(12)宴と縮んだ少女
「…………大丈、夫?」
目の前に、俺を覗き込むリズの顔があった。
どうやら今の俺は横になっているようで、身体がやや重く感じる。
「お体の具合はいかがですかな?」
その声に首を向けると、リズの横に佇むヴィルダンスに視線が合った。
「ここは宿……か? あれ、俺、なんで────バジリスクは?」
少しずつ意識が晴れていき、バジリスクに突っ込んでいった記憶が蘇る。
慌てて起き上がり周囲を確認するが、どうやらここは俺の泊まっていた宿の部屋らしい。
「町の入り口でお連れ様と偶然出会いまして、失礼とは思いながらも気絶なされていたお客様をここまでお運びいたしました」
「あー、悪い。迷惑かけたみたいだな」
「聞いた話によると、自らジャガロックを食べて石化されたとか。不躾ながら申し上げますが、緊急時ならば致し方ないこととは言え、今後はお気をつけください。解呪も万能ではありません」
「危ない、よ?」
少し諌めるような二人の発言に、頭が上がらない。
結果オーライとはいえ、分の悪い賭けだと言うことは自負していた。
「お、おう。次からはもう少し慎重になるつもりだ。所で、シロアやメイリスは無事だったのか?」
「お二方は、討伐報告をするとギルドへと向かわれました」
そうか、みんな無事だったんだな。
俺もギルドに向かうか、と身体を起こそうとするがどうも全身に倦怠感があり動き辛い。
「もう少し休まれていたほうが、よろしいのでは?」
「ちょっとだるいけど、まあなんとかなるだろ。えっと、警戒体制ってのはまだ発令されているのか?」
「五点鐘の要因はフィル=ファガナに接近していた複数のモンスターによるものらしいですが、それは先ほど解除されていたと通知が来ておりました。」
「複数? あのバジリスク一匹じゃなくて?」
ヴィルダンスの目が、訝しげに顰められた。
「バジリスクと戦っていたのですか? 失礼ですがまだ守護者になられて日が浅いと存じておりますが」
「いや、戦ってたのは俺のパーティメンバーだから、俺は実質何もしてないんだけどね」
「それは──いえ、無遠慮ですね。いずれにせよこの町に攻めて来たモンスターは十数匹だと聞いておりますが、現在は全て討伐完了しているそうですよ」
つまり、俺達が出会ったバジリスクの他にもモンスターの群れが襲来していたということか。
バジリスク以上の強さを持つモンスターがどれだけいたのかは分からんが、それ全て殲滅するなんて、この町の守護者はやる時はやる勢だったようだ。
……やばい、思いっきり挑発した状態でギルドを出てしまったぞ。
その場の雰囲気に流されたとはいえ、なぜ俺はあんなことを口走ってしまったのか。
「いかがなされました? 何やら表情が優れませんが」
「ははは……少し、今後の未来を考えていた」
土下座すれば許してもらえるだろうか。この世界の人に土下座の意味が理解できれば、の話であるが。
いずれにせよそれなりの扱いはされるであろう事を考えると、気が重いが……仕方ないと言えば仕方ないか。
「もう少し寝と、く?」
「ありがとうリズ。まあ、なんとかなると思う」
覆水盆に返らずともいうし、何事も前向きに行くしかない。
ギルド長が深刻に語っていた非常事態とやらが解決したことを、今は喜ぼう。
「そういや、結局『五点鐘』って何なんだ? 鐘の回数がどうとか言っていたんだが」
「以前、この町では一日に二度鐘を鳴らすこと言うことを話しましたね」
「ああ。朝に一回と昼過ぎに三回鳴らして、大体の時刻を知るって奴だよな」
「はい。そして、フィル=ファガナでは非常事態を知らせる際にこの鐘を利用し、五回鳴らすことにより町の住民に知らせるということを行っております」
五回鳴らすのは、朝昼のものと混合しないための処置、ということだろうか。
「警報代わりって感じなのか。でも、ギルド長は暫定危険度とか言っていたけど?」
「守護者には、それぞれ依頼を受けるに当たり自らに階級というものを与えられております。これは、守護者を死なせない為のギルド側の処置と言えますな」
確かに、討伐できないレベルのモンスターがいる場所に守護者を派遣したところでそれは無駄死に以外何者でもないだろう。
「現段階で確認されている最大階級は魔王を討伐した王都直属の騎士達に与えられた七階級。それが、この世界の最高峰の守護者の実力です。暫定危険度五──つまり、四階級以下の守護者では対処不能の事態を知らせる為に鳴らされる五回の鐘の音を、五点鐘と呼びます」
「分かるよな、分からないような……具体的に、どれくらいの危機を表しているんだ?」
「そうですね……五階級の危険度といえば、国家が傾く規模の災害と言えるでしょうな」
「……マジデ?」
ヴィルダンスは、何でもないかのようにそう言う。
国家ってあの国家? 少しスケールがでかすぎではないか?
「今やほとんどおりませんが、残党と呼ばれる、かつて魔王の幹部だったものや、秘境に住まうモンスターの討伐危険度がこれと同じです。まあ相性というものもありますし、守護者の階級が高くとも対処が困難なモンスターもいます。明確な強さの象徴とはいえ、階級が全てというわけではございません」
俺は、そんなモンスターと対峙してたのか……馬鹿じゃね?
「ちなみに、バジリスクの討伐には四階級守護者が複数人でパーティを組んで互角という話だったと思いますので、今回はそれを含むモンスターが多数襲来したことによるものと思われます」
「いや、まあ、生きていて良かったわ。本当」
「五点鐘が鳴ったというのに町の外へ出られるとは、お連れ様の階級は五以上ということですね。かなりの実力者とお見受けします」
朗らかに笑うヴィルダンスだが、俺はメイリスの強さに引いてしまっているよ。
っていうか、それより強いギルガって何なの?
知り合いが戦闘に関して比類無き存在であることは理解したし、この世界でも上位レベルの強さを持っているのは分かったが、安心したかったのはそこじゃない。
もうお前等があるかどうか知らない世界の危機とか救えよ、と匙を投げたくなる俺は悪くねえ。
ひょっとするとギルガは魔王を倒した一員だった可能性すらある。と言うか、あっても驚かない。
まあ……言い方を変えれば、そんなギルガと知り合いと言うのはある意味武力関係においては心強いと言えるのか? 釈然としねえが。
結論として、俺がなぜこの世界に来たのかと言う理由は、さらに闇に包まれることとなる。
もういいよ。どうにでもなれ。
こうして生きているってことは、メイリスがバジリスクにトドメをさしてくれたってことだしな。
感謝こそあれど、メイリスを恨む理由は何一つ無いのです。
なんにせよ、無茶した謝罪と礼ぐらいは言っておかないとな。
「パーティメンバーに色々と言わなきゃいけないこともあるし、やっぱりギルドに行ってくるよ」
「病み上がりだ、し。無理しちゃ駄目だ、よ?」
「……はい」
心労が耐えない出来事が続くが……ともかくギルドに行くか。
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宿を出た俺は、真っ直ぐにギルドに向かった。
つい先ほどあったはずの五点鐘のことなど忘れられたかのように、町中は変わらぬ賑やか光景だった。
「いやあ、五点鐘が鳴るなんて久々じゃねえか! 今日は祭りだな!」
変わらないというのは語弊があるが、先ほどの逼迫した雰囲気が無くなり、活気ある光景に戻ったと言った方が正しい。
「どうせもう終わったんだろ? 取りあえず全員潰れるまで飲むぞー!」
俺の思っていたものとはかなり齟齬が発生してはいるが、まあ、とにかく騒がしかった。
「警戒体制が解除できないまで飲めないってのは厳しいけどな! あ、姉ちゃん、こっちにガラナトニック追加ね!」
つーか、そこらかしこに酔っ払いだらけだった。
「この町にモンスターが押し寄せてくるなんて何年ぶりだ? ギルド長一人で事足りるっつーのぉ! おら手前飲んでねえだろうが! 俺の酒で溺れ死ねっ!」
なんか、もう。色々とカオスだった。
露店は勿論のこと、食い物のある気配の店からはゾンビのようにうごめく人の群れ。
モンスターを撃退した戦勝記念という感じならばまだいいのだが、聞いている話の流れによるとそもそも毛ほどの心配もしていなかったらしき発言が、飛び交いまくっている。
シロアが迎えに来てくれたときから発生した、緊張感とやらは何処へ。
モンスターが攻めてきたと聞いて、びびりまくっていた俺の心境は何だったのだろうか。
どうにも得心がいかぬまま、ようやくギルドについたのだが、そこは公共施設。町中とは違い、ギルド内は閑散としていて良い意味で静けさに包まれていた。
ふと見ると、受付横のカウンターには、セフィアと一人の少女の姿があった。
後姿だけしか見えないのだがシロアやメイリスとは違う、リズと同じくらいの身長の少女だった。
両親を探しに来た子か何かか?
ギルドという場に似つかない小柄な少女ではあるのだが……まあいいか。
たいして気にも留めず受付まで歩いていく途中で、俺の姿に気が付いたセフィアが少女に一言二言何かを話し、こちらへとやってくる。
「おっすおっす。生きてまして良かったですよ、マサヨシさん」
とてつもなく軽く、それでいておかしな言葉遣いをするセフィアは平常運転のようで、ある意味安心した。
「普通に死ぬかと思ったけどな。で、外のあれはなんだよ」
無論、町中で行われているであろうカオスワールドについてだが、セフィアなら知っているだろう。
「まあ一つの恒例行事ってやつでしょうかね。フィル=ファガナの周囲には危険なモンスターがいませんから、皆さん刺激に飢えているんですよ。ちなみに、私も仕事上がりにあの荒波に揉まれる予定です」
なぜかドヤ顔でセフィアは語る。
「聞いてねえよ。五点鐘とか、非常事態だとか散々煽っておいてこの温度差は何だよ。現状に困惑している俺に何か説明することはないか?」
「そですねー。マサヨシさん以外の人は大体知っている事なんですが、五点鐘が鳴ることは大事件です。でも、現在この町にはギルド長含めて階級六超えの守護者が数名いますので、実際の所なんら心配事でも無かったりするんですよ、これが――と言っても、町の防衛のため守護者を募ったり、防衛戦の配置等、万が一に備えての業務は行いませんと本部に怒られてしまいますから、真面目にお仕事している人に文句を言うのはご遠慮下さいねー」
「俺がバジリスクと出会ったことは聞いてるよな? 他にも色々襲ってきてたと聞いたんだが」
「正確に言えば討伐推奨階級五のモンスターもいたんですが、そのあたりはギルガさんがこう、オラオラ系のノリで全部始末してくれました。マジかっけーでした」
「まあ、そんな気はしてたが」
その報告を聞き、内心では納得していた。
戦っているところを目の当たりにしたわけではないが、既に俺の中でのギルガの武力評価は非常に高いものとなっている。
町の護衛に関しては任せろと豪語していたことだし、ギルガが絡んでいたであろう事は容易に想像できていた。
それにしても思うのだが、この町が保有する戦闘力高すぎじゃね?
「町を守らなきゃいけないことに関してはギルド長も真面目なんで、五点鐘を鳴らした時は他の守
護者さんたちも真面目になるんですが──あれですね、九割くらいは警戒解除後にどこで騒ごうかなんて考えていたんじゃないでしょうか。皆その手のことには慣れてますよ」
……ああ、そんな気はしたよ。聞きたくは無かったが。
どうやら、今日の俺はいい感じに空回りしていたことが確定した。
とてもじゃないが、町の空気に触れてあの光景が異質なものであることぐらいは分かる。
生き死にがかかった出来事の後で、あそこまで切り替えが出来るというのならばそのほうが不気味だ。
答えは簡単で、そもそも住民が先の警報内容を緊急事態であると認識していなかったという証明に他ならない。
つまるところ、端からそんなものは無かった──というより、そう感じていなかったというべきか。
「へー。そんな空気の中ギルド長に食って掛かった俺ってどう見られていたのか、感想を聞きたい」
「多分、『どうせすぐ片付くんだから余計なことを言って話をややこしくするな』って感じですかね?」
滅んでしまえ。
「いや格好良かったとは思いますよ。もしも私が女の子だったら、キュンとなるくらいの啖呵ではありました」
「え、お前、男だったのか?」
「いえ、正真正銘の女の子ですが」
何なんだよ、コイツ。
慰めてくれているのか、素なのかそれすら分からない。
「……ってことはあれか、シロアもカルネさんも門番も知っていてあえてその場の空気に乗っかったと?」
「んー、門番さんは仕事熱心なので、もしもに備えてまともな対応をしていたんじゃないですかね。シロアさんと、そのカルネさんって人は分かりませんけれども。まあ、ギルド長の実力を知っている人はどこ吹く風ーって表情でしたよ。それに、一応ギルドからも王都への協力要請の準備などはしていましたし」
「準備だけ?」
「準備だけ」
しん、と場が静まる。
もし俺の世界の辞書を持ってこられるものならば、それで楽観的な奴等全員をぶん殴りたいまでの価値観の違いだ。
世界が危険視するレベルのモンスターが攻めて来た所で、この町の住人はお祭り騒ぎの要因にしか思っていないという致命的なまでのギャップ。
ヴィルダンスのように真面目に諭してくれる癒し枠もいるにはいるが、どうやらそちらのほうが特殊例なようで、頭痛が痛いなどという面白みも何ともない冗談も、今なら笑える。
はは、割と羞恥で死にたい。
「いいや、もうなんでも。ところで、俺のパーティがここに来たらしいんだが、どこに行ったか分かるか?」
気を取り直して、セフィアにここに来た本来の目的を尋ねる。
「あそこにいますよ」
と、指差したのは受付横のカウンター。
何言ってんだコイツ、とセフィアの指の先を見たのとほぼ同時に座っていた少女の視線が合わさった。
「まったく、次からはあのような方法は自重してくださいね」
身に覚えのある髪の色。
身に覚えのある服装。
身に覚えのある言葉遣い。
記憶の中にあるメイリスという存在に類似した少女は、呆れたようにそう言った。
「──は? おま、メイリ……え? ……メイリス?」
まさか、言葉にならないなんて表現をその身で体験するとは思ってはいなかった。
開いた口が塞がらない、というより二の句が繋げられない。
「何をいまさら……石化の影響でまた記憶が飛びましたか?」
またとか言うな。好んで記憶が無いわけじゃねえよ──じゃなくて、
「いや、だって、お前」
おかしい。絶対におかしい。目の前の少女が平然と言っているのがおかしい。
よく似た親類といわれた方が納得できる。
明確な違いがあるとすれば、首もとのチョーカーが無いことと、身長が俺の胸元くらいにまでなっていること。
「────なんで縮んでんだよ?」
俺よりも年上に見えた拳撃士が、なぜか俺が見下ろす形の姿でそこにいた。




