(3)スパルタチュートリアル
異世界にも朝があり、夜もある。
俺がこの世界に来て、レオ達に助けられてから五度目の朝を迎えた。
この数日は、とてつもなく濃密な毎日だった。
町への移動手段とやらがある中継ポイントまで、レオが推定した時間は約三日。
それは、一日の半分以上をひたすら歩き続けての距離だったそうだ。
本来は馬車なりなんなり、然るべき移動手段を用いてやるべきことを己の足一つ。
残念ながら俺にそんなそんな体力はない。
数時間歩いては休憩、そしてまた数時間歩いて休憩の繰り返しである。
「体が悲鳴を上げても大丈夫。お前はまだ歩き続けられるはずだ、ほれ、歩け歩け」
「休んじゃうと、逆に疲れを意識しちゃうからなるべく歩いた方がいいわよ」
「……すいません、休憩で」
そんなやりとりが毎日の日課。
筋肉痛の足は、途中から感覚をほとんど失っていた。
勿論、レオもアムカも慣れているのか常時平然としている。化け物どもめ。
疲労困憊の原因は、歩き続けるという作業のせいだけはない。
この世界にはモンスターという存在がいる。遭遇だってする。
つまりは、歩く、時々モンスター。
レオの言った『死ぬ気でがんばれ宣言』は冗談でも何でもなく、むしろ優しい言葉だった。
あって欲しくない矛盾だが、人生一度きりしかない死ぬという行為を重ねること、数十回。
これは誇張表現でも何でもはないことを、強調したい。
はっきり言って、俺の実力では役者不足もいいとこ。
それほどまでにモンスターの強さが桁違いだった。
レオ曰く、今の俺では受ければ即死ダメージだそうで、しかもそれらが回避不能のスピードで襲ってくる。
悪夢以外なんだというのか。
初日に襲われた炎魔とか呼ばれた燃えた牛の大群や、遙か頭上から氷柱を吐いてくるドラゴンみたいなもの。全身が機械に覆われた巨人っぽい何かなど、ここラストダンジョン前かと言わんばかりにやばいものばかりやってきた。
そして、モンスターとの遭遇のたび、俺は死んだ。
正確に言えば、死んだ瞬間にアムカかレオが俺にくれたものとは違う、瀕死も即時に回復させるとかいう超高級な治癒薬をぶっかけ、復活させてくれた。
ありがたいんだが、ダメージを負った瞬間の痛みは消えない。
ショック死? そんな暇も無い速度で治してくれます。
モンスターに遭遇するたびに本気で絶望しかなかった。
ちなみにそれらのボスモンスターどもは、レオとアムカに瞬殺されていた。
復活するたびに出来ればもう少し早めに助けてもらえるとうれしい、と意見したのだが、
「死にかけなきゃ覚えられないだろ。慣れろ」
と切って捨てられた。鬼教官ここにあり。そんな台詞を言えるだけの強さが羨ましい。
なお、討伐後のモンスターの死体は食べられるものを除き、レオやアムカによって物理的に消去された。
「倒したモンスター死体は集会所に持って行くか、守護者ギルドに連絡しないといけないの。それが出来ないなら跡形もなく吹き飛ばさないと、腐って周囲に疫病が発生したりするからね」
なるほど、ゲームや漫画とは違う。立派な現実だ。
旅なわけで、夜は必然的に野営。
簡易のテントのようなものを作り、レオとアムカが交代で見張りをしてくれることになっていた。
俺はテントの中で二人から座学の時間。
この世界で生きて行くには、個人的な経営を行うか、雇われるか、守護者になるか、まあ要するに何かしらの仕事をしなければ当然生活基準を満たせない。
これはどの世界でも同じで、働かざる者食うべからずというありがたいお言葉が表している事実。
俺の世界では働かなくとも食べていける幻の上級職があったような気もしたが、今は遠い言葉だ。
先立つものもない俺としては、ファンタジー路線に習い守護者とやらになって冒険っぽいことをやりたいなーとか、安直な思考にたどり着く。
当然、現在進行形で経験しているような旅はごめんだが。
守護者にも色々な職業があり、レオは近接戦闘を得意とする剣闘士。アムカは詠唱師と呼ばれる魔法をメインに扱う職業だそうだ。
前衛職と後衛職のバランスがとれている感じに思えたが、実際モンスターを討伐している姿を見るとそんなものほとんど無意味なことにも気づく。
何せ性格はともあれ、単純にそれぞれ個々の戦闘能力が高すぎるのだ。
アムカの繰り出す魔法はその威力はどれも強力で、草原の一部が荒野になるわ、呪文を放たれたモンスターのいた場所にはクレーターが出来るわと、やりたい放題の破壊力を持つ。
対してレオは剣闘士という名が体を表す通りに手持ちの剣でモンスターを倒す。
だが攻撃力は度を超えており、それが例えドラゴンだろうが、こちらの数十倍はある鉄の塊っぽい巨人だろうが、冗談抜きで一撃だ。笑えない。
中には、俺に対して狙いを定めていたモンスターが、レオ達を見た瞬間怯えるように後ずさるように距離を置いた光景もあった。モンスターにも恐怖はあるらしい。
そんな及び腰のモンスターにレオの取る行動は、無言で接近「こんにちわ死ね」なのだ。
そこには慈悲も情けなど、欠片もありはしない。
俺も死にかけているので口には出さないが、そういうモンスターに対してはほんの少し同情心が芽生えたりもした。
レオもアムカも、睡眠時間や休息など俺とは比べものにならないほどの少なさなのにケロッとしている。
その姿を見て参考になったことといえば、主人公ってこういう人たちのことを言うんだろうな、といった現実。
例え異世界であっても、人には得手不得手があれば強弱もある。
少なくとも、俺には主人公をやって作り出せる物語は今のところ無いみたいで、まあ、早い段階でそれを知れたことには感謝したい。
町まで送ってもらったら、危険な物事からはなるべく遠ざかって過ごそう。
こっそりとそう誓った。
分相応という言葉をここまで意識したのは、多分初めてだろう。
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そんな珍道中を振り返りながら、五日目となる昼過ぎ頃。
草原を抜けた先にある湖にたどり着いた。
「到着、っと。護衛任務完了ってか」
湖の周辺には商人らしき人や、旅人っぽい人物が複数見受けられる。
話を聞いたところ、この辺りの中継ポイントのような役割のある場所らしい。
町と言うほどの広さはないが、小規模のバザー会場のような印象を持つ活気のある場所だ。
「転送屋は……お、あったな。んじゃ話付けてくるわ」
レオが湖の畔にある、小さな建物のような場所に向かいながらそう言う。
石造りで、ドームの形をした建築物。
その外側を囲むようにして出店のようなものがいくつか見えた。
その一つのテントの看板には、
『ただいまフィル=ファガナ行き承ります』
の文字がある。
なぜ異世界の文字が見えるかと言われれば、そんな者は俺をこの世界に呼んだヤツに聞いて欲しい。
どうやら、テレポートのような魔法を扱える詠唱師がいるみたいだ。
「で、どうだった? 短いけど一緒に旅をした感想は?」
アムカがいたずらっぽく笑う。道中にあった俺の悲劇、もとい経験は織り込み済みのようだ。
「一人なら一日も持たないってことは分かったけど、出来れば勘弁願いたいってのが本音」
「貴重な体験だったでしょ。あの転送屋に送ってもらえる町はそこまで強力なモンスターもいないから、死にかけることなんてないでしょうし」
「臨死体験が気軽にあってたまるか!」
「ふふ、まあね」
俺の突っ込みなど意にも介さないアムカに引き連れられ、レオの元へと向かう。
「転送するのは、そっちの坊やだけでいいのかしら?」
「ああ、俺たちは結構だ」
ちょうど交渉が終わったのか、レオと転送屋の前にやってきた。
「そういや俺、金を持ってないんだけど料金とかはどうやって払ったらいいんだ?」
「もう払った。ここまで来たら最後まで面倒は見てやるよ。ほれ、そんなに多くねーけどとっとけ」
そう言って、俺の手に魔魂札と同じくらいのサイズの物を何枚か握らせてくる。魔魂札とは違い金色に光るそれは、少しだけ重い。
「取りあえず三万ロギンある。そんだけありゃしばらく何とかなるだろ。返す必要な無ぇから、後は自分でなんとかしろ」
「じゃあ私からはこれ。魔晶石っていう使い捨ての魔法が使える道具なんだけど、もしもの時の餞別ってことで」
アムカが手渡してきた皮袋の中には、小さな青い宝石が一つ入っていた。
二人とも何だかんだで俺のことを心配してくれているとわかり、不覚にも泣きそうになる。
「じゃあ、そこの上に乗ってね」
転送屋に促され、なにやら文字の書かれた四方が一メートルほどの大きさの石に乗る。
「それじゃあ、フィル=ファガナまでの転送を行うけれど、準備はいいかしら?」
「あ、ちょっとだけいいですか」
改めてレオとアムカに向き直って、頭を下げる。
「ここまで助けてくれて、本当にありがとう。死ぬ思いもしたけど、感謝してる」
偽りの無い、本当の気持ちだった。
「ううん、気をつけてね。縁があればまた会いましょう。その時は立派に守護者になれているといいね」
「気にすんな。アムカが約束してくれるっつーから付き合っただけだし」
やんわりと激励してくれるアムカと、対照的にどうでもよさげな表情のレオ。良くも悪くもぶれないな。
「そういえば、あの時なんて言ってたんだ?」
出会ったときのことをふと思い出し、何の気無しに聞いてみる。
「お前を町まで送ってあげたら一発やってくれるって言った。久々だから腕が鳴るぜ」
「ちょっ、ちょっとレオ。言い方って物があるでしょ!」
「いや、大体そんな感じの内容だったろ」
「そういう意味だけど、そういう意味じゃない!」
初めてアムカが取り乱したところを見たかも知れない。レオは、それに対して平然と返している。
「…………そうですか。あ、もう送ってもらって大丈夫です」
笑顔で、転送屋に語りかける。
転送屋は頷くと、何やら短く呪文を唱え始めた。
石を中心に、体を包むようにして光の柱が浮かび上がるのを見て、俺は安らかな気持ちで二人を見つめながら、右手を握り親指を立てた状態で突きだした。
きちんと親指を下に向けることも忘れない。
「あばよ、リア充。爆死しろ」