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モブライフを、君に  作者: カナレイモク
一章
10/54

(10)決意に引かれて


 絶対に勝てないから、と退避を助言するシロア。

 多分勝てるから、と迎撃を提案するメイリス。

 双方の言い争いは平行線を辿り、なぜか最終的な選択権を委ねられた俺は、即断で撤退を宣言した。

 メイリスは露骨に不満げな顔つきになったが、文句は言わせない。


「最初のときに言ったが、パーティを組んでいるときは俺の意見が絶対だ」

「……分かりました。今回は従います」

「急いでください! 町まで入り込めばモンスターは進入できませんから!」

 

 しぶしぶながら付いてくるメイリスと、先導するシロア。俺はそれに挟まれた形で道を走る。

 せめて殿を引き受けますと言ったメイリスの意見を尊重しての編制だが、殿が必要な状況にならないよう町を目指していることを理解して欲しい。

 何せメイリスはともかく、俺とシロアはほとんど戦えない。

 戦闘能力がメイリスのみの即席パーティには荷が重いってレベルじゃない。

 そもそも不沈と名高い城塞都市が、避難勧告を発令するモンスターの襲来。

 明らかにやばいだろ!

 彼我の戦力差は分からないが、どう考えてもこちらが有利ってことは無いだろう。

 となれば、ここは逃げの一手。

 人間は死ねば終わりなのだ。無理をしてまで夢を追うなんて馬鹿げている。

 今のところ脅威とやらの影は形も見えないのだが、見えてからでは手遅れの可能性だってある。

 シロアは町まで戻れば安心だと言っていることだし、ここはその行動に沿おう。

 町が見えたころ、唐突に前方を走るシロアが道を外れていく。


「おい、何で真っ直ぐに行かないんだ?」

「正面の門はモンスターの接近予想範囲に入っているので、既に閉ざされています。別のまだ開いている門まで移動しないといけません」


 確かに、視線の先の門を見ると固く閉ざされているのが分かる。


「全部が、閉まってるとか、無いよな?」

「それは大丈夫……の筈です。セフィアさんが通達してくれていると思いますし」


 面を被りつつ、若干自信が無さげに答えるシロア。

 不安が膨らむので、そこは言い切って欲しいな。

 肩を落としつつしばらく走ると、僅かではあるが開いている門が見受けられた。


「あそこから入りましょう」


 シロアに続き、第二の入口へと駆けていく。

 今のところ、何も起こっていない。

 どうやら件の鐘が鳴ったからと言って、すぐさま異常事態発生というわけではないようだ。

 そのことに肩を撫で下ろしつつも、走る事はやめない。

 息苦しさからスピードが少し落ちては来ているが、門は目の前だ。

 壁の近くにいるのは門番だろうか。

 二人の武装した男達が俺達に気づいたのか、こちらに向かって手を振る。 


「慌てずに早く入れ! もうすぐここも閉門するぞ!」

 

 門番の一人が叫び、もう一人が誘導してくれた。

 閉まりかけていた扉に飛び込むようにして町へと入る。一気に疲れが押し寄せて荒い息と共にその場に座り込んでしまった。守護者をしていく為にも、身体をもっと鍛えた方がいいかもしれない。

 面があるため表情は窺えないがシロアには俺ほどの疲れは見えず、メイリスに至っては息切れ一つしていない。

 女性二人に男一人。

 三人の中で一番体力が無いというのも情けない話だが、今は呼吸を整えるので精一杯だ。


「──シロアじゃないか、無事だったんだね!」


 人ごみを掻き分けるようにして、一人の男性がこちらに近づいてくる。


「おじさん、どうしてここに?」

「緊急事態ってことで待機していたんだけど、シロアが町の外に出て言ったって話を聞いてね」


 男性は、安堵の表情でシロアの傍へとやってきた。

 年齢は四十代くらいで、モンスターによるものだろうか、右目には痛々しく残る傷跡がある。

 待機していたということは、この人も守護者なのだろう。


「君達も無事でよかった。ええと──」

「あ、マサヨシ=クロサキです」

「メイリスと申します」

「ではマサヨシ君とメイリスちゃんでいいかな? 僕はカルネ。シロアの叔父だよ」


 朗らかな表情と、落ち着いた雰囲気。

 今まであった大人の中で一番それらしい貫禄を持っていた。 


「君がシロアの言っていた恩人ってことかな。いやあ、ありがとう! 助かったよ!」


 俺の手を取って、ぶんぶんと振り回す。


「シロアの知り合いってあんたのことなのか。大丈夫なのか? 怪我をしたとは聞いていたけれど」

「ああ、それは僕じゃなくてお客さんの事。自分で手配するべきなんだけれど、なにぶん手が開いていなくて、シロアと君には迷惑をかけてしまった」

「いや、別に」


 そのおかげで守護者資格を剥奪されたけどな、と心で呟く。

 シロアやカルネ氏を責める気は無いのだが、原因の一環となったのだからこれくらいの小さな皮肉を思うくらいは許されるだろう。

 そんな感想を浮かべていると、先ほど俺達を門に迎え入れてくれた門番の一人がこちらに歩いてきて、俺達を見渡しながら言った。


「ところで、妹さんは一緒じゃないのか?」

「──え? どういうことですか?」


 シロアは、呆けたかのように聞き返した。


「今ギルドから通達があったんだが、君の後に追いかけていった小さい子がまだ戻ってきていないらしい。別の門番の話だと、お姉ちゃんを追いかけますと言って、無理やり町の外に行ったと──」


「っ! ミナが?」


 シロアが語調を荒げる。


「ミナちゃんも外に出ているのかい? それはまずいよ。もう全ての門が閉まってしまう!」

「一体どういうことですか?」


 話の内容についていけなかった俺に代わり、メイリスが尋ねた。


「ミナは私の妹で、マサヨシさん達に会いに行った私を追いかけて、町の外に出て行ってしまっているみたいなの!」

「では、すぐに助けにいきましょう。町の外に出ます」


 メイリスが門へ向かおうとするが、門番が苦悶の表情でそれを止めた。


「すでにこの区域は閉門命令が出ています。ギルドの許可が無い限りは出入りは許可できません……残念ですが」

「では、ギルドの許可があればいいのですね? マサヨシ、シロア、ギルドに行きましょう」

「ああ。急いだほうがいいな」


 立ち上がりながらメイリスに応じる。


「僕は門番の人たちから情報を集めているよ。もしミナちゃんが町に戻っていたらすぐに知らせられるように手配するよ」

「おじさん、お願いします」


 カルネ氏は軽く頷くと、別の門へと向かい走り去っていった。


「それで、俺達はギルドに行ってどうすればいいんだ?」

「閉門命令を解除できる権限を持つのは、ギルド長だけです」

「……直談判ってわけか。よし、行くぞ」


 休む間もないが、今はそんなことを行っている場合ではない。

 せめてモンスターが襲ってくるまでに間に合え、と俺達はギルドに向かい走り出した。

 

▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼


「却下だ」

 

 妹を助けに行きたいというシロアの願いも、その一言で切り捨てられた。


「そんな、お願いします!」


 諦められるはずも無く、シロアは食い下がるがギルド長は一顧だにしない。

ちなみに、ギルド長と話すとなると流石に面は外している。


「五点鐘を聞いていたはずだ。三回以上鐘を鳴らす事の重大さを分からないとでも?」

「それは、知っていますけれど……」

「暫定危険度は五。それ以下の階級の守護者が外に出るなど自殺でしかない。そもそも、門を開けることにより町を危険にさらす可能性がある」

「でも────っ!」

「なら、私がいれば問題は無いでしょう?」


 感情が昂ぶるシロアを手で制し、メイリスはギルド長の前に歩み寄る。


「……お前は、ギルガの連れっ子だったな。確かに、お前の階級ならば限定的に外に出ることは可能だが──」

「ええ、私は個人依頼を受けることが出来ません。けれど、マサヨシが依頼を受けるという形ならば問題ないはずです」


 ここで俺が引き合いに出された。

 五点鐘だの、階級だの、知らない単語の連続に空気になりつつあったが、俺がメイリスとパーティを組んでいれば一時的に外に出ることが出来るということは辛うじてわかった。


「ならば、なおさらお前達のパーティには町の防衛を命じる。戦力としては十分だが、町を守ることの方が重要だ」


 ギルド長の言い分は最もで、メイリスが強いというのならば、その力はなによりも町を守れという。

 一人の少女と、町の住民。一殺多生という考えは感情を抜けば何も間違っていない。

 現に今だって俺は町の中に入ったことで安心を得ている。

 しかし、それは──


「……いいよ、メイリスちゃん。ギルド長の言うことは正しいよ」

「シロア?」

「ミナが外にいるって決まったわけじゃないし、もう町に戻っているかもしれない。それに、私は誰かを守る為に守護者になったけれど、今でも自分一人守れないぐらい弱いの……だから、」


 涙を堪えながら、シロアは言葉を紡ぐ。


「自分を守れない人が、誰かを守りたいだなんて、わがままだよね──」


 その笑顔は今にも崩れそうで、それでいて強い意志のある一言だった。

 

「いや、それと妹助けたいって気持ちは別だろ」


 だからこそ、弱い自分だからこそ言わなきゃいけないことがあるような気がした。


「自分で無理だと思うんなら、誰かに頼めば良いじゃねえか。メイリスなら外に出ても大丈夫なくらいの強さはあるんだろ? なら俺が依頼を受けて、シロアとメイリスとのパーティで外に出ればいい」

「……お前は、自分が何を言っているのか分かっているのか?」


 ギルド長の視線が突き刺さる。超怖ぇ。でも、引く気にはなれないんだよなぁ。

 柄にもないし、絶対にやりたくないことだけど、俺の中の何かがここで何もしないことを許してくれなかった。

 シロアの言葉は正しい。

 誰かを守るということは、相応の力を持って初めて許される行為だ。

 本来ならば俺がこんなことを言う立場ではないのは重々承知。

 単に格好つけたいってだけかもしれないが、よく分からん。


「それとも何? この町って無能守護者の俺や、自称自分も守れない付与師(エンチャンター)と実力はあるけど自分で依頼を受けられない拳撃士(アサルター)が計三名いなくなるだけでまずいのか? 魔王もいないっていうのに随分弱気な発言だな」


 おっと、周囲の守護者からの視線が痛い痛い。

 多分シロアの発言が無かったら俺も傍観していたと思うと、他人事じゃないけど。

 これがフラワータートル一匹倒せない奴の発言だと知られたら、良くて半殺しだろうな。


「一理あるな。しかし、繰り返し言うが目に見える戦力を雑務に回すことは、」


「なら、代わりに俺が防衛してやるっつたら、解決するか?」


 一触即発もかくやといった雰囲気に満たされた空間で、その場の全員が息を呑んだのが分かった。

 聞き覚えのある声。

 無意識ながらも暴力的で、胡散臭さしかないが、実力は確かだと謳われたメイリスの師。

 相変わらずのにやけ面で、ギルガがそこにいた。


「顔出しだけでもって感じでここに寄って見たんだが、マサヨシがやる気になってるみたいだしな」


 軽い足取りで受付まで歩いてきたギルガは、ギルド長の前で立ち止まる。


「随分と気に入っているみたいだな」


 ギルド長の視線を歯牙にもかけないとばかりに飄々としているギルガは、口角を上げた。


「おう、コイツとは訳ありの関係でな」


 マジで言い方を考えろ。あと、本来はメイリスに向けるべきであろう視線を、なんで俺に向ける。

 勘違いされたら困るとかじゃなくて、状況を考える努力をしてください。本当。


「加減はしろ。防衛を任せる分には問題ないが、お前の場合は過剰戦力になりかねん」

「かっかっか。町を壊すなってことだろ、相変わらず細けえやつだな」

「……もう黙れ。お前の笑い声は癇に障る」


 ただならぬ関係って奴か。ギルガに対してのギルド長の反応が、実にそれらしい。

 やぶ蛇もごめんなので、ここは見なかった振りをしておくか。


「ギルガが残るというのならば安心ですね。では、外に出る許可はもらえますね?」


 もはや懸念されていた町の防衛に関しては問題ない。

 メイリスもそれをわかってギルド長に確認を取るが、なぜかギルド長は俺に視線を向ける。


「それを決めるのはお前ではないだろ。守護者マサヨシ、お前はどうするつもりだ?」


 何気にギルド長に名前を呼ばれたのは始めてかも……ではなく、やはりここでも最終決定権は俺にあるようだ。

 この世界では、俺はこういう役割だと割り切るしかないのか。

 最下層代表みたいな、名前だけ守護者の俺にはなぜか一番大事なことが投げつけられる。

 

「いや、受けるに決まってるでしょ」


 まあ、答えは決まっているんだけど。

 場の空気も人情も関係なく、ここで受けないという選択肢を選ぶくらいならば最初から口出ししない。

 ギルド長の意向に苦言を呈した以上、最初から受ける前提で言葉を発したつもりだったんだがそこまでは読み取ってくれなかったみたいだ。

 ギルド長は何も言わず、受付にいるセフィアに向かって叫んだ。


「防衛にあたっている各守護者に通達しろ。手に負えん事態に遭遇した場合は、馬鹿を一匹派遣する。それ以外は各自で対応しろとな!」

「つーわけで、町は任せて行って来い。嬢ちゃんも妹ちゃんが心配なんだろ?」

「あ、ありがとう、ございます」

「礼は全部解決してからマサヨシにでも言えばいい──それより、メイリス」

「なんですか?」

「無茶はしてもいいが引き際は見極めろよ。道具に頼ると死ぬぞ」


 自分の首を手刀でとんとん、と叩きギルガはそう言った。道具? どういう意味だ?


「心配しなくても、よく分かっていますよ」


 メイリスは静かに、そう告げる。


「何の話だよ?」

「ん? ああ、メイリスの首につけている魔道具の話だ」

「これは身体強化の魔法が付与されたものなんですが、その魔力がもうほとんど残っていないんです。元々この町に来たのはこれの修理する目的もあったのですが、その暇がありませんでした」

「特殊な魔法付与だから使用者が少なくてな。俺もここ最近探してはいるんだが、あの野郎店を変えちまったのか見つかりゃしねえ」


 ギルガは舌打ちする。ああ、用事って言うのはそのことか。


「その魔道具が壊れたらどうなるんだ?」

「戦闘に少し支障が出るかもしれません。と言っても、これが無いと戦えないような鍛錬はしていませんので、安心してください」

「戦わずに逃げることも視野に入れろ。たとえ魔道具が壊れてもお前一人なら問題ないが、僅かな油断で人は簡単に死ぬって事を忘れるんじゃない……くれぐれも、気落ちすることだけは無いようにな」

「言われずとも承知の上です」

「ごめんなさい、メイリスちゃん。本当ならメイリスちゃん一人なら大丈夫なんだろうけど……」

「私はシロアの妹の顔を知りませんし、マサヨシとパーティを組んでいるからこうして依頼を受けることができるんです。だから、今は私に出来ることをやるだけです。興味はありますが、今は人命救助を第一に考えるべきです」


 ううむ。溢れんばかりの主人公力だ。俺も強くなればいつかこんな台詞を言い切れるのだろうか。

 と、ふざけている場合じゃないな。

 モンスターに出会う前にシロアの妹に出会い、町に戻る。

 こんな異常事態じゃなければお使いイベント並みの依頼ではあるが、注意しすぎるに越したことは無い。

 町全体が警戒態勢に入っている今、どんなモンスターと出会うのも分からないのだ。


「急いでいるところで悪いんだが、結局この町には何が迫っているんだ?」

「それが分かっていれば然るべき対処を取る。個体数不明の強力なモンスターの気配をギルドの人間が探知したことしか分かっていない。一匹だけならば、この馬鹿一人で事足りるというのに。まったく忌々しい」

「おいおい、あんまり馬鹿呼ばわりするのはやめねえか? 名前で呼べよ」

「お前の名前を呼ぶくらいなら、私は自決を選ぶよ」


 あんまりといえばあんまりの塩対応だが、これはレオとアムカの関係を思い出すな。

 ……ちっ、こいつらもそういう関係か。

 ギルガはこの町に来たのが久々と言っていたし、かつてそういう関係だった、というべきか。

 なぜだか、他人の情事に対して過剰反応してしまうのは記憶の無いころの俺がそういう出来事に縁が無かったのかもしれない。


「はーい。モンスター襲来に伴う警戒待機中に、ギルド内でいちゃつくのはやめてくださいねー」


 別ベクトルでの言い争いに発展しそうな二人に対し、今まで視界の端で忙しなく動いていたセフィアが口を挟む。


「マサヨシさーん。依頼の受諾を完了しましたよー。町の守衛には話を通しているのでもう出られますー」

「セフィア、後で部屋まで来い」


 気のせいか、セフィアに向けてギルド長から怒気のようなものが発生したのが感じられた。

 あれ、寒気がする。おかしいな、俺にはそんな気配察知能力はないんだけど。


「よ、よし、行くぞ!」

「あ、後でさっきの分も含めて、報告を忘れないでくださいねー。て、ギルド長なぜに私に殺意をっ?」

 

 そんな言葉を背中に受け、俺達はギルドを飛び出した。

 しかし、今日は走ってばかりだな。

 この件が解決したら、しばらくは宿でゆっくりとしよう。

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