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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
一章
18/54

(18)意外な繋がり

 

 ……どうしてこうなったのか。

 事の発端は、そう複雑な話では無かったはずだ。


「これも避けますか……想像以上ですね」 

 

 しかし、今俺の目の前で何がどうなっているのかを語ることは容易ではない。


「ふむ――老体は、もう少し労って貰いたいですな」

 

 時折聞こえるのは、メイリスとヴィルダンスの声。 

 どちらも、その姿はほとんど見えない。

 たまに残像みたいなのが出たり消えたりしているのが、辛うじて視界に入るだけ。

 想像するに、高速の乱打戦を行っている────のだと、思う。

 断言できないのは、先の通り俺の視力では見えていないからに他ならず、次元の違う戦いが行われているであろう空間をアホ面で眺めているのが、今の俺に出来る唯一の反応だ。

 衝撃波じみた音と、その直後に発生する空気の振動を肌で感じながら、俺とシロアは棒立ち状態。

 シロアに至っては茫然自失。文字通り空いた口が塞がっていないが、俺も似たようなもんだろう。


「感謝します、ヴィルダンス。とても――滾りますっ!」


 ダンッと、天井に何かがぶつかるような衝撃が奔る、


「地下ですので、くれぐれも全壊させぬようお願いしますよ」


 ――と、思った瞬間には、別の場所から違う破裂音がする。


 両者の動きたるや、人外ここに極まれり。

 もうどうにでもなれ、と脳が思考を放棄しそうになる前に、この現状に至った原因を不本意ながらもう一度整理しておこう。


 ……ああ、確かヴィルダンスがこの店にやってきて、そこから話が始まったんだっけか。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼


「久方ぶりのお客様かと思えば、顔見知った方だとは。これも、縁ですかね」


 柔らかく微笑むその表情はいつもと変わらず、ヴィルダンスはさして驚いた様子も見せずにそう言った。


「あんた、宿屋以外の経営もやってたんだな」


 シロアも似たようなことをしていたが、この世界では複数の職種に就く決まりでもあるのだろうか。

 一人で宿屋と道具屋の二店舗を掛け持つなんて、並大抵のことじゃないぞ。

 素直に感心していると、ヴィルダンスは小さく首を振る。


「いえ、私はあくまで代理店主でございます」

「え? ここって、ヴィルダンスさんのお店じゃないんですか?」

「おや、シロアには言っておりませんでしたかな? この店の所有者は私の知己でして、今は管理を任されているだけです。店内の商品も、現店主が集めていた物を販売しているに過ぎません」

「でも、いつも治癒薬や、魔力回復薬が置いてありますよね? 使用期限とかどうなっているんですか?」

「あれは、私が個人的に生成した物を提供しているにだけです。どうしてもの場合は材料さえいただければ、とはそう言う意味です」

「はぅ……知らなかった、です」


 シロアは何度か通っていると口語していたこともあってか、ヴィルダンスが代理店長だという新事実の発覚に軽くショックを受けているようで、頬を染め、小さく項垂れた。

 馴染みの店だと紹介しておきながらその店の店主だと思っていた人物に「実は私の店ではないんですよ、これ」などと言われれば、赤面する気持ちも分かる。

 そんな気まずい雰囲気の中、どうフォローするべきかと考えていると、ヴィルダンスが俺の前まで歩み寄ってきた。


「それよりも、お客様には謝罪しておかなければならないことがございます」


 唐突に、そして見事な最敬礼。


「い、いきなりなんだよ。謝罪……って、身に覚えが無いんだが?」


 前触れもなく頭を下げられても、理由が分からない。


「このたび、少々訳あってこの町を離れなければならない理由ができまして……現在、お客様がご利用なされている宿を、一時的に休業という形を取らざるを得ない状況となってしまいました」

「あ、そう言うことか――と、取りあえず頭を上げてくれ。そんなに畏まられると、こっちも話しづらいって」

「ご配慮、痛み入ります」


 我が強い奴とばかり接しているせいか、ヴィルダンスの慇懃な振る舞いは少し苦手である。

 劣等感と言うほどでもないのだが、礼儀正しい人柄に接すると、どうも萎縮してしまう。

 個人的には、もう少し砕けた話し方をしてくれた方が話しやすいのだけれども、俺の偏見においてヴィルダンスのイメージは完璧執事という形でインプットされているので言いづらい。

 ……とにかく、そう言うことならば、今は新しい宿を探す必要があるようだな。


「あー、代わりにって訳じゃないんだけど、宿屋同士の繋がりというか、良かったらヴィルダンスの知っている別の宿でおすすめの所なんか無いか? この町の事はよく分からないから情報だけでも貰えると助かるんだけど」

「そのつもりでしたが…………シロア、お願いしてもよろしいですか?」

「――え、何をですか?」


 ヴィルダンスの言葉で、我に返るシロア。


「宿の話です。もしシロアの所に空き部屋があれば、こちらのお客様の為に用意してくれませんか?」

「えっと、大丈夫ですよ。私の所もそんなにお客さんがいるわけではありませんし、何部屋か空いていた筈です。その……マサヨシさんが良ければ、ですけれど」

「いや、俺は普通に助かるんだが……」


 助かるんだが、これがシロアの家に居候する、という選択肢でないことは話の流れから明白だ。

 となると、一つ気になったことがある。


「もしかしてシロアのやっている店って、宿屋なのか?」

「そうですけれど……それが、どうかしましたか?」


 どうかする。聞いてねえよ。

 依頼を受けた時、宿屋を探していることは既に伝えていたはずだが……。


「――シロア、お客様の表情から想像するに、どうやら話していなかったようですね」

「え、え。でも、初めて会ったときに自己紹介をして、あれ? もしかして……言ってませんでしたか?」

「残念ながら、治癒薬の材料を取るために依頼を手伝ってくれと言われただけだな。宿泊先の用意云々は言ってたが」


 拙い記憶を辿るが、大体そんな話だったはずだ。


「おそらく、言いそびれいたのでしょう。シロアは問題に直面すると、冷静さを欠く部分がありますからね」


鋭いヴィルダンスの指摘。シロアの性格からして、相当テンパりやすいのだろう。


「あぅ……それ、以前も言われました」

「何度でも言いますよ。物事には冷静に、客観的な視点を持って対応するべきです。守護者であれば、それはなおさら。付与師(エンチャンター)として後方支援が主なシロアは、その判断が仲間の窮地を救うこともあるのですから」

「き、気を付けます」 


 ヴィルダンスの言葉は深みがあり、他人事のようには聞こえない。俺も心に刻んでおく必要があるな。


「説教じみた真似をして、申し訳ありません。ですが、人生の先達としての助言と捉えて頂ければ幸いです……ところで、本日はどのようなご用件で?」


 ヴィルダンスは、そう言ってシロアに向けていた視線をこちらに投げかけてきた。

 道具屋に来る理由なんて一つしかないだろうが、ヴィルダンスが聞いているのは具体性だろう。

 だとすれば、困ったことがある。

 そもそも一括りに魔道具と言っても、どんなものがあるのかを知らない。

 なにせ、野菜で治癒薬が作られる世界だしな。

 アバウトに尋ねたところで、困惑させるだけだろうが……まあ、黙っていても始まらないか。


「そのことなんだが、実は――――」


 かくかくしかじかと、ここに来る経緯や、守護者経験が浅い俺の状況、シロア達とパーティを組んでいることなどを説明したのだが、


「承知しました。では、お客様の予算内でご用意させて頂きます」

 

 どうやら杞憂だったようで、話を聞き終えたヴィルダンスは平然と返答する。


「では、お客様にはご迷惑をおかけしたと言うこともありますので、要望にお応えしてご用意いたしますが、それでよろしいですかな?」

「要望に応える……て、ヴィルダンスが?」

「はい」

「ヴィルダンスさんは、国選特別認定者にもなった、超一流の魔芸師(クリエーター)なんですよ」

「正確に言えば『元』ですね。とはいえ、僭越ながら引退した身ではありますがまだ腕はさび付いていないと自負しております」  


 この世界において、魔道具とは、魔力そのものが形を持った物と、魔力を込めて加工された道具一般をさすらしく、その辺りは俺が持つ異世界の魔法道具(マジックアイテム)といった認識とそう代わりはない。そして、市販に流通している治癒薬や魔導符(マジックシール)等の魔道具はその町に存在する魔芸師(クリエーター)の監修の元作り出されているそうだ。

 詠唱師(ソーサラー)を超える魔力運用能力、付与師(エンチャンター)を凌駕する、超長期間の魔力安定技術。その一点に関して秀でている職種、それが魔芸師(クリエーター)

 反面、戦闘技術一般はからきし皆無であるというのが通説だそうだが、ギジャ盤遊技でヴィルダンスの俊敏性を感じ取った俺からすれば、冗談はよせ、と言いたい。


「それでは、お客様の魔力を調べさせて貰います。シロアは以前に終えているので、もう必要ありませんね」

「え、私も何か作って貰えるんですか?」

「シロアはパーティ仲間なのでしょう? 今回に限り特別です」


 その言葉にシロアは嬉しそうな笑みを浮かべたが、直ぐに表情を曇らせる。


「あ……でも、私だけと言うのも……やっぱり、いいです」


 危惧したのはメイリスのことだろう。

 同じパーティ仲間であるのに、自分だけヴィルダンスに魔道具を貰うのは気後れすると言った所か。


「ヴィルダンス。その、実は俺たち三人のパーティなんだ。金ならなんとしてでも払うから、もう一人分だけ頼みたいんだけど……」 


 国選って言われるほどの腕利き魔芸師(クリエーター)が、直々に魔道具を作ってくれるという機会だし、ここは俺も図々しくお願いしておこう。こういったチャンスがまた訪れるか分からないしな。


「構いませんよ。あと、今回の件はお客様へのお詫びを兼ねてますので、対価を頂くわけにはいきません」


 過剰とも言える、サービス精神満点の言葉が返ってきた。今後はヴィルダンスには足を向けて寝られそうにない。


「ただ、日が暮れる前にはこの町を発たねばなりませんので、時間的な都合上あまり多くの数を作ることは難しいですね」

「むしろ、三人分作ってくれることに申し訳なさを覚えるな……メイリスの奴、何処まで行ったんだ?」


 よほど気になる物でもあるのか、メイリスの姿は見えない。


「あ、私呼んできますね」


 言って、シロアは店の奥へと向かっていった。


「では、お連れの方を待っている間に終わらせておきましょう。失礼します」

「お、おう」


 言うが否や、ヴィルダンスは目を閉じて、俺の両肩に手を置いた。なにやら緊張する。

 身体には何の変化もないのだが、ヴィルダンスの表情は真剣そのもので、大人しく黙っていることにする。


「――――これは?」


 呟きと共に、ヴィルダンスが目を見開く。その視線の方向は、俺の腰元に向けられていた。


「え、何? 何か問題があったのか?」

「失礼ですが、このナイフ……どこで手に入れたのですか?」

「この町に来る前、アムカって言う俺を助けてくれた守護者がくれたんだ。武器屋の店主に鑑定して貰ったら神具(ロストウェポン)だとか言われたんだが、まだ俺には扱いづらいよ」


 別の武器と取り替えようにも出来ないしな、と自虐気味に笑う。


「初めて聞く名の守護者ですね。それにしても……神具(ロストウェポン)ですか」

「もしかして、このナイフの事を知っているのか?」

「いえ、そうではありません――お客様は、魔力と言った物についてどこまでご存じで?」

「魔法を使うのに必要な力って感じだな」


 科学の力で科学力。運動するエネルギーで運動エネルギー。ならば、魔法を使う力で魔力。

 あまりに安直な答えだとは自分でも思うが、詳細なんぞ知ったこっちゃ無い。

 弁解するわけではないが、この世界外の人間なら、大体こんな回答になるのではないだろうか。

 元々縁のない力であることもあり、説明しろと言われても無理からぬ話だ。


「ええ、そのような認識で大丈夫かと。付け加えますと、魔力とは千差万別。類似した物はあれど、個々の魔力の波長が完全に一致することも無いのです」


 ニュアンスは分かる。細胞レベルでの同一人物が存在しないように、魔力にもそれぞれ違いがあるということだろう。


「不可解なことですが、そのナイフに込められた魔力が、昔私が出会った人物の物とまったく同じ波長をしているのです」

「このナイフを作った人物が、ヴィルダンスが以前に出会った魔力の持ち主ってことじゃないのか?」


 これまた奇妙な縁だが、そこまで訝しむものでも無いような気がする。


魔芸師(クリエーター)が作った魔道具には確かにその魔力が宿ります。しかし、人の手に渡るに連れてその波長は変化していき、魔道具が作り手と同じ魔力を持ち続けることはありえないのです。そして、その方は魔芸師(クリエーター)でも、付与師(エンチャンター)でもありませんでした」


 そうしてヴィルダンスは黙り込む。

 今この場にアムカがいれば全て解決するのだろうが、そこまで都合良く話は進まない。

 実はこのナイフ盗品だったとかっていう、オチはないよな?

 神妙な顔つきとなったヴィルダンスを見ていると、言いようのない不安感に襲われる。


「――いえ、考えすぎですね。おそらく、かなり似た魔力の波長を持っているだけだと思います」


 しばらくして、ヴィルダンスはいつもの物腰で口を開く。

 謎の緊張感から解放されると同時、メイリスとシロアが店の奥からやってきた。

 メイリスは俺とヴィルダンスを一瞥すると、


「……大事な話の途中でしたら、席を外しますが」

「お気になさらず。おや、貴方は昨日お会いしましたね」


 そういや、この二人は俺が気絶している間に面識があったんだっけか。


「メイリスと申します。魔芸師(クリエーター)である貴方が、私たちに魔道具を作ってくれるとシロアから聞いたのですが……私はロギンが無いので、結構です」

「それがね、メイリスちゃん。特別に無料で作ってくれるらしいんだよ」

「……正気ですか? 個人への製作はかなり高額になるはずですよ?」 


 正気ときたか。まあ、市場に出回る魔導具を作り出せる魔芸師(クリエーター)。一個人に対しての完全受注(ワンオフ)なんて、俺でも高いことくらいは想像できる。メイリスの驚きも当然だろう。


「ほんのお気持ちですので、気になさらないで下さい」

「……そうですか。しかし、私は撃闘士(アサルター)ですし、現状これと言った物を必要としていませんので」


 相変わらず物欲がない奴だ。

 こういうときは、何か適当な物を貰っておけば良い物を──と、そこでふと思い出した。


「そういや、壊れた魔道具の修理とかは出来ないのか?」


 ポケットに入れっぱなしだった処分品(ゴミ)──もといチョーカー型魔道具の、なれの果て。


「まだ持っていたんですか、それ」


 身体変化(ディフォメーション)だかの魔法が付与されていたそれを取り出して、ヴィルダンスに問いかけると、メイリスが意外そうに言う。


「単に忘れてたんだよ。もしこれが直せるなら、役に立つだろ」

「それはそうですが……物理的に壊れたわけではありませんし、無理だと思いますよ」

「分かるようで分からん」

「ええと、多分メイリスちゃんが言いたいのは、この魔道具に魔力が残っていないって事だと思います。魔力霧消(マナショート)って言うんですけれど、魔道具にはおおよそ使用できる回数が決まっているんです」


 シロアが補足。つまりは、電池切れってことか。


「そういうことか。なら、魔力の補充みたいなのは出来ないのか?」

「この魔道具の製作者であれば、あるいは。しかし、これは貰い物でして制作者不明です。それに元々長く使っていた物で経年劣化ありますから……まあ、その点に関してはギルガに心当たりがあるそうですし、気長に待ちます――――どうかしましたか?」


 怪訝そうなメイリスの視線を追うと、珍しいことにヴィルダンスが眉を顰めている姿が見受けられた。


「……いえ、昨日の五点鐘の際、町を防衛するに当たり、その名を聞いたときから懸念はしてはいましたが、まさかこれほど早く接点があるとは思いも寄らなかったもので」


 小さく、嘆息。


「ギルガのことか?」


 要注意人物(ギルガ)の名に、ヴィルダンスは僅かに反応を見せた。


「長年生きておりますと、世界の狭さという物を感じやすい時期がありますが……これを縁と割り切るには、まだまだ己の未熟さを痛感いたします。彼の実力は目を見張る物があるのですが、ただ、基本的に問題ごとばかり持ってくる性格には参っておりましてね……」


 今のヴィルダンスから感じるのは、苦労人の気配そのものだ――まったくもって同感だな。


「では、この店にある結界もそのためですか?」

「半分正解と言ったところです。先にも申し上げましたが、この店は預かっている物ですので、多数のお客様を招くには人手不足と言うこともありますから……しかし、良くお気づきになりましたね」

「偶然です。外からでは感づけませんでしたが、内部に入ればその部分だけあまりに不自然だったため、感知が出来ました」

「結界って……何の話だ?」

「さ、さあ。私には分かりません」


 耳打ちしてみるが、シロアもまた不可解な内容らしい。


「この店には、高度な人払い用の結界が張られています。店主が魔芸師(クリエーター)という事であれば、納得がいく話ですが……私もシロアに言われるまで認識できませんでした。恐らくは、この店に訪れた事のある人物、そしてその人物に存在を指摘された者以外には識別不可能な結界……といった所でしょうか」


「ご明察です。念のため申し上げますと、別に彼を嫌っているわけではありません。ただ、出来うるだけ穏和に暮らしたいのがささやかな望みでして」


 これだよ。やっぱり、ギルガに対しての普通の反応はこうなんだよ。俺は間違っていなかった。

 根本的にギルガ本人に問題があるんじゃないかと言う俺は感想は、正しかったのだ。

 恐るべしギルガ。要注意ギルガ。


「あ、あの、ちょっといいですか」


 おずおずと、遠慮がちにシロアが挙手する。


「どうした、シロア?」

「えっと、そのギルガさんって人がギルドで見たメイリスちゃんの知り合いって事は分かるんですけれど、そのギルガさんはこの魔道具の修理ってことで人を探していたんですよね?」


 はい、とメイリスが肯定。


「と言うことは、この魔道具を作ったのはヴィルダンスさんって事になりますよね?」


 確か魔道具は作った魔芸師(クリエーター)にしか作り直せないって話だったから……ん?


「はい。この魔道具は、昔ギルガに頼まれて私が製作した物です」


 いや、直せるじゃん!

 正直、戦闘用魔道具にどんなものがあるのかは知らないが、メイリスの戦力ダウンのきっかけとなった壊れた魔道具の制作者が目の前にいる。


「あまりに都合が良すぎる気がしないでもないが……ま、まあ、取りあえずこれの修理に対する問題は解決しそうで安心した。メイリスも、それでいいだろ?」


 幸いにもメイリスは何かを欲している様子はない。答えなんか決まっているだろう。


「ヴィル、ダンス…………? まさか、黒影?」


 が、メイリスは、なにやらぶつぶつ独り言を呟いていたかと思うと、


「――魔道具は結構です。それよりも、私と立ち会って頂けませんか?」


 よく分からんことを言い出した。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼


 その後、ヴィルダンスはそんなメイリスの問いに、あっさりと承諾。

 それなりの広さが必要とのことで、魔道具製作の際に使われるという、地下室へと案内された。


 そうして今へと、至る。


 石造りの頑強そうだった室内は、今や無残。

 床は抉れ、壁は削れ、現在進行形で傷跡を増やしていく様子は、無機物ながら見ていて痛々しい。

 五メートル程の高さにある天井にも、めり込んだような足跡がいくつか見える。

 俺の知っている物理法則はさじをぶん投げたようだが、頼むから重力、仕事をしろ。

 なぜか俺とシロアの周辺だけ無事なのは、二人ともこちらを気遣う位の余力はあるとみていいのだろうか。

 ともあれ、依然地下室の破壊活動は続けられており、それ行っているのがメイリスやヴィルダンスの肉体一つとくれば、両者の異常性を示すには充分過ぎて目眩がしてくる。

 悲劇的ビフォーアフター。何てことをしやがっているのでしょう。


「これ、いつまで続くんだ?」

「さ、さあ……でも、止められそうに無いんですけれど」


 激しく同意。

 仮に、定期的に聞こえてくる破壊音がどちらかの攻撃による物だったとして、そんな渦中に足を踏み入れることは自殺志願者か馬鹿のどちらかと言うことになるだろう。言うまでもなく、俺はどちらも願い下げだ。


「はは……二人とも、すっごく速いな」


 もはや、小学生並みの感想しかでやしねえ。 


「そうですね。言っては何ですけれども……色々おかしいと思います」


 シロアも考えていることは概ね同じのようで、武力に自信のない俺たち二人はどちらかが疲れるのを待つという消極的な方法を取らざるを得なかった。

 余談ではあるが、両者の激闘はしばらくの間続き、ヴィルダンスの予定も相まって結局専用魔道具とやらを作る時間が無くなり、かつてヴィルダンスが作ったという魔道具を数点と人数分の治癒薬貰うことで話は纏まった。

 いや、俺の知っている道具屋に行くシチュエーションとやらにかなりの語弊があったのだが、シロアは気にしていなさそうだったし、メイリスは満足そうだったしで、一応は問題ない……のか?

 腑に落ちない点もあるのだが、異世界にて初めての道具屋訪問はそんな形で幕を閉じた。

 

 思うところが無いと言えば嘘になるが、ようやくスタートラインに立てた気がした、そんな異世界生活の始まりを感じていた。

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