(11)触死の魔竜
先ほどよりもさらに狭い、俺達がようやく通り抜けられるくらいの幅となった門をくぐり、再び町の外に出る。
念のためという事で、すぐさまシロアが活性をかけてくれたことにより、準備は完了。
三度、森への道を走り出す。
初めての時はそこまでの実感がわかなかったのだが、どうやら活性とは身体能力の向上というよりは、疲労度の軽減や体力増強がメインの支援魔法のようだ。
疲れや倦怠感が、先ほどよりも随分と楽になったことが実感できる。
というか、さっき唱えてもらっていたら体力を気にせずもう少し早く戻れてたんじゃないのか。
「すいません……そこまで、頭が回りませんでした」
泣きそうな声で謝られた。いや、責めているわけじゃないんだけどね。
逆境に弱いというかなんと言うか、シロアは誠実ながらもどこか抜けている節がある。
この世界で知り合った数少ない常識人なだけに、そこを短所と見るべきかはやや迷うが……まあ、謹厳実直も度が過ぎるとそれはそれで問題だし、シロアの魅力の一つという事でこの感想は終了しておこう。
これからシロアと依頼を受けるような事があるのかは分からんが、それなりの関係は維持しておきたい。
支援魔法は使えるし、対話も丁寧。容姿もまじまじと見れば分かるが、普通に可愛い。
スタイル良し、性格器量良し、自分の信念を持っていて家族思い……あれ、聖人かな?
「ミナーっ! 声が聞こえたら姿を見せて! 私は無事だよっ!」
必死に叫びながら道を駆けるシロアだが、返答はない。一体どこにいるのか。
町から森への道は一本道。
あくまでそれは整備されている道に限っての話で横道に逸れてしまえば、ミナを視界にいれるのは困難だ。
見落としてはいけないのでシロアは妹の名を呼びつつ、俺は周囲の索敵を行う。
岩や木などの影に隠れている可能性も考慮しての探索だが、ミナにはまだ出会えてない。
「やっぱり森の方か? メイリスが見つけてくれてればいいんだけどな」
そう、メイリスはこの場にはいない。俺の指示で森まで先行してもらったからだ。
もはや超人的ともいえる身体能力を持つメイリスならば、一人のほうが断然速い。
くれぐれも独断専攻を慎むように言っているので、何かあれば引き返してくるようには言っている。
そもそも冷静に考えてみれば、シロアが町を出て、ミナがそれをすぐに追いかけて来たのならば途中で出会うはずだ。
それなりに見晴らしの良い一本道で、人一人を見逃すことのほうが不思議だ。
つまり、元々この道を通らなかったか、何らかの理由で別の場所に足を向けてしまったかの二択ではないのか。
モンスターに遭遇して一時的に身を隠したとか、何かを見つけて寄り道をしたとか、その可能性も考えられる。
とはいえ、今出来るのは呼びかけながら走ることだけだ。
せめて手がかりでもあれば別なんだが、あまりに情報量が少ない。
もどかしさを感じながらいると、メイリスが引き返してくるのが見えた。
「メイリスちゃん、どうだった?」
「何か見つけられたか?」
「ええ……その、少し複雑な状況ではありましたが」
何やら言葉を濁しながら、メイリスは肯定と取れる頷き方をした。
「シロアの妹がいたんだな?」
「その前に、シロアは付与師でしたよね? 解呪は使えますか?」
「うん。対象に触れないと使えないけど、ある程度の状態異常ならなんとか。活性の他にはそれしか使えないんだけどね……」
「ではこのまま案内します。ところで、良い話と微妙な話と、悪い話がありますがどれから説明しましょうか?」
色々あるな、おい。一体何を見てきたんだ。
「ど、どういうこと? まさかミナに何かあったの?」
「シロア落ち着け。メイリスは取りあえず、順番に言っていけ」
「ではまず、おそらくはミナらしき人物がいました。怪我も無さそうで、生きてはいます」
「はぁ? 生きてはってどういうことだ?」
「微妙な話になりますが、シロアの妹は石化状態でした。そして、悪い話ですが、石になっているシロアの妹に寄り添うようにしてバジリスクがいました」
「――バジリスクって、あのバジリスクっっ?」
こくり、とメイリスは肯定する。
「って、なんだ?」
シロアは知っているようだが俺はうろ覚えだ。
蛇の形をした何かの神話に出てくる生物だったような気もするが、詳しくは思い出せない。
「バジリスクは、たとえ道具越しであれ物理的に接触した生物を麻痺状態にする体質を持っており、災害指定されている非常に危険なモンスターです」
なるほど、とメイリスの説明に頷きつつ、少々違和感があった。
「麻痺? シロアの妹は石化してたんじゃないのか?」
「足元にジャガロックが落ちていました。想像ではありますがバジリスクに出会った為自ら石化したと考えられます」
「自らって……え?」
「多分、生存確率があがると考えたからだと思います。ミナはそういう知識は豊富でしたから」
「……麻痺より石化のがやばそうに思えるんだが」
「何を言って……そうでした、マサヨシの知識欠如っぷりは今更でしたね。ひょっとして、麻痺効果がただ痺れる程度だとか思っていませんか?」
「この際、俺の知識量の無さは置いておいてくれ。で、大体そんな感じじゃないのか?」
ゲームなんかでも、毒や石化の状態以上よりははるかに軽度の印象がある。
「いえ、麻痺は比較的進行が早く、僅かな時間内で呼吸不全になり窒息死してしまうと言われています。取り分けバジリスクもたらす麻痺は強力で、触れれば即死でしょうね」
「いや、その理屈はおかしい」
体や神経器官が麻痺し、息が出来なくなるということは、まあ理解できる。
では、なぜ石化が大丈夫なのか。それこそ説明になっていない。
「外見上は石になりますが内面はほとんど変化が無く、眠っている状態に近いとギルガが言っていました。それに、一度石化した場合はその状態を解除してもらえるまで毒や麻痺の状態異常が重複しませんので、大怪我をした場合は、あえて石化させることで生き延びた守護者もいると聞きます」
なんつー無茶苦茶な理論だ。力業にも程がある。
つまるところ、バジリスクの即死麻痺を回避するためにミナはそんな方法をとったのでは、とメイリスは語る。
そりゃ確かに死ぬよりはマシだろうが、それが真実だというのならば、俺も見習うべきレベルの生存本能だ。
「……分かった。つまり、ミナの石化は魔法でなんとかなるから、バジリスクを倒すか追い払えばいいってことだな──そういや、さっき物理的接触も駄目とか言ってなかったか? どうやって戦うんだ?」
道具越しも危険となると、魔法か? 俺はもう魔晶石を持ってないし、メイリスは近接職の拳撃士だ。
「攻撃魔法なら、今日は念のためにと、町を出る際に装備を持ってきているので私もお手伝いできます」
そういって、シロアは懐から小さな杖を出した。
ワンドってやつか。先っぽには、魔晶石のような宝石が取り付けられている。
「使用回数に限りがあり、威力が弱く扱える魔法も少ないですが、魔晶石のように使い捨てでは無いので重宝しています」
どうやら魔力の増幅効果があるというものではなく、杖に組み込まれている魔法を使えるお手軽装備らしい。俺も欲しいな。
「それって俺も使えるのか?」
「すいません、これは付与師専用武器ですので……多分今のマサヨシさんでは無理かと」
無念、とっとと上級職になれということか。自由に魔法を使えるのはいつになることやら。
「触れずにダメージを与える方法なら、私も大丈夫です」
メイリスにも策はあるらしい。
「俺も一応というか、相手に致命傷を与えられるナイフを持ってはいるんだが……」
「呪術小刀ですか。けれど、接触を伴う場合はバジリスクの麻痺を無効化できないと危険ですよ?」
「だよなぁ……」
「では、適材適所ということでマサヨシは隙が出来たら、ミナを安全な場所まで避難させてください。バジリスクの気を引けるように立ち回ります」
「こんなことを言うのも恥知らずかもしれないけれど──気をつけてね、メイリスちゃん」
「はい。では、いきましょう。出来れば背後か側面から攻め込みたいので、少し回り道をします」
俺達は、そう言って歩き出したメイリスを追いかける。
「しかし……確かに危険なモンスターですが、五点鐘が鳴るほどの事態だとは思えないのですが」
そんなメイリスの呟きが俺にはしっかりと聞こえていたのだが、あえて返答はしなかった。
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「──さて、想像以上のやばさなわけだがどうするよ、シロアさんや」
「えっと、ええっとぉ……」
実際にバジリスクを見た感想であるが、蛇というよりは四足歩行するティラノサウルスに似たモンスターであり、どちらかと言えば恐竜っぽい姿でした。
それも肉食系のそれに近いもので、サイズは俺達の十倍くらい。あほか。
期待の戦力であるメイリスの策だが、そこらへんにある木や岩をぶん投げるというパワースタイル。
ここで勘違いしてはいけないのが、メイリスは枝や石ではなく、木そのものをへし折ったり、自分の身体くらいあるサイズに砕いた岩を、投げている。それも高速で。
あの身体になぜそんな筋力があるのか。それとも拳撃士という職業が異様なのか。
直撃すれば、俺もシロアも良くて大怪我悪けりゃ即死。そんな余波からも逃れる必要があるので、現在シロアと俺はバジリスクからは見えないよう岩陰に隠れているのだが、隣にいるシロアは軽いパニック状態に陥っている。
シロア本人が弱いという言葉は謙遜ではなくそのままの意味で、へろへろと飛んでいく火球や、水鉄砲みたいな魔法では毛ほどの役も立たず、メイリスの邪魔になるかもという理由でシロアの攻撃魔法披露は早々に幕締め。俺達は、見守るという保守的極まりない方法をとらざるを得ない状況に。
幸いにもバジリスク本体の動きはフラワータートルほどではないが鈍く、急な接近にも対応できてはいるのだが攻撃の要であるメイリスも直接触れられない為、状況は芳しくない。
あ、今ギリギリまで近づいて至近距離で岩を当てた。すげえな。
「──いや、暢気にしている場合じゃねー!」
「ひっ!」
思わず大声を出してしまうが、本当にどうすりゃいいんだよこれ。
目の前の怪獣戦争を見ながら、頭を悩ませる。
いかにメイリスがバケモノみたいな力とスタミナを持っていたとしても、正直ジリ貧じゃないのか、これ。バジリスクにもダメージが入っていなさそうにみえるし。
メイリスが撹乱してくれているので石化したミナとバジリスクの距離は離れたが、ここから回収して逃げるという行動が俺にとって高難易度であることは疑いようが無い。
何せバジリスクときたら、脇目もふらずに突進してくる。俺限定で。
その都度メイリスが横槍を入れてくれているおかげで命拾いしているのだが、こうなっては迂闊に動くこともままならない。どうやら姿を見せない限りは追ってこないようだが……。
レオ達といた時といい、フラワータートルの時といい、俺にはモンスター寄せの呪いでもかかってんじゃないのか、と疑うレベルだ。
「とっととシロアの妹を回収して町に戻りたいって言うのに、何だってあいつは俺のほうへ寄って来るんだ!」
「そういえば、剣闘士の固有技能に一時的にモンスターを魅了して囮になるというものがありますけれど」
「だから俺は上級職じゃねーっての。っていうか、そんな固有技能覚えたくねえよ!」
「じゃあマサヨシさんの体質……とかですかね?」
「うれしくもなんともない」
シロア、そういうのを呪いって言うんだよ。
「メイリスもいつまで相手をできるか分からないし、何か打開策を考えないと──」
「──マサヨシさん、メイリスちゃんの魔道具が壊れてしまいました!」
馬っ鹿、俺。馬鹿。偶然なのかもしれないが、タイミングが色々と悪すぎる!
「まだ魔道具の効果は残っていますけれど、魔力が飛散していっています!」
まずい。かなりまずい。制限時間まで発動かよ。
こうなりゃ、麻痺はシロアに治してもらう前提で攻撃をしかけるか?
いや、接触しないと駄目とか言ってなったか?
間に合わなかったら俺は勿論、シロアの身も危険に晒すことになる。
それに先ほどからメイリスの攻撃でダメージをほとんど負っていないところを見るに、バジリスクの身体は頑強だ。せめて少しでも刺さなければ効果は期待できない。
目とか、口の中とか柔らかそうな部分ならいけるだろうが、麻痺云々よりも噛み砕かれそうだ。
ナイフを投げてみてもいいが、果たして俺の手を離れても効果が発動するのか?
そもそも絶対に発動する保証があるわけでも無いし。
──くそ、他に案が浮かばん!
何とかして近死ナイフで戦闘不能にさせる方法を考えるしかないか。
「シロア、急募で麻痺を受けずにバジリスクにナイフを刺す方法」
「ええっ? そ、そう言われましても……」
だよな、俺も無茶振りしてると思う。
「麻痺を無効化する支援魔法とかは無いのか?」
「私の知る中ではありません。そもそも、状態変化に対しての反対抗は個人の特性によるものが多いんです。例えばバジリスクそのものには麻痺が効かないとか、そういった先天性の体質などですね」
シロアはバジリスクの動向を確認する為、こちらに視線を合わさずそう言った。
となると、麻痺するのは確定か。
ならば、そのリスクを削減する方向性で考えるしかないらしい。
「──あっ」
シロアの独白後、固いもの同士がぶつかり合う破裂音が響いた。
「何の音だ? メイリスに何かあったのか?」
「メイリスちゃんは無事です。今のは、バジリスクに弾かれた岩が石化しているミナに当たった音です」
「しれっと言い切ったが、ミナも大丈夫なのか、それは?」
「石化状態は魔法で治せますが、逆に言えば魔法以外では絶対に傷つきませんので、心配はいりません。ある意味、ミナは一番安全な状態と言えますね……早く戻してあげたいですけれど」
石化=行動不能の無敵状態ってことか。何かの漫画で読んだ気がするぞ。いや、アレは鉄だっけか?
放置すると死んでしまうというデメリットを差し引いても、確かにミナは妹は英断を下したみたいだ。
助けを待って石化を選ぶというのならば、成る程分からなくもない…………ジャガロック?
ある。持っている。何かの足しになるかと、数個ほど皮袋に突っ込んだ記憶がある。
「…………いやいやいやいや」
一瞬脳裏に過ぎった、作戦といえるのかどうかも不明瞭な考え。
あまりにリスクが高すぎるそれを否定しながらも、一応シロアに尋ねておく。
「……ちょっと気になったんだけどさ」
「はい?」
「ジャガロックを食べて一呼吸したら石になるってメイリスは言ってたんだが、これはそのままの意味で理解してもいいんだな? 後、食べて石化するとして、武器や衣服なんかもすぐ石になるのか?」
「息を吸うというのが発動条件になっていまして、ジャガロックの石化は即座に発動します。装備などはそのあとゆっくりと──って、何でそんなことを聞くんですか?」
あ、そう。若干不本意ながらも、条件はクリアしてしまった。
……であるなら代案が無い今、後は、実行するだけだ。
「俺が、ジャガロックを食べた状態でバジリスクに攻撃する。で、ナイフを刺す瞬間に息を吸って石化を発動させれば、俺も無事でバジリスクを瀕死にさせることが出来るはずだ。シロアは解呪ってやつを俺に頼む。トドメは多分メイリスが何とかしてくれるだろ」
「な、何を……何を言っているんですか、マサヨシさん?」
言っていて俺もどうかと思うが、そんな可愛そうな子を見る目で俺を見ないでくれ。
荒唐無稽なのは重々承知。
「例えマサヨシさんの武器がそんな力を持っていたとしても、うまくいくはずありません。自殺行為です!」
それはありえない。俺がこの世界で学んだ心情は、細く長くだ。
「死ぬつもりなんて全くねーよ。生きるつもりで行動するしかないだろ。多分このままじゃ全滅しそうだし──それじゃ、後はよろしく頼む」
決めたからには、余計なことを考える必要は無い。
「ちょっ――マ、マサヨシさんっ?」
岩陰から飛び出し、左手にジャガロック、利き手にナイフを握り締めたままバジリスクの方へ走り出す。
辺りの地形はボロボロでやや走り辛いものではあったが、運がいいことに、メイリスはバジリスクよりも俺に近い所にいた。
身体からはキラキラとした光の粒子が霧散していっている。あれが魔道具の魔力の残滓ってやつか。
「メイリスっ! 説明は後でシロアに聞けっっっ!」
「──マサヨシ?」
その叫びに反応し、一瞬動きが止まるメイリス。
即死攻撃持ちとの交戦では致命的な隙だが、問題ない。
声に気をとられたのはバジリスクも同じで、予想通りメイリスではなく俺の方へと向かってきた。
嬉しくもないアプローチだ。バジリスクは俺を一飲みに出来そうな程に口を開き、そのままの姿で突っ込んでくる。
身体中の血液が冷えて、気絶しそうなプレッシャーが押し寄せてくる。
同時に頭をよぎるのは、レオ達との短い旅の記憶。
上等──あの時ほどの絶望感じゃねえ。
後、数メートル。
迫る死の恐怖を切り払うために、叫んだ。
「死んでたまるかっっっ!」
ジャガロックを丸呑みし、呼吸を止め、ナイフを両手で構えたままバジリスクへと突貫する。
狙う以上は、絶対に外さない。
俺を捕食するべくして開かれた、バジリスクの口腔。
考えることをやめ、大きく深呼吸しながら──その内部にナイフを突き刺すために腕を伸ばした。




