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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
一章
29/54

(29)リアリスト


「状況を把握したいので、簡潔に説明して頂けますか?」


 メイリスは、周囲を警戒するように見渡す。


 人間離れした一撃は完全にイーファの不意をついた。しかし、当人のメイリスはまだイーファの気配を感じているのだろう。

 まあ、俺も正直アルフが足止めしてくれたにもかかわらず、平然と俺たちの前に現れたイーファがこれで終わるとも思えない。


「お前が蹴っ飛ばしたのが敵。俺、孤立無縁なう」

「……なるほど。確かに、上からシロア達の気配を感じますね」

「? お前探知系の魔法なんて使えたっけ?」

「私は拳撃士(アサルター)なので探知系の固有技能(スキル)は持ち合わせていませんし、そもそも魔法を使えません。ただ、マサヨシ達の匂いは覚えていますから」


 僅かに鼻をひくつかせて、メイリスは断言する。犬かお前は。


「マジで?」


 自分では分からなかったが、そんな特徴的な臭いをしていたのかと慌てて確認してみた。生物学的に異性で、外見的には美少女であるメイリスに匂いを記憶されてるとか公言され、どういう反応をすればいいのか、言葉に詰まる。


「体臭では無く、個人の持つ魔力に反応するものです。気にしないでください」

「……そりゃどーも。固有技能(スキル)でも無いのにすげえ特技だな」

「そんな大それた物ではありません。特徴を掴んでいなければ反応し辛いですし、ダンジョンのように隔離された空間以外では利便性に優れているとも言えません──それより、なぜマサヨシは帰還(リトレース)を使わなかったのですか?」

「魔道具はお亡くなりになったよ。シロアもアルフも、あいつの魔法で飛ばされただけだ」


 革袋をひっくり返して、残骸をばらまきながら説明する。

 燻製肉と魔導符(マジックシール)は回収し、再び戻す。


「あのモンスターの?」

「ああ。どうやら魔素具象体(シェイプシフター)らしいけど、見た目的にらしくなさすぎて色々困ってた。ついでに言うと体術もアルフと互角だったし、どうやら他にも攻撃魔法、束縛魔法と色々使えるみたいだな」


 指先で示すと、メイリスは視線でそれを追った。


「なるほど、アレが先ほど感じた魔力の発生源と……それに、あのアルフレッドとやり合えるほどですか」


 強敵だと判断したのか。表情は変わらないが、メイリスの口調は少し楽しそうだ。


「今回の依頼はこのダンジョンにおいて、守護者を襲うモンスターの討伐と聞いていましたが……とにかく、まずはアレを始末すればよいのですね」

「あー、その件についてはちょっとお願い……というか頼みがあるんだけど」

「はい?」

「出来れば殺さないで欲しい」


 その言葉に、メイリスは無言でこちらに振り向いた。


「…………困りましたね、頭の治療に関しては門外漢ですので」

「確かに頭は打ったかもしれんが……一応正気のつもりだから、そんな憐れんだ目で見ないでくれ」

「今、アレは、魔素具象体(シェイプシフター)と伺いましたが、それでもなお、生かせと?」


 モンスター相手に殺すなとはどういう事だ、とメイリスが当然の疑問を口にした。

 おかしなことを言っているのは自覚しているが、メイリスに常識を諭され少しへこむ。


「なんていうのかな、詳しくは俺も分かんないんだけど、どうやらあいつは俺のこと知っていて……いや、ちょっと違うか。とにかく一回話だけさせてくれ。俺たちの方が強いってことが分かれば大人しくなるらしいし」

「話の流れが掴めませんし、最後の部分に至っては意味不明です」

「説明下手ですまん! 俺も分からんことだらけなんだよ!」

「ややこしいですね」

「ざっくり言うと、実現不可能な俺に代わってあいつを死なない程度に倒してくれ。ただ、お前の負担になるようなら忘れてくれ……そんな感じで」

「そのくらいでしたら、負担という程の重さではありません。アレ相手でしたら造作もありません」

「自信があってなによりだ」

「それよりも――『魔弾(バレット)っ!』」


 メイリスの言葉を遮り、何かがこちらに迫ると同時、辛うじて見える速さでメイリスの左手が動く。


「――ひとまず、あれの正体には興味があります」


 螺旋状に回転し、ギュリギュリとメイリスの手で擬音を立てる石柱。

 俺の目の前へ弾丸のような速さで飛来してきた石柱が、メイリスによって防がれたと理解するまで数秒の時間を有した。


「っ――うぉ、っぶねえ!」


 平然と掴みにかかったメイリスの胆力と腕力に深い賞賛と感謝を捧げて、今いた場所から後ずさる。

 石柱の飛んできた軌道上には俺の頭があり、文字道理メイリスが手を差し出してくれなかったら今頃頭部がミンチになっていただろう。

 

「んー、もーっ! なんなのさ、一体!」


 柱の残骸を吹き飛ばし、たった今俺の命を刈り取ろうとした張本人、イーファが吠え叫ぶ。

 数十メートルほどの距離ではまだ魔弾(バレット)の有効範囲内のようで、一安心も出来ない。


「いきなり上から降ってくるなんて、卑怯だぞ!」

「なるほど、特殊ですね。戦場でそんな戯れ言を言うモンスターには初めて出会いました」

「あーっ、キミもそう言うっ! モンスターじゃない! イーファはイーファ! 間違えるんじゃないぞ!」

「はぁ……では、イーファ」

「ん、良し! 何だいっ?」

「アナタが何者かはどうでもいいです。それより、私の仲間を襲ったということについて――覚悟は出来ていますか?」


 冷たく、凍り付くような確認を取ると、メイリスはイーファを睨み付けた。


「なに、それ? 覚悟とか分かんないけど、キミもマサヨシの力なの?」

「お好きに解釈して下さい。マサヨシの頼みですので殺しはしませんが――まあ、無傷でいられる等と思わないで下さいね」

「なんだいっ! そっちこそ、痛い目みても知らないぞっ!」


 飛び出したのは同時。そして、数秒もしないうちに両者は肉薄し、先に動いたのはイーファだった。

 イーファは鉄鬼が持っていた物と同じ剣を構えたまま、メイリスに向かって横薙ぎに振るう。

 胴体を捉えたかに見えた刃を、メイリスは僅かに身体を捻ることで回避する。


「業物……いえ、魔力を具現化させた刀身ですか。ともあれ、軽い一撃ですね」


 そして一撃を外し無防備となったイーファへ、メイリスの回し蹴りがカウンター気味に入る。デジャブ感ある光景だ。


「ごっ――――ぬぐぐぐっ! き、効かないぞっ!」


 メイリスと再び距離を離したイーファが、蹴りの衝撃に堪えつつ返答する。

 いや、割と効いてそうだが。


「固いですね。ただ、やせ我慢を隠したいのならもう少し感情を抑えるべきですよ」


 メイリスなりの皮肉だろうか。挑発とも取れるその言葉に、イーファはむっとして頬を膨らませた。


「イーファの本気はこんなものじゃないんだぞ! 魔弾(バレット)!」


 地面を殴りつけたイーファの魔力に反応して、今度は三つの石柱が浮かび上がる。


「一つで駄目なら三つですか。ただ数を増やすだけとは……芸がないですね」

「うるさーい! いっけーっ!」


 先ほどよりも速く、回転を増した魔弾(バレット)がメイリスを襲う。


「……後がつかえているんですから、手間をかけさせないで下さい」


 触れれば肉が爆ぜ、骨を砕くようなイーファの魔法は、メイリスのため息混じりの三撃で全てたたき落とす。

 流れるように行われた一連の動作はあまりに速く、それでいて無駄がない。


「マサヨシ、もう少し下がっていて貰えますか? 他人を庇うのは得手ではありません」

「そういうこと、包み隠さずに言うところは改善した方が良いぞ! へい、よろこんで!」


 事実を否定するほど実力がないのは重々承知。一目散に距離を取る。

 メイリスの負担というのもそうだが、流石にこの近さだと迎撃手段がとれない俺にとっては流れ弾ですら脅威だ。


「イーファ、でしたか。再度言わせて頂きますが、一撃が軽すぎます。数を増やしたとて、魔弾(バレット)程度をいくら放っても私を屈服させるには至りません。面倒なので、大人しくしてくれませんか?」

「うるさーい! 覚えておけ、イーファに命令していいのはマサヨシだけなんだぞっ!」


 小馬鹿にされたことを理解したのか、イーファの顔に怒りに染まる。

 どこか俺の目には、大人に諭された子供に見えてしまっていた。


「知りませんし、知りたくもありません。私はただ、無為だという事実を言ったまでです」

「だったら、本当に痛いのをお見舞いしてやるっ! 全力で、イーファの本気での――魔弾(バレット)ォォォッッッ!」


 右手を突き出し、叫び声と共に高まっていくイーファの魔力。それが、地面を伝いメイリスの周囲を囲むようにして浸透していくのが見受けられた。

 魔力を注ぎ込まれた床石が形を変え、鋭い石柱となり実体化する。

 注ぎ込んだ異常な魔力量が成したそれは、先ほどまでと同じサイズではあるが今度は数が桁違いだ。

 メイリスを中心にして、全方位、全範囲に鋭い石柱が浮き上がる。

 桁違いの、圧倒的な物量での殺意。避けること捌くことも出来ない不可避の魔弾(バレット)がメイリスに向けられて――って、流石にこれはやばいだろ!


「メイリ―――」

「これで、終わりだっっっ!」

 

 俺がメイリスの名を呼ぶよりも速く、イーファが開いた右手を力強く握りしめた。

 それを合図として、石柱が一切の躊躇い無くメイリスに飛来――――いや、降り注いだ。

 隕石にも思える、俺ならば絶命必死の魔弾(バレット)がメイリスに着弾。と、同時に何かを砕くような鈍い音の連打が俺の耳に叩きつけられる。これまでと異なる威力に、離れていた俺の方へも衝撃の余波が届いた。


「うおっっ!」


 吹き飛びそうになる身体をこらえて、なんとかメイリスへと目を向ける。


「ど、どーだ……参った、か!」


 視界も定まらない程の粉塵の中、爆心地近くでイーファの声がする。

 あれだけの数の魔弾(バレット)を使用したということもあって息が上がっているようだが、今はそこまで気にしていられない。


「おいおい、冗談だろ……」


 信じられないことだが、俺の視界に写ったメイリスは、迫り来る魔弾(バレット)に対してなんら構えを取らなかった。

 諦観したなんて言葉は、メイリスからはほど遠い表現だ。

 すでに二度対処できていたのだから、反応できなかったとも思えない――だが、無防備に佇むメイリスの身体には、確かに魔弾(バレット)命中していた(・・・・・・)

 不安に思うのは、俺に見えていたのはそこまでだったということ。

 今までメイリスの身体能力の高さを近くで目撃してきたとはいえ、何かしらの直撃を受けた場面を見たのはこれが初めてだ。


「無事なんだろ……早く答えろよ、メイリスっ!」 

「一撃が軽いとか、言ってたけど、こんだけ多ければ難しい、だろ」


 片膝をついたイーファが、姿を現す。疲弊を表情に浮かばせながらも、得意げに口元を緩ませる。


「イーファも、魔力のほとんど無くなっちゃったけど、避けられないくらいの量でやれば、このくらいは――――」


「勘違いしないで下さい。直撃すればどうにかなるというその勘違いを、是正したまでです」


 凛とした声が、イーファの言葉を遮る。

 僅かな安堵感と、それでこそメイリスだという安心感がこみ上げてきた。

 土煙から姿を現したメイリスは、変わらぬ佇まいで――――いや、少し風変わりな姿でそこにいた。


「えぇ……な、何でなんともないんだよっ……イーファの魔力全部込めたのに……っ!」

「訂正と、ほんの少しだけ賞賛すると威力は中々のものでした。しかし、私を傷つけたいのならば魔力そのものをぶつけるべきでしたね。魔弾(バレット)は無機物の形を変え、飛来させる魔法――ですが、残念ながら私は物理的な手段では傷つきにくい体質ですので」

「ちょ、待て、それはそうとして――」

「はい?」


 上ずった俺の声に反応して、メイリスがこちらを向く。

 確かに、メイリスの言葉通りあれだけの魔弾(バレット)の直撃を受けながらの無傷。

 裂傷さえも見えないその地肌は、シロアともまた違う美しさがあった。  


「振り返るな! 服! 服が大変なことになってますがな!」


 とはいえ、本人はともかくその衣服は衝撃に堪えきれなかったようで――目の前のメイリスは上半身に辛うじて引っかかっている程度の布きれを纏った、半裸状態だった。

 悲しいかな俺の視線は途端にいうことをきかなくなり、メイリスの胸部にある僅かな膨らみや、その先端部分なんかを凝視してしまう。

 だって、俺が男だって証拠だぜ。


「何か問題が? 肉体的な被害はありませんよ」

「問題あるわ! いいから隠すとか、恥じらいってものが無いのかお前らはーっ!」


 こちらが見なければ良いだけの事とはいえ、メイリスを非難するようにまくし立てる。

 この世界の女に羞恥心という概念は無いのか?


「はぁ……何を大げさなことを言っているんです」


 煩わしそうに目を細めたメイリスは、いかにも仕方なく、といった感じで残っていた布部分を結び胸を保護するように巻き付けた。

 え、おかしいのって俺?


「――それで、まだ続けますか?」


 俺の胸中など気にもとめず、メイリスはイーファに向かい合う。

 疲弊、そして自己申告による魔力切れ。

 イーファの魔法は通用せず、拳激士(アサルター)であるメイリスは、肉弾戦こそ本領を発揮するだろう。

 誰の目から見ても、勝敗が決した。


「まだ……まだ終わってないぞ!」

「不撓不屈。ここまで徹底した諦めの悪さは嫌いではありませんが、魔力枯渇(マナショート)寸前の身で何を振るえると?」

「イーファ自信の魔力はほとんど無いけど、まだ周りの魔力をかき集めれば――ガ、ァァァッッッ!」 


 咆吼と共に、イーファ周囲に漂う魔力が、イーファの方へと収束していく。


「も、もうどうなって、も知らないぞぉ! 今まで使った全部も、使い切れなかった全部も、キミを倒す為に、使ってやるっ!」


 イーファを取り囲む魔力の奔流。明らかに先ほど感じた物とは違うそれに、軽い吐き気を覚える。

 俺が感じ取った魔力はあまりにどす黒く、歪だった。


「なるほど。さすがは魔素具象体(シェイプシフター)。魔力の扱いはとても鮮やかなものですね」

「感心してる場合か!」


 魔法を使える者が、自らのものとは別に大気から魔力を取り込むという話はそう珍しいことではない。

 恐らくは、イーファの使用したものとは別に、このダンジョンに漂う魔力も吸収していると見て間違いないだろう。


「メイリス、さっきお前魔力そのもので攻撃すれば、とか言ってたけど……」

「はい、かなりの魔力密度です。大規模破壊魔法ともなれば、私にも届く一撃となりうるでしょうね」


 あきらか敵の強化フラグ、ありがとうございます! なんでこんなに落ち着いてるのか、誰か教えてくれ。


「これが今からどう変容するのか、興味は尽きません」

「そういや、お前ってバトルジャンキーだったよな……」


 相手が強ければ強いほどわくわくするのは、そういう人種の宿命なのだろう。

 だが待って欲しい、そういった展開は総じてピンチを生むことを本能で知っている。


「とはいえ」


 油断だけはしないで欲しい。そう言葉を発しようとした、その瞬間、誰に言うでもなく短い呟きを残したメイリスは文字道理俺の視線から消えた。


「! ――づ、ぁ……きゅ」


 情け容赦の欠片も見あたらない掌底打ちが、イーファの腹部に突き刺さっている。


「少々不本意ですが、今の最優先はここからマサヨシを無事に脱出させることですから」


 残像すら残さぬ速さで接近したメイリスは、なんら躊躇無く攻撃を繰り出していた。

 まさに、恐ろしく速い一撃。

 イーファがあれだけの魔力をどう使うつもりだったのか、その機会は日の目を見ることなく消失した。

 メイリスの行動を否定するつもりは欠片もない。

 ないのだが……そこは、あえて待ってやるのがお約束とかじゃないんだろうか。


「…………えぇ」

「一つ助言を。そういった大技は、相手が待ってくれると思わないことです」

「そりゃそうだろうけど……なんかこう、どうなんだろう」


 イーファは完全に昏倒し、俺の呟きが静けさを取り戻した洞窟内に響く。

 この上なくあっさりと解決した事態の収束に、思考が追いついていない。

 気絶したイーファの姿を見つめて、内心で『ドンマイ』と呟く。

 僅かではあるが、子供のような口調で話していたイーファに多少ながら親近感を抱いてしまった。

 逆転の一手を無慈悲に潰されたその姿に、もやもやとしたものを感じてしまうのも致し方ない。

 それはきっと、俺だけにしか分からない感覚だろう。


「何か問題があるんですか?」


 不思議そうな表情をするな。間違っているのは俺だから。


「いや、いい。気にしないでくれ。取りあえずここを出て――って、良く考えたらどうやって出るんだ?」 


 地上へと続く道は閉ざされ、メイリスが降ってきた天井はとても届きそうな距離にない。

 ともかく、メイリスがいればイーファを押さえられることが判明した。後は、ダンジョンを出てアルフ達の戦力も合わせればイーファと落ち着いて話し合いが出来るだろう――出来るよな?


「でしたら、これを」


 そういって、帰還(リトレース)の魔道具を手渡してくるメイリス。


「先にマサヨシはシロア達と合流していて下さい。魔素具象体(シェイプシフター)とはいえ受

肉しているようですので、一緒に連れて行けるでしょう。私は後ほど来たときと同じようにして地上に戻ります」


 そう言って、メイリスは一人最深部へと続く出口へと足を向けた。


「メイリス。何処に行くんだ?」

「繰り返しますが、アルフレッドから受けた依頼はこのダンジョンにいるモンスターの討伐でしたよね?」

「正確には原因究明だな。だから、それがイーファじゃないのか?」

「もう一人……あるいは、もう一つですか。先ほど言いかけたのですが、最深部からこれと同じ魔力を持つ者の気配を感じます」


 おい、まだいるのか。

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