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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
一章
19/54

(19)従業員歴、三週間


 ヴィルダンスの宿を去り、シロアの宿の世話になってから約三週間が経過した。 

 人間、どんな環境であっても月日を重ねることで、慣れ親しむことが出来る適応力というものがある。

 異国の――というより、異世界に置いてもそれは例外では無く、戸惑いながらもなんとかなっているというのが今の現状。

 当初、それなりに繋がりがあったこともあり、シロアもカルネさんも宿の支払いはいらないから好きなだけ泊まってくれて良い、とは言われた。

 が、流石にそこまで甘えるわけにはいかず、宿泊分は店を手伝うことで納得して貰った。

 相互利益(win-win)とはいかないだろうが、守護者でありながら依頼を満足に受けられない俺からすれば、せめてその位の力にはなりたかった。

 見よう見まねで従業員の真似事をして日々を過ごしていたのだが、毎日のようにやっていると自然に身体が覚えるようで、今では立派にシロアの叔父カルネ氏が経営している宿の一員として、業務に勤しんでいる毎日だ。

 主な業務は、買い出し、仕込み、そして帳簿計算などの雑務なのだが、魔王亡き今、仮住まいとして宿を利用する守護者は少なく、そこまで多忙というわけではない。

 そんなわけで、レオに貰ったなけなしのロギンが減っていく恐怖に怯えていた初めの頃とは違う。

 冒険生活に夢を馳せていた過去の俺とは一辺倒。労働力と引き換えに、暖かい布団を貰い、僅かながら日銭を恵んでもらっている毎日ゆえ、この世界を知る余裕が出来た。

 

 特筆すべきは、時間の概念と魔力についてだった。


 まず、はっきりしたこととしてフィル=ファガナには時計というものが無い。

 一日二回の鐘の音がそれに該当するのだが、今ではそれを聞かずとも問題ないほどに不必要なものだ。

 朝日が出れば宿泊客に挨拶をして回り、一点鐘が鳴れば朝食の準備。二点鐘が鳴れば買い出しへと向かい、日が暮れそうになると宿泊部屋の手入れを行うだけの変わり映えのない毎日の為そこまで必要性を感じていないというのが本音。

 噂に聞いた話によると、王都には時計なるものが存在するらしく、暇が出来れば行ってみたい気もするが、まあそれはおいおいの話。

 一日の長さは俺のいた世界と同じくらい。これはあくまでざっくりとした俺の体感なのだが、多少ずれていようが日が沈めば一日が終わるので問題はない。

 ちなみに一週間は十日間で、一ヶ月が三十日固定である。

 カレンダーらしきものはあり、例えば四の月、二週期の一日目という呼称だと、四月二十一日ということになるのだが……俺の世界との明確な差異として一番気になったのがその一年の日数だ。

 この世界に置いての一年とは、十ヶ月。つまり、三百日間をさす。

 本来一年という概念は月の満ち欠けや、太陽の公転周期に合わせて作られているはずなのだが、そんな常識は当てはまらない。

 夜に顔を出す月も、一日は新月、十五日には半月、そして三十日には満月を輝かせるらしくこの法則に変わりはない――とまあ、グレゴリオ暦も真っ青だが、全ては異世界でだからという理由で片づけられる。

 断じて、思考放棄したわけではない。

 付け加えるならば、一年を通して四季の概念は無いに等しい。これについては気候や気温の変化がほとんど無いというフィル=ファガナ特有の物なのだろうか。いや、レオ達との旅でも晴天続きだったな……とにかく、夏も冬も雨期も乾期もありゃしない。

 過ごしやすい環境だな、と自分を納得させてからは、気にもならなくなった。

 ところで、俺の世界よりも一年の日数が少ないと言うことは、この世界での年齢は俺基準では少し下になるのだが……そこを考え出すと何か大変なことになる気がしたので触れないことにする。

 

 次に、魔力である。

 魔力とは、大気に存在する要素の一つ。

 これは、老若男女、有機物、無機物関係なく万象に影響するこの世界特有の力であり、それは異世界出身者である俺も例外ではない。

 この世界の存在は魔力を用いることにより、魔法を使用できるようになるのだが、人間の場合何らかの要因によって発現できるようになることが多いらしい。

 簡潔に言って、俺にも魔法が使えるようになった。

 恐らくは麻痺という雷系統の魔力を持つバジリスクとの戦いで俺の身体が魔力を扱えるようになったのでは、とはメイリス談でその話を聞いた瞬間は不覚にも頬が緩んだ。 

 しかし、紫電(エレク)という、その名の通り雷系の魔法なのだが、今の俺に出来るのは掌から微弱な静電気のようなものを出すといった程度の物。名前負けもここまでくると、恥ずかしすぎて死にたくなる。今のところ、マッサージ機代わりにしかならない。

 体質的に魔法とは無縁の人もいる中、覚えることが出来ただけマシと言いたいところだが、現状それほどの価値は見いだせない。

 身も蓋もない話であるが、俺の魔法を使う資質は凡人並み。転生者補正とやらはまだ発揮されていない。

 もっとこう、ゲームや漫画のような派手な物を想像していただけにガッカリ感は半端無い。

 まあそう言うわけで、その後は固有技能(スキル)について学んだ。

 大まかに言って固有技能(スキル)とは守護者のみが使用できる魔法で、ギルド側から与えられるものの呼称である。

 使用者によって威力や使用回数の差はあれど、個々の才能の有無や魔力の素質が無くても使用できる。

 期間限定(レンタル)の魔法なので、守護者を辞めれば当然使えなくなるのだが、個人の才能とは関係なく使えるというのは点はかなり評価できる。

 とはいえ、固有技能(スキル)を扱うにはギルドの審査があり、誰でも自由に使えるわけではないのでそういう意味では利便性が高いとは言い難い。

 どちらにも共通するのは、魔法名や固有技能(スキル)名を言わなければ発動できないことくらい。

 纏めるとこの世界に置いて魔法を使うには、自分の才能でなんとか魔法を覚えるか、守護者となって固有技能(スキル)を得るか、魔晶石マジックジェム魔導符(マジックシール)などの魔道具を用いるの三つしかなく、異世界物定番の魔法を使うとなると、素直に守護者活動に精を出さざるを得ない。

 まあ悪いことばかりではなく、試行錯誤した結果魔力の流れを見ることは容易となった。

 特に祝福ハーブなんかは、教会の神官が魔力を込めるのでその大きさが目をこらせばなんとなく分かる。

 それを利用して、買い出しではより日持ちする物を選べる、という訳だ。

 少ないながらも宿泊客の大半は守護者のため、祝福ハーブ、治癒薬などの備品は必需品。妥協は許されない。

 

「これと、これ。後、その奥にある――そうそう、その三つをくれ」


 馴染みの露天にて、無造作に並べられている祝福ハーブの中から、もっとも新鮮な物を選び袋に包んで貰うと、渋い顔をした親父がため息をつきながら、


「……そろそろ、アンタを出禁にしたいところなんだが」

「固いことを言うな。頻繁に来るわけじゃねえし、悪質な値切り交渉もしてねえだろ。この店の品質を信用しているからこそ、良い物を手に入れたいって言うただの貧乏性じゃねえか」

「毎回毎回、仕入れたばかりの物から持って行かれるとこっちの商売にもならないんだけどねぇ……」


 最初のうちはどれも同じに見えたのだが、祝福ハーブもやはり食品の一つ。

 魔力が込められてすぐの物ほど長持ちするのだから、より上質な物を選ぼうとするのはこっちとしても当然の権利なのだ。コンビニで、奥にある牛乳を取る行動と大差はない。


「うちの客にはこの店を勧めているからチャラだろ。宿屋の宣伝効果を甘く見るな」

「そりゃあそうなんだけど……顧客数の問題もあって、素直に感謝出来ないのも事実なんだよな。はあ、また魔王でも蘇ってくれねかなぁ。それならもっと大々的に品数を増やせるんだが」

「馬鹿なことを言うな。平和が一番だ」

「ま、違いねえか――ほら、とっとと帰れ。アンタに居座られると別客が寄りつかなくなるからな」

「へいへい。んじゃ、ありがとな。また在庫が切れたら頃にでも」

「あいよ。出来るだけ先のことだと願いたいよ」


 力なく手を振る店主に礼を言い、店を去る。よし、買い出し終了。

 夕食の支度にはまだ早い。

 このまま町を散策して時間潰……散歩でもするか、と歩き出したその先にニコニコ笑顔の少女が立っていた。

 

「マサ兄様、今日はもうギルドにはいかれたのですか?」


「人違いだ、他を当たってくれ」


 予想可能、回避不可能のエンカウントに対し、フードを深く被って回れ右――をしたのだが、目の前に回り込まれていた。


「そんなわけありませんわ。その身体中から漂う駄目人間の気配、マサ兄様に間違いありませんもの」


 ミナ=クロフォード。

 ファーストネームの示すとおり、シロアの妹である。

 着物のような宿の制服に身を包むその姿は。髪が少し短いことと身長が低いことを除けばシロアにうり二つ。背格好こそメイリスやリズと同じくらいの幼気な少女なのだが、この娘見た目に寄らず黒い。

 性格はシロアとは真逆で、慇懃無礼という言葉を隠す気も無く、常時笑顔に毒舌を添える。とりわけ俺限定で。


「あのさ、もうちょい言い方って物があると思うんだが」

「駄目人間より、ご自分により相応しい表現方法があると? またまたご冗談を」


 うむ、冷徹。寒気がするくらいには遠慮がない。

 初めてまともに会話したのは、シロアの宿へとやってきた初日の事だが、その時はここまでひどくなかった気がする。

 方法はどうあれ、ミナの窮地を救ったということで感謝もされたはず。

 それが日に日に言葉への棘が増えて行き、今では笑顔とのギャップも相まって立派な恐怖対象。

 ここ数日では宿以外でも俺の後を付けてきているようで、ことあるごとに同じ事を繰り返してくる。


「少しは、メイ姉さまやシロアのように然るべきご自身の職務を全うされてはいかがですか?」

「と、言っても俺は契約者だしな。職務だとか、そこまで守護者活動に縛られるいわれは無いんだが」

「気概を見せて下さい、と申しております」


 ミナの主張は、一貫して『守護者としてモンスターを狩れ』という内容だった。

 しかし生憎と今の俺には冒険したいなどという開拓心なんぞ持ち合わせていないため、その言葉には容易にうなずけない。

 憧れていた異世界ファンタジーではあるが、実際に体験していると死の恐怖と隣り合わせの守護者活動はそれほど魅力的な物でもなかった。

 バジリスクの一件は例外のようで、あれ以降フィル=ファガナに強力なモンスターが襲ってくることは無い。

 そんな中、フラワータートルを含む雑魚モンスターであっても、討伐依頼を受けることへの積極性を欠くのは情けないことだが恐怖心からだ。

 結局の所、傷つくことや、死の恐怖と戦える勇気が俺にはなかった。

 元々モンスターと戦ってきたこの世界の住人とは違い、価値観の相違ってものがある。

 が、それを説明したところで無駄なのは、既に実践済み。


「聞いていますか、マサ兄様?」

「大丈夫だ。問題ない。ところで、今日は良い天気だな」

「露骨に話を逸らさないでください!」


 ミナの言及に対し、のらりくらりとその場をごまかすのも俺の日課となっていた

 話が平行線を辿るのなら、無駄な反論をしても火に油を注ぐだけだろうと、この話題に関しては左から右状態を維持するのがもっとも平和的な解決方法。

 事なかれ主義万歳。


「真面目な話、ギルドに行っても俺が受けられる依頼なんか無いと思うぞ。簡単な採取依頼も無いみたいだしな」

「メイ姉様がいるじゃないですか」

「……あいつと一緒だと、むしろ依頼の難易度が上がりすぎて俺じゃ役者不足になるんだよ」

「一理ありますが、地道な経験を積むことは大事ですわ」


 どうあっても俺を守護者として成就させたいようだ。何がミナをそうさせるのか、理解しかねる。


「分かった分かった。でも、今日は飯の準備があることだし――――明日から本気を出す!」

「昨日も、その前も、そう仰っておりましたよね? 仕込みは、カルネ叔父様にお願いしましたし、今日こそは私の目の前で証明して頂きますわ」


 ガシッと、右手を掴まれる。

 む……今日は中々に手強い。

 どんな心境の変化か、いつもならこの辺りで納得してくれるはずなのだが。


「さあ、ギルドに行きましょう!」

「いや、俺はだな、」

「行くんです」

「話を――」

「行け」

「…………はい」


 予想以上の、あまりにも強引すぎるミナの奇行。

 とはいえ、反発する気が起きなかったのは、ミナの眼が笑っていないことに気付いたからである。

 マジで切れちゃう五秒前。

 例え年下だろうが、シロアと正反対の性格であるこの子は怒らせるとそれはそれはおっかないのだ。

 

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