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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
一章
14/54

(14)つい、その場の勢いで


「いるんだろ! マサヨシってやつはどこだ!」

 

 そう言って俺の名を叫ぶ男の声が、ワントーン上がる。 

 思い当たる節と言えば、やはり町を出る際ギルドで放った俺の発言か。

 それ以外の理由はちょっと思い浮かばないのだが、そこまで怒ることか?

 その声量は中々のもので、騒がしかった店内が水を打ったように静まりかえる程である。

 居酒屋的な空間にそぐわない、しんとした静謐な空気が店内に流れた。

 誰かは知らないが、わざわざ大声で呼びかけずとも、直接言いに来ればいいと言うのに……変に注目を集めたせいで行くに行きづらい。衆目の中で吊し上げられる行為に身を委ねるというのは、陰キャな身としては是非お断りしたい。

 バックれちまおうか……うん、そうしよう。

 怒っている人間に、その怒りの対象者――であると予想される、俺――が顔を出したところで、その感情は収まらないだろう。

 挑発まがいなことをしたのは俺だし、そのことによる怒りは承知の上。

 その上で、文句等は今度別の場所で謝罪します。

 ……と心の中でだけ謝罪し、声の主に気づかれぬようテーブルの下に潜り込む。


「あの、マサヨシさん……呼ばれているみたいですけれど?」


 心配そうな表情でのぞき込んできたシロアと目線があったので、口に人差し指をくっつけて黙っていろ、と諭す。

 この酒場に来て俺を呼びつけると言うことは、逆に言えば俺の風体を知らないと言うことだろう。

 ならばここは潜伏の一手あるのみ。


「悪いけど、俺はここにいないってことで頼む。身に覚えが無いこともないが、このままどっかに行ってくれるまで俺は避難させて貰う」


 テーブルの下から小声で、シロアにそう伝える。


「わ、分かりました」


 シロア達には悪いが、絡まれるのには少々疲れてきたというのが本音。

 短い経験談からするに、こと対人関係に置いてはろくな事が起きやしない。

 原因は俺であれ、黙っていて回避できる物なら、それに越したことはない。

 しかし、わざわざ俺を探すためにここまでするとは、よほど気にくわなかったのだろうか――

 

「この店に来ているのは知っている! お前とパーティを組んでいる女のことで話があるから、さっさと名乗りを上げやがれっ!」


 ……訂正。ヘイトの対象はどうやら俺では無いらしい。少しだけほっとする。

 とはいえ女――シロアとメイリス、どっちのことを言っている?

 両方とも見て分かる場所にいると思うのだが、わざわざ俺を名指しで呼ぶと言う必要性が分からない。


「……取りあえず、二人とも知らないふりしてくれ。無駄に事を荒げたくない」


 何を言っているんだ、とは自分でも思う。


「は、はい」

「……分かりました」


 微妙な沈黙が気になるが、メイリスが素直に賛同してくれるのは少し意外。

 短い付き合いながらも、ああいった喧嘩腰の相手には突っかかりそうな気配があったのだが。

 取りあえずは懸念材料が減ったことに安心しつつ、引き続いて気配を殺す。  

 男はまだ俺を捜しているのだろうか。テーブルの下にいるため、状況をいまいち把握しきれない。

 こちらからも向こうが見えないというのは、少し不便だ。


「こんなとこで、何してんですか? 覗きですか? 趣味ですか?」

「どわ――ってぇっ!」


 思いも寄らぬ背後からの声に脊髄反射で立ち上がってしまったため、後頭部をテーブルの底に殴打。

 悶絶。くっそ痛ぇっ!


「あはははー。変な声ですな」


 あっけらかんとした、それでいて小馬鹿にしたかのような台詞。

 振り向いた先には、セフィアがいた。


「酒場でかくれんぼですか? 変わった性癖ですねー。楽しいですか――わぷっ」

「んなわけねーだろっ! お前いつの間に……つーかちょっと静かにしてろ!」


 小声で怒鳴りながら、これまた反射的にセフィアの口を手でふさぐ。

 どっから沸いて来やがった。


「いいか、取り合えず黙れ。それが無理なら可能な限り小さく喋れ。アンダースタン?」


 英語を理解できたかは知らないが、セフィアがこくこくと頷いたのを確認して手を離す。


「ぷは――――予想外の出来事に、ちょっとドキリとしました。ついでに押し倒してこられたら、そのままなし崩し的になる可能性大でしたね」

「余計なことは言わなくて良いんだよ。分かったかな?」


 ドス声で睨み付けると、セフィアは親指を立てて了承の意を示した。

 天然発言なのか本音なのかどうでもいいが、頭痛の種が増えたことには変わりはない。


「で、何かあったんですか? ちょこっともめ事の匂いがするんですけれども」

「……現在進行形ですっげー間が悪いんだけど、何か用か?」

「やー、別に対した理由は無いですよー? お仕事終わったので、酒場で揉まれようかとここにやってきたら、何やらごそごそと机の下に潜り込んでいくマサヨシさんを見つけましたので、つい」

「つい?」

「何やら面白そうなことになりそうだな、と私もマサヨシさんを習ったわけです。あ、補足しておくと揉まれるって物理的じゃないですよ?」


 無駄に優れた嗅覚と行動力だ。見習いたくも何ともない。


「……最悪のタイミングだ」

「それはそーと、先ほどから名前を呼ばれているみたいですが、なんで隠れているんですか? 私、呼んできましょうか?」

「わざとか? ひょっとしてわざと言っているのか? お前は」

「はい?」


 言動が証明している。

 ただでさえややこしいって言うのに、セフィアまで絡んできたら状況悪化は火を見るより明らかだ。

 一つ一つの積み重ねで、目に見える結果に近づいていく感覚。悪魔的なピタゴラ装置。

 何かもう諦観してしまっている自分が、誇らしいような情けないような複雑な気分。


「あのぉ……マサヨシさん」


 投げかけられるシロアの言葉。それには、非常に言いづらそうな感情が強く込められている。

 返答の代わりに、シロアが座っている方向へと目を向けた。

 今の俺はテーブルの下にいるわけで、テーブルの下の俺をのぞき込んでいる状態のシロアと目が合うこととなる。ついでに言うと、その後ろ辺りに立っている誰かの下半身も見える。


「その、こちらの方が……お話があると仰っているんですが」


 おどおどとした、シロアの表情。


「お前、こんなとこで何やってんだ?」


 言って、シロアと同じようにして顔を下げてきた人物とも目が合う。

 不機嫌きわまりない眼光を隠すこともなく、その男は俺を睥睨してくる。

 それに対して、締まりのない笑顔で応えた。


「はは、元気なギルド職員と世間話をしていただけさ。いつもカウンターごしだから、たまにはこういう場所で、ってね」


「――はあ?」


 うん。何を言っているか、俺にもよく分からん。

 打開策はおろか、考えが纏まらぬまま出来る限り自然な動作でテーブルから抜け出した。

 二つの意味で生じる頭痛に辟易しつつ、怒声の主と対峙することとなる。

 金色の鎧に身を包んだ青年。俺よりちょっと年上とみた。

 取りあえず気になったところを上げると、装飾に宝石と言うか貴金属というか、びっくりするくらいにごてごてした物があしらわれおり、腰に携えた長剣も同じく、見事なまでの輝きだ。

 全身金ピカ。ハッキリ言って、すこぶる目に優しくない。


「それは置いておいて、何? 今俺急いでいるんだけど」


 発言には注意しつつも、多少は強気で攻める。

 当初の予定では、ひたすら低姿勢でこの場を乗り切ろうかとも思ったが、残念ながら長時間直視することに耐えられそうにない。


「用がないならもういいか? 今仲間と食事中なんだが」

「ま、待て。用ならある!」


 なぜか焦り出した。先ほどまで喚いていたのは本当にコイツか、と思うほどの弱々しさ。


「だから、それを早く言えよ」


 不機嫌を隠すこともなく、わざとらしくため息をついて言い放つ。金ピカには悪いが弱気が出ると収拾がつけられないので、一度つかんだ主導権は渡さない。


「くっ――その、あれだ。お前の仲間にメイリスって奴がいるだろ! あいつが俺たちのリー

ダーに怪我をさせたことは当然知っているはずだ。こっちはそのおかげで今日の迎撃依頼を受けられなかったんだよっ!」


 何だ、この頭のおかしい奴は。

 正体は分かる。男の言うとおり、先日メイリスがぶっ飛ばしたであろうパーティの一員なのだろう。

 だが、言っている言葉がまったくもって意味不明だ。


「……その、リーダー不在ってのは分かるが、それはそれとして依頼ならお前個人で引き受ければいいだろ。あ、もしかして お前も俺みたいに階級が低かったのか?」

「アルフレッド様は階級六の超一流守護者だ! お前のとこの馬鹿女が余計なことをしなければ俺たちも一緒に任務を受けることが出来たんだよっ!」

「誰だよアルフレッド様って。今はお前の事を聞いているんだよ」

「はっ。見た目通りの貧困者め。この町でアルフレッド様の名を知らないなんて、恥ずべきことだぞ」


 ――駄目だ。コイツ日本語が通用しないぞ。

 いや、異世界だからある意味当然といえるのか? ともかく、言葉が通用しない。

 会話をしようとしない。自分の感情だけをぶつけてくる。俺が嫌いなタイプだ。


「……分かりたくもないが、要するにお前はメイリスに不満をぶつけに来たと、そういう認識でいいのか?」

「その通りだ!」


 じゃあ俺関係ねーじゃん。何で誇らしげに言う。

 ……まあ、本人がそう言うのなら別段止める来もない。その辺りは両者で存分に語り合って貰うことにしよう。


「だ、そうだが?」

「思い出しました。この男、宿で最初に私に絡んできた人物です」


 その言葉に反応した男は、俺とメイリスを交互に見ながら、


「は?」

「は? じゃねえよ。そいつがお前の探している奴だよ」


 始めからメイリスに用があるなら、俺じゃなくてそっちに行って欲しいものだ。


「いや、何、だって……確かに見た目は似ているが……俺が話しかけたのはもっと、こう胸が大きくて背格好が良い女だぞ?」


 ああ納得。見た目が違うからか。


「うーん。見た目を褒めるのは良いとは思うんですが、下心が丸見えの発言ですので、公衆の場で使う表現としては及第点も上げられませんねぇ――あ、ガラナトニックお代わりでー。ほら、シロアさんも飲も飲もいぇーぃ」

「い……いただきます」


 傍観モードに徹したのか、いつのまにかセフィアはシロアの隣に陣取り、グラスに注がれた液体を飲んでいる。

 あれは酒じゃないよな? この世界の飲酒年齢は大丈夫なんだよな?


「何事も見た目で判断するのは、底の浅さが知れますよ――と言っても、度量が小さいからこそ格上に頼るのでしょうけど」

「その人を小馬鹿にしかような口調……そうか、身体変化(ディフォメーション)かっ!」


 男は合点がいったと、言葉でメイリスに食ってかかる。流石異世界人。理解が早い。


「一応言っておきますが、欺くつもりなどありませんよ。そもそもその必要すら値しませんから」

「舐めた発言するじゃねえか……不意打ちでアルフレッド様を襲った卑怯者が!」


 メイリスの眉が、僅かに動く。


「あなた達はモンスターと戦う時、『今から攻撃します』と言って攻めるのですか? 例え対人とはいえ、勝負を持ちかけた以上、相手の行動に対処できなかった事実を卑怯の一言で終わらせられるなんて平和惚けが過ぎますよ」


 その例えは極論すぎてどうかと思うのだが、まあ、一理はある。

 話を聞いたときは俺も思ったが、じゃんけんやるわけじゃないんだし、いちいち相手に合わせて動作を取るって言うのもおかしな話だ。

 なんにせよ、結果が出た以上勝負方式がどうのこうのと言うのは蛇足であろう。

 文句があるのなら、端からそういうルールを設けてやれば話はこじれずに済んだだろうしな。


「っ――だったらこの場で俺と戦えよ! 不意打ちじゃなきゃ何も出来ないってことを教えてやるよっ!」

「おかしな話ですね。貴方なんかよりもよほど強いであろう、彼に勝った私に対して教授する……一度自らの発言を、その粗末な頭で反芻した方が良いのではないですか?」


 なんか今日のメイリスはやけに饒舌だな。もしかして、あれ。実はちょっと苛ついているのか。


「上等だっ! 後悔するんじゃねえぞっ!」


 いきり立ち、腰の長刀に手を伸ばす青年。

 武器使用は卑怯じゃないのか……って待て、それはまずいだろ。


「まあまあ、ちょっと落ちつけ――――」

「お前は黙ってろっ!」

「マサヨシは、引っ込んでいて下さい」


 しまった。

 自分に関係ない場所での口論だったので見守っていたが、予想以上にヒートアップしていたみたいだ。

 予想だが、仮にこのまま勝負することとなればメイリスの勝ちだろう。

 目の前の金ピカ男の実力は不明だが、何て言うかメイリスが戦っていたときに感じた凄味……みたいな物を感じ取れない。

 俺よりは戦い慣れているんだろうが、素人目に見てもメイリスの武力はチートクラスだ。

 プライド高そうな性格っぽいし、メイリスが勝ったとしても禍根を残しそうだ。

 それはかなり、と言うかそれこそかなり面倒な事態だ。

 この場を収めたところで、難癖付けて、また絡まれて来られるほうが面倒くせえ。


「ね、ね。マサヨシさん」


 どうしたもんかと頭を悩ませていると、顔を紅潮させたセフィアが、ちょいちょいと手招きしている。

 良い調停方法でも浮かんだか?


「このまま見てたら面白いかなーと思ったんですがー、血なまぐさいのは肴にならないんですよ。つまり、ここは一発マサヨシさんの武器で、さくっと終結させてはどうかなーとか思いましてー」

「それ、メイリスにでも聞いたのか。いやでも、これって人にも効果があるのか知らねえぞ」

「ちょこちょこっと調べましたが、町の武器屋で簡易鑑定しましたよね? 守護者の鑑定書はギルドにも送られてくるんですけれど、資料を見るからに対人効果もあると思われるので、だいじょーぶです」


 いつ調べたのか、どこにそんな時間があったのかという疑問が浮かぶが、そこは腐ってもギルド職員と言うべきか。仕事が早い。


「っていっても、流石に人を刺すって言うのには抵抗があるぞ」


 こちとら仮にも一般人だ。

 口論を止めるために刺殺行為に及ぶなんて、クレイジーな倫理観は持っていない。


「あー、その辺も問題ねーですね。知っていると思いますけど、マサヨシさんの持っている武器では赤ん坊一人殺せませんよ。そういう構造になってました。なんか実力差が見えすぎて哀れって言うか、かわいそうになってきましたので、遠慮しなくていいと思いますよー」


 うむ、つくづく呪われている武器だ。使用方法が犯罪向きでしかねえ。

 釈然としないが、セフィアの言うとおり力業で押し通ることにするか。間違っても公職員が進めるべき方法じゃないだろうが、酒の席と言うことで忘れてやろう。

 言い争いはなおも続いているようで、


「お前みたいに店を破壊する趣味はないんでね。大通りに出ろ。そこで身の程を教えてやるよ!」

「構いませんよ。どうぞ、お好きな死に場所を選んで下さい」

 

 いや、殺したら駄目だろ。


「まあ、落ち着けよメイリス。元はと言えば向こうが突っかかってきたって言ったじゃないか。ここは穏便に済ませるよう話し合いでで決めようぜ」


 メイリスの肩を叩き、一応最後に確認を取る。無駄だろうけど。


「私にとっては拳で語る言葉の方が、より心に響くと思います――――なっ?」 


 背後から忍ばせたナイフを、メイリスの露出している上腕部分に軽く突き刺す。


「え、そっち?」


 背後でセフィアが何か言うが、無視だ無視。

 メイリスは力が抜けたかのようにしてこちら側に倒れてきたので、その身体を支える。


「え、何? 今日の戦いで負傷した傷が開いたって? あー駄目だわー、これは直ぐに治療が必要だわー」


 我ながらわざとらしい。

 もうちょっとマシな言い方があるだろうに、俺にアドリブ力を期待されても無理な話だ。


「マサヨシ、何を、言って……」

「よし、あんた。雌雄を決するのは、お互いが万全の状態の時にするということで手を打たないか? まさか満身創痍の小娘に決闘を申し込むなんて、一流守護者様は言わないよな? 本当はコイツが買ったことに関しても、まぐれだって分かっているんだろ?」


 メイリスには余計なことを言わせぬよう、男に対して無茶苦茶な理論をふっかける。

 平常時ならば交渉にもならない稚拙な物言いだが、おそらく見たとおりプライドが高そうな馬鹿……もとい、自信家を絵に描いたような男だ。おそらくは、


「ふん……先ほどまでそんな素振りは見えなかったが、言われてみれば顔色も優れないようだな――いいだろう、真に俺の実力を見せるには、手負いを相手にしても意味がない。もとより、この小娘がアルフレッド様に傷を負わせたことも間違いだといったはずだしな」


 良かった。やはり、手遅れの馬鹿だった。


「分かってくれたか。あ、いや、あんたには言うまでも無いとは思っていたんだが」

「愚問だな」


 ふっ、と髪をかき上げながら悦に浸る男。これはこれで、清々しさすら感じられる。


「と言うわけで、コイツには俺から言い聞かせるから、今回は勘弁してくれないか?」

「冷静に考えれば、俺が直接手を出す通りはないしな……いいだろう。だが、次は無いぞ。二度と勘違いした真似をしないように、しっかりと進言しておくことだな!」


 それは決め台詞か何かのつもりか。笑うところか?

 男は満足そうに笑みを浮かべると、俺たちの前から去っていった。

 頭が弱い奴で助かった。出来ればもう関わりたくない。


「言いたいことはあるだろうけど、苦情は受け付けないぞ」

「……もういいです。それより、早くなんとかして欲しいのですが。身体が動きません」


 力が入らないのか、メイリスは俺に寄りかかったまま目を細めてそう言った。

 抗議の視線だろうが、知ったこっちゃない。

 何はともあれ、この上なく無駄な争いを食い止められたのだからそれでいいじゃないか。


「最低限必要な犠牲だ。我慢しろ」

「うわぁ……この人躊躇なく仲間を攻撃しておいて、やり遂げた感出してますよ。ド外道ですね」


 煽った張本人が何か言っているが、だからこそ言わせて貰いたい。

 うるせえよ、と。

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