乙女ゲームの攻略対象に転生したがヒロインを諦めることにした
よくわからないが、異世界の貴族の生活というものは現代日本人にとってとても奇妙なものだった。
気付くと私には何人もの専属メイドと言う名のハーレムがある生活が当たり前になってしまった。
それもこれも、この専属メイド。全員、今世の父親が私の誕生日にくれた奴隷なのだ。
正確には専属メイドとする為に今世の父親が購入してきた奴隷で、気に食わなければ娼館に売り払うと言うので、専属メイドとして傍に置いている。それからは誕生日がくるたびに彼女らの所有権を私の名義に変えてもらっているのだが、そうすると今世の父親はまた新たな奴隷を私に与えようとする。
このスパイラルで私の専属メイドは四人。そのうち、三人は私の所有している奴隷で、一人は未だに今世の父親の名義のままだ。
彼女らを自由な身分にしてあげることも所有者である私にはできるが、最初に与えられた専属メイドのサナは「親に裏切られた」と言って、親許に帰ることを拒んだ。家宰に相談すると、売り払った親の下に戻ってまた売られたり、世間知らずの娘が一人で暮らしていると性質の悪い人物に売り払われる危険があるということで、私は彼女らを専属メイドにしておくことにした。
それぞれ異なる魅力を持つ彼女らを私は下心からではなく、助けたつもりなのだが・・・今の状況はどう見てもハーレムだ。
「フリント様。本日のカフスはこちらのにオブシディアンに致しますか?」
「アベチュリンにしますか?」
「フリント様の目の色であるアイオライトはどうでしょう?」
「リィナはカーネリアンがいいと思うよ、フリント様」
みんな微笑ましい努力をしてくれていて、誰を選ぶなんか決められない。
この優柔不断な元・現代日本人の感覚が辛い。
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そんなある日、私は貴族が主に通う学園で一人の少女と出会うのだが・・・これが幼馴染のやっていた乙女ゲームのヒロインだった。
脱力感半端ない。
その日は呆然としながら寮の自室に帰宅したものだ。
「お帰りなさ・・・フリント様?! どうかなさったのですか?!」
「顔が真っ青です、フリント様?!」
「大丈夫ですか、フリント様?! お熱は?!」
「フリント様?! しっかりして?!」
出迎えてくれた専属メイドたちが私の様子に驚く。
「すまないが、そっとしておいてくれ」
専属メイドたちの心配する声を後に私はベッドに倒れ込むしかなかった。
今まで気にしていなかったが、私はどうやら攻略対象だったらしい。それも清廉潔白な王子様タイプの。
王子はテンプレ的に傲慢なタイプで、私もテンプレだったらしい。
今までこの乙女ゲームをしていた諸君。
私は今、ここで土下座しよう。
このゲームではチャラ男でなくとも攻略対象全員には専属メイドと言う女性がいる。従者もいるが、この世界のこの国では学園に入る前に専属メイドも付けるのが常識だった。
乙女ゲームの攻略対象に選ばれるような身分や権力のある家の子弟だけに、権力に群がる女の色香に惑わされてはいけないと専属メイドを付けるのだ。つまり、専属メイドとは親が付けた愛人のことで・・・この乙女ゲームに出てくる攻略対象は全員愛人持ち、と言うことになる。
可哀想な幼馴染。
こんな現実を知らずに無垢な(まだ可愛い欲望に塗れてはいるが)心でこの乙女ゲームをしていたのに、攻略対象はチャラ男でなくても穢れ切った男どもで(いや、現実的に考えて、乙女ゲームのようなもののほうが無菌すぎておかしいのかもしれない)。
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「フリント様! 偶然ですね~。私も――」
馴れ馴れしく話しかけてくるヒロインを私は避けることにした。
話しかけられたら、脱兎のごとく逃げ去る。これのみだ。
ヒロインは身分的な保証があるかもしれないが、ヒロインに篭絡されれば、奴隷である専属メイドたち(そのうちの一人はまだ今世の父親名義だ)はお役御免となり、娼館行きの未来(専属メイドの末路は高級娼婦らしい)しかない。彼女らを守る為には私はヒロインに篭絡されてはいけない。
こうして、私はヒロインを避けまくった。
私が避けていることもあり、私と仲の良い攻略対象たちもヒロインを避けてくれている。
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「ねえ、フリント様。私、フリント様のこともっと知りたいんです。ご一緒しませんか?」
やばいやばいやばい。
私たち攻略対象が相手にしないので、とうとう、ヒロインが色仕掛けをし始めた。
どこでこんな方法を覚えてきたんだ?
いや、この乙女ゲームに18禁版があったのか?!
幼馴染は18禁版があったとは言っていなかったぞ!!
お願いだ、幼馴染!
天の声で教えてくれ!!
・・・
駄目だ。
天の声は聞こえない。
「・・・」
脱兎のごとく、私はまたしても逃げ出した。
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私は無事に学園を卒業し、親の決めた婚約者と結婚することができた。
専属メイドたちも全員、奴隷身分から解放することができて、私たち夫婦の新居でごく普通のメイドとして働いている。
「一時はどうなることかと思ったが、無事にユーディアと結婚できて良かったよ」
「何を言っているんだ、まったく」
ユーディアは苦笑するが、本当に感謝しているんだよ?
私の前世は女だった。
女性の意識がまだ残っている私に、普通の女性と結婚するのは無理だった。
女性に迫られると、どうしても鳥肌が立ってしまう。
良かった、私の婚約者が男前な女性で。
女の子とは思えないくらい豪快で、レディらしくしているのを嫌がって逃亡しようが、刺繍が下手だろうが、木の棒を振り回しているのが好きだろうが、服を泥だらけにして遊ぼうが、がさつだと言われようが、粗暴だと言われようが、私はそんなユーディアと結婚できて、本当に良かった。
最後にヒロインはユーディアに言いがかりをつけていたようだが、ユーディアは(実力行使で)どうにかしたらしい。
流石、ユーディアだ。惚れ直してしまうじゃないか。
フリント・・・転生者(前世は女)。乙女ゲームの攻略対象(王子様タイプ)。女性としての意識が残っている為、幼い頃から女性に媚びられると鳥肌が立つなど諸症状を持つ。
ユーディア・・・フリントの婚約者。男装したら男にしか見えない豪快な令嬢。
フリントの専属メイドたち・・・サナ、リィナ(他二名)。奴隷。優しいフリントが好きだが妹のようにしか思われていない。その為、フリントは慕われていても悪寒が走らない。