(20)被害者のおなり
「あれは……シロアか?」
ミナに強制連行されたギルドにて、見知った顔に出会う――というのは語弊があるな。その人物は狐の面をつけていて肝心の表情は分からない。宿の制服を着ているところから、辛うじてシロアだという理解が追いついた。
フィル=ファガナ広しと言えど、謎の面に珍しい着物姿をしている知り合いなんぞ、後にも先にも一人だけ。
そのシロアは受付カウンターの近くで、男女二人組の守護者と思わしき人物と話し合っている。
二人組に関しては初めて見る顔……いや、男の方はどこかで見た記憶がある気がするな。
宿の客か誰かだろうか、思い出せん。どういう組み合わせだ?
「おーい、何してん────だあぁっ!」
不思議に思いながらシロアに声をかけようとしたところ、ミナに襟首を掴まれる。
思わぬ奇襲にむせ込んだが、文句を言う前に手を取られ、そのまま入り口近くに積まれている荷物の陰へと引っ張りこまれる。
「な、何だ、いきなり!」
「お静かに。シロアに気づかれたら――しますわ」
「あ、はい」
聞き返すのも憚られる危険なワードが飛び交った気がするが、俺には何も聞こえない。
取りあえず、と状況整理のため、シロア達からは見えない位置に身体を移動させて、様子を窺う。
困り顔の二人組とシロアの会話が、辛うじて聞こえてきた。
「……どうしても、駄目でしょうか?」
「悪いが、他を当たってくれ。俺たちも余裕があるわけじゃあないんだ」
「いくらなんでも、活性しか使えないっていうのは、ちょっとねぇ」
「えと、専用の装備がありますので、魔法で援護とかも出来るんですけど……」
「付与師にそういうの求めてねぇよ。足を引っ張るだけだろうが。つーか、何なんだその面は? 馬鹿にしてんのか?」
「そ、そういうわけでは…………ごめんなさい」
「落ち着きなさいよ。まあ、確かにそのお面に関してはどうかと思うけれど」
割とマイルドに言ってくれたが、初対面の異性と会話するのに面が必要って、冷静に考えれば奇人変人の類だよな。会話してくれているだけ二人は良識人だ。
詳しい経緯は分からないが、シロアが依頼を受けようとしている二人組のパーティ入りを志願しているようで、それに対して二人組が断った、といったところだろうか。
「――ともかく、今回は縁がなかったと思って諦めろ」
「…………そう、ですね。無理を言ってしまって、申し訳ありませんでした」
交渉は決裂。
深々と頭を下げるシロアを尻目に、二人はギルドを去っていった。
取り残されたシロアは肩を落とし、受付横のカウンターへと移動した後椅子に座り込んだ。
そうして、背中から漂う哀愁のオーラ。話しかけづらいことこの上ない。誰か選択肢をくれ。
「なあ、こういうとき、なんて声をかけたら良いんだ?」
「良くあることなので大丈夫です。ああ見えて、芯は強いのですぐに立ち直りますわ」
姉妹という信頼がなせる行為か、模範解答は放置らしい。
「一度や二度で諦めるようでしたら、最初から一人でギルドなんて来ないでしょうし――ほら、新しい方を見つけましたわ」
見ると、今度は三人組の守護者達に声をかけているシロアの姿が。
「今度はお面を外しているところを見ると、初対面ではないみたいですけれど……駄目みたいですね」
会話は聞こえないが、シロアを見た三人組は手を振って拒否を示している。
その後も何人か声をかけ続けていたのだが、シロアをパーティに入れてくれる守護者は現れず、周りにほとんど人がいなくなった頃シロアは肩を落としながらギルドを去っていった。
その場には、見ていて心が痛むという俺の感想しか残らない。
「世知辛い世の中だ……」
「仕方ありませんわ。誰かをパーティに入れようとするなら、危険性や恩恵の吟味を行うのは当然ですから」
「ええっと、どういう状況なんだ、あれは?」
「売り込みですわ。シロアには、単独で依頼を達成できるだけの実力がまだありません。実績を積むにせよ、誰かと共にパーティを組まないとお話になりませんので」
確かに、援護や補助がメインである付与師にソロ活動をやれというのも無茶な話だ。
「でも活性は使えるだろ。何であそこまで無碍にされているんだよ」
「普通、付与師と言えば武器や防具を強化する属性付与やモンスターを退ける結界を作り出す陣生成が使えるのですけれども、ご存じの通りシロアはまだその固有技能を覚えていませんの。ですから、中々パーティにいれてもらえないんですわ」
活性だけでも十分だと思っていたが、他の守護者達から見ると、現状のシロアでは力不足と言うことか。
「いや実力よりも個人的にはあの仮面をどうにかしたほうがいいと思う。第一印象って大事だと思うんだが」
「……マサ兄様は、シロアのことをどれだけ知っていますか?」
なんだ藪から棒に。質問が大まかすぎて返答に困る。
「っても、出会ってそこまで長い付き合いってわけじゃないからな。知っている事より知らないことの方が多いぞ」
短い間ながらも宿で共に働いてきたが、シロアはそこまで自分を語らない。
ついでに、俺は俺でそのことに踏み込んで行く勇気が無かった。
ようするに、コミュ障の弊害である。
そんなわけで、俺の知っているシロアは宿屋の娘で付与師、後はまあ、常識人であるということくらいか。
「では、今しがた話に出た仮面の話は、シロア本人からは聞いておりませんのね?」
「初対面の異性と会話するときに、緊張してしまうから付けているっていうのは聞いたぞ」
「大体あっていますけど……微妙に虚偽が入っているあたり、シロアらしいですわね」
ミナは頭を抱え、短くため息をつく。
「もしかして、何か別の事情でもあるのか?」
「事情と言いますか……いえ、これは私が言うべきことではありませんね。シロアから直接聞いて下さいませ。それよりも、ここに来た目的を果たす方が先決です」
「目的?」
って、何だっけ。
「守護者がギルドに来る理由なんて、一つしかありません。お仕事です」
「ああ……つまり、依頼を受けろと」
「それ以外に、何かあるんですか?」
ミナは怪訝そうに言うが、むしろその反応に驚く。俺がおかしいのか?
「一応確認だが、俺は依頼を受けると言った覚えはないのだが?」
「存じておりますわ。まあそれはそれとして、受付に行きましょう」
「俺の意志は無視かよ!」
「失礼な。マサ兄様の意志は十分に尊重していますわ。ただ、今この場において依頼を受けないという選択肢がマサ兄様に無いだけです」
うん、それは尊重とは言わない。
取りあえずこの件が終わったら、あるのかどうか分からないが法律事務所でも探そうと真剣に考え始めた。
「さあ、受付の方も待っているようですし、早く依頼を受けてきてくださいませ」
手で指し示されたその先、セフィアと目が合う。
最近は買い出し以外ではシロアの宿からほとんど出ていないため、随分と久しぶりに会った気がする。
しかし、セフィアは軽く一礼すると視線をこちらから外して業務に戻った。
思っていたのと違う反応を訝しげに思いつつ、セフィアの元へと向かうことにした。
「うっす、久しぶりだな」
「本日はどのようなご用件で?」
偉く他人行儀な台詞。こいつ、こんなキャラだっけか?
「あー、えー、なんか、依頼を受けたいんだが」
本心とはかけ離れているが、もうここまで来たら適当に依頼を受け、ミナを納得させた方が早いと判断しそんな感じで返答する。
「そうですか。それでは、これが今現在あなたが受けられそうな依頼となっております」
と、机の上に広げられたのは数枚の依頼書らしきもの。
祝福ハーブの素材採取、フラワータートル数匹の討伐、近隣地のモンスター生態の観測……と、なるほど確かにシロアやメイリスの手を少し借りれば、俺でも対応可能なレベルの依頼が並んでいる。
しかし、気になるのはその全ての依頼書の文字を潰すようにして大きくバツ印が書かれているという点。
「あの、これは?」
「たった今申し上げたとおり、受注者の階級に合わせた依頼のまとめです。ただ、どれも受注期間が過ぎておりまして依頼そのものが無くなっております。本来ならば十分な期間を設けていた依頼なのですが、どこかの誰かさんが約一ヶ月ほどギルドに顔を出さなかったため、貯まりに貯まっていた物でもあります」
「………………いや、その、正直すまん」
そういえば、セフィアは俺でも受けられる依頼を見繕っておくとか何とか言ってたっけ。
「はぁ……もーいいです。どうやら勝手に無茶をして死んでいたー、なんて事でも無いようですし、次からは適度に顔を出して下さい」
「悪い。頼んだのはこっちだったな」
どうやら心配してくれていたようで、そのことに対しては素直に申し訳なく思う。
「とゆーかですよ、マサヨシさん。さっきも言いましたが、最後に依頼を受けた時から今日で一ヶ月ですよ? 今日中に何かしら依頼を受けないと、契約者資格ですら無くなってしまうとゆーのに……」
「今、何て言った?」
「ちょ――顔、顔近いです!」
セフィアが何か言っているが、今はそれよりも気になる事がある。
「いいから教えろ、今契約者資格が無くなるとかどうとか言ってなかったか?」
「き、規定ですよ。契約者は一ヶ月に一回依頼を受けない場合は、職務放棄ということでその資格が剥奪されるんですよ」
聞いてない、と言いかけ、
「……もしかして、まだ契約書読んでいないんですか?」
驚き半分、呆れ半分の表情でセフィアは言う。
「あのですねー、そろそろこちらも面倒見切れませんよ。一ヶ月間何やっていたんですか?」
言えない。仮初めながらも安住の地を手に入れたことで、そんな書類があったことも、そもそもどっかにいってしまったことも。
冷や汗を垂らしながら言葉を失っていると、こほん、と一つ咳払いしたセフィアが口を開ける。
「契約者に課せられた規定はそう多くはありませんが、違反した場合再度契約者になるには最低でも三年間の期間が必要になります。まあ、マサヨシさんの場合は幸か不幸か今日が最終日なのでまだ手遅れと言うわけでも無いで、あ、わ、わ、わっ!」
「依頼、依頼をくれ! 難易度は問わな――出来れば、達成可能な依頼をっっっ!」
セフィアの肩をがくがくと揺さぶり、必死に叫ぶ。
危険なことはしたくないが、せっかく手に入れた資格を無駄にするつもりもない。
表に出さないようにしてはいたが、シロアのところでいつまでも世話になるという選択肢は、人としてそれはどうなんだと、いった良心が俺にだってある。
「マサ兄様、落ち着いて下さいませ。白昼堂々女性を襲うのはどうかと思いますわ」
ふと、横に立っていたミナの言葉で我に返る。
「――わ、悪い! そういうつもりじゃなかったんだが」
「…………星が、見えま……す」
グロッキーになったセフィアが元に戻るのを待ち、改めて依頼が無いか確認を取ったところ、今日中に受注可能な依頼が一件あることを聞く。
「こほん――内容は、大雑把に言ってしまえば、とある守護者への同行任務ですね」
「同行? 護衛とは違うのか?」
「んー、と言うか、依頼者の方がマサヨシさんよりも遙かに格上の守護者ですので、むしろマサヨシさんが護衛される立場になりますね」
よく分からんな。それだけ強い守護者に同行するってのは、どういう依頼なんだ?
「一つお訪ねしたいのですが、その依頼者はもしやマサ兄様を指名なされたのですか?」
「正解です。で、どします? 受けますか? 契約者辞めますか?」
やめろ、そのどっかで聞いたようなフレーズ。
「取りあえず、受ける」
「んでは、受注、っと。詳しい話は本人に聞いて貰ったほうが早いと思うので、ちょっと呼んできますね」
言うやいなや、依頼書に何かを書き込んだセフィアはギルドの奥へと去っていった。
「ギルド員からの依頼って事か?」
「さあ? けれど、何とかなりそうでよかったですね、マサ兄様」
ニコニコと微笑みながら、ミナは我が事のように喜びを見せてくれた。
つーか、どう考えてミナは資格剥奪の件を知っていたようだが、何でそこまで俺に肩入れするのだろうか。
相も変わらず、年下のくせに腹の底が見えない――いや、そこまで年の差はないか。
ミナと会話していると、こっちが年下かのように感じることがあるから困る。
「おっ待たせしましたー。依頼者さんを連れてきましたよー」
「そんなに待ってねーよ」
「今日はたまたまギルドに立ち寄っていたもので、紹介が早くて私はとても楽です。では、後は若いお二人にお任せします。あ、マサヨシさん、今回は貸し一つってことで、また雑務のお手伝いよろしくですよー、んではっ!」
言うだけ言って、セフィアは奥に引っ込んでいった。この慌ただしさにどこか懐かしみを覚えてしまうあたり、俺も末期だな。
そうして入れ違いに俺の前にやってきたのは、一人の青年。
年の瀬は俺と同じか、少し上に見える。赤茶の髪質に、精悍な顔つき。
俗に言うイケメンだが、落ち着いた雰囲気があり、丁寧にあしらわれた装備に身を包んだ気品を持ち合わせているその姿は、例えるに貴族とか言う表現が良くあっていた。
「初めまして。ええと、セフィアさんからお話は伺っておりますが、マサヨシさん……と呼んでも?」
すっと出された右手を握りかえすと、青年は屈託のない笑顔で応えてくれた。
「お、おう」
あまりの常識人っぷりに、思わず声が上ずる。
非常識っぷりをさも当然のように振る舞う連中と出会いすぎたことで、どうやらこの世界は俺の価値観を狂わせているようだ。何でただの返答に戸惑わないといけないのか。
「今回は急な依頼で申し訳ありませんでした。どうしても貴方である必要がありまして……そのことも含めてお話をしたいのですがお時間は大丈夫ですか?」
「暇ですよね、マサ兄様?」
事実なんだが……言葉に出されると心に来るな。別に働いていないわけじゃないぞ?
「まあな。それより、依頼の詳細もそうなんだが、ええと…………」
「自己紹介が遅れました。私はアルフレッド=ベルディナスと申します」
「は?」
流石に聞き覚えのある名前。
一瞬、思考が止まった。
「ベルディナス……もしや、ベルディナス王国の?」
うまく回らない脳みその片隅で、尋ねるような確認するような、恐る恐るといったミナの声が聞こえる。
「そうですが、今は流浪の身。肩書きは忘れて、気軽にアルフと呼んで下さい」
アルフレッド卿、にこやかな笑み。血の気が引く。
「…………大変恐縮ですが、メイリスという名に聞き覚えは? と言うか、俺の事知ってますよね、貴方?」
「存じております。貴方達がパーティだと言うこともセフィアさんに教えて頂きましたから」
両手で、顔を覆った。
頼むから嘘だと言ってくれ。




