(13)ご指名はいりました
「……年下とは聞いていましたけれど、びっくりしてます」
ほどなくしてギルドにやってきたシロア。
聞けば、メイリスと共にギルドまで行こうとしたそうだが、石化から戻った状態の妹が心配だったそうでメイリスとは途中で別れて家に戻っていたそうだ。
見たまんまの意味で小さくなったメイリスを見て絶句という、俺と同じような反応をした後、そんな感想を述べた。まったくもって同感だ。
ひと悶着あったものの、何はともあれバジリスク討伐記念と先日の約束をまとめて消化するべくシロアの提案に乗っかって「早い、安い、低い」の酒場へと三人で足を運んだ。
以前よりも酒臭い空間。机に積み上げられた食べ物に胸焼けを覚えながらも、ひとまず夕飯タイム。
連戦と言うほどではないが、今日は一日中走り回った挙句バジリスクなんてものに出会ったり、石になったりもした。飯時くらいはゆったりとしないと気が休まらない。
張り詰めていた神経が、完全にリラックスモードになっているのを自覚しながら朝焼け鳥の肉にかじりつく。
うん、確かにうまい。
「しかし、壊れたって言われても、いまいちピンとこないな」
魔道具としての役目を終えたチョーカーを手で弄びながら、ふと言葉を漏らす。
魔力が完全に無くなってしまい修復不可となったそれは、先ほどメイリスから捨てておいて欲しいと、手渡されたもの。
文句の一つも言ってやりたいところだが、今回一番の功労者であったメイリスを無碍にもできなかった為、ポケットにしまいこんだものだ。
「肉体強化じゃなくて身体変化の魔道具なんて、珍しいですね」
「どう違うんだ?」
「魔法の種類なんですけれど、私の活性とは違い、直接外見を変える魔法を身体変化と言いますが。あまり見かけない貴重な魔法なんです」
そういや、ギルガもそんなことを言っていたな。
「小さいメイリスちゃんも可愛いですね。なんか、妹がもう一人増えたみたいです」
「…………」
何気ないシロアの感想に、返答は無い。
話しかけられた張本人は、皿に詰まれた肉の山を平らげている最中だ。
肉とパンを代わる代わる口に運ぶ様を見て、むしろ尊敬すら覚える。
あの身体のどこに、それだけの量が入っているのだろうか。
「聞こえてないと思うけど、もう少しゆっくりと食べたほうがいいぞ」
どこか忙しなさを感じる食べ方に。一言物申す。
食べ物を丸呑みしているわけでも、食べかすを周囲に撒き散らしているわけでもない。
ナイフとフォークを器用に使いどちらかと言えば上品な食事マナーを持つのだが、メイリスのそれは、速度が異様に速い。
何がそうさせるのか、メイリスは黙々と肉を切り、口に運ぶ。
「──今日は体力を使いすぎましたので、その分を補給しないといけません」
そして再び食事を再開。
まあ、そこまで言うのなら胃に悪くない程度に食べてくれ。介抱までは受け付けない。
「肉ばっかり食べると、身体に良くないぞ」
そう指摘すると、メイリスは口をもぐもぐとさせたまま無言で付け合わせの野菜らしき葉っぱをフォークに乗せた。そういやどの皿にも乗っているが、それがなんだと言うんだ。
「バランスは考えています」
そうして、葉っぱだけを口に入れるメイリス。
「うわ。メイリスちゃん、そのまま食べるんだ。私はちょっと苦手なんだけど……」
「何だ、そんなにまずいのかあれは?」
見たところ、しそとか大葉に似たもの。どこかで見たような気があるような無いような。
「加工前の祝福ハーブです。生のままの方が栄養素が多いんですけれど、味が……その、独特で」
ああ、祝福ハーブか。俺の知っているのは、葉そのものが折りたたまれた形だったからすぐに気が付かなかった。
そこまでまずいとは思わなかったのだが、そんなに味が違うものだろうか。
試しに一枚失敬して口に含んでみるが、青臭いものの加工後と比べてそこまで大差ないような気がする。
「まあ、食べられなくはない」
「す、すごいですね。ものすっごく苦いと思うんですけれど……私の知る限りでは、みんな何かで味付けして無理矢理食べるものなんですけれど」
シロアの表情が、なぜか引きつった。
何か俺がおかしいみたいな、その視線はやめて欲しいのだが。
「うまいとは言ってないぞ。食べられるなってだけだ」
味覚は人それぞれと言うし、忌避される部類の味であることは分かった。
この世界にある野菜は俺の知っているものと違うみたいだし、野菜っぽいものを売っている店も見たことがない。想像ではあるが、ビタミンCだの食物繊維だの本来様々な野菜で摂取可能な成分は、全て祝福ハーブでまかなっていると言ったことだろうか。味さえ気にしなければ、これほど楽な食生活はない。
食生活にこだわりがあるわけでもないので、この一点は俺にとって喜ばしいことだ。
「私は出来ることなら食べたくないですね……でも、お肉だけだと太っちゃうし……はぁ」
「別に太っては無いと思うが」
「偏食だけじゃないんです。恥ずかしながら、最近服もきつく感じてまして……運動不足かなぁ」
深い、深いため息。当人にとっては重要なんだろうが、同感し辛い悩みだ。
俺は男なので、自分の体重が多少変化しようとも何とも感じない。
……というか、言われて見て気が付いたのだがシロアは体格に反してなかなかスタイルが良いように思える。特に、着物に似た服装なのに主張する胸とか。
決して口には出せないが、しっかり栄養バランスを考えて食事を行っているであろうメイリスと、本人が食べず嫌いを自覚しているシロアの両名のプロポーションを見るに、祝福ハーブを食べているかどうか何てまるでどうでもいいことだろ、これ。
いや、メイリスもこうなる前は中々の物を持っていた筈だから案外根拠のあることなのか?
「マサヨシさん? どうかしましたか?」
「っ、いや、なんでもない」
不純な視線を送っていたのがばれたかと少し焦ったが、シロアはそういう風にとらえていなかったらしい。
すまん、とシロアとメイリスに心の中で謝罪する。
この世界に来てざっと一週間。男の子には色々と貯まることだってあるのだ。
これは摂理だ。神様がトチ狂って与えた欠陥だ。だから俺は悪くねぇ。
「そ、そういえば、シロアの服って珍しいよな。昨日は気づかなかったんだけど、俺の知っている服装に良く似ているんだが」
話題を変えよう。変な思考を続けてしまっていると、今度からこいつらの目を見られない。
「これはうちの制服なんです。初めて会ったときは上にマントを羽織っていましたけど、下は今日と同じ物ですよ」
「うちってことは、何かの店でもやっているのか?」
「はい、おじさんのやっている店ですが、ミナと一緒に働いています」
「兼業ってことか」
「そうですね。守護者だと禁止されているんですけれど、契約者は複数職務に就くことが可能なので」
「はー。店と守護者の二足のわらじとは、恐れ入った」
「わらじ、ですか?」
おっと、わらじはこの世界に無いのか。
「シロアはすげえなーってことだ。両立するなんて大変だろ?」
「そ、そんな事はないですよ。守護者の方は言うほどの活躍をしていませんし、今日だってマサヨシさんやメイリスさんに助けて貰ってばかりで」
シロアは恥ずかしいのか、わたわたと両手を振りながら赤面する。
「謙遜するなって。俺は守護者活動だけでも手一杯なんだから」
言って、俺だってまともに守護者っぽいことをしているとは思えないのだが、そこは伏せておく。
「でも、マサヨシさんも作戦を立ててバジリスクに向かっていったりしてくれたじゃないですか」
「正直気が狂っていた。もう二度とやらないぞ」
それこそ、苦い経験の一つとして封印させて貰いたい過去だ。
あんな、作戦とは呼べない玉砕覚悟のギャンブルは金輪際お断りさせて頂く。
「もし、もう一度そんな出来事に遭遇したら逃げるぞ。俺は」
ここはハッキリさせておこう。自意識過剰かも知れないが、あんな案件は俺には役者不足だ。
もう一回頼られても、どうにか出来る自信はまったくない。
武器はチートでも、使用者は特徴の無い異世界出身者だ。
「……マサヨシは何だかんだ言いつつも、協力してくれそうですけどね」
メイリスが、フォークを置いてそう言った。
「適材適所って言葉があるだろ。強いモンスターはお前の担当」
なんと言われようが、実際メイリスの方が強い。今この姿でどれほど戦闘力が落ちたのかは知らないが、俺より弱いということは無いだろう……無いよな?
「戦うことは好きなので私はいいですけれど、今日ほどの動きは出来ないと思って下さいね」
「やっぱり、魔道具が壊れちゃったのが原因なの?」
シロアが、申し訳なさそうに聞いた。
直接的ではないにしろ、メイリスの魔道具が壊れた原因を作ったのは自分だとか思っている顔だ。
「いえ。魔道具が壊れたことと言うよりは、しばらくあの身体で戦ってきていたもので可動域などに誤差が生じているでしょうから、そちらが気になります」
メイリスは右手を握ったり開いたりして、何かを確かめるかのように動かす。
「まあ、この辺りのモンスター程度であれば、問題ありませんが」
「セフィアに聞いたけど今日の出来事だってかなり珍しい物なんだろ? そうそう強いモンスターに会う事なんてないって」
フラグとは言うが、実際いくらなんでも今日の一件のようなことが続くはずはない。
そんな頻繁に起こっていれば、もう少しギルドの対応も違ってくるはずだしな。
「ああ。それについてですが、セフィアから説明されました」
「説明?」
「はい。いくらこの町に階級の高い守護者がいるとは言っても、五点鐘が鳴る事態になることは異例です。繰り返しますが本来フィル=ファガナの周辺地域には、そこまで危険なモンスターはいません」
「そうですね。バジリスクなんて初めて遭遇しました。本で読んだことはありますけれど、生息地はここから遠くの山の中だったはずです」
つまり、モンスターが何処から、なぜやってきたのかが不明と言うことか。
「生息地の全く違うモンスターか……で、セフィアはなんて言ってたんだ?」
「どうやら、昨日の夜モンスターが来た方角の先に、異常な魔力反応があったそうです。調べるにもあまりに遠いため観測を続けていたところ、今日の昼頃にモンスターの接近に気が付いたと」
メイリスの表情は真剣そのもので、それが笑って済むレベルの物ではないことが理解できた。
「魔力反応……って、まさかあのモンスターが来た理由はそれってことか?」
「それは分かりません。しかし、恐らくは広域結界のものと推測されているみたいです。現在は王都が原因究明に動いてようなので、報告待ちです」
「王都の連絡待ちだなんて……そんなの聞いたことがありません」
今更言うべきも無いが、王都と言えばモンスターなんて異種を倒す守護者達の頂点にある組織だ。
その王都が直接動くと言うことは、それだけの危険を孕んでいる事態と言うこと。
もしかすると、これが世界の危機ってやつなのか?
倒されたはずの魔王が復活とか、突発的に発生した魔力による災害なんてものが、あっちゃたりするのか?
ここは異世界で、俺の世界とは別の法則で成り立っているのだ。何が起こっても不思議ではない。
取りあえず用心するに越したことはない無いが……下手な考え休むに似たり。休んでいた方がマシだな。
「何にせよ、今すぐどうなるって訳じゃないんだろ。なら、もうこの話はこの辺で終わりにしようぜ」
「それもそうですね。せっかく今日はシロアがご馳走してくれるのですし、今は疲れを癒す意味でも食べましょう」
「お前……まだ食うのか」
「目の前の食べ物を残すなんて、作法が悪いですから」
作法とは一体。
「いやでも、さっきからお前かなりの量を食べてるだろ。流石にそろそろ値段が気になる」
初日はギルガの奢りだったし、この店の料理がどれだけするのかは不明。
値段表らしきものも見当たらないし、何より皿数がかなり多い。
「大丈夫です、マサヨシさん。ここは美味しくて安いと有名なお店ですから――――あっ」
短く叫び、椅子から立ち上がるシロア。最後の『あっ』は何だ。
何やらばたばたと、体中をまさぐっている。
「…………ごめんなさい、マサヨシさん」
「なぜ謝る」
「財布を……忘れてしまいました」
衝撃の事実。待て、俺もそんなに持ち合わせはないぞ。
「一度家に帰ったときに慌てて、その…………」
ドジっ娘属性ここに極まる。シロアは見るも無惨に萎縮して、そんな告白をした。
唖然としながらメイリスを見やるが、メイリスは無言で首を振る。
「私もありませんよ」
知ってはいたが、そこまで普通言い切られるとそれはそれでどうかと思う。
「マジか……俺もそんなに持ち合わせは無いぞ?」
「本当にごめんなさい!」
見事なまでに頭を垂れて謝るシロアも気になるが、今はこの場を何とかする方が先決だ。
異世界で無銭飲食なんて冗談じゃない。
「マサヨシ、換金前の魔魂札でも払うことは可能ですよ?」
その手があったか。確か、フラワータートルの魔魂札があったはずだと急いで取り出して数えてみると、三十枚以上ある。
「フラワータートルの魔魂札は、十ロギンです。流石に足りないのでは?」
「この町でフラワータートル以外の魔魂札を持っているわけ無いだろ」
「バジリスクの魔魂札があるじゃないですか」
「いやいや、石になってた俺にどう回収しろと。と言うか、討伐報酬とかギルドで貰っていないのか?」
「あれはバジリスクを倒すためではなく、探索依頼です。依頼者はシロアですし、直接的な報酬はありません」
言われて気づいたが、確かにあの時はシロアの妹を探しに行くと言う名目だった。
「あれ? バジリスクの魔魂札はメイリスちゃんが回収してくれたんじゃないの?」
「私はマサヨシを運んでいたので、てっきりシロアが持っているものと思っていましたが」
なんというすれ違い。
「と、取りあえず、俺の手持ち全部で払えるかを聞いてみる。それで駄目ならシロアに家までとって来て貰おう」
「最悪、ツケで何とかしてくれるように頼めば平気ですよ」
「お前のその冷静さは、本当尊敬に値するよ」
常に落ち着いているという点では、メイリスもまた大物だ。
やっぱコイツ実は年上なんじゃないのか?
「なあ、お前本当は何歳───」
そう尋ねようとした時、
「ここに、マサヨシとかいう守護者はいるかっっっ?」
そんな怒声を孕んだ男の叫びが、酒場に響き渡った。