢のある黄色い玉。

 なんだこりゃ、と思っていると黄色い玉はすーっと浮かび上がり、ギルド長の手元へと飛んでいった。


「これを使えということか……確認するが、今日お前達の中でダンジョンに向かったのは、お前を含めた六人で間違いないな?」

「そ、そうですね」


 道中にあったエッジ、アメリアのことや、イーファを除けばその認識で間違いない。


「これには欠落(デリーション)の魔法が入れられている。平たく言えば、記憶の一部分を消す精神魔法だな」

「…………」


 いつの間にあんなものを。疑問は残るが、確かなことが一つだけある。

 守護者、いや、人にとってあのウルズという正体は危険だ。

 真実を吹聴すれば、好奇心のある者があそこに赴くだろう。

 俺の事に関しては口を噤んだウルズだが、あの性格を考えると聞かれたことには全て答えると思う。それが例え国家間に影響を及ぼす問いであろうとも、ウルズは気にしないだろう。


「それはそうだと思いますが……その場合、イーファはどうなるんですか?」

「多少面倒だが、消し去るしかないだろう。金には困っていない。手間もかかるし、私自身に売り払うという選択肢はないな。だからといって、誰の記憶にも存在しないこの魔素具象体(シェイプシフター)をフィル=ファガナで自由にさせるわけにはいかない」


 ショーコは、当然だと言わんばかりに答えた。

 殺してはないとはいえ、イーファは何名かの守護者に傷を負わせた過去を持っている。

 それが自己の防衛だと言われても、納得できるものじゃないことも理解している。

 結果的に助かったとはいえ、俺自身は命の危機に瀕した。


『イーファはマサヨシのお手伝いをしなきゃいけないんだ。それが、イーファが作り出された理由だから』


 けれど、魔力霧消(マナショート)寸前のシロアを間接的に救おうとしたことや、ただ己の使命に従っているだけといった印象を感じさせたイーファが、真の意味で悪だとは思えなかった。

 モンスターだから――だから、何だって言うんだ?


「――お前が面倒を見るか?」

「……へ?」

「どうやら、ウルズはそれを望んでいる。借りを返すつもりなのか、わざわざお前につまらんことを言付けさせたのも、そのつもりのようだな」

「ええ、と……ウルズとギルド長は知り合いなんですかね?」


 古い話だ、とギルド長は罰が悪そうに俺から視線を外す。


「こいつを生かすも殺すも、お前次第だ。正直なところお前が責任を持てるというのならば、私はどちらでも良い」


 俺の質問には答えず、選択肢を投げつけてくるギルド長。

 冷徹で合理的な判断しかしないはずのショーコが差し出してくれた、唯一の温情。


「お願いします。生かしてやってください。こいつは、俺に会うためにって……イーファは何も知れない子供みたいな、それだけなんです」

「――くれぐれも、さっき言った言葉を忘れるな。後はアルフレッド達にどう説明するかだが……まあいい、この場で説明してやるか。だが、私に出来るのはここまでだ。お前達以外の七人目が現れれば、処分は免れんぞ」

「はい、心にとどめておきます」


 イーファに危険性が無いことの証明など困難を極めるが、それでも捨て置けない。


「勘違いするな、お前は結果を出せば良いだけだ。さて、この件はこれで終わりだが、ついでに伝えるべきことがもう一つ残っている。お前は確かクロフォード家の――シロアと同じ宿に住んでいるそうだな?」

「ええ、働かせて頂いているんですけれど……何か?」


 緊急時は守護者活動を優先しなければならないが、シロアのように副業は規定違反ではない。


「ここで詳細を語ることは出来ないが、ダンジョンで変わったことはなかったか?」

「ダンジョンであったことは全部報告した通りですよ。イーファや、ウルズにあった以外は何も……鉄鬼やバジリスクがいたことに関してですか? あれ、でもそれはイーファが生み出したもので……いや、バジリスクは違ってたかな?」

「――当人は知らず、か。ならば良い。どうせ近いうちに分かることだ」

「?」


 言葉の意味を理解できず首をかしげていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「しっつれいしまーす! ……ありゃ、マサヨシちょうど良いところに」


 いつもの朗々たる様を隠すことなくセフィアが入室してきた。

 一応ここはショーコの部屋で、そもそもノックに対して返事を待たずに入ってくるとは公職員以前に大人としてどうなんだ。てゆーか未だに俺より年上とは思えない。


「? 何ですか、その『今日もセフィアは可愛いな』なんて表情は?」

「してねーよ」

「分かります。分かりますけれど、当然のことを顔に出されても何も出ませんよー」


 ケラケラと笑うセフィア。一ミリたりとも出してないんだけど。


「騒々しい。何のようだ、セフィア」

「あ、王都からマサヨシさん宛に届いていたんですけれど、封蝋付きなんでギルド長に確認をお願いしに来ましたー」

「王国からの信書だと?」


 ショーコは黄色い玉を引き出しにしまい込み、空いた手で手紙を受け取ると、怪訝な顔つきでそれをひっくり返す。


「送り名不明……だが、これは確かにベルディナス王国のものか。ふざけた話だが、まあいい。ちょうどここに本人がいるのだから話は早いな」


 そう言ってショーコが投げつけた手紙は、空気抵抗や物理法則を無視した動きで放物線を描き、俺の手に収まった。

 表面には、『フィル=ファガナ マサヨシ=クロサキへ』と文字が書かれている。

 封蝋なんてものは初めて見たため多少手間取りつつも、なんとか開封する。

 入っていたのは三つ折りにされた状態の、一枚の手紙。

 中身は――――何も書かれていない。


「ええと、白紙なんですけど」


 二人に向けて開いて見せる。


「……セフィア、手の込んだ悪戯は時と場所を選べとあれほど言ったはずだ」

「うぇええ! 違いますよ、いくら私でも国璽の偽装なんかしないですってば! 重罪ですよ、重罪!」

「いくら馬鹿でもそこまで頭の回る馬鹿ではないか――本当に身に覚えが無いのか、マサヨシ」

「いや、そこで俺に振られても……」


 アルフの一件ぐらいしか、王都と繋がりはない。けれど、あの話はアルフ自身が終わった話であると言ってくれたはずだ。すぐにでも外に出て聞きたい気持ちはあるが、もし無関係だった場合を想像するとやめておいたほうがいいかもしれない。

 シロアに並ぶ常識人枠から再び疑念の目で見つめられるのは、俺の心が持たない。

 せめて内容が分かればいいんだが……何度見ても、ただの真っ白い紙切れだ。


「というか、ひどいですよギルド長! 馬鹿馬鹿言い過ぎです! どちらかというと私は頭の回るほうですので、馬鹿呼ばわりは心外ですっ!」

「ああ、すまなかったな。お前は頭の良い馬鹿だよ」

「分かってくれましたか! ありがとうございます!」


 なんでセフィアは礼を言っているのだろう。レベル高いなぁ。


「宛名があることから、それがマサヨシに向けてのものであることに間違いないらしいが……気になるなら、受付で王都に問い合わせて貰うと良い。この馬鹿でもそれぐらい出来るだろう」

「あ、はい。そのうちにでも……」


 差出人不明、内容不明で手紙というには歪な代物を、詰め込むようにして革袋にしまいこむ。気

にならないと言えば嘘になるが、重要なものであれば流石に白紙というのはおかしいしな。


「ギルド長、また馬鹿って言いましたね! 怒りますよ! 私だって怒りますよっ!」

「やかましい……そのうち気が向いて、もしもがあれば一杯奢ってやるから、お前は黙ってろ」

「わーい。さっすがギルド長! ご馳走様ですー!」


 ひゃっほーとばかりに、テンションが上がっている調子のセフィアを見て、落ち着いてきた。

 それ、暗に奢らないって言われているんだよ。もはや愛らしいほどの平和な馬鹿だ。


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