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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
一章
23/54

(23)迷宮前の犬と猿


 ウルズ迷宮。


 フィル=ファガナより東、馬車を使い半日ほどかかる距離にあるウルズ平原の一角にあることからそう名付けられたダンジョンだ。

 モンスターが生息していないことから長らく放置されていたウルズ迷宮。その最奥地にキマイラの存在が確認されたのがおよそ二ヶ月ほど前。

 キマイラは合成獣とも呼ばれており、他のモンスターを取り込んで自らを強化することの出来るそのその性質から危険視されているモンスターらしい。

 種別を問わず無差別にモンスターを取り込むことから、放置すればするほど、その強さは段違いの物となる。

 存在が確認できたからには可及的速やかな討伐が必要となったそうで、ギルドはすぐさま依頼を出した。

 バジリスクと同じ災害指定種の討伐。

 紛れもない高難易度の依頼ながら、名乗りを上げたアルフはこれを見事早期解決することに成功。

 アルフ自身も手傷を負った形となったが、ひとまずキマイラが倒れたことにより予想されていた被害は食い止められることとなる。


 そして、現在。


 キマイラ討伐後、ギルドから再び問題視されたダンジョンが、目の前にある。

 元々ギルドからの偵察任務をアルフが請け負い、俺の名を聞いているという情報を掴んだことからこのような事態になっている。

 依頼内容は、ウルズ迷宮にいると思わしき何かとの接触及びその存在への対応。

 既に何名かの守護者に負傷を負わせたとして討伐もしくは可能であれば捕獲してほしいとのことで、それはアルフが担当してくれる為、俺に課せられた部分の依頼はアルフの同行役。

 ようするに、アルフの請けた依頼の手伝いのような物だ。

 準備は終えている。しかし、未だにダンジョン内部に入らないのは一つの問題が発生したからである。

 元々アルフによる依頼を受けた俺、そしてそれに加入する形でシロアとメイリス。

 となれば、初の四人パーティでの活動かと思われたのだが、予想に反してアルフのパーティも参加を希望したらしい。

 その場限りとはいえ、別々のパーティメンバーが一緒に行動するとなると大なり小なり問題は起こりうるのだが――

 

「アルフレッド様、やはりコイツまで来るというのは納得できません!」


 メイリスが引き起こした一件が尾を引いているのか、金ぴかはメイリスに対しての嫌悪感を隠そうともせずそう叫ぶ。


「失礼でしょ、ヴァイツ。事情はともかく、アルが許可したんだから私たちが口を挟む話じゃないわ」


 人外の長い耳をぴこぴこと動かし、面倒くさそうにそう横やりを入れるのは、同じくアルフの仲間である詠唱師(ソーサラー)の少女、リースティア。

 種族はハーフエルフで、見た目こそ俺たちくらいなのだが普通に年上だ。流石に具体的な年齢は聞けていないが。


「お前には言ってねえ! 後、何度も言うが同じ従者ならば、アルフレッド様に対しては敬意を払った呼び方をしろ!」

「アルがそう呼べって言ったんだから問題ないわ。それに、さっきから愚痴ばかり言っているアンタは敬意を払っているといえるの?」

「ぐっ……っ!」


 二人の上下関係がしっかりと分かる構図。


「と言っても、正直三人もいるなんて想定外だったし、思っていたより魔力を使っちゃったけ

ど……どうする、アル? 帰りは歩いて帰るの?」

「今までこの三人での行動しかしてませんでしたからね……迂闊でした」


 メンバーは、依頼者であるアルフ、俺、シロア、メイリス、ヴァイツ、リースティアの六人。

 ダンジョン攻略を行うパーティ数としては多すぎるということではないだろうが、ここ来る為の手段として、リースティアが移動魔法を使ってくれたことが話を難しくしている。

 元々移動魔法には魔力を多く使うらしいのだが、今回は先述の通り人数が多い。

 仮にリースティアがダンジョン内で戦うとなると、往復するだけの移動魔法を行使するには魔力量が足りなくなる可能性が高い。

 アルフのパーティということもあってか、リースティアはそれなりの魔力量を持ってはいる。

 しかし移動系の魔法は繊細で、十分な魔力が無いまま使用すれば、成功確率が激減するとか。

 簡単に言えば、移動した先が壁や地面の中ということもありえるらしく、要するに死ぬ。  

 移動魔法無しとなると、フィル=ファガナとウルズ迷宮の距離は馬車で半日かかる程度にはあるため、今日中に帰るのはほぼ不可能と言えるだろう。


「やむを得ません。リースティアは魔力を温存しておいて下さい」

「それが無難かもね。なら、中に入る必要は無いでしょうし、この付近で時間を潰しておくわ。あ、一応護衛役くらいは残してよね」

「では、探索組と待機組で別れましょう。探索組には私とマサヨシさんが確定しているとして、後は――」


 アルフが言い切る前に、ヴァイツとメイリスが歩み出た。


「ヴァイツ=ヴァレンタイン、お供いたします!」

「いえ、私が行きますので、貴方は外でお仲間と一緒にいればいいと思います」

「ああん?」

「モンスターと遭遇する可能性が高い方に、強者が行くのは道理でしょう?」 

「馬鹿がっ。この辺りのモンスターなんてたかが知れてるだろうが。ダンジョン内の方が危険なんだよ!」

「ですから、そちらをお譲りします……ああ、すいません。理解できなかったんですね。記憶能力にも問題があるようですし、もう少し配慮すべきでした」

「――ぶっ殺す!」


 火と油。致命的なまでの相性の悪さから、早くも臨戦態勢のヴァイツとメイリス。


「あわわわ……メイリスちゃん、落ち着いて」


 シロアなんかはその光景を見てオロオロと取り乱す。正直俺もそうしたい。

 目の前で敵意むき出しにする二人を見て、なんとかしろよ、とアルフに目線を送る。

 メイリスはこっちで説得するとしても、ヴァイツはアルフの仲間だ。

 俺自身、お世辞にもヴァイツからの友好度が高いとも言えないし、ここは主であるアルフが押さえ込んだほうが話が早い。


「えーと、ですね。今回はいつもと違いマサヨシさん達もいますので、ヴァイツには待機組を任せます」

「ア、アルフレッド様っ?」


 信じられない物を見るかのような、ヴァイツの表情。 


「良かったですね、ご主人様直々のご命令じゃないですか――おっと、ぷぎゃー」


 以前の事を覚えていたのか、メイリスは無表情にヴァイツを指さした。

 でも、それは俺にしか通じないネタだぞ?

 メイリスの行動の意味は分からずとも、煽られたことだけは感じ取ったらしくヴァイツは怒りを顔に出す。


「っ――なぜですか? 理由を教えて下さい! 俺では力不足だと言うのですかっっっ?」


 が、それも一瞬で、説明を求めるべくヴァイツはアルフに言い寄った。


「そう言う訳ではありません。単純に、役割分担の関係です。ダンジョン内は言うに及ばずですが、外でも何が起こるか分かりません。半分ずつに分けるとして、まずダンジョン内に私がマサヨシさんと入るということは、決定事項です」

「それくらいは俺でも分かります! ならば、俺も含めての三人でダンジョン内に入れば良いではないですかっ!」

「だからこそ、です。前衛職のみでダンジョンに入ってどうするんですか」


 諭すようなアルフの言葉。俺は白騎士(ストレンジャー)ってだけで、別に前衛専門じゃない

んだけどな。


「セフィアさんに聞いた話ですと、シロアさんは付与師(エンチャンター)、メイリスさんは拳撃士(アサルター)です。捜索組に私、マサヨシさん、シロアさん。そして待機組にはリースティア、ヴァイツ、メイリスさんとなるのが一番効率が良いんですよ」

「しかし──」


 アルフは、なおも食い下がるヴァイツの肩に手を置くと、微笑む。


「安心して下さい。私の実力は十分に知っているでしょう?」

「あ、当たり前です! アルフレッド様がモンスター風情に負けるはずがありません!」 

「貴方がそう思ってくれているように、私もヴァイツを信じています。私たちが安全に町へ戻れるよう、リースティアに付いていてくれませんか?」


 成る程。そういう方向性で説得するのか。

 ヴァイツが単純だということを差し引いても、信じていると言われて嫌な気がする奴はいないだろう。


「俺のことを、そこまで……承知いたしました、アルフレッド様。安心してお戻りください。この身に代えましても、貴方様の凱旋を阻む障害は全て切り払って見せます!」


 そう言って、恭しく一礼するヴァイツ。

 単純と言えばそうなのだが、ヴァイツの持つ忠誠心は中々の物で、主人の為にという強い意志を感じた。

 言動はあれだが、俺よりも立派な騎士道精神を持っているようだ。


「……話の腰を折るのも何ですので黙っていましたが、私は待機組になるつもりはありませんよ?」

  

 傍にいる俺にだけ聞こえる程度の声量で呟いただけ、メイリスなりに空気は読んだのだろう。

 今必要なのはそういう気遣いではないのだが……まあ、俺にはメイリスの心を動かす言葉なんか想像できないのでここは現物での説得を試みることにするか。


「メイリス、取引をしよう」

「と、言いますと?」

「お前がダンジョンに入り、モンスターと戦いたいという気持ちはよく分かる。だが、今日は円滑な依頼達成に向けて、移動魔法の使えるリースティアの警護の為に留守番をしていてくれ」


 犬猿の仲とも言える、ヴァイツとメイリスを一緒にするのにも不安はある。

 しかし、この状況でメイリスだけをダンジョン組に入れると、せっかく纏まりかかってきた流れが瓦解しかねない。


「マサヨシの言い分は理解しました。けれど、それはただの要求で対価がありません。取引と呼べる物ではありませんよ。と言いますか、私もアレと一緒というのは無理です」

「タダでとは言わん。俺の言うことを聞いてくれるというならば、お前にこれをやる」


 麻袋から取り出したブツを見て、メイリスがぴくり、と反応する。

 メイリスの視線を釘付けにしている物体――燻製肉だ。

 約一ヶ月の間宿屋で働きつつ、空いた手間で俺が始めたことはまず料理だった。

 肉メインのフィル=ファガナで出来ることは限られており、大体の調理方法が焼くか煮るか揚げるというシンプルな物。

 そこで、仮にも冒険者家業をするならば日持ちの良い物、つまりは燻製肉の製作から始めた。

 手探り状態から始めたのだが、たまたま才能があったのか、はたまた俺のあずかり知らないところで微妙なところで調理チートでもあったのか、俺の作る薫製肉の評価はこの世界でそれなりに高いという結果が出た。

 煙で燻したままの肉に味を付けるだけという、素人丸出しのお粗末なもの。

 ただ、味付けに使うハーブなどを色々変えてみたりと試行錯誤のすえ、最近になってようやく俺なりに満足のいく味が出せた。

 カルネさんや、武器屋のおっちゃん、馴染みの露天商などにも味の感想を聞いてみたのだが、これが中々高評価。ほんの一部ではあるが、この世界の人にも通用する一品として完成を果たす。

 そんな俺の燻製肉は、好物=美味しい物という図式が当てはまるメイリスに対しての効果が絶大で、数刻前俺とシロアに間にあった出来事に対しての追求を無かったことにするくらいの役割は十二分。

 これくらいしか取引材料が無いので、何とか頷かせたいところだ。


「探索組の分を差っ引いても、袋に残っている分だと三日分はある。メイリスを満足させられる量はあると思うんだが」


 その提案に対し、しばらく考え込むようにして目を閉じていたメイリスは、やがてこくりと頷く。

 契約成立のようだ。


「分かりました……ただ、一つだけ聞いても良いですか?」

「どうした?」


 メイリスに麻袋を手渡し、数枚を予備の袋に移し替えているとそんな声が聞こえる。


「私では、足手まといですか?」


 予想外で、それでいて笑い飛ばしたい台詞だった。何言ってるんだ、コイツは?

 しかし、メイリスの眼差しは真剣でそれが冗談でも何でもない本音の言葉なんだと、そう感じた。


「……なんだって?」

「今までも別の守護者とパーティを組んだことがあるのですが、その後私と依頼を受けようとしてくれる人はいませんでした。だから、私にはまだ実力が足りないのかと思いまして」

「いや、お前で実力不足っていうなら、俺はどうなるんだ」

「ですが、他に思い当たる事がないんです」

 

 メイリスらしからぬその態度に、思わず別人かと思った。

 言葉に秘められた、不安感のようなものが伝わってくる。

 他の守護者からは弱い奴だと思われているから、みんなパーティを組んでくれない。

 そう捉えたが、力とか強さだとか言われてもそれを俺に聞かれても困る。

 ナイフだけはそこそこの性能だが、身体能力や体捌きなんかはメイリスは疎か一般の守護者と比べるまでもない。


「マサヨシ?」


 無言だったからか、メイリスが反応を求めて尋ねてきた。


「あー、いや……多分その考えは違うと思うぞ」

「では、他に何があるんでしょうか?」


 いかん、思考を切り替えろ。今は俺のことは置いておけ。 

 ネガティブになっていても状況は変わらないし、悪い方へ考えても時間の無駄でしかない。


「――というか、お前は一人で依頼を受けていたような感じがしたんだがやっぱりパーティを組んだりもしてたんだな」


 別の守護者が、メイリスとパーティを組みたがらない理由は何となく想像できるので、やんわりと説明するべく話題を少し変えてみる。 


「ギルガも出来る限りは誰かと組んだ方がいいと言っていましたし、複数名でしか受けられない討伐依頼などには何度か参加したことがありますが、二度同じパーティを組んだことはないですね」 

「ギルガ以外では、か」

「はい」


 ギルガはメイリスの保護者みたいなものだから――ま、多分これであっているだろう。


「もしかしなくても、お前モンスターを見つけたら特攻してただろ」

「討伐依頼ではそれが正しいと思っていたのですが……違うのですか?」

「いやさ、個人で依頼を受けているなら分かるが、独断専行して他のモンスターに囲まれたりしたら、お前も仲間も危険になるじゃないか」

「? 囲まれる前に全滅させたらいいのでは?」

「そりゃそうだけど、いや、そうじゃなくてだな……」 

「どっちですか」


 やはり薄々感じてはいたのが、メイリスの中には協調性という言葉が無いらしい。

 ついでに、なまじ力があるからだろうか、メイリスは単独でモンスターを倒すことに疑問を抱いていない。

 パーティとの連携に必要性を感じていないと言うことは、不測の事態が起こった際、二の手を踏むことになる可能性がある。

 思えばセフィアに紹介された依頼も、その多くが比較的に安全な物だった。

 かつて魔王が存在し、冒険者が生活するためにリスク覚悟でモンスターと戦っていたときならばいざ知らず、守護者、契約者と呼び名が変わっている今、俺たちは命を天秤にかけるような無理難題な依頼を受ける必要が無い。

 そう考えれば、資格剥奪なんてシステムも納得のいく話だ。

 半端な実力や覚悟でモンスターと戦うなんて、自らの命を捨てるようなものだろう。


「俺から言えることは、パーティを組んだらみんなで協力しましょうってことだな。それで解決すると思うぞ」

「そうなんですか……マサヨシやシロアは、また次も依頼を一緒に受けてくれますか?」

「? 俺は別に良いぞ。シロアも問題ないんじゃないか?」


 今更寄生プレイを恥じる矜恃なんざ、持ち合わせていない。

 シロアも、性格的にメイリスの誘いを断ることは無いだろう。


「即答ですか……やはり、マサヨシは変わっていますね」

「お前の性格はともかく、自分よりも強い奴がパーティを組もうって言っているんだから断る理由なんか無い」


 自粛期間ということもあってか、この一ヶ月でメイリスが問題を起こしているという噂を聞かないしそれなりに見知った仲の方が遠慮せずに済む。

 選り好みできる立場じゃないことを自覚できたというのも、理由の一つだ。


「ともかく、留守番は任せた」

「分かりました。無茶はしないで下さいね」

「しないしない。最悪戦闘になったらアルフに任せて俺は引っ込んでおくよ」

「確かにあの人がいれば、大抵の出来事には対応できると思います。でも、物事に絶対はありませんから、もしもの時は私も私で動かせて貰います」

「仮定の話はしたくないな。そういうのはろくな事にならない。本当ならフラワータートルでも討伐する程度のレベルが、俺には合ってそうだし」

「でしたら――」

「ん?」

「次は私が依頼を見つけてきます。お願いしますね」

「あー、その、なんだ。軽めのにしろよ」

「善処します」


 小さく微笑んで、メイリスはヴァイツ達の元へと向かった。

 

「……あれで戦闘狂じゃなきゃ、引く手数多だろうになぁ」

 

 絶対に本人には聞こえないよう、小さく呟いた。

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