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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
一章
15/54

(15)快癒薬


 この町よりはるか遠方に、一つの大国がある。

 国としての戦力、知名度などは間違いなくこの世界で随一。

 以前ここの守衛に聞いた話を繰り返す内容だが、不沈が二つ名であるフィル=ファガナとは対照的に、圧倒的な攻撃性で魔王軍と戦い続けてきた諸国を代表する、最も武力の集う国。

 魔物が現れたと聞けばすぐさま先鋭の騎士団が駆けつけ、悪質な教団が暗躍していると聞けば拳で説得する。基本的に先々の先を取る戦術を好み、何かが起こった時には対処が終わっているほどの迅速さをモットーとしているとか。そんな風潮からやや知性に乏しいと思われがちなのが、実質は理性を抑圧していないだけだったりする。

 国が掲げる法律はただ一つ。


『目に見える悪は、殲滅対象』


 裏を返せば、公になっていなければ割となんでも許されるというがばがばな法律。

 なお、犯罪率はほぼ皆無らしい。

 割と無茶苦茶な国ではあるが治安維持等の公務はしっかりとこなされているようで、現在も魔法開発や騎士教育には力を入れており、高名な守護者のほとんどはこの国出身だとか。

 守護者ギルドの総本部があるベルディナス王国――通称王都。


 アルフレッド=ベルディナス。


 その武闘国家ベルディナスの、直系第三王子。

 階級六を持つ、頭に超が付いてしまうほどの一流守護者。

 個々の武力もさながら、いくつかの未開ダンジョンの踏破や、つい最近ではキマイラとか呼ばれるバジリスク以上の強さを持つモンスターの単独討伐など、その功績は計り知れない。

 正義感に満ちた誠実さを持ちながら人当たりも良く、民衆の為に自らを鑑みないその姿勢などから、王都から遠く離れたこの町でもそれなりの人望を持っているらしい。

 そんな貴族を飛び越えて王族である人物。

 彼がなぜ王都から離れたこの町にいるかといえば、元々自らの見聞を広めるため様々な町を回っている旅の途中だったのだが、先のとおりキマイラとの戦闘後、療養を兼ねて長期滞在中だったとか。

 

 以上、セフィアによる王都及び、アルフレッド某の簡易説明である。


「一国の王子にに手をあげるとか、何てことをやらかしてくれているんだ。お前は」

「……こめかみを拳で圧迫するのはやめてください。くすぐったいです」


 そんな超一流の守護者を一蹴した馬鹿が、ここにもう一人。

 いまだ動けぬメイリスに、両手を用いたぐりぐり攻撃を行使するが、いろんな意味で堪えていない。

 貴族を通り越して王族の、それも世界大国の跡継ぎ候補に何してくれちゃってんの、コイツ。

 王族のパーティメンバーだとかどうとかは金ピカ本人の談ではあるが、要するに護衛というか家臣って感じだろう。

 馬鹿の持つ尊信の度合いはさておき、お供としても主君を半殺しにされてその事実を黙認していると見なされれば責任問題待った無し。立場上、黙っていられないのも頷ける。

 口からの出任せで丸め込めたのが唯一の救いだったが、下手をすると国と戦争が発生する可能性レベルの事案だったらしい。

 顔も知らぬベルディナス王とやらが過保護でないことを、切に願うばかり。 


「いやぁ、私も驚きましたが、アルフレッドさんは人が良いですから。多少のいざこざ程度では大事にはいたらないと思うので、心配しなくても大丈夫だと思いますよ」


 良い人ではなく、人が良いと言ってしまうあたりセフィアも大概だ。

 確かメイリスにぶっ飛ばされて重症とか聞いたけど、それは多少のいざこざというカテゴリーに収まるものなのだろうか。この世界の基準は理解に苦しむ。

 とはいえ、なんとかなるだろうなんて曖昧なセフィアの言葉を鵜呑みにするわけにもいかない。折り合いを見て謝罪しておこう。

 既に事後で、当事者ですらない俺に非はないであろうが、連帯責任どうこうで飛び火するのだけは全力で回避せねば。

 

「もうお前、そのままでいろよ。動けなきゃ問題も起こらないだろうしな」

「それは困ります。口と視線ぐらいしか動かせないのは、有事の際に対処できません。早くなんとかしてください」


 メイリスは、催促するように眼で訴えてくる。いや、そこじゃない。


「反省しろと言ってんだよ!」

「と、取りあえずメイリスちゃんを元に戻してから考えませんか?」


 険悪なムードに成りそうな事を察したのか、シロアがそう言った。


「まー、このままっていうのも問題ですしねー。あ、おにーさん、もう一杯おかわりでっ!」


 何杯目か分からない注文をしながら、セフィアがそれに同意。どんだけ飲むんだよ。


「……っても、どうやったら戻るか知らないぞ。やっておいてなんだが、俺の知識じゃどうすればいいのか検討もつかない」


 その言葉に、シロアは考え込むように頬に手を当て、


「行動不能ということは体力が失われているんですよね? 回復魔法……は誰も使えませんし、治癒薬を飲ませてはいかがでしょう?」

「……治癒薬か」


 アムカに貰ったものを思いだす。未使用のものが一本だけ。


「取りあえずこれも何かの縁。遠慮なく召し上がれくださいメイリスちゃん」


 と、セフィアは何処からとも無く取り出した治癒薬を半ば無理やりメイリスの口に付け、その中身を傾けた。


「んっ……んぐっ!」


 メイリスは何とかこぼさないように飲み込んでいくのだが……絵面にくるものがあるな、これ。

 試験管のような筒状の瓶に入った黄色い液体が、徐々にその中身を減らしていくのが確認できる。

 本来の使用方法なのだろうが、俺は未体験。

 味はどうなんだろうとどうでもいいことを考えていると、


「駄目ですね。効果が無い……というより、治癒薬の回復量が足りていないみたいです」

「なんと。んー、時間経過でどうにかなればいいのですけれども……こればかりは前例が無いのでなんともいえませんね」


 どうやら無理だったようで、セフィアは腕を組み考え込むそぶりを見せる。


「状態異常ではなく体力の減少によるものだと解呪(ブレイクカース)も無意味ですし……うぅ、ごめんなさい、回復魔法を取得しておけば良かったです」

「いや、シロアは悪くないんだから謝らなくていいだろ」


 一人項垂れている姿を見て、シロアをフォローする。

 責任感を持つというのは良いことかも知れないが、何でもかんでも自分の落ち度のように捕らえるのは悪い癖だ。

 付与師(エンチャンター)が回復魔法を使えるというのならば、それは今後の課題としてみてくれる程度で充分なんだが。


「……もういっそ、責任とってメイリスさんが元通り動けるまで、マサヨシさんがお世話をするという方向性でいきましょうか。宿にでも連れて行って介抱するまでが男の潔さってものですよ」

「待て。なんでそうなる」

「原因」


 セフィアに、指を指された。


「おいこら教唆犯。責任の一端はお前にもあるんだぞ」

「あははー、難しい言葉は分かんねーですね。提案はしましたが、強制した覚えはございません」


 セフィアはどこぞの政治家のような言い回しで、あくまでもこの現状を押し付けるつもりらしい。


「マサヨシの宿に泊めて頂けるなら、その点に関してはむしろお願いしたいところですね。今朝方言いましたが現在宿無しの身でして、野宿よりはそちらの方が助かります」 

「いや、何言ってんの。お前」 


 あっさりと告げるメイリスは、やはりどこか抜けている。

 自らの発言に一欠片の疑問も浮かべない、世間知らず丸分かりの姿。

 常識外れもここまでくると、問題があるんじゃないのか。


「メイリスちゃんと、マサヨシさんが一緒の宿に────って、メイリスちゃん! 女の子が男の人と一緒の部屋に泊まるなんて、そんなにあっさり言っちゃ駄目だよ!」


 黙って見守っていたシロアも、メイリスのその発言に声を上げて反論する。


「なぜですか?」

「それは、その……いけないことだからです!」


 うまい言い回しが思い浮かばなかったのか、頬を染めて言い切るシロア。

 ああ、やはりシロアは良心だな。常識人すぎて心が休まる。大丈夫だ、お前は間違っていない。


「つまりシロアさんは、マサヨシさんがメイリスちゃんに欲情してしまって襲うんじゃないのかって心配をしてくれているってことですね」

「こ、声に出さないでいいですっ! そういうのではなく、その、一般論です!」


 間違っているというか、ずれているのはメイリスとセフィア(こいつ等)だな。


「よく分かりませんが、マサヨシは私に欲情するのですか?」

「ないかなぁ」


 なんとなくそういう流れも読めたので、考えるよりも先に口が動いた。

 冷静に考えなくても当たり前だ。最初に見た姿ならいざ知らず、今のメイリスに欲情するとかありえない。

 可愛いとは思う。しかしそれはあくまで外見の、もっと言えばぱっと見た印象によるものでしかない。

 俺個人のフェティシズムとして、年上がいいとか年下がいいとかは置いておいて、この数日間、短いながらも近くで見てきたメイリスに対しての感想は男女間のあれこれを凌駕するものがある。

 無論、この先にまた違う感情変化が起こらないとも言い切れないが、今のところ俺の守備範囲外だ。

 何よりもその、力こそパワーといった根本的な性格部分からして劣情する対象になりえない。


「では、この件は忘れますのでマサヨシの宿部屋に私も泊めてください。シロアかマサヨシのどちらかにお願いできれば、とも思っていましたので」

「メイリスちゃん、私の家に泊めてあげるからそれで我慢して! マサヨシさんがそういうことをするってわけじゃないけれど、軽々しく同じ部屋に泊めてなんて男の人に言っちゃ駄目だからね!」


 必死と表現できるほどに取り乱しているシロア。なんかそこまで言われると、俺がメイリスを襲う前提で会話が成立しているみたいに聞こえるぞ。やらないからな。


「そうですか? では、シロアがそう言ってくれるのであれば甘えます。ギルガもいませんし、まだこの身体での野営には少し不安があったもので」


 俺やシロアの胸中などまるで理解していないようで、メイリスは極めて事務的に語る。

 危機感を持つべき部分が微妙に俺たちの想像しているものと違うみたいだが、もはや突っ込むまい。


「体力が戻れば動ける可能性はあるんだよな。取りあえず、俺の持っている分も試してみろよ」


 複数使用すれば何らかの効果は期待できるだろうと、治癒薬を取り出した。


「マサヨシも持っていたのですか。では、お願いします」


 口を開けるメイリス。つまりは、飲ませろと。


「へいへい」


 セフィアと同じように、治癒薬をメイリスに飲ませる作業に入る。

 しかし、話すために口を開くことが出来るのに他の部分は動かせないとか、このナイフの効力はいまいち曖昧だな。

 零すと勿体無い気がしたので、ゆっくりとメイリスの口に近づけ傾ける。青い液体が少しずつメイリスの口腔へと流れていく様を見ていると、「あ」とシロアが呟く。


「マサヨシさん、その中身って────」


 シロアが何かを言いかけるが、俺が返事をするよりも先に治癒薬の瓶は空になる。

 一瞬メイリスの身体が震えたのが、瓶を通じて伝わってきた。


「なんか動物に餌をやっている気分だ……シロア、今何か言ったか?」

「えっと。マサヨシさんの治癒薬の色が青かったような気がしたんですけれど、見間違いかな、と」

「あー、そういやセフィアのは黄色だったな。それがどうかしたのか?」


 色の違いがそんなに気になるのか、どこか落ち着かない様子でシロアは小さく笑った。


「シロアさんの疑問に私が答えましょう。ずばり、今の治癒薬は普通の治癒薬ではございませんね」


 セフィアがなぜか誇らしげに語る。


「? 言葉の意味が良く分からんな。普通じゃない治癒薬ってなんだよ」

「基本的に治癒薬って言うのは効能に差はあれど、どう精製しても黄色の液体になるんですよ。そこに例外はありません。しかし、マサヨシさんの持っていた治癒薬は青色をしていた──ということは、信じがたい話ですが多分快癒薬だと思われます」


 快癒薬? なんだそれは。


「メイリスちゃん、どう?」

「……動けますね。あと、妙に身体が熱いです」 

「あ、やはり後者でしたか。マサヨシさんってば、大盤振る舞いですね」


 ぐっ、とセフィアは親指をたてる。

 メイリスはというと、立ち上がり歩けてはいるようだが、どうにも動きがおぼつかない。


「シロア、説明頼む」


 セフィアに聞いても正確な情報が得られそうに無いので、シロアに問いただす。 


「快癒薬というのは最上級治癒薬の呼称でして、非常に貴重なものなんです。重症だろうが瀕死だろうが、生きてさえいれば全快できると聞いていますが……私も見るのは初めてなので」


 言われてみれば、思い当たる節はある。

 レオやアムカの非道……もとい、クレイジーっぷりはこのアイテムの存在ありきだったようにも思えるのだ。それで納得出来るかと言えば、そんなことはないが。

 しかしシロアは貴重といったが、レオたちは俺にポンポン使っていたぞ。全体的に原因はあちら側だが、その点に関しては少し申し訳ない。

 ま、場数を踏んだ守護者様達だ。金銭的余裕はあると思い気にせずいこう。


「あのー。それよりも、もしメイリスさんが飲んだのが快癒薬だとしたら別の問題が発生するのですが、それは」


 どうしましょう、とセフィアが僅かに言葉を濁した。


「別の問題……それって、急激な体力増強の影響による身体への負担でしたっけ? セフィアさん?」

「はい。快癒薬は確かに強力な回復道具なんですが……その、治癒薬とは違いその強すぎる効能を和らげるためにも皮膚に吸収させるというのが、正しい使用方法なんですよ。命に別状は無いですが、緊急時以外の経口摂取は推奨されていません」

「それを先に言え!」


 ようするに副作用があるのかよ! アムカは何も言ってなかったぞ。


「マサヨシさんがそんな高価な物を持っているなんて、私聞いてねーですよ!」


 がーっと、セフィアが吠えた。

 見ると、メイリスは顔を伏せ小さく身体を震わせており、気のせいか呼吸も乱れているみたいだ。


「お、おい。大丈夫か?」


 先ほどとは打って変わったメイリスの態度に、思わず声をかけた。


「……は、ぃ……っ!」


 紅潮した頬、視線の定まらない目。どうみても普通じゃない。


「ちょっ――と、取りあえず座ってろよ」


「いえ、今座ると……多分、立ち上がれません、ので」


 辛そうな表情のメイリスは、息も絶え絶えになっている。悪化してねえか、これ。


「一時的なものですので、おそらく一晩もすれば症状は改善されると思いますので……取りあえず、今日はお開きにしたほうが良さそうですね」


 珍しくまともなことを言ったセフィアに、頷く。

 今の状態のメイリスは、動けないだけのさっきよりも目に見えてやばそうなのが理解できる。


「確かメイリスさん、今日はシロアさんの家に泊めて貰うんですよね。歩いて行けますか?」

「これくらい……なんとか、いけ、ます」

「いや、どーみても無理っぽいですね。うーん、手伝いたいのですけれども、私もこのあと野暮用がありまして──」


 ちらり、とセフィアが俺に目線を送る。言われずとも、この状態で放置できないっての。

「あー、その、メイリスが嫌じゃなければ、手を貸すぞ」


 一応確認だけは取っておこうとそう声をかけると、


「け、結構……です」


 近寄るなと言わんばかりに、片手で制して距離を取られた。


「そこまで必死に断られると、少し気まずいものがある」

「あ、いえ……その、嫌、というわけでは、ありませんが……今は……」


 どうやら嫌悪されているという訳ではないらしい。仮にも異性と言うことで抵抗でもあるのか、メイリスにしては微妙に歯切れが悪い物言い。

 いつものクールっぷりはいずこへ。やはり、さしものメイリスも体調の悪化には勝てないか。


「……すいません、やはり今回は、遠慮しておきます。シロア、お願いできますか?」

「大丈夫だよ。じゃあマサヨシさん、セフィアさん、私達はお先に失礼します」

「無理するなよ。シロア、すまんがメイリスの事は頼んだ」

「はい――あ、お金は明日絶対に払いますので!」

「……そんな話もあったな」


 忘れていたが、今現在の危機を思い出す。

 ま、まあ最悪ツケがきくとメイリスもいっていたし、たかが酒場の飯代……そこまでの物ではないと思いたい。

 ツケ……ツケか。

 そう言えば、もう一つ思い出したことがある。さっきの回復アイテムうんぬんで気づいたことだ。


「ついでにその時、もし時間があったら案内して貰いたいところがあるんだが、構わないか?」

「わかりました。では、また三点鐘が鳴った後にでもギルドで待ってます。メイリスちゃん、掴まって」


 シロアがメイリスに肩を貸し、よろよろと歩き出す。場所が場所だけに、酔っ払いの介抱のようにしか見えない。

 取りあえず、このナイフは人相手に軽々しく使う物じゃないな。

 データで管理されているゲームではないのだから、極力モンスター以外に向けることはやめよう。

 快癒薬の話は置いておいても、混戦で味方が瀕死とかぞっとする。


 ちなみに、シロア達が去った後は取りあえず残っている料理をセフィアと一緒に片づけ支払いを済ませた。魔魂札(カード)換金もあり、手持ちからすれば十分で、予想していたものより少し高い金額。

 無事飯代を払うことは出来たが、残金は一万ロギンを切る結果に。 

 そろそろ、その日暮らしすら危ういのだが……まあ、何とかなるだろう。何事も前向きにいこう。

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