(28)最短距離を来た味方
ゴゴゴ────ゴン────。
三度目となる地鳴り。
「……気のせいか、揺れが大きくなった気がします」
一応落石くらいは注意しておくべきだろうか。ダンジョンの耐震構造ってどうなってんだろうな、などと俺がどうでもいいことに頭を使う反面、不安そうに天井を見上げるシロア。
会話程度に問題は無いらしく、顔色も幾分マシになっているように思える。
継続的に聞こえてくる戦闘音は、ダンジョンそのものが破壊されているかのようだ。アルフがモンスターを足止めしてくれているという事実の証明に、僅かな安堵感がある。
願わくば、そのままイーファや鉄鬼を退けたアルフと合流したいところだが……。
「あのイーファってやつ、何なんだろうな?」
ふと、沈黙に堪えられずそんな疑問が口から漏れた。
自分の名を呼び、その存在を探すという少女。
繰り返すが、身に覚えがない。
「マサヨシさんを待っていた、って言ってましたよね」
「忘れてるだけ……違うか、俺の顔知らなかったみたいだし」
モンスターといえどイーファとは会話が成立するのだ。知性は間違いなくある。
となると、気にかかるのはイーファは俺の外見を知らず、名前のみに固執していたという一点。
エッジ達の件もあり、そんなものいくらでも虚偽の証明が成り立つ。
顔も知らないマサヨシという人物に会うため、こんなダンジョンの奥底で待っていた?
ならば、なぜここを出て探しに行こうとしなかったのか。
『言いたいけど、それは許可されていない』
俺を待っていたのはイーファでは無く、その背後にいる誰かということか?
何者かに命令され、ここでマサヨシを名乗る人物を待ち続ける。
そして、マサヨシだという人物には戦いを挑み、イーファよりも弱いと判断した場合は記憶を消して逃がす? なんだ、それは。
俺がウルズ迷宮に来なければどうするつもりだ。
あるいは、そのためにアルフが言っていたように、ウルズ迷宮にマサヨシを探すモンスターがいるという記憶だけを残して噂を広めたとでも言うのか。遠回しにも程がある。
荒唐無稽かつ、非効率この上ない話。意味が分からない。
……駄目だ。情報が足りなさすぎる。
「少なくとも、今明確なのはイーファが俺たちの敵ってことだけか」
「そう、なんですよね」
俯くシロア。
アルフが負けるとは思いたくないが、それでも互角の戦いをしていたイーファを思い出す。
あの場所では魔法もうまく使えない。アルフがハンデを背負っているのは火を見るよりも明らかだった。
「……信じるしかしかねえな」
「アルフレッドさんなら、きっと大丈夫ですよ」
「そう言えば、シロアはアルフの事知ってるのか? 初対面なのに普通に会話できていたみたいだけど」
「あ、はい。かなり前の話になりますが、お会いしたことがあります。私と同じ付与師だそうですが……実力は比べるのもおこがましいですね」
少し落ち込む、シロア。
「ま、まあ人それぞれだしな。というか、アルフは付与師なのか。てっきり剣闘士かと思ってた」
見た目的にも、イケメン剣士という称号がピッタリと当てはまっていたのだが。
「魔法の扱いにも長けているそうですが、剣技の腕前も王都指折りだそうですよ」
「ん~、指折りって何? 骨を折ってどうするの?」
「違う。指の数くらいしかいない程、優れているってことだ」
「なるほどー、凄いってことだね!」
「そうそうそう――――はぁっっっ!」
反射的に後方へとナイフを振るえたのは、集中力がギリギリ保っていたおかげだと思う。
「およ?」
声の先、ナイフの手応えを感じた後、背後に庇うようにしてシロアの方へ飛び跳ねる。
「嘘……いつの、間に……」
無理矢理身体を起こしたシロアは、震える声でそういった。
同感だ。断言して、俺は出口から目を離していない。
だと言うのに、目の前のコイツは音も気配もなく、俺の背後に現れていた。
「あれ、え? うわわわっ!」
慌てた声は、俺でもシロアでもないイーファのもの。
近死の一閃。例え、魔力の集合体である魔素具象体であっても、モンスターであるのならばその効果は発揮する。
もはや疑うべくもなく一撃必沈――――だと言うのに、ナイフの特性はイーファの鎧を霧散させるだけに留まる。
「ありゃぁ……バラバラになっちゃった。もう使えないや、これ」
鎧を壊されたイーファは、ボロ布姿のままため息をついている。
「本体と鎧は別物ってことかよ……つーか、普通に会話に割り込んで来やがったな」
イーファの鎧は、魔魂札の魔力を用いた擬似的な装甲だ。
従僕を利用した鎧と言うことで、鎧自体は破壊できたもののイーファ本体には近死の効果が及ばなかったのだろう。
「ま、いいや。だいぶ壊れかけてたし。新しいのにしよーっと」
言うやいなや、どこからともなく新たな魔魂札を取り出したイーファは、それを砕く。
イーファの周囲を漂う魔力が形を成し、今度は群青の鎧となってイーファを包み込んだ。
先ほどの物とは変わり所々に鋭い隆起がある、見た目にも痛々しいデザインだ。
それを見たシロアが「うっ」と口元を押さえる。
「アルフをどうした? どうやってここに来た?」
「あのおにーさんしぶとくってさ。負けないけど、長引きそうだからイーファの魔法で飛ばしちゃった。後は、マサヨシの魔力を追ってここにシュンって来たよ」
転移魔法。それもアルフに通用するレベルの魔法まで使えるってわけか。
「魔法の引き出しが多いヤツだな……ずっけー」
すぐさま追撃できなかった理由として、シロアのことがある。
不意打ちの一撃は入ったが、反撃されることを考えて、身体が動かなかった。
俺が倒れれば、その後はシロアが襲われるだろう。
倒すことよりも、守ることを優先し待ちの姿勢に入ってしまったことを後悔する。
正面切ってガチンコで勝てる気がしないのだから、イーファが慌てている間に押し切れば良かったのだ。
魔力を目を奔らせ、瞬時に動けるように身体にも巡らせる。
俺の肉体強化は視力強化以外には大した効果がないが、やらないよりはマシだ。
一挙手一投足見逃さないように睨む俺を尻目に、イーファはシロアをのぞき込むと、
「ん……封縛」
短い呟き。右手を突き出し、魔法を放つ。
「――っ――これ、は、魔法がっ――!」
封縛。
対象者の魔法行使を封じ、行動に著しい制限をかける魔法。
「むぅ。無茶は駄目だよ」
諭すように声をかけ、イーファは少し不機嫌な口調でシロアを指さす。
「キミ、魔力がほとんど無いでしょ。使えないと思うけど、そんな状態で魔法を使ったら死にかけちゃうよ。イーファは人を殺しちゃいけないんだから、イーファの前ではそういうの、やめて欲しいぞ」
シロアは咄嗟に魔法を使おうとしたのだ。活性か、ワンドによるものか。
いずれにせよ、今の状態で使うのは自殺行為。
それを未然に食い止めたイーファの行動は、シロアを助けたようにも思える。
「お前、何が目的なんだよ」
「何度も言ってるでしょ。イーファはマサヨシをマサヨシだって確かめたいんだって。あのおにーさんもマサヨシの力でしょ? 今回のマサヨシは本物のマサヨシだって気が、すっごいするんだ」
目を輝かせつつ、イーファが言う。
会話の中で人の名前を連呼するんじゃねえ。マサヨシがゲシュタルト崩壊しそうだ。
「さ、やろ? マサヨシが勝てばイーファはマサヨシの物になれるんだから」
「熱烈すぎるアプローチなこって。出来れば日を改めて、ってわけにはいかないもんかね?」
「そっちの子が心配なの? んー、じゃあ、イーファもマサヨシとお話したいし――――」
封縛を使ったときと同じように、イーファが右手を振るう。
「帰還」
しかし、それは俺ではなくシロアを狙った物だった。
対処も間に合わぬまま、シロアを囲むようにして小さな魔法陣が発生した。
「――――――っ!」
動きの取れないシロアは、俺が駆けつけるよりも一瞬早くその姿を消す。
帰還。ダンジョンから脱出する、魔道具を用いて行使できる魔法……の筈なんだが、イーファはそれを素で使えるらしい。
「これ、マサヨシ達が持ってた物の魔法でしょ? 便利だよね」
「アルフはともかく、動けないシロアにえげつないことしやがる」
「あのおにーさんと同じ所に行ったと思うし、大丈夫だと思うよ? それに、イーファの封縛はそんなに長く続かないから」
「なら、ついでにその帰還、俺にも使って欲しいんだが」
「ダメダメ。今のイーファは、マサヨシともっとお話ししたいから」
話し合いだけなら俺も賛成だが、肉体言語を用いた会話は御免こうむりたい。
やる気満々、とイーファは構える。
子供のように、それでいて極めて好戦的な姿勢を崩さないイーファと向かい合い、冷や汗が止まらない。
見てくれこそ少女そのものだが、この世界において容姿や体格など強さの判断基準にならないことはもはや語るまでもない。イーファの持つ戦闘能力はあのアルフと互角かそれ以上なのだ。
殺す気は無いと言ったが、野生の虎だってじゃれ合いで人を殺す。
抵抗は当然として、勝利条件はイーファの身体にナイフを叩きつけるか、鎧を壊しもう一撃を確実に決めるかの二択だ。
問題は、どうやってそれを可能とするかだが……。
イーファとの距離は約二メートルほど。俺の動作一つでイーファも動き出すであろうことが見て取れる。
先手を譲られているようで、実質追い込まれているのはこちらだ。
「マサヨシの全部、使える力はぜーんぶ見せて!」
「全部って言われてもなぁ……残念ながら、切り札は温存しておく性分なんだよな」
意味があるのかも分からない嘘が、無意識に出た。
虚をついた近死任せの一撃は通じず、アルフという戦力を退場させられた今、対抗策など……無い札は切れない。
あるのはただ、逃げ切れないという諦観を押し殺し、気力を奮い立たせ立ち向かおうとする意志だけ。
バジリスクの時とは、また違う覚悟。頼れる物が自身しかないこの状況で、決意を固める。
「お、来る? じゃ、イーファからいくぞー!」
今度は何体の鉄鬼が召還されるのか、と警戒していた俺の思惑を裏切り、イーファは一度手招きするように手首を震わせる。
「魔弾!」
言い終わるや否や、地面から手のひらサイズの石柱が出現し、ゆっくりとイーファの真上に浮かび上がった。石ということは多分土属性の魔法。そして、それが意味するのは――
「当たると痛いと思うけど、多分死なないから大丈夫だよ!」
空中に浮遊した石柱は不格好ながらも三角錐の形をしていて、切っ先が俺に向いている。
悪意と敵意のある形を向けられ、慌てて両手を出して制した。
「おい、さっき自分は手を出さないとか言ってただろ! 嘘ついてんじゃねーぞ。後、それ確実に死ぬからやめろ!」
近接主体のこちらの言い分なんか知るかとばかりに、飛び道具――いや、飛び魔法か? この状態から何が起こるかなんて、猿でもわかる。
「今はマサヨシ二人っきりだし、あの子達に任せるより何か分かるかなって――思うんだよねっ!」
「ちょ、ま――のわっっっ!」
発射動作が分かりやすかったことと、視力強化を行なっていることが幸いした。
想像通り真っ直ぐに俺を狙って投射された石片を、横っ飛びに避けることで回避。
三角を形取った魔石は数秒前俺のいた場所を通り過ぎると、やがてその勢いのまま壁にめり込んでいった。
「セーフ! 悪いが二度目は無いから、そこまでにしておいてくれ!」
「えー、でもマサヨシさっきもあの子達にやられたのにもう大丈夫なんでしょ? これぐらいなんともない筈だよ――ん? そうなると、一個じゃ足りないかな」
「勘違いすんな! シロアが治療してくれただけで、あれはあれで大ダメージだったんだよ!」
「よーし、もうちょっと増やしてみるぞー」
「話を聞けっての!」
俺の叫びなど何処吹く風。イーファは喜色満面の表情で、こんどは両手をわきわきと構える。
「―――――あれ?」
唐突に、呆気にとられたようにイーファが上を見上げたその瞬間、何度目かの地鳴りが起きる。
今まで一番大きく、そして近くに感じたその衝撃。
――ゴ――――ガガン――ガンッッ!
音の発生元を示すように洞窟上のダンジョン内部天井に走った亀裂は、瞬時にその周囲が砕けた。
その原因となった何かは隕石のように落下。
正体不明の落下物は勢いを殺さず真っ直ぐにイーファへと突き進むと、地面に着地する寸前、身体を捻りに蹴りを穿つ。総じて、人間の動きじゃない。
「――――にゃっっ!」
間の抜けた叫びと共に、イーファの身体がその場からはじけ飛んだ。
第三者から見た俺はあんなのだったのか、と親近感を覚える吹っ飛び具合で柱へと吹き飛んでいくイーファ。
「ぎゃっ!」
猫のような叫び共に衝突。だが、柱はその威力が尋常でないことを証明するかのようにあっさりと砕け、緩衝材を失ったイーファの身体は勢いを殺しつつもさらに遠くへ。重厚な鎧とはいえ、内部の衝撃もそれなりにあるのだろう。
「うわ、クッソ痛そう」
落下エネルギーの法則を完全に無視した荒技を決めた張本人は、唖然とする俺の前に降り立ちゆっくりと口を開く。
「無事ですか?」
「あー、うん。ギリギリセーフって感じ。しかし、お前らしいという、随分と大胆な登場だな」
「最短距離を進むには、これが最適だと思いましたので」
正体は、この上なく頼りになる増援。力任せなのは相変わらずだが、そこが今は頼もしい。
俺の知る限りは最強無欠の拳撃士。メイリスが、悠然と戦場に現れた。