(25)魔素具象体
ウルズ迷宮に現れたという、人語を解するモンスター。
しかし目の前にいるのは、どう見ても人にしか見えない少女。
「む……黙られると分かんないなぁ。違うなら違うって言ってほしいぞー」
俺たちが絶句していたことを不満に思ったのか、少女は口をとがらせる。
全身を包みこむ白い布と、その合間から見える対照的な褐色の肌が見た目以上の幼さを引き立てており、どこからどうみても小学生くらいにしか見えない。
それでもこの空間に満ちた緊張感が消えないのは、やはり少女が腰掛けているバジリスクと、その周囲で不動ながらもたたずむ十数匹の鉄鬼が原因だろう。
あまりにもアンバランスな状況にどう対応すべきか思索していると、アルフが一歩前に歩み出た。
「質問を質問で返すようですが、貴方が守護者を襲っているモンスターという事でよろしいでしょうか?」
「? イーファは、ここでマサヨシっていう人を待っているだけだよ?」
イーファというのは、少女の名前だろうか。アルフの問いに対して、何を言っているかわからな
い、といった感じで首をかしげる。
「ではイーファさん、貴方はマサヨシという人に会ってどうするおつもりですか?」
「んーとね、イーファはマサヨシのお手伝いをしなきゃいけないんだ。それが、イーファが作り出された理由だから」
「作り出された?」
思わず、言葉を繰り返す。
「そうだよ。マサヨシの全部になって、マサヨシの為に生きて死ぬ。魔素具象体としての、イーファの役割」
「魔素具象体てーと、確か肉体を持たないモンスターの一種……だよな?」
魔力もその密度が高ければ形を持ち、時に人に牙をむくモンスターになる。
俺もうろ覚えなので自信がないのだが、一般的にモンスターと呼ばれるのはフラワータートルなり、バジリスクなり、ドラゴンなりと言った人間以外の多種族であり、イーファのような魔素具象体は少数だ。
魔力の実体化とはそれほど稀なのだ。
「で、でも。イーファちゃんはどう見ても人間ですよ?」
確かに、シロアが言う通り魔素具象体の中には人の形を模したものもいるそうなのだが、人格を持つことは無い。
そもそも対話というコミュニケーション能力が無く人類と敵対しているからこそ、モンスターと呼ばれている。
本来ならば、こうして会話していることがおかしい。
「高度な人格を持った魔素具象体ですか……これは私たちには手が余る問題ですね」
「とは言っても、さよなら出来る雰囲気でもねーぞ、これは」
「ねえ、内緒話は後でいいからさー。結局マサヨシはいるの? いないの? さっさと教えて欲しいんだけどなぁ」
意外に短気なのか、イーファが問う。
どうしたもんかと目線を送ると、アルフは逡巡の後頷いた。名乗っても大丈夫だと言うことだろう。
「正直言っている意味は分からんが、取りあえず俺はマサヨシだ。で、イーファだっけか? 俺、お前のこと知らねーんだけど」
イーファは俺のことを知っているようだが、俺はと言えば完全に初対面だ。
やっぱり、同名の人違いじゃねえのかと浅はかに思う。
「おー、マサヨシいるんだ。今日は二回目だけど、今度は本当のマサヨシだといいな」
「……二回目?」
「うん。マサヨシ達の前に来た人もマサヨシだって言ってたよ。でも、確かめようとしたら『仕事だから悪く思うな!』なんて言ってもう一人の女の人が斬りかかってきて……あれはちょっと痛かったなぁ」
先に手を出したのはエッジ達と言うことか。
しかし、それを正当防衛と言ってよいものか、判断に困る。
若干分かりにくいが、話の流れ的にエッジ達もイーファに同じようなことを尋ねられたのだろう。
しかし、その嘘がばれて強硬手段に出たエッジ達が返り討ちにあったってところか。
イーファのつかみ所のない言葉に、アルフは眉を顰めた。
「……発言を訂正します。先ほど襲ったと言った言い方が悪かったみたいですが、イーファさんは、その女の人を傷つけたのですか?」
「んー、怪我はしたみたいだけど、それはイーファのせいじゃないよ。じごーじどくって奴かな?」
「……なんですって?」
アルフの言葉に、僅かな怒気が宿る。
「先に斬りつけてきたのはあの人達だし、やられたらやりかえすのがイーファのやり方だし、それで傷ついたとか言われても困るなぁ」
依然としてイーファからは敵意は見えない。が、同時に無邪気さから来る恐ろしさのような物を感じた。
見た目や言動からもしかしたら、という甘い考えはここで消え失せ、イーファが危険な存在であることの確信だけが残る。
純粋であることは、清いと言うことと同義ではない。
理由や経緯はどうあれ、守護者を傷つけたという一点に置いて、イーファは、人類の敵なのだ。
「そんなことより、マサヨシが本当にマサヨシかどうか確認させて貰うね」
当の本人は何処吹く風。イーファはバジリスクから飛び降りると、ゆっくりとこちらへ歩んでくる。
伸ばされた手が俺に触れようとして、
「――離れなさいっ!」
アルフによる裂帛の一撃。空間を裂くような風切り音と共に、俺とイーファを分かつような剣閃が放たれた。
力を一点に収束させたかのような威力は、固い地面を抉りとっている。
恐るべきは、不発に終わったかのようなそれは、イーファの近くにいた数匹の鉄鬼を無惨にも粉々にしているという点。味方で良かった。
「うわっ、危ないよ」
焦りを微塵も感じさせず、アルフの一撃をかわしたイーファはのんきにそう言った。
「それ以上マサヨシさん達に近寄れば、本気で切ります。貴方は得体が知れない」
「なにすんのさー。イーファはイーファだって言ってるでしょ?」
「名前ではなく、聞きたいのは目的です。マサヨシという人物の為に生きると言った貴方は、今何をしようとしましたか?」
何を感じ取ったのか、アルフは完全な臨戦態勢を取ると剣を構えた。
「イーファはマサヨシのモノ。でも、本物のマサヨシは一人でしょ? イーファよりも弱いマサヨシはマサヨシじゃない――だから、試すだけだよっ!」
イーファは僅かに微笑むと、大きく後方へと跳躍。
それが合図となったのか、周囲の鉄鬼が動き出した。
そして、いつの間にか別の鉄鬼が俺たちの後方にも現れ囲むようにして出現していた。
これは……もうもしかしなくても、かなりのピンチってやつでは?
「そっちのおにーさんがうるさいからイーファは手を出さないよ。だから、さっき作ったこの子達でマサヨシの実力計らせて貰うね。みんな、殺しちゃ駄目だけど、殺す気でいっちゃえー!」
そんな無茶苦茶な命令を理解できたのかは分からないが、鉄鬼達はゆっくりと、しかし確実にこちらに歩み寄ってくる。
二メートルはあるであろう巨体を揺らしながら、それぞれ剣や斧といった武器を頭上に掲げる。
アカン。あんなもん当たったら、打ち所なんか関係なく死ねる。
ここまでだ、と握った宝石に魔力を込めたが――――反応しないっ?
「マ、マサヨシさん……手が痛い、です」
「悪い――じゃなくて、なんだよこの魔道具! 魔力が流れないんだけどっ?」
帰還の魔法が発動しない。
「魔力が? え、魔力杖も反応しない……?」
どうやら俺だけの問題ではなく、シロアも同様みたいだ。どうなってんだ?
「えっと……えっと……活性! 活性!」
シロアは唯一の魔法を連呼するが、それすらも発生が何かに掻き消されるようにして消える。
「あ、この場所だと魔法は使いづらいよー」
「はぁ?」
「壁とか、天井とか、ここでの魔力はぜーんぶどっかに吸い込まれちゃうんだよ」
「聞いてねーぞ、んな話はっ!」
唐突な魔法使用不可宣言。どうなってんだよ異世界ダンジョン。
「……どうやら、私が来たときとは、構造が大きく変化しているようですね」
「おいアルフ、冷静に納得してないで、何とかしてくれ! 鉄鬼が迫ってるんですけどっ?」
「数は多いですが、鉄鬼程度でしたら心配無用です。それに――完全に魔法が使えないというわけでもありませんしね」
言うやいなや、アルフは迫り来る鉄鬼に向かって駆け出す。
そこから先は、微かにデジャブを感じる光景が見えた、とだけ言っておく。
強化した視力で辛うじて捉えられる速度で肉薄したアルフは、鉄鬼の数だけ剣を振るい、数十匹いた鉄鬼は全てその一撃で塵と化した……いや、マジで。
「…………」
絶句以外に、どうリアクションを取れと?
「むむ……マサヨシじゃないおにーさん、強いね! でも、イーファがいる限りこの子達は何度で
も蘇るのさっ!」
両手を上げたイーファは、どこからか取り出した複数枚の魔魂札を中に放り投げる。
「従魔?」
シロアの驚きと共に、イーファの周辺には再び無数の鉄鬼が現れる。
「おい、魔法は使えないんじゃなかったのか?」
「えっとねぇ、こう、周りにまき散らさないように魔力をぎゅーっとしていけばよゆーだよ」
何となく、イーファの性格――と言っていいものか――が分かる発言だった。
ようするに言葉では説明しづらいが、感覚で補っていると言うことだろう。
「成る程。色々と召還師に似た魔法を使うみたいですが、従魔によって劣化した鉄鬼程度ではいくら出しても無駄ですよ。もっとも、バジリスクのような手札を何枚も出せるというのなら話は変わりますが、ね」
鉄鬼は脅威ではないと言い放つが、アルフは探るようにして言葉を投げかけた。
「バジリスク……ああ、あの子はイーファが出したんじゃなくて、さっきのマサヨシじゃないマサヨシが出したんだよ。この子達は、そのやり方を真似して作っただけ」
イーファは、さらっとそんなことを言ってのける。
つーかすげえなエッジ、お前バジリスク出せたのか……まあ、ギルドでの自信ありげな態度も納得がいく。
「貴方が出したわけではない……成る程。では、どうやって倒したというのです? バジリスクの麻痺が効かないとでも?」
「んー、普通にばーっとね。触った時はびりっとして動けなくなったけど、すぐに慣れたよ」
「……どういう存在なんですか、貴方は」
呆れたようなアルフの呟きだが、全く持って同感。
「痺れるとか、固くなるとか、しんどくなるとか、そういうのはたいせーっていうのが出来て、イーファには効かなくなるって教えられたよ」
新情報。目の前のボス状態異常無効付き、脅威度アップ。
「いや、待て。教えられたって、誰にだよ」
「それは――あ、言えないや。言いたいけど、それは許可されていないみたい」
やや引っかかる言い回し。
どういう事だ? さっき作り出されたとか言っていたし、イーファは誰かの命令で動いていると言うことか?
「それに、この子達の出し方を練習したらこんなことも出来たんだー」
疑問を口にする暇も無く、イーファは一枚の魔魂札を取り出し、その手で握りつぶした。
「なっ…………?」
魔法を使う才能がない俺でも理解できた。
モンスターの残留魔力が込められた魔魂札が破壊されたことにより、そこに秘められた魔力が目に見える形となった。
そして、それは意志を持ったようにイーファの身体を覆っていく。
「かっこいいでしょー。こうするとすっごく動きやすくなるんだよ」
魔力の実体化。
自慢げなイーファはそれまでのぼろ布を纏った風体ではなく、鉄鬼の一部を取り付けたような鎧姿となっていた。
「魔魂札の魔力を武装に変換ですって?」
「そ、そんなことが出来る召還師なんて……聞いたこと無いですよ」
俺は疎かアルフもシロアも預かり知らぬ事を、イーファはこともなげに実現して見せた。
「……これは、魔道具が危険信号を出すはずですね」
「ふふーん。気持ちいいから、もっと驚くといいよ――」
「――ですがっ!」
「と……おわぁっ!」
一足で間合いを詰めたアルフは、イーファに斬りかかる。反撃も回避も間に合わない一撃がイーファの鎧部分に食い込み、身体が宙を舞った。
「さりとて、戦場で呆けている暇はない。想定範囲外の出来事は私たちの日常。守護者を侮らないでいただきたい!」
「あーもう、痛いじゃないか!」
アルフの一撃は確かに入った……入った、よな?
浅かったのか、イーファは頬を膨らませたまま体勢も崩さずにアルフに向かっていく。
「マサヨシさん! この場は私が食い止めます! 帰還は離れた場所で――くっ、がはっ!」
「ゆだんたいてきー、だっけ? よそ見して良いのは安全なときだけだよ?」
俺たちに叫ぶその一瞬の隙をついて、イーファの蹴りがアルフの横腹にクリーンヒットした。
「ぐ……全力で斬りつけたというのに無傷とは……っ!」
たたらを踏むアルフ。装備があるのにもかかわらず苦悶の表情が浮かぶのは、イーファの一撃が見た目以上に強力だったのだろう。
「痛かったけど、それじゃあイーファは倒せないよ。それっ、もう一撃!」
「宣言されたものを食らう愚か者がいますかっ!」
イーファの追撃をかわし、カウンター気味に剣を振るうアルフ。
しかし、明らかに胴体を切られたはずのイーファは、軽くステップを踏んで笑う。
「鉄鬼以上の防御能力……このモンスター、デタラメですね」
「だーかーらーモンスターじゃなくイーファ。それに、イーファがあの子達より弱いわけないじゃん」
「っ……ここは私が食い止めます! マサヨシさん達は避難をっ!」
顔を向けず、殿を引き受けるとアルフは言い放った。
その覚悟はありがたいんだが、こっちも大概やべーぞ。
目下、イーファとアルフが対峙している現状を置いておいても、周囲には複数の鉄鬼がいる。
鉄鬼は本来鈍重なモンスター。
その情報は正しく、俺とシロアの方へと向かってくる鉄鬼達の歩みは確かに遅い。
遅いのだが、包囲されているとなると話は違ってくる。
フラワータートルの時とは比べるまでもなく、一撃でこちらの命を屠る攻撃をする巨体が襲いかかってきているのだ。
魔法耐性が低いという事前知識もあるので、紫電を使うことも頭をよぎったが、状況的に今は無理。
となると正面突破しかないのだが、頼りの綱はこのナイフだけ。
いやしかし――――果たしてダメージになるのか、鉄鬼に?
巨躯。そして、威圧感のある重厚な鉄の鎧。
その姿には弱点らしき部分が無い。失敗すれば、それこそ命取りになる。
歪な板金鎧を軋ませながら、鉄鬼は無機質な恐怖をぶつけてくる。
辛うじて強度が低そうな部分と言えば間接部分なのだが、人間が入っているわけではないのでその保証もない。
つーか魔力が使えない今、ナイフの性能も発揮されるか怪しいところだが――考えるよりも今は行動するしかないか。
「シロア、右側だ! とっととここを抜けるぞっっっ!」
返事を聞く暇も、返す余裕もない。
シロアの手を離して鉄鬼の群れに突貫する。
怖い。怖いが、自分よりも震えている女の子の前で意地くらいは張らねば、とクソみたいなプライドが無理矢理身体を動かしてくれた。
比較的密集していない場所へと力強く踏み込み、手前にいる鉄鬼に斬りつける。
「はあっ――――っっっ!」
その一撃は…………切れる、切れた!
両断は疎か、罅すら入らない。しかし、近死の名に偽り無く、強固な鎧を苦もなくナイフが走る。
鉄鬼がその場に倒れ込むことを確認して、握ったナイフをまじまじと見つめた。
呪いの装備とか言ったけど、やっぱこれ普通にチート武器だな。
なんだ、意外にやれるじゃん、俺。
魔法なんか使えないに等しいが、頼れる武器を持っていると言うことが今この場では何よりも頼もしく感じた。
内心でほくそ笑みながら――――背中に鈍痛が走る。
「マサヨシさんっっっっっっ!」
どちらの声だったのか。
それすらの判断もつかず……痛みより先に身体が吹き飛ぶ感覚で意識を手放した。




