(2)二人の守護者
「……あ、目が覚めたみたいだよ」
「よっこれ何本に見える?」
右手を高速で左右に振り続ける変人が、そこにいた。
あまりの速さに残像しか見えない。
「――見えねえよ」
目の前には、男と女、二人いる。
あれ、あの牛みたいな怪物に追いかけられて……どうなったんだっけか?
「装備も無しでこんな所にいるなんて気が狂ってるのかと思ったが、頭は普通そうだな」
失礼な物言いにジロリと、声の主を睨み付ける。
というか、普通に言葉が通じてる。ああ、確かあの手紙に言語やその他は俺の世界を基準にするとか書いてあったな……。
「俺はレオ。コイツが、誰かが炎魔に狙われてるとか言い出すからなんだと思ったらお前を見つけた、ってわけ」
レオと呼ばれた男は、見た目年齢二十代後半といった感じ。重厚そうな鎧を身につけ、腰のベルトにはこれまた高価な装飾の剣がぶら下がっている。
気さくに話しかけてくる姿から、親しみやすそうな感じがした。
「見つけたって、どこから見てたんですか?」
「あの城」
レオは背後の城を指す。
人間の目視ではどう考えても不可能な距離だ。なぜあんな距離から見えるのだろう……。
「え、あ、そうだ。あの怪物は? 俺の後ろから追いかけてきてましたよね?」
「こっちに近づく前にアムカが魔法でぶっ飛ばした。お前はその余波で気絶してたんだけど、覚えてねえか?」
「まあ、なんとなくは。っていうか、俺に気づいてましたよね? 巻き込まれるとか、そういったのは……」
「や、巻き込むとは思ったけど、あのままだとお前死んでたしな。生きてたんだしいいじゃねーか」
よくねーよ、と言いかけた言葉を飲み込む。助けて貰ったこともある。文句を言うのは筋違いだろう……必死に感情を殺す必要があったが。
「私はアムカ。よろしくね」
そういって差し出された手を握り返し、寝たままの姿勢から起こしてもらう。
レオとは違い、優しそうな笑顔を浮かべる女性だった。
全身に草色のローブを纏っている。
レオを剣士だとすると、魔法使いとか、そんな感じであろうか。
「ええと、黒崎将若です。マサヨシが名前です。危ないところを助けて貰ったみたいで、ありがとうございました」
「あ、そう。で、何でお前あんなところにいたんだ?」
どうしよう。まあ、これも異世界テンプレだよな。正直に答えておくか。
「いや、俺にも何がなんだか。名前以外思い出せなくて気づいたたらあそこにいたっていうか……あなた達は、その冒険者とかですか?」
「おー、冒険者か。はは、いや懐かしいなおい」
何がおかしいのか、レオは軽く笑いながら答える。
「懐かしい、ですか?」
「冒険者って呼び名は変わって守護者って呼ばれるようになったのよ。まあ、意味合いはほとんど同じなんだけど、モンスターを倒す職業というより、国に依頼されて町を守るためにモンスターを倒すっていう意味合いが強くなっちゃったからね」
ちなみに私たちは契約者、とアムカが説明してくれた。
やっぱり俺を襲ったのはモンスターで、ここは異世界で確定のようだ。
「つーかさ、お前敬語慣れしてねーだろ、普通で良いぞ? 俺らそういうの気にしねえし、変に取り繕った言葉って苦手なんだよな」
歳は倍ほど違うだろうに、そんな感じでレオは言う。
「ではお言葉に甘えて、えっと、守護者とか契約者って、何が違うんだ?」
んー、とアムカは口元に手を当て、考え込む。
「守護者は王都――この世界で一番大きくて権力のある、君の言う冒険者を管轄している組織の大元みたいなものだね。その王都が直接管轄している冒険者のことで、王都直轄とでもいえる一流冒険者のこと」
「別に守護者だから一流って訳でもねーだろ。契約者だって実力のある奴はいくらでもいる」
「もう、簡単に説明しているんだから邪魔しないで」
アムカが怒ったようにそういうと、レオはへいへい、と言って地面に寝転がった。なんか夫婦っぽいなこの人たち。
リア充か……爆発しないかな。
「で、契約者って言うのは、一年間王都に認められてと魔物の討伐やいろんな依頼を受けられる権利を与えられた人たちのこと。まあ、報酬が少なかったりするけれど、基本的には王都への緊急招集の依頼なんかもないし、自分の生活にあわせて依頼を受けられる冒険者って認識かな」
正社員と契約社員みたいだな……やめよう。もう俺の世界のことは忘れよう。
色々とファンタジー感が薄れそうだ。
「もうちょっと守護者のこと、報酬とかの話も聞いていいか?」
「んー、じゃあ知らない前提で話すね。守護者は様々な依頼を受けて、モンスターを倒す。そして、モンスターは倒されると魔魂札っていうものを出すんだけど……あ、あったこれこれ」
そういってアムカはポケットから黒い無地のカードを取り出した。一般的なトランプよりは小さい。
「これがモンスターを倒した成果。町にある守護者組合に持っていって、ロギンに交換できるの」
ロギンってひょっとして路銀のことか? 通貨単位ってことで良さそうだな。
「へえ」
「守護者登録すると登録証明書代わりの腕輪をもらえるの。で、本当はこんな感じで腕輪に入れておくことも出来るんだよ」
そういって、アムカは持っていた魔魂札を右手の腕輪に近づけた。
魔魂札は腕輪にふれると同時、音もなく消える。
「後は、この腕輪をギルドなんかに持っていったら報酬と交換できるって感じかな。昔はこんな腕輪無かったから、モンスターを倒しても数が多いと魔魂札がかさばって邪魔になったりしたからね」
「本当は守護者になったやつを管理したいっつー、王都の方便だけどな。元々こんなことを生業にしている奴らはその日暮らしの穀潰しだって言ってたの、俺知ってるぜ」
けけけ、と笑うレオ。過去になにかあったのだろうか……やたらトゲのある台詞だ。
「んじゃま、こんなもんでいいだろ。お前も守護者になるんだったら、自分の身ぐらい守れねーといけなくなるぜ。誰かを守る前に自分を守れないやつがなるようなものじゃねえ」
よっ、とレオは立ち上がると、軽い感じでそういった。
「それじゃあ、これ。私たちの武器でもいいんだけど、たぶん持てなさそうだからさっき手に入れたこれをあげる」
アムカが手渡してくれたものを受け取る。見た目は十センチほどの普通のナイフ。刃身、束が真っ黒なことを除けばであるが。やたら禍々しい。
「ついでにこれもやる」
レオが蓋のついた試験管のような物と、折りたたんで小さくなった大葉みたいな何かを手渡してくれる。何だこりゃ?
「えっと、こっちの入れ物に入ったのが治癒薬で、少量の怪我や傷なら治せるわ。それで、こっちは祝福香草」
その言葉に、レオは苦虫を噛みつぶして飲み込んだかのような表情をする。
「おい、治癒薬はともかく、そのあんなクソまずい葉っぱに祝福なんて付けるのをやめろ。正気を疑うぞ」
「私が付けた名前じゃないから知らないわよ。文句は命名した人にいいなさい」
「ばっか……おい、お前。どうしてもだ。そのクソハーブを喰うのはどうしてもというときだけにしとけ。いいか、忠告したからな!」
ここまで必死になるほどのものなのか、これは。
いざとなれば使えとか言うくせに、不安を煽るのはやめて欲しいんだけど。
味に関しては、怖い物見たさな好奇心が少しうずく。
「そんなにまずいかなぁ。食べると丸三日は何も食べないでも生きていけるくらいの栄養分はあるし、体力の上昇効果もあるありがたいものなんだけどな」
アムカは苦笑いしながらそう言った。
「これが、地図。今ここで、一番近い町はここかな。あ、地図上に現在位置が出るから、貴方一人でも迷わないと思うよ」
ほお、ハイテクだな……ん? 迷わない?
「今、『一人でも』って聞こえたんだが」
「ああ。近いっていっても割と距離があるぞ。方向的に俺たちと逆だから、ここでお別れだ」
あっさりとそう言って、
「死ぬなよ」
ぐっと親指立ててサムズアップ。良い笑顔のレオがそこにいた。
「ちょ、ちょっと待って! 俺死んじゃう!」
「何とかなるって。死ぬ気でやれば出来ない事なんてないって」
「そういう根性論いらないからっ! あんた達強いんだよね? せめて町らしき所に着くまで守ってください。ほら、護衛っていう感じ。あるでしょそういうの」
「やだ。めんどくせぇ」
キラリと光る笑顔で、明確な拒否を示された。
さっきまでの優しさはどこに?
「少しくらいは付き合ってあげたら?」
「おいおい、往復するのにどんだけ時間かかると思ってんだ。こっちは、お前みたいな移動用魔法は持ってねえんだよ……っつか、お前も複数移動できるほど座標登録やってねえだろ」
「まあ、しばらく旅ばかりだったからね」
困ったかのように笑うアムカに対し、土下座をして懇願する。レオよりは話が通じそうだ。
「どうか、どうか慈悲を!」
「うーん、どうしよう。何でもするっていわれてもねぇ」
そこまでは言ってねえよ。いや、それで安全か保証されるんなら言うけど。
「……レオ、じゃあこうしない?」
「あ?」
怪訝な顔をするレオを引き寄せ、アムカは何かを耳打ちした。
徐々にレオの表情が含み笑いを持ったものに変わっていく。
「――よし、俺達が護衛してやるよ。一番近い町じゃねえが俺たちの行く途中に中継ポイントがあるから、そこで移動屋の一人くらいいるはずだ」
これまた百八十度変わった意見。うさんくせえ。さっきまでと全然顔つきが違うじゃねえか。
何を言った? 何を言われた?
いや、でも、しかし。
さっきのモンスターのことといい、こんな場所において行かれるのだけは避けねばならない。
無理矢理笑みを浮かべて、感謝の意を示す。
「た、助かる。あいにくと労働力っぽいものしか出せないけど」
「いらねー。荷物なんかねえよ。それより守護者に興味があるんなら、旅のやり方覚える程度のスタンスでいいと思うぜ」
「そうね。ついでに町に着くまでの間鍛えてあげるから」
大丈夫、とアムカが付け加えて言った。その微笑みは背筋が一瞬ぞくりとした。
何だろう、これ。助けてくれて、世話までしてくれると言っている。
なのに、なぜこんなにも嫌な予感がするのだろう。
全力で気のせいだと思いたい。
「っても、この辺りはまだお前じゃ即死クラスのモンスターしかでないからなぁ……死ぬ気でがんばれよ」
「お、おっす。魔王を倒せるくらいに強くなります」
無理矢理ポジティブな思考に切り替える。
そうだ、ここは異世界で、俺は危機とやらを救うべく呼ばれた救世主なんだ。
手紙の主も期待しているっぽい文章を書いていたことだし――
「あーそりゃ無理だ」
「おい、俺のあふれる心意気を容赦なく折るのはやめてくれ」
「あはは。そうじゃなくてレオが言いたいのは、魔王を倒すって部分に対してかな」
「ん? どういうこと?」
「十二年前……だっけかな。えー、あ、確か王都直属の騎士団が討伐した」
…………何ですと?
「お前が倒すとか意気込んでる魔王もういねーから」
かつて人類と敵対していたらしい魔王某は、今は亡き者という事実。
え、じゃあこの世界の危機って何よ?
装備もコネもチート能力も無い、波瀾万丈な異世界生活の始まり。
そこには、俺の想像していた魔王を倒す冒険の旅すらも存在していなかった。